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最近は何もかもうまく行かない。
あの役立たずがいなくなってから幸せな日常に戻ったというのに、束の間の幸せだった。
屋敷は汚れ始め、ヘラは苛立つようになり
アドニスの我が儘は酷くなり、自分も太ってきた。
ヘラの命令で食事は野菜だけになって味気ない。
( 肉が食べたい。ソースがたっぷりかかったステーキ…。鴨の丸焼き…。肉汁の滴るハンバーグ… )
お腹が鳴っても食べるものがない。自分が食べないからと皆の間食も禁止され、カイロスはお茶を飲んで腹を膨らませる。
いきなり変わったのは何故だ?
クロエがいなくなったから…?
カイロスは最後に会った時に言われたクロエの母親の言葉を思い出していた。
『この子は魔女の血を引く子。大事に育ててください。粗末に扱えばあなたが不幸になります』
確かに年齢もわからないくらいに美しい女だった。
だが、いくら美しいからと言って自分を魔女だというのは些か大袈裟だろう。
大人しい性格の女中だと思えば自身に溢れた女だったのか。
大切に扱って欲しいのなら愛想くらい振りまけば良いものを、自分を邪険にする女中とクロエを大事にできるわけないだろう。
それに、ヘラがクロエを階段下の物置に閉じ込めても何も起こらなかった。
今更何が起こるというのだ。馬鹿馬鹿しい。
ただでさえ空腹で苛々しているというのに、届いた知らせはカイロスを激高させる。
「何をしに来た。この屋敷から出て行ったはずだろう?」
カイロスが睨みつけるのはダンテとマチルダ。
「旦那様の為にあの公爵家に支度金の催促をしに行ったのです!」
「そうです!それなのにあの不気味な公爵は…」
二人は公爵家で働こうと目論んでいた事は伏せ、有る事無い事をカイロスに伝えた。
「なんだと!馬鹿にしよって!いくら公爵家といえども許せん!」
マルティネス公爵家が支度金を払うつもりはないと聞かされたカイロスは叫ぶ。
「旦那様の為に少しでも情報を得ようと思ってあの屋敷を窺っていたのですが、あの出来損ないがまるで母親の生き写しのように美しく成長していたのです。公爵は金が惜しくなって嘘をついているのでしょう」
あの子供のまま成長が止まったクロエが美しく成長したと聞き、カイロスはある考えが思い浮かんだ。
( 金持ちの後妻として高値で売れるのではないか? )
この二人が生きて帰ってきたのだ。呪いなど所詮噂に過ぎない。大金を得ればヘラの癇癪も収まるだろう。
「あの…。命がけで公爵家に行ったのですから、また私共はここで働けるのですよね?」
手を揉みながら尋ねるマチルダにカイロスは少しばかりの小銭を投げつける。
「これで充分だろう」
すぐにでも公爵家に手紙を出さねばとカイロスは屋敷へと戻っていった。
「これっぽっちしか貰えてないなんて、私達はどうやって生活していけばいいのよ!」
悪態をつくマチルダを横目に、ダンテは獲物を見つけた。
「坊ちゃん!アドニス坊ちゃん!」
「お前はダンテか!お前はが居なくなってから食事が野菜だけになってしまったんだ!」
ドカドカと走っているのかわからない速さで歩いて来るアドニス。最後に見た時よりもお腹がはち切れそうにパンパンになっている。
「坊ちゃんが奥様に言ってくだされば、また毎日美味しい料理を提供できます!」
「最近のママは怖いからな…。そうだ、ママに内緒でこっそりとお前の作った料理を持ってくれれば良い!」
アドニスはふんぞり返って言う。
「いかほど貰えるのですか?」
「僕から金を取るのか?」
「食材を買うのにもお金がかかりますし、坊ちゃんに食べて貰うには最高級の品を用意しなければと思いまして…」
アドニスは少し考えてから大きく頷く。
「僕のお小遣いから出そう」
値段も何もわからないアドニスはダンテの給料よりも高い額を支払うことになるのだが、教えてくれる者はここにはいなかった。
毎日肉料理を届ける約束をしたダンテは顔を綻ばせながら家路につく。
「これで良いだろう?」
「あなたが旦那で良かったわ」
安い肉を買って味付けを更に濃くして肉本来の味を誤魔化して浮いたお金で豪遊する二人だったが、何日か経った日にカイロスに見つかってしまう。
肉に飢えていたカイロスは自分の分も作るように命じたのだが、アドニスよりも金にうるさかった。
材料費をちょろまかしていたので給金としては充分に与えられていたのだが、一度豪遊に目覚めてしまった二人には到底足りない。
もっと金が欲しい。もっと遊びたい。買い物がしたい。
他に仕事の見つからない…、というよりも探すことなどしていなかった二人には金の出処など無かった。
そんなある日、ガルシア男爵家に肉料理を届けた帰りのことだった。
年老いた男性を見つけてダンテは立ち止まる。
( あれは確か一人暮らしの爺さんか… )
金が無いのならあるところから奪えばいい。
その日の夜、ダンテはマチルダと二人で老人の家に忍込んで有り金を奪った。
捕まらなければ大丈夫。
誰にも見られなければ問題ない。
この日から二人は金が無くなると人の家に忍び込んで盗むようになっていく。
あの役立たずがいなくなってから幸せな日常に戻ったというのに、束の間の幸せだった。
屋敷は汚れ始め、ヘラは苛立つようになり
アドニスの我が儘は酷くなり、自分も太ってきた。
ヘラの命令で食事は野菜だけになって味気ない。
( 肉が食べたい。ソースがたっぷりかかったステーキ…。鴨の丸焼き…。肉汁の滴るハンバーグ… )
お腹が鳴っても食べるものがない。自分が食べないからと皆の間食も禁止され、カイロスはお茶を飲んで腹を膨らませる。
いきなり変わったのは何故だ?
クロエがいなくなったから…?
カイロスは最後に会った時に言われたクロエの母親の言葉を思い出していた。
『この子は魔女の血を引く子。大事に育ててください。粗末に扱えばあなたが不幸になります』
確かに年齢もわからないくらいに美しい女だった。
だが、いくら美しいからと言って自分を魔女だというのは些か大袈裟だろう。
大人しい性格の女中だと思えば自身に溢れた女だったのか。
大切に扱って欲しいのなら愛想くらい振りまけば良いものを、自分を邪険にする女中とクロエを大事にできるわけないだろう。
それに、ヘラがクロエを階段下の物置に閉じ込めても何も起こらなかった。
今更何が起こるというのだ。馬鹿馬鹿しい。
ただでさえ空腹で苛々しているというのに、届いた知らせはカイロスを激高させる。
「何をしに来た。この屋敷から出て行ったはずだろう?」
カイロスが睨みつけるのはダンテとマチルダ。
「旦那様の為にあの公爵家に支度金の催促をしに行ったのです!」
「そうです!それなのにあの不気味な公爵は…」
二人は公爵家で働こうと目論んでいた事は伏せ、有る事無い事をカイロスに伝えた。
「なんだと!馬鹿にしよって!いくら公爵家といえども許せん!」
マルティネス公爵家が支度金を払うつもりはないと聞かされたカイロスは叫ぶ。
「旦那様の為に少しでも情報を得ようと思ってあの屋敷を窺っていたのですが、あの出来損ないがまるで母親の生き写しのように美しく成長していたのです。公爵は金が惜しくなって嘘をついているのでしょう」
あの子供のまま成長が止まったクロエが美しく成長したと聞き、カイロスはある考えが思い浮かんだ。
( 金持ちの後妻として高値で売れるのではないか? )
この二人が生きて帰ってきたのだ。呪いなど所詮噂に過ぎない。大金を得ればヘラの癇癪も収まるだろう。
「あの…。命がけで公爵家に行ったのですから、また私共はここで働けるのですよね?」
手を揉みながら尋ねるマチルダにカイロスは少しばかりの小銭を投げつける。
「これで充分だろう」
すぐにでも公爵家に手紙を出さねばとカイロスは屋敷へと戻っていった。
「これっぽっちしか貰えてないなんて、私達はどうやって生活していけばいいのよ!」
悪態をつくマチルダを横目に、ダンテは獲物を見つけた。
「坊ちゃん!アドニス坊ちゃん!」
「お前はダンテか!お前はが居なくなってから食事が野菜だけになってしまったんだ!」
ドカドカと走っているのかわからない速さで歩いて来るアドニス。最後に見た時よりもお腹がはち切れそうにパンパンになっている。
「坊ちゃんが奥様に言ってくだされば、また毎日美味しい料理を提供できます!」
「最近のママは怖いからな…。そうだ、ママに内緒でこっそりとお前の作った料理を持ってくれれば良い!」
アドニスはふんぞり返って言う。
「いかほど貰えるのですか?」
「僕から金を取るのか?」
「食材を買うのにもお金がかかりますし、坊ちゃんに食べて貰うには最高級の品を用意しなければと思いまして…」
アドニスは少し考えてから大きく頷く。
「僕のお小遣いから出そう」
値段も何もわからないアドニスはダンテの給料よりも高い額を支払うことになるのだが、教えてくれる者はここにはいなかった。
毎日肉料理を届ける約束をしたダンテは顔を綻ばせながら家路につく。
「これで良いだろう?」
「あなたが旦那で良かったわ」
安い肉を買って味付けを更に濃くして肉本来の味を誤魔化して浮いたお金で豪遊する二人だったが、何日か経った日にカイロスに見つかってしまう。
肉に飢えていたカイロスは自分の分も作るように命じたのだが、アドニスよりも金にうるさかった。
材料費をちょろまかしていたので給金としては充分に与えられていたのだが、一度豪遊に目覚めてしまった二人には到底足りない。
もっと金が欲しい。もっと遊びたい。買い物がしたい。
他に仕事の見つからない…、というよりも探すことなどしていなかった二人には金の出処など無かった。
そんなある日、ガルシア男爵家に肉料理を届けた帰りのことだった。
年老いた男性を見つけてダンテは立ち止まる。
( あれは確か一人暮らしの爺さんか… )
金が無いのならあるところから奪えばいい。
その日の夜、ダンテはマチルダと二人で老人の家に忍込んで有り金を奪った。
捕まらなければ大丈夫。
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