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その頃のガルシア男爵家では…
「いつになったら支度金が送られて来るのだ!あの役立たずめ!」
カイロスは憤慨していた。
一文の得にもならないのなら今まで同様にクロエを使用人として屋敷に置いておけば良かったと後悔してももう遅い。
相手は格上の公爵家。
今更無かった事にして欲しいと言うわけにはいかない。
それに下手を打って公爵家の怒りを買ってしまって、自分が呪われでもしたら堪ったものではない。
支度金を催促する手紙を書いてはぐちゃぐちゃに丸めて放り投げ、それを何度も繰り返していた。
カイロスだって最初からクロエを疎まし思っていたわけではない。
親の決めた婚約者よりも美しい女中に心を奪われて、第二夫人として大切にしてやろうと思っていた。
それなのに自分の子供を産んでもなお、心を開かない女に自分に懐かない娘。
段々と苛立ちが募り、婦人であるヘラが二人にどんな嫌がらせをしようとも目を瞑ってきた。
( 人の好意を踏みにじる奴らが悪いんだ )
男爵家嫡男の自分が平民を見初めてやったというのに、感謝をするどころか自分を邪険に扱う二人が許せなかった。
美人薄命とでもいうのか、産後の肥立ちが悪かったのか…。
クロエが5歳にも満たないうちに母親の女中は儚くなり、誰も世話をしなくなったクロエはヘラの命令で物置に閉じ込められるようになる。
幼い子供に屋敷内で死なれては困ると思い、侍女のマチルダに世話をするように言い付けたカイロス。
これで自分の役目は終わったとばかりに一切の関心を失った。
母親のように美しく育てば使い道があるものを、クロエはいつまで経っても子供のような姿のままで…。
まるでなんの役にも立たない。
給金のいらない使用人が一人いると思えばまだ良かった。
そんな時に見つけたのがマルティネス公爵家の釣書。何も言わずに嫁いだ後は屋敷から逃げ出さないというだけの、誰にだって出来る簡単な条件。
釣書は何年も前の物だったが、未だに独り身の公爵なのだから条件は同じだろう。見つけた時は天にも登る気持ちだったというのに…。
「何故馬鹿にでも出来る事があれには出来ないんだ!」
「所詮意地汚い平民の子供。期待など端から無駄な事だったんですよ。お金もかからずに処理できたのだから良かったではないですか」
「ぅむ…」
婚約中に浮気をしてしまった手前、ヘラには頭が上がらない。嬉しそうに笑うヘラを見て何も言えなくなるカイロスだった。
ヘラは気分が良かった。
カイロスの元に嫁ぐ日を心待ちにしていたのに、平民との不貞に子供まで身籠ったと聞かされた時には怒りで腸が煮えくり返りそうだった。
嫌がらせをする事で鬱憤を晴らし、憎き泥棒猫がいなくなったところで子供を階段下の物置に閉じ込めた。クロエがどうなろうと、視界にさえ入らなければどうだっていい。
マルティネス公爵家に嫁がせるとカイロスに言われた時は若干の苛立ちを感じたが、呪われた公爵家はクロエにお誂え向きだと思った。
( 呪われた醜い男にさえ見向きもされないなんて、いい気味だわ )
ガルシア男爵家から出て行ったクロエはもう赤の他人。
マルティネス公爵家から追い出されたってこの家の敷居は二度と跨がせない。
長年の憂いが無くなったからだろうか。
それとも心に余裕ができたからだろうか。
人が一人いなくなっただけでこんなにも世界が輝いて見えるなんて、やはり平民は貴族とは違うのだ。
「アドニスちゃんもあの穀潰しがいなくなってからよく食べるようになったわね」
「あいつがいなくなってご飯に味が付いた気がするよ」
アドニスはソースのたっぷりかかったステーキに更に塩胡椒を足し、肉の塊に齧りつく。
「まぁまぁ、お口にソースと油が垂れているわよ」
アドニスは口を突き出して、ヘラは甲斐甲斐しくハンカチでアドニスの口元を拭う。
「ありがとう、ママ」
「男の子はいつまで経ってもママが必要なのね」
ヘラは嬉しそうに食事を再開させた。
「それにしても最近の食事はパンが進むな。いつもの数では足りないくらいだ」
カイロスは五つ目のパンを手にとって千切る。
「あら、私も同じ事を思っていたわ」
ヘラがそう言うと、アドニスは自信満々に答えた。
「出来損ないの姉がいなくなったから美味しく感じるんだよ」
「その通りね。アドニスちゃんは賢いわ」
ヘラはアドニスの頭を撫で、アドニスもカイロスも満足したように頷く。
「これが本来のガルシア男爵家の在り方なんだ」
幸せな家族団欒の光景だった。
その数日後…
( まぁ、アドニスちゃんのお洋服が擦り切れているわ… )
ヘラはアドニスのズボンの股の部分やシャツの肩の部分の糸が擦り切れているのに気が付く。
アドニスが成長したのだと喜ぶヘラだったが、カイロスの服にも糸のほつれがあるのを見てしまう。
「もっと大きくなってお父様のように立派な男爵になるのよ?」
ニコニコと笑顔でアドニスに話しかけるヘラだったが、アドニスがいなくなった途端氷のような表情でマチルダを呼び出した。
「最近、洗濯が雑になっているのではないかしら?あなたでは逆立ちしたって買えないような高級品なのよ?気を付けてちょうだい」
「も、申し訳ございません…」
「今まで通り丁寧に扱ってくれれば良いの。何も難しい事は言っていないでしょう?」
「かしこまりました…」
深く頭を下げるマチルダを見て溜飲を下げるヘラ。
アドニスの服が小さくなったのは元気に成長している証拠。
カイロスの服が傷んでしまったのはマチルダが雑に洗ったからだ。
外出の際に気を付ければ大丈夫だと考えていた。
「いつになったら支度金が送られて来るのだ!あの役立たずめ!」
カイロスは憤慨していた。
一文の得にもならないのなら今まで同様にクロエを使用人として屋敷に置いておけば良かったと後悔してももう遅い。
相手は格上の公爵家。
今更無かった事にして欲しいと言うわけにはいかない。
それに下手を打って公爵家の怒りを買ってしまって、自分が呪われでもしたら堪ったものではない。
支度金を催促する手紙を書いてはぐちゃぐちゃに丸めて放り投げ、それを何度も繰り返していた。
カイロスだって最初からクロエを疎まし思っていたわけではない。
親の決めた婚約者よりも美しい女中に心を奪われて、第二夫人として大切にしてやろうと思っていた。
それなのに自分の子供を産んでもなお、心を開かない女に自分に懐かない娘。
段々と苛立ちが募り、婦人であるヘラが二人にどんな嫌がらせをしようとも目を瞑ってきた。
( 人の好意を踏みにじる奴らが悪いんだ )
男爵家嫡男の自分が平民を見初めてやったというのに、感謝をするどころか自分を邪険に扱う二人が許せなかった。
美人薄命とでもいうのか、産後の肥立ちが悪かったのか…。
クロエが5歳にも満たないうちに母親の女中は儚くなり、誰も世話をしなくなったクロエはヘラの命令で物置に閉じ込められるようになる。
幼い子供に屋敷内で死なれては困ると思い、侍女のマチルダに世話をするように言い付けたカイロス。
これで自分の役目は終わったとばかりに一切の関心を失った。
母親のように美しく育てば使い道があるものを、クロエはいつまで経っても子供のような姿のままで…。
まるでなんの役にも立たない。
給金のいらない使用人が一人いると思えばまだ良かった。
そんな時に見つけたのがマルティネス公爵家の釣書。何も言わずに嫁いだ後は屋敷から逃げ出さないというだけの、誰にだって出来る簡単な条件。
釣書は何年も前の物だったが、未だに独り身の公爵なのだから条件は同じだろう。見つけた時は天にも登る気持ちだったというのに…。
「何故馬鹿にでも出来る事があれには出来ないんだ!」
「所詮意地汚い平民の子供。期待など端から無駄な事だったんですよ。お金もかからずに処理できたのだから良かったではないですか」
「ぅむ…」
婚約中に浮気をしてしまった手前、ヘラには頭が上がらない。嬉しそうに笑うヘラを見て何も言えなくなるカイロスだった。
ヘラは気分が良かった。
カイロスの元に嫁ぐ日を心待ちにしていたのに、平民との不貞に子供まで身籠ったと聞かされた時には怒りで腸が煮えくり返りそうだった。
嫌がらせをする事で鬱憤を晴らし、憎き泥棒猫がいなくなったところで子供を階段下の物置に閉じ込めた。クロエがどうなろうと、視界にさえ入らなければどうだっていい。
マルティネス公爵家に嫁がせるとカイロスに言われた時は若干の苛立ちを感じたが、呪われた公爵家はクロエにお誂え向きだと思った。
( 呪われた醜い男にさえ見向きもされないなんて、いい気味だわ )
ガルシア男爵家から出て行ったクロエはもう赤の他人。
マルティネス公爵家から追い出されたってこの家の敷居は二度と跨がせない。
長年の憂いが無くなったからだろうか。
それとも心に余裕ができたからだろうか。
人が一人いなくなっただけでこんなにも世界が輝いて見えるなんて、やはり平民は貴族とは違うのだ。
「アドニスちゃんもあの穀潰しがいなくなってからよく食べるようになったわね」
「あいつがいなくなってご飯に味が付いた気がするよ」
アドニスはソースのたっぷりかかったステーキに更に塩胡椒を足し、肉の塊に齧りつく。
「まぁまぁ、お口にソースと油が垂れているわよ」
アドニスは口を突き出して、ヘラは甲斐甲斐しくハンカチでアドニスの口元を拭う。
「ありがとう、ママ」
「男の子はいつまで経ってもママが必要なのね」
ヘラは嬉しそうに食事を再開させた。
「それにしても最近の食事はパンが進むな。いつもの数では足りないくらいだ」
カイロスは五つ目のパンを手にとって千切る。
「あら、私も同じ事を思っていたわ」
ヘラがそう言うと、アドニスは自信満々に答えた。
「出来損ないの姉がいなくなったから美味しく感じるんだよ」
「その通りね。アドニスちゃんは賢いわ」
ヘラはアドニスの頭を撫で、アドニスもカイロスも満足したように頷く。
「これが本来のガルシア男爵家の在り方なんだ」
幸せな家族団欒の光景だった。
その数日後…
( まぁ、アドニスちゃんのお洋服が擦り切れているわ… )
ヘラはアドニスのズボンの股の部分やシャツの肩の部分の糸が擦り切れているのに気が付く。
アドニスが成長したのだと喜ぶヘラだったが、カイロスの服にも糸のほつれがあるのを見てしまう。
「もっと大きくなってお父様のように立派な男爵になるのよ?」
ニコニコと笑顔でアドニスに話しかけるヘラだったが、アドニスがいなくなった途端氷のような表情でマチルダを呼び出した。
「最近、洗濯が雑になっているのではないかしら?あなたでは逆立ちしたって買えないような高級品なのよ?気を付けてちょうだい」
「も、申し訳ございません…」
「今まで通り丁寧に扱ってくれれば良いの。何も難しい事は言っていないでしょう?」
「かしこまりました…」
深く頭を下げるマチルダを見て溜飲を下げるヘラ。
アドニスの服が小さくなったのは元気に成長している証拠。
カイロスの服が傷んでしまったのはマチルダが雑に洗ったからだ。
外出の際に気を付ければ大丈夫だと考えていた。
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