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少しずつ変化していく屋敷と使用人たち。

屋敷の雰囲気も明るくなり、どんよりと重い空気もなくなっている。喜ばしいことなのだが、オルフェウスは何処か恐怖も感じていた。

( 何が起こっているんだ…? )

あれから数日経つが、クロエの働き先は未だ見つかっていない。トーマスに尋ねてものらりくらりと躱されて、本当に探しているのかも怪しい。

トーマスの策略だろう。書類の整理の手伝いや休憩のお茶をいれに来るクロエ。オルフェウスは顔を見られないようにフードを深く被り、なるべくクロエのいない方向を向いて仕事をしていた。

何年も一緒にいるのだ。トーマスの気持ちもわからないでもない。ずっと一人でいるオルフェウスのため、マルティネス公爵家の存続のためにクロエを妻として充てがおうとしているのだろう。

だが、喜んで自分に嫁ぐ女性が何処にいる?
この爛れた顔を、母親にすら愛されなかったこの顔を好きになってくれる人などいるはずもない。
ましてや嫁げば早死する運命。

嫁がなくてもこの屋敷に住み始めれば人形のように感情を失ってしまうというのに…。そして、誰もその変化に気が付かない。それが誰も知らない公爵家のもう一つの呪い。

幼い頃に母を失ったクロエ。
自分と同じように母親の愛情を知らない。

自分にはトーマスがいたがクロエには誰もおらず、小さな物置き部屋に閉じ込められて使用人として働かされていた。

身体が成長しなかったのも、そうしなければ生きていけない状況下だったに違いない。もしかしたら自分よりも辛い日々を過ごしていたのかも知れない。

ようやく解放されて本来の姿を取り戻したクロエをマルティネス公爵家の呪いに関わらせる事などできない。


それにしても…。

どうしてクロエだけが変わらなかったんだろうか?
彼女が来てから何年も変わらなかった屋敷に変化が起こっている。

まさかクロエに呪いを解く鍵が…?
視界が良くなったのもクロエの力が働いたのか…?

この顔も普通に戻るのだろうか…?
いや、そんな奇跡が起こるわけがない。

オルフェウスは自分の顔を撫で、その手を強く握りしめる。

( トーマスにはもう一度話して聞かせよう )


オルフェウスに説得されて渋々と引き下がったトーマスは納得しきれなかった。

せっせと働くクロエがこのまま屋敷に留まってくれれば、塞ぎ込むオルフェウスに良い影響を与えてくれるのではないか。

クロエが命は惜しくないと言えるほどオルフェウスを慕ってくれれば良いのに…。

でもオルフェウスの言う通り、クロエに閉ざされた未来を強いるのも可哀想なことだ。

( 何とももどかしいものですな… )

それでもトーマスはクロエをオルフェウスの元へ送ることを止められない。



オルフェウスは顔を俯かせながらクロエを見ていた。

( 本当に別人のようだな…。こんなに美しくなったんだから貴族でなくとも嫁ぎ先はいくらでもあるだろう )

無理矢理呪われた自分に嫁ぐ必要もない。
クロエが優しい女性だということは知っている。
だが、この屋敷に来た初日の様子も知っている。

キョロキョロと周りを見ながら憂鬱な顔をしていた。
子供だから仕方がない事だと思っていたが、実際は成人した女性。

万が一自分の顔を見て叫ばれたら?
母親のように近付くなと言って突き飛ばされたら?


考え事をしていたオルフェウスは、手元のインクが溢れていることに気が付かなかった。

気が付いたのはいつの間にか近くに立っているクロエ。
目線を下げればすぐそばにクロエの顔があり、机の上を慌てた様子で拭いている。

「大丈夫ですか?」

クロエが顔を上げた時、オルフェウスと目が合う。


見られてしまった。

オルフェウスはクロエが自分の顔を見て息を呑み、目を見開くのが見える。

「私に近付くなと言っただろう!」

オルフェウスは全力でクロエを突き飛ばした。
よろけるクロエを見ても怒りと恐怖に飲まれてオルフェウスは気が付かない。

「出ていけ!二度と私に近付くな!」

我を忘れたオルフェウスが立ち上がると、フードが外れて顔があらわになる。


初めて見るオルフェウスの爛れた顔。
左右の目の位置が違い、どこを見ているのかわからない。
かろうじて鼻があるのはわかるが、埋もれているのか周りの肌が腫れ上がっているのか、何処からが鼻なのか…。
口は引きつっていて、喋るのも食事をするのも大変そうで…。

今にも落ちてきそうに垂れ下がっている肌を見て、クロエは何も言うことができずにオルフェウスを見ることしかできなかった。


( 何故よく見えるようになってしまったんだ )

オルフェウスは自分を見て怯えるクロエを見て、そう思った。
以前なら薄っすらとぼやけてここまで相手の表情を見ることなどできなかったというのに、今はハッキリと見える。

「今すぐこの屋敷から出ていくんだ!」

大きな声で怒鳴られて、クロエは走って執務室から出ていく。


外に待機していたトーマスに別れと謝罪の言葉を告げ、そのまま屋敷の外に飛び出していった。
オルフェウスの好意で服などは与えられていたが、クロエの持ち物など一つもない。

走って追いかけて来るトーマスの制止を振り切ってクロエはただ走り続けた。
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