階段下の物置き令嬢と呪われた公爵

LinK.

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オルフェウスとクロエの距離はぐっと縮まり、食事も一緒に取るようになっていた。

気を利かせたマルティネス公爵家の使用人達は食事を先にテーブルに並べ、二人だけの時間を楽しめるように部屋の外で待機している。


「オルフェウス様は存外わかり易いお方ですよね。お魚が好きでトマトが嫌い…。そうでしょう?」

「何故そう思う…?」

「お顔を見ていればわかりますよ」

「むぅ…」

恥ずかしそうにするオルフェウスを見てクロエは微笑み、穏やかな時間が流れていた。

食事を食べ終わると、クロエは徐に立ち上がってオルフェウスの元まで歩いていく。

「オルフェウス様、久しぶりに私と踊ってくださいませんか?」

すると何処からともなく音楽が流れ始め、二人は長いテーブルの周りを踊った。


いつまでもこの時間が続けばいいのに…。

オルフェウスはそんな事を思いながら目の前で楽しそうに踊るクロエを見つめる。

「呪いが解けたらお城の舞踏会に行きましょう?一緒に王都を観光して、綺麗な小川を見ながら二人で歩きましょう」

「あぁ、そうできると良いな…」

「大丈夫です。呪いは必ず解いてみせますから」

自分を見つめる力強い目に惹き込まれ、オルフェウスは自分からクロエに口づけを贈る。


「オルフェウス様を死なせません。私も死なないわ。二人で一緒に温かい家庭を築いていきましょう?」

「ありがとう、クロエ」

クロエはオルフェウスを優しく抱きしめて二人の未来を語る。


叶わない夢だとしても、明るい未来を想像することが楽しいと思った。生まれてくる普通の子供。自分の子供の成長を見て、孫の顔を見て、優しい家族に囲まれる未来。

そばにはいつもクロエがいる。

何もかもを諦めて生きてきたオルフェウスが初めて想像する未来。

そんな未来が来るわけがないと思うのに、クロエの言葉に期待してしまう。

もしかしたら本当に呪いが解ける日がくるのかもしれない。クロエが自分を呪いから救ってくれるかもしれない。
あと数年しか生きられないと思っていたが、何十年も生きられるかもしれない。


翌日、オルフェウスはトーマスに頼んで手鏡を購入した。

クロエと共に生きていきたい。

毎晩鏡で自分の顔を確認するようになり、少しずつ、本当に少しばかりの変化しかないが、変わっていく自分の顔を見てそう望むようになっていた。



しかし、幸せを望むオルフェウスを神は許してくれないようだ。先触れもなしにカイロスがマルティネス公爵家を訪ねに来た。


「私の手紙を無視するのならクロエを返してもらいましょう」

応接室に通したカイロスは開口一番にそう言った。

「充分な支度金を送った筈だが…?」

「あんなはした金では足りませんよ。なんせ呪われた公爵家に大切な娘を嫁がせるのですからな」

フードを深く被るオルフェウスを、一体どんな醜い顔が隠れているのかとカイロスは盗み見る。

「クロエの為に使ったのか?」

「はぁ?」

「送った支度金はクロエに使ったのかと聞いているんだ」

「金をどう使おうとあなたには関係のないことでしょう!人に顔も見せられない分際で何を偉そうに!」

オルフェウスは立ち上がってフードを外した。

「ひぃっ!」

噂に違わぬ気味の悪い爛れた顔。こんなに醜い男だったとは…。

「と、とにかく、あなたのような不気味で悍ましい顔のお方にクロエを渡すことはできませんので!今すぐ返して貰いますよ!その方がクロエの為にも良いでしょう?」


屋敷には当主である自分を否定する者などいなかったので、オルフェウスは初めて他人に否定されて考えた。

言われなくとも自分が一番わかっている。
呪われた家に嫁ぐよりも他の家に嫁いだ方がクロエは幸せになれる。

誰も否定しないから忘れていた。
ただクロエと一緒に過ごす時間が楽しくて、明るい未来を想像する事が嬉しかった。

最低な家族だが、自分の元にいるよりは良いのかもしれない…。

オルフェウスが再び全てを諦めようとしたその時、クロエが部屋に飛び出してきた。

「旦那様、何を勝手な事を仰っているのですか!この家に嫁いで二度と帰ってくるなと言ったのは旦那様ご自身でしょう!」

「おぉ、クロエか…。美しく成長して…、母親の生き写しのようだ。さぁ、家に帰ろう。私がお前のために良い嫁ぎ先を見つけてやるから」

自分に近付いてくるカイロスをクロエは睨みつける。

「私があなたの娘だと思った事は一度もありません!今すぐ帰って!」

「な!」

何処までも自分を馬鹿にして邪険に扱うクロエに腹が煮えくり返る思いだった。

平民の庶子で役立たずのクロエをここまで育ててきてやったというのに…。

怒りで我を忘れたカイロスは咄嗟にテーブルの上に置いてあった果物ナイフを掴んでクロエに突進する。

「私の言うことを聞かない娘など必要ない!」

グサッ…

人を刺した感触に我に返ったカイロスはヘナヘナと崩れ落ち、トーマス達使用人に取り押さえられた。


「怪我は無いか?」

頷くクロエを見て安堵したのか、力が抜けて床に倒れ込むオルフェウス。その背中には果物ナイフが刺さっている。

「どうして…?何故私を庇ったのですか…?」

「目の前で愛する君が傷付く姿を見たくなかったんだ。君が無事で良かった…」

オルフェウスはそう言い終わると目を閉じて動かなくなってしまった。
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