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これは遠い昔に起こった出来事…。
公爵令息であるアルジャーノンは誰もが見惚れる美しさを持つ男だった。
一度夜会に踏み入れれば年頃の令嬢たちが押し寄せ、令息たちもアルジャーノンの持つ地位と名誉に擦ろうと集っていた。
誰にも分け隔てなく接するアルジャーノンは誰からも慕われていたのだが、彼には誰にも知らない裏の顔があった。
血統主義で平民を嫌い、顔に醜い傷がある者を人とは思っていなかったのだ。社交界に出るような貴族たちはその一面を見ることはない。
そんなアルジャーノンを密かに想う女性がいた。
幼い頃に令嬢たちの虐めから助けられ、その時からずっとアルジャーノンに恋い焦がれている男爵令嬢のソフィア。
見た目も身分も釣り合わないアルジャーノンと添い遂げたいという大それた事は思っていない。ソフィアには親の決めた婚約者がいるので、心の内で密かに想うだけ。
ソフィアはアルジャーノンの出る夜会には必ず参加していた。話すことは叶わなくても、その姿を一目見ることができればそれだけで幸せだった。
何処にいてもすぐわかる。
ソフィアは常にアルジャーノンを目で追っていたのだが、それをよく思わないのがアルジャーノンの婚約者であるベロニカ。
「身をわきまえなさい!」
ある日、ソフィアはベロニカを筆頭に令嬢たちに囲まれてしまう。
「私は何もしておりません…」
「アルジャーノン様を気持ち悪い目で見ないでくださる?不愉快なのよ!」
ただ見ているだけでも駄目なのか。
想うことすら許されないのか。
ソフィアは令嬢たちに責められることよりもその事実の方が辛かった。
「その長い髪が以前から鬱陶しいと思っていたのよ。私が整えてあげるわ」
ベロニカがそう言うと、令嬢たちはソフィアを両脇から押さえつける。ハサミを持ちながら自分に近付いてくるベロニカに恐怖したソフィアは必死に抵抗した。
「止めてください。もうアルジャーノン様のことは見ませんから…」
「何を当たり前のことを言っているの?私は善意であなたの髪を整えてあげると言っているの」
ザクッ
ソフィアの前髪が切られて地面にパラパラと落ちる。
「あら、良くなったじゃない。お似合いよ」
ベロニカはそう言ってハサミでソフィアの前髪を切っていく。
その時、ソフィアの頬にピリッとした痛みが走る。
「あなたが動くから顔に当たってしまったじゃないの。あなたがいけないのよ」
ベロニカや令嬢たちはそそくさとその場から逃げ去り、一人残されたソフィアは痛みで蹲った。
( どうして私がこんな目に合わなくてはいけないの…? )
「ベロニカの声がすると思ったら気のせいだったか…」
ソフィアの前に現れたのはアルジャーノン。
頬を押さえるソフィアを見てすぐにハンカチを渡した。
「怪我をしてしまったんだね。これを使うといいよ」
立ち去っていくアルジャーノンの後ろ姿を見送るソフィアは自分の想いを捨てることなどできなかった。
そのまま屋敷に帰ったソフィアだったが、金に余裕のない男爵家では満足な治療もできずに傷跡が残ってしまう。
それだけではない。傷口から炎症を起こして右の頬だけ赤く爛れてしまった。
( この顔では社交界には出られないわ…。アルジャーノン様にも二度とお会いできない… )
傷のせいで何もかもが変わってしまった。
部屋に塞ぎ混むソフィアだったがアルジャーノンのハンカチを見て、最後にもう一度だけ会おうと決心する。
( お礼を言って新しく買ったハンカチを渡すだけ… )
自分を助けてくれたアルジャーノンに会ってこの想いに蓋をしよう。その後は修道院に行って過ごそう。
ソフィアは一大決心をして公爵家に訪れた。
だが、アルジャーノンは非情だった。
「そのような醜い顔でよく我が公爵家に来れたものだ」
「一言感謝の気持ちを伝えようと…。助けていただいたお礼に新しいハンカチを購入したので、受け取っていただけませんか?」
アルジャーノンはソフィアの差し出したハンカチを払い除ける。
「私を見くびらないでくれ!施しを受けるつもりはない!傷物の分際で私と話す資格があるとでも思ったか?」
誰に対しても優しいアルジャーノンの言葉だとは思えなかった。
「この汚らしい女は誰?」
運悪く公爵家に訪れたベロニカが現れる。
「知らない平民だよ。いきなり訪ねてきて迷惑していたんだ」
この場から消え去りたい。
それしか考えられなかったソフィアは泣きながら走っていく。
悔しい。憎い。
自分の顔に傷をつけたベロニカ。
その原因となったアルジャーノン。
アルジャーノンが冷たく自分の手を払い除けたことも、ベロニカが自分を嘲笑ったことも、全てが許せなかった。
「この傷のせいで私には未来がなくなってしまったの。あなたたちにも同じ目に合わせてあげるわ」
ソフィアは部屋に閉じ籠って呪いの研究をし、永い年月をかけてようやく完成させる。
今のソフィアを支えているのは二人に対する憎しみの心だった。
「マルティネス公爵家に永遠の呪いを…」
ソフィアが自決したその特、マルティネス公爵家の屋敷の上に暗雲が立ち込める。
( その醜い顔を心から愛してくれる人が現れるまで、あなたたちは永遠に苦しむのよ )
顔に消えない傷ができたことで婚約が解消され、家族からは腫れ物を触るような扱いを受けるようになったソフィア。
変わったのは顔だけで中身は何も変わっていないのに…。
これはありのままの自分を受け入れて欲しいというソフィアの願いでもあった。もし醜い傷を受け入れて愛してくれる人が現れれば、ソフィア自身も救われただろう。
そんな人が現れるはずがない。
そう思いながらも最後の最後まで希望を持ちたかったのかもしれない。
それから何十年と永い年月が経ったが、公爵家に嫁いでくるのは追いやられた令嬢たち。醜い顔の公爵に嫌悪感を抱き、愛することは勿論のこと、顔を見ることすら嫌がっていた。
心から愛し合う夫婦はついぞ現れなかった。
公爵令息であるアルジャーノンは誰もが見惚れる美しさを持つ男だった。
一度夜会に踏み入れれば年頃の令嬢たちが押し寄せ、令息たちもアルジャーノンの持つ地位と名誉に擦ろうと集っていた。
誰にも分け隔てなく接するアルジャーノンは誰からも慕われていたのだが、彼には誰にも知らない裏の顔があった。
血統主義で平民を嫌い、顔に醜い傷がある者を人とは思っていなかったのだ。社交界に出るような貴族たちはその一面を見ることはない。
そんなアルジャーノンを密かに想う女性がいた。
幼い頃に令嬢たちの虐めから助けられ、その時からずっとアルジャーノンに恋い焦がれている男爵令嬢のソフィア。
見た目も身分も釣り合わないアルジャーノンと添い遂げたいという大それた事は思っていない。ソフィアには親の決めた婚約者がいるので、心の内で密かに想うだけ。
ソフィアはアルジャーノンの出る夜会には必ず参加していた。話すことは叶わなくても、その姿を一目見ることができればそれだけで幸せだった。
何処にいてもすぐわかる。
ソフィアは常にアルジャーノンを目で追っていたのだが、それをよく思わないのがアルジャーノンの婚約者であるベロニカ。
「身をわきまえなさい!」
ある日、ソフィアはベロニカを筆頭に令嬢たちに囲まれてしまう。
「私は何もしておりません…」
「アルジャーノン様を気持ち悪い目で見ないでくださる?不愉快なのよ!」
ただ見ているだけでも駄目なのか。
想うことすら許されないのか。
ソフィアは令嬢たちに責められることよりもその事実の方が辛かった。
「その長い髪が以前から鬱陶しいと思っていたのよ。私が整えてあげるわ」
ベロニカがそう言うと、令嬢たちはソフィアを両脇から押さえつける。ハサミを持ちながら自分に近付いてくるベロニカに恐怖したソフィアは必死に抵抗した。
「止めてください。もうアルジャーノン様のことは見ませんから…」
「何を当たり前のことを言っているの?私は善意であなたの髪を整えてあげると言っているの」
ザクッ
ソフィアの前髪が切られて地面にパラパラと落ちる。
「あら、良くなったじゃない。お似合いよ」
ベロニカはそう言ってハサミでソフィアの前髪を切っていく。
その時、ソフィアの頬にピリッとした痛みが走る。
「あなたが動くから顔に当たってしまったじゃないの。あなたがいけないのよ」
ベロニカや令嬢たちはそそくさとその場から逃げ去り、一人残されたソフィアは痛みで蹲った。
( どうして私がこんな目に合わなくてはいけないの…? )
「ベロニカの声がすると思ったら気のせいだったか…」
ソフィアの前に現れたのはアルジャーノン。
頬を押さえるソフィアを見てすぐにハンカチを渡した。
「怪我をしてしまったんだね。これを使うといいよ」
立ち去っていくアルジャーノンの後ろ姿を見送るソフィアは自分の想いを捨てることなどできなかった。
そのまま屋敷に帰ったソフィアだったが、金に余裕のない男爵家では満足な治療もできずに傷跡が残ってしまう。
それだけではない。傷口から炎症を起こして右の頬だけ赤く爛れてしまった。
( この顔では社交界には出られないわ…。アルジャーノン様にも二度とお会いできない… )
傷のせいで何もかもが変わってしまった。
部屋に塞ぎ混むソフィアだったがアルジャーノンのハンカチを見て、最後にもう一度だけ会おうと決心する。
( お礼を言って新しく買ったハンカチを渡すだけ… )
自分を助けてくれたアルジャーノンに会ってこの想いに蓋をしよう。その後は修道院に行って過ごそう。
ソフィアは一大決心をして公爵家に訪れた。
だが、アルジャーノンは非情だった。
「そのような醜い顔でよく我が公爵家に来れたものだ」
「一言感謝の気持ちを伝えようと…。助けていただいたお礼に新しいハンカチを購入したので、受け取っていただけませんか?」
アルジャーノンはソフィアの差し出したハンカチを払い除ける。
「私を見くびらないでくれ!施しを受けるつもりはない!傷物の分際で私と話す資格があるとでも思ったか?」
誰に対しても優しいアルジャーノンの言葉だとは思えなかった。
「この汚らしい女は誰?」
運悪く公爵家に訪れたベロニカが現れる。
「知らない平民だよ。いきなり訪ねてきて迷惑していたんだ」
この場から消え去りたい。
それしか考えられなかったソフィアは泣きながら走っていく。
悔しい。憎い。
自分の顔に傷をつけたベロニカ。
その原因となったアルジャーノン。
アルジャーノンが冷たく自分の手を払い除けたことも、ベロニカが自分を嘲笑ったことも、全てが許せなかった。
「この傷のせいで私には未来がなくなってしまったの。あなたたちにも同じ目に合わせてあげるわ」
ソフィアは部屋に閉じ籠って呪いの研究をし、永い年月をかけてようやく完成させる。
今のソフィアを支えているのは二人に対する憎しみの心だった。
「マルティネス公爵家に永遠の呪いを…」
ソフィアが自決したその特、マルティネス公爵家の屋敷の上に暗雲が立ち込める。
( その醜い顔を心から愛してくれる人が現れるまで、あなたたちは永遠に苦しむのよ )
顔に消えない傷ができたことで婚約が解消され、家族からは腫れ物を触るような扱いを受けるようになったソフィア。
変わったのは顔だけで中身は何も変わっていないのに…。
これはありのままの自分を受け入れて欲しいというソフィアの願いでもあった。もし醜い傷を受け入れて愛してくれる人が現れれば、ソフィア自身も救われただろう。
そんな人が現れるはずがない。
そう思いながらも最後の最後まで希望を持ちたかったのかもしれない。
それから何十年と永い年月が経ったが、公爵家に嫁いでくるのは追いやられた令嬢たち。醜い顔の公爵に嫌悪感を抱き、愛することは勿論のこと、顔を見ることすら嫌がっていた。
心から愛し合う夫婦はついぞ現れなかった。
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