階段下の物置き令嬢と呪われた公爵

LinK.

文字の大きさ
上 下
20 / 22

19.5

しおりを挟む
希少価値の高い宝石を使ったブローチに指輪。

これを持ち帰ればヘラもアドニスも見返す事ができるだろう。男爵家の当主としての威厳を取り戻せるかもしれない。

( 待てよ…。威厳を取り戻すのに二つも必要ないな。このブローチだけを渡せば良いだろう )

こうしてブローチを持ち帰ったカイロスはヘラに褒められてアドニスには尊敬の眼差しで見られ、本来の自分を取り戻した。

…かのように思えた。


「ぼさっとしてないで早く仕事をしてください」

以前とは真逆の体型。

若い頃よりも更に痩せ細ったカイロスは、かつての自分のようにパンパンにはち切れそうなお腹のヘラに逆らうことができなかった。

言い返しても体当たりをされて突き飛ばされてしまう。
それでも強く出ると浮気の話を蒸し返される。

「あなたが浮気をして拵えた子供の始末をした結果がこのブローチでしょう?何をそんなに強気でいられるのですか?」

「それはそうなんだが…」

「パパって格好悪い…」

むしゃむしゃと豚のように大量に盛られた食事を食べる二人を見て、カイロスは思った。

( これでは呪われた公爵のようではないか… )

パンパンに膨れた顔に身体。
吹き出物だらけのぶつぶつの顔は、あの時に見た公爵のようで不気味だった。

髪も身体も汗と脂で湿っていて清潔感がまるでない。

これがあの細かったヘラなのか…?
これがあの可愛かった自分の息子なのか…?

ベタベタとソースを垂らしながら肉に齧りつく息子を見て食欲を失ってしまうカイロス。


「食べないならちょうだいよ」

ベタベタな手で肉を手掴みするアドニスを見て叱るのだが、ヘラがカイロスに怒鳴った。

「アドニスちゃんは食べざかりなのよ!」

二人にかかる食事の費用は膨大で、家計は火の車。

それを伝えてもカイロスが不甲斐ないせいだと言って聞く耳をもたない。

このままでは破綻してしまうからブローチを売ろうと言ってもヘラは絶対に手放さなかった。

「こんなに綺麗な宝石はどこを探しても見つからないわ。まるで私に誂えたような輝き…」

うっとりと宝石を見つめるヘラだったが、カイロスを見る目は厳しかった。


次第にカイロスはこの二人が化け物のように思えてきた。

ヘラに夜の営みを求められてもカイロスは食指が動かない。
自分の思った通りに事が進まないと泣き喚くアドニスは怪物そのもの。壊された家具は如何ほどだろうか…。

寝室には居場所が無く、カイロスが安らげるのは二人が入って来ない執務室だけだった。

だがその居場所もアドニスに仕事を教えるようになって安全な場所ではなくなってしまう。

そんな時に見つけたのは階段下の物置き部屋。
いつしかカイロスはこの小さな部屋で過ごすようになっていた。


それから何年も月日が経ち、アドニスが適齢期を迎えるも嫁の貰い手は見つからない。

「あなたの所為よ!あなたがちゃんと働かないからガルシア男爵家が馬鹿にされているんだわ!」

「なんだと!言わせておけば!お前たちが豚のようにばくばくと食べるからだろう!何度服を作り直した?何度アドニスの癇癪で家具を買い直した?私がどんなに働いても賄えるわけ無いだろう!」

「まぁ!自分のことを棚に上げてなんて酷いことを!」

取っ組み合いの喧嘩になったら身体の小さいカイロスが勝てるはずもなく…。


「出て行きなさい!」

「私はこの家の当主だぞ!」

「今日からアドニスちゃんが当主よ!」

カイロスは屋敷から追い出されてしまった。


「今までの恩を忘れたのか!」

まぁいい。こっちには指輪があるんだ。
あの化け物たちと縁が切れたと思えば安いもの。

「旦那、それをこっちに寄越しな!」

指輪を眺めるカイロスの目の前に二人の男女が立ち塞がる。

「まさか、ダンテとマチルダか?」

カイロスをまじまじと見て二人は笑い出した。

「もしかしたらガルシア男爵の旦那様ですか?これは良いところで出会った。あの時の恩返しをさせて貰おうか!」

「な、あれは自業自得だろう!」

「煩い!こっちはあんたのせいで長い事牢屋に入っていたんだ!そのお陰で職もまともに見つからない」

ボコボコに殴られたカイロスは指輪を取られて全財産を失ってしまう。


指輪を売って換金しようとしたダンテとマチルダだったが、高価な指輪の出処を尋ねられ、再び盗みを働いたと警邏に捕まってしまう。

再犯の恐れがあるとして二度と外には出られない。



カイロスがいなくなってアドニスが当主を務めるようになったガルシア男爵家はみるみるうちに廃れていった。

食費がかさんで使用人たちを雇えなくなり、仕事もろくに覚えていないアドニスには金を稼ぐこともできない。

借金を重ねても存続することはできず、あっという間に身分を剥奪されてしまった。ヘラが大事にしていたブローチはその時に借金のかたとして没収されてしまう。


行く宛もない二人は浮浪者の多い路地裏で生活するようになる。

すぐ隣に変わり果てた姿のカイロスが生活していたのだが、お互いの姿を認識することなく三人はそれぞれ生きていく。

食べる物がなく痩せていったヘラを見て初めて二人の存在に気が付いたカイロスは、自力で仕事を見つけて小さな小屋で生活できるようになっていた。

三人は一緒に狭い小屋に住むようになり、静かに暮らしている。喧嘩をすることもなく、アドニスの癇癪もなくなった。

決して幸せではないが、これ以上ない程の不幸でもない生活を送るのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

「これは私ですが、そちらは私ではありません」

イチイ アキラ
恋愛
試験結果が貼り出された朝。 その掲示を見に来ていたマリアは、王子のハロルドに指をつきつけられ、告げられた。 「婚約破棄だ!」 と。 その理由は、マリアが試験に不正をしているからだという。 マリアの返事は…。 前世がある意味とんでもないひとりの女性のお話。

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

国樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

完結 王族の醜聞がメシウマ過ぎる件

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子は言う。 『お前みたいなつまらない女など要らない、だが優秀さはかってやろう。第二妃として存分に働けよ』 『ごめんなさぁい、貴女は私の代わりに公儀をやってねぇ。だってそれしか取り柄がないんだしぃ』 公務のほとんどを丸投げにする宣言をして、正妃になるはずのアンドレイナ・サンドリーニを蹴落とし正妃の座に就いたベネッタ・ルニッチは高笑いした。王太子は彼女を第二妃として迎えると宣言したのである。 もちろん、そんな事は罷りならないと王は反対したのだが、その言葉を退けて彼女は同意をしてしまう。 屈辱的なことを敢えて受け入れたアンドレイナの真意とは…… *表紙絵自作

【完結】私の嘘に気付かず勝ち誇る、可哀想な令嬢

横居花琉
恋愛
ブリトニーはナディアに張り合ってきた。 このままでは婚約者を作ろうとしても面倒なことになると考えたナディアは一つだけ誤解させるようなことをブリトニーに伝えた。 その結果、ブリトニーは勝ち誇るようにナディアの気になっていた人との婚約が決まったことを伝えた。 その相手はナディアが好きでもない、どうでもいい相手だった。

ループ中の不遇令嬢は三分間で荷造りをする

矢口愛留
恋愛
アンリエッタ・ベルモンドは、ループを繰り返していた。 三分後に訪れる追放劇を回避して自由を掴むため、アンリエッタは令嬢らしからぬ力技で実家を脱出する。 「今度こそ無事に逃げ出して、自由になりたい。生き延びたい」 そう意気込んでいたアンリエッタだったが、予想外のタイミングで婚約者エドワードと遭遇してしまった。 このままではまた捕まってしまう――そう思い警戒するも、義姉マリアンヌの虜になっていたはずのエドワードは、なぜか自分に執着してきて……? 不遇令嬢が溺愛されて、残念家族がざまぁされるテンプレなお話……だと思います。 *カクヨム、小説家になろうにも掲載しております。

処理中です...