11 / 22
11
しおりを挟む
道もわからずにクロエは走り続けていた。
段々と暗くなり、ぽつぽつと雨が降り始める。
雨脚が強まってきて、髪も服もびしょ濡れになった。
手が震えているのは寒さからなのか…。
( オルフェウス様はあの顔を見られたくなかったんだ… )
悪魔のような不気味な顔。触れたら落ちてきそうな程に爛れた肌は痛々しくて、見てはいけないと思いながらも目を離せなかった。
それに恐ろしいとも思ってしまった。
オルフェウスに再び怒鳴られるまで動けなかった。
突然お仕掛けた自分を客人としてもてなしてくれたというのに、恩人に対して恐怖におののき無礼な態度をとってしまったのだ。追い出されるのも当然だろう。
行く宛のないクロエは雨が降り注ぐ森を歩き、雨宿りの出来そうな場所で雨が止むのを待った。
濡れた服を乾かしたくても代わりの服はない。火を起こす術も知らない。
少しでも自分の身体を温めようと、クロエは自分の身体を抱きしめて丸くなった。
▷▷▷
「雨が強くなってきましたね…」
「あぁ…」
トーマスは窓の外を眺めながらオルフェウスに尋ねる。
「よろしかったんでしょうか…?」
「あぁ、これで良かったんだ」
トーマスは物言いたげな目でオルフェウスを見るが、オルフェウスが顔を上げることは無かった。
「行く宛もないのに、何処へ行かれたんでしょうね。馬車もなく人の足でこの森を抜けるのは至難の業でしょう…」
そう呟いてトーマスは執務室を出ていく。
オルフェウスが仕事に集中していると雷が光った。
外を見ると地面を叩きつけるような激しい雨。
脳裏に過るのは楽しそうに掃除をするクロエ。
嬉しそうにアビゲイルと話すクロエ。
そして自分を怯えた表情で見るクロエ。
( 雨はそのうちに止む。歩き続ければ街にたどり着くだろう。そうすれば働き先でも嫁ぎ先でもすぐに見つかる )
書類を読もうとしても雨の音と雷の光が気になって集中できない。
何も考えるな。以前の生活に戻るだけだ。
クロエだってその方が幸せになれる。
………。
オルフェウスは書類を机の上に置き、立ち上がった。
「少し出掛けてくる」
そう告げられたトーマスは驚いて目を見開いたが、すぐに笑顔になる。
「温かいスープでも用意しておきましょう」
「あぁ…」
▷▷▷
クロエは夢を見ていた。
まだ小さかった頃の夢。誰かに抱きしめられている。
『生まれれきてくれてありがとう。あなたは私の宝物よ』
( もしかしてお母さん…? )
今のクロエにそっくりな女性。
すべてを包み込んでくれるような優しい眼差し。
( お母さん。私、オルフェウス様を怒らせてしまったの…。きっと凄く傷付けた…。あんなにお世話になったのに… )
夢の中でクロエは母親に心の内を聞かせる。
『大丈夫よ、クロエ。あなたの言葉には力が宿るの。優しい気持ちも温かい感情も、言葉にすれば伝わるわ』
母親はクロエを強く抱きしめた。
「ありがとう…。ごめんなさい…」
うわ言のように繰り返すクロエの頭をそっと撫で、オルフェウスは部屋を出る。
「まだ熱が下がらないようですね…」
部屋の外にはトーマスとアビゲイルが心配そうに立っている。
「私の所為だな。カッとなってしまって、怒鳴って追い出した…」
「オルフェウス様…」
自分の責任だと言ってオルフェウスはクロエの看病を買って出た。
熱にうなされるクロエは同じ言葉を繰り返す。
母親が恋しいのだろう。母を呼ぶ声と誰かへの謝罪の言葉。
「もう謝らなくていい。君の気持ちは相手にも伝わっているはずだ。だから、早く元気になるんだ」
オルフェウスがクロエの手を握りしめると、クロエの顔が少し穏やかになった気がした。
「大丈夫だから…」
早く元気な顔を見せて欲しい。
翌日、オルフェウスがクロエの額に張り付いた髪を退かしてやると、クロエの目が薄っすらと開いた。
「オルフェウス様…?」
オルフェウスはサッと離れてフードを深く被り、クロエから距離を取る。
「ここは…?」
状況の飲み込めていないクロエにオルフェウスが説明する。
「木の麓で倒れている君を見つけて屋敷に連れ戻したんだ。雨に打たれて熱を出したようだ」
「申し訳ございません!」
慌てて起き上がろうとするクロエをオルフェウスは制した。
「いや、君が謝る必要はない。それよりも体調はどうだ?」
オルフェウスに怒っている様子が見られずに安心して力が抜けてしまったクロエはおかしくなって笑った。
「お陰様で大丈夫です。オルフェウス様はいつも私の体調を心配してくれますね」
「あ、あぁ…。元気になったのなら良かった。私は仕事に戻るよ」
扉に向かって歩いていくオルフェウスをクロエは呼び止める。
「あ、あの…。またお茶を入れたりお仕事のお手伝いをしても良いでしょうか?」
「………。君は…。いや、もう少し安静にして体調が万全になったら頼むよ」
「はい!すぐに元気になります!」
背を向けているクロエの顔は見えないが、嬉しそうな声が聞こえた。
執務室に戻ってトーマスにクロエが目覚めた事を伝えると、ほっと胸をなでおろしてオルフェウスに言う。
「良かったですね」
「あぁ、これで罪悪感も無くなったよ…」
「左様ですか」
オルフェウスは気付いていないがトーマスはしっかりと見ていた。フードに隠れて表情は見えないが、唯一見える口元。その口角が上がっている。
( 私の顔を見たのに怖くないのだろうか…?まだ側に居てくれるのだろうか…? )
不安と嬉しい気持ちが複雑に混ざり合った、そんな感情をオルフェウスは抱いていた。
段々と暗くなり、ぽつぽつと雨が降り始める。
雨脚が強まってきて、髪も服もびしょ濡れになった。
手が震えているのは寒さからなのか…。
( オルフェウス様はあの顔を見られたくなかったんだ… )
悪魔のような不気味な顔。触れたら落ちてきそうな程に爛れた肌は痛々しくて、見てはいけないと思いながらも目を離せなかった。
それに恐ろしいとも思ってしまった。
オルフェウスに再び怒鳴られるまで動けなかった。
突然お仕掛けた自分を客人としてもてなしてくれたというのに、恩人に対して恐怖におののき無礼な態度をとってしまったのだ。追い出されるのも当然だろう。
行く宛のないクロエは雨が降り注ぐ森を歩き、雨宿りの出来そうな場所で雨が止むのを待った。
濡れた服を乾かしたくても代わりの服はない。火を起こす術も知らない。
少しでも自分の身体を温めようと、クロエは自分の身体を抱きしめて丸くなった。
▷▷▷
「雨が強くなってきましたね…」
「あぁ…」
トーマスは窓の外を眺めながらオルフェウスに尋ねる。
「よろしかったんでしょうか…?」
「あぁ、これで良かったんだ」
トーマスは物言いたげな目でオルフェウスを見るが、オルフェウスが顔を上げることは無かった。
「行く宛もないのに、何処へ行かれたんでしょうね。馬車もなく人の足でこの森を抜けるのは至難の業でしょう…」
そう呟いてトーマスは執務室を出ていく。
オルフェウスが仕事に集中していると雷が光った。
外を見ると地面を叩きつけるような激しい雨。
脳裏に過るのは楽しそうに掃除をするクロエ。
嬉しそうにアビゲイルと話すクロエ。
そして自分を怯えた表情で見るクロエ。
( 雨はそのうちに止む。歩き続ければ街にたどり着くだろう。そうすれば働き先でも嫁ぎ先でもすぐに見つかる )
書類を読もうとしても雨の音と雷の光が気になって集中できない。
何も考えるな。以前の生活に戻るだけだ。
クロエだってその方が幸せになれる。
………。
オルフェウスは書類を机の上に置き、立ち上がった。
「少し出掛けてくる」
そう告げられたトーマスは驚いて目を見開いたが、すぐに笑顔になる。
「温かいスープでも用意しておきましょう」
「あぁ…」
▷▷▷
クロエは夢を見ていた。
まだ小さかった頃の夢。誰かに抱きしめられている。
『生まれれきてくれてありがとう。あなたは私の宝物よ』
( もしかしてお母さん…? )
今のクロエにそっくりな女性。
すべてを包み込んでくれるような優しい眼差し。
( お母さん。私、オルフェウス様を怒らせてしまったの…。きっと凄く傷付けた…。あんなにお世話になったのに… )
夢の中でクロエは母親に心の内を聞かせる。
『大丈夫よ、クロエ。あなたの言葉には力が宿るの。優しい気持ちも温かい感情も、言葉にすれば伝わるわ』
母親はクロエを強く抱きしめた。
「ありがとう…。ごめんなさい…」
うわ言のように繰り返すクロエの頭をそっと撫で、オルフェウスは部屋を出る。
「まだ熱が下がらないようですね…」
部屋の外にはトーマスとアビゲイルが心配そうに立っている。
「私の所為だな。カッとなってしまって、怒鳴って追い出した…」
「オルフェウス様…」
自分の責任だと言ってオルフェウスはクロエの看病を買って出た。
熱にうなされるクロエは同じ言葉を繰り返す。
母親が恋しいのだろう。母を呼ぶ声と誰かへの謝罪の言葉。
「もう謝らなくていい。君の気持ちは相手にも伝わっているはずだ。だから、早く元気になるんだ」
オルフェウスがクロエの手を握りしめると、クロエの顔が少し穏やかになった気がした。
「大丈夫だから…」
早く元気な顔を見せて欲しい。
翌日、オルフェウスがクロエの額に張り付いた髪を退かしてやると、クロエの目が薄っすらと開いた。
「オルフェウス様…?」
オルフェウスはサッと離れてフードを深く被り、クロエから距離を取る。
「ここは…?」
状況の飲み込めていないクロエにオルフェウスが説明する。
「木の麓で倒れている君を見つけて屋敷に連れ戻したんだ。雨に打たれて熱を出したようだ」
「申し訳ございません!」
慌てて起き上がろうとするクロエをオルフェウスは制した。
「いや、君が謝る必要はない。それよりも体調はどうだ?」
オルフェウスに怒っている様子が見られずに安心して力が抜けてしまったクロエはおかしくなって笑った。
「お陰様で大丈夫です。オルフェウス様はいつも私の体調を心配してくれますね」
「あ、あぁ…。元気になったのなら良かった。私は仕事に戻るよ」
扉に向かって歩いていくオルフェウスをクロエは呼び止める。
「あ、あの…。またお茶を入れたりお仕事のお手伝いをしても良いでしょうか?」
「………。君は…。いや、もう少し安静にして体調が万全になったら頼むよ」
「はい!すぐに元気になります!」
背を向けているクロエの顔は見えないが、嬉しそうな声が聞こえた。
執務室に戻ってトーマスにクロエが目覚めた事を伝えると、ほっと胸をなでおろしてオルフェウスに言う。
「良かったですね」
「あぁ、これで罪悪感も無くなったよ…」
「左様ですか」
オルフェウスは気付いていないがトーマスはしっかりと見ていた。フードに隠れて表情は見えないが、唯一見える口元。その口角が上がっている。
( 私の顔を見たのに怖くないのだろうか…?まだ側に居てくれるのだろうか…? )
不安と嬉しい気持ちが複雑に混ざり合った、そんな感情をオルフェウスは抱いていた。
31
お気に入りに追加
222
あなたにおすすめの小説

純白の牢獄
ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

「これは私ですが、そちらは私ではありません」
イチイ アキラ
恋愛
試験結果が貼り出された朝。
その掲示を見に来ていたマリアは、王子のハロルドに指をつきつけられ、告げられた。
「婚約破棄だ!」
と。
その理由は、マリアが試験に不正をしているからだという。
マリアの返事は…。
前世がある意味とんでもないひとりの女性のお話。
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
悪役断罪?そもそも何かしましたか?
SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。
男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。
あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。
えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。
勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。
婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。
国樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。
声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。
愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。
古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。
よくある感じのざまぁ物語です。
ふんわり設定。ゆるーくお読みください。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
完結 王族の醜聞がメシウマ過ぎる件
音爽(ネソウ)
恋愛
王太子は言う。
『お前みたいなつまらない女など要らない、だが優秀さはかってやろう。第二妃として存分に働けよ』
『ごめんなさぁい、貴女は私の代わりに公儀をやってねぇ。だってそれしか取り柄がないんだしぃ』
公務のほとんどを丸投げにする宣言をして、正妃になるはずのアンドレイナ・サンドリーニを蹴落とし正妃の座に就いたベネッタ・ルニッチは高笑いした。王太子は彼女を第二妃として迎えると宣言したのである。
もちろん、そんな事は罷りならないと王は反対したのだが、その言葉を退けて彼女は同意をしてしまう。
屈辱的なことを敢えて受け入れたアンドレイナの真意とは……
*表紙絵自作

【完結】私の嘘に気付かず勝ち誇る、可哀想な令嬢
横居花琉
恋愛
ブリトニーはナディアに張り合ってきた。
このままでは婚約者を作ろうとしても面倒なことになると考えたナディアは一つだけ誤解させるようなことをブリトニーに伝えた。
その結果、ブリトニーは勝ち誇るようにナディアの気になっていた人との婚約が決まったことを伝えた。
その相手はナディアが好きでもない、どうでもいい相手だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる