階段下の物置き令嬢と呪われた公爵

LinK.

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道もわからずにクロエは走り続けていた。
段々と暗くなり、ぽつぽつと雨が降り始める。

雨脚が強まってきて、髪も服もびしょ濡れになった。

手が震えているのは寒さからなのか…。


( オルフェウス様はあの顔を見られたくなかったんだ… )

悪魔のような不気味な顔。触れたら落ちてきそうな程に爛れた肌は痛々しくて、見てはいけないと思いながらも目を離せなかった。

それに恐ろしいとも思ってしまった。
オルフェウスに再び怒鳴られるまで動けなかった。

突然お仕掛けた自分を客人としてもてなしてくれたというのに、恩人に対して恐怖におののき無礼な態度をとってしまったのだ。追い出されるのも当然だろう。

行く宛のないクロエは雨が降り注ぐ森を歩き、雨宿りの出来そうな場所で雨が止むのを待った。

濡れた服を乾かしたくても代わりの服はない。火を起こす術も知らない。

少しでも自分の身体を温めようと、クロエは自分の身体を抱きしめて丸くなった。


▷▷▷


「雨が強くなってきましたね…」

「あぁ…」

トーマスは窓の外を眺めながらオルフェウスに尋ねる。

「よろしかったんでしょうか…?」

「あぁ、これで良かったんだ」

トーマスは物言いたげな目でオルフェウスを見るが、オルフェウスが顔を上げることは無かった。

「行く宛もないのに、何処へ行かれたんでしょうね。馬車もなく人の足でこの森を抜けるのは至難の業でしょう…」

そう呟いてトーマスは執務室を出ていく。


オルフェウスが仕事に集中していると雷が光った。
外を見ると地面を叩きつけるような激しい雨。

脳裏に過るのは楽しそうに掃除をするクロエ。
嬉しそうにアビゲイルと話すクロエ。

そして自分を怯えた表情で見るクロエ。

( 雨はそのうちに止む。歩き続ければ街にたどり着くだろう。そうすれば働き先でも嫁ぎ先でもすぐに見つかる )

書類を読もうとしても雨の音と雷の光が気になって集中できない。

何も考えるな。以前の生活に戻るだけだ。
クロエだってその方が幸せになれる。

………。

オルフェウスは書類を机の上に置き、立ち上がった。

「少し出掛けてくる」

そう告げられたトーマスは驚いて目を見開いたが、すぐに笑顔になる。

「温かいスープでも用意しておきましょう」

「あぁ…」


▷▷▷


クロエは夢を見ていた。

まだ小さかった頃の夢。誰かに抱きしめられている。

『生まれれきてくれてありがとう。あなたは私の宝物よ』

( もしかしてお母さん…? )

今のクロエにそっくりな女性。
すべてを包み込んでくれるような優しい眼差し。

( お母さん。私、オルフェウス様を怒らせてしまったの…。きっと凄く傷付けた…。あんなにお世話になったのに… )

夢の中でクロエは母親に心の内を聞かせる。

『大丈夫よ、クロエ。あなたの言葉には力が宿るの。優しい気持ちも温かい感情も、言葉にすれば伝わるわ』

母親はクロエを強く抱きしめた。



「ありがとう…。ごめんなさい…」

うわ言のように繰り返すクロエの頭をそっと撫で、オルフェウスは部屋を出る。

「まだ熱が下がらないようですね…」

部屋の外にはトーマスとアビゲイルが心配そうに立っている。

「私の所為だな。カッとなってしまって、怒鳴って追い出した…」

「オルフェウス様…」

自分の責任だと言ってオルフェウスはクロエの看病を買って出た。


熱にうなされるクロエは同じ言葉を繰り返す。
母親が恋しいのだろう。母を呼ぶ声と誰かへの謝罪の言葉。

「もう謝らなくていい。君の気持ちは相手にも伝わっているはずだ。だから、早く元気になるんだ」

オルフェウスがクロエの手を握りしめると、クロエの顔が少し穏やかになった気がした。

「大丈夫だから…」

早く元気な顔を見せて欲しい。


翌日、オルフェウスがクロエの額に張り付いた髪を退かしてやると、クロエの目が薄っすらと開いた。

「オルフェウス様…?」

オルフェウスはサッと離れてフードを深く被り、クロエから距離を取る。

「ここは…?」

状況の飲み込めていないクロエにオルフェウスが説明する。

「木の麓で倒れている君を見つけて屋敷に連れ戻したんだ。雨に打たれて熱を出したようだ」

「申し訳ございません!」

慌てて起き上がろうとするクロエをオルフェウスは制した。

「いや、君が謝る必要はない。それよりも体調はどうだ?」

オルフェウスに怒っている様子が見られずに安心して力が抜けてしまったクロエはおかしくなって笑った。

「お陰様で大丈夫です。オルフェウス様はいつも私の体調を心配してくれますね」

「あ、あぁ…。元気になったのなら良かった。私は仕事に戻るよ」

扉に向かって歩いていくオルフェウスをクロエは呼び止める。

「あ、あの…。またお茶を入れたりお仕事のお手伝いをしても良いでしょうか?」

「………。君は…。いや、もう少し安静にして体調が万全になったら頼むよ」

「はい!すぐに元気になります!」

背を向けているクロエの顔は見えないが、嬉しそうな声が聞こえた。


執務室に戻ってトーマスにクロエが目覚めた事を伝えると、ほっと胸をなでおろしてオルフェウスに言う。

「良かったですね」

「あぁ、これで罪悪感も無くなったよ…」

「左様ですか」

オルフェウスは気付いていないがトーマスはしっかりと見ていた。フードに隠れて表情は見えないが、唯一見える口元。その口角が上がっている。


( 私の顔を見たのに怖くないのだろうか…?まだ側に居てくれるのだろうか…? )

不安と嬉しい気持ちが複雑に混ざり合った、そんな感情をオルフェウスは抱いていた。
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