上 下
6 / 22

しおりを挟む
暫くの気不味い沈黙の後…。

「君はこの家の噂を知らないのか?」

「噂…?知りません…」

嘘をついているようには見えないクロエを見て、オルフェウスは怪訝に思った。


昨日今日始まった事ではない。もう何十年も前からマルティネス公爵家の呪いは続いている。子供でも知っている話だ。

この家に嫁いで来るのは金のない家の令嬢や親から見放されたような令嬢だった。

オルフェウスの母も支度金目当ての身売り同然のようなものだったという。自分と同じように爛れた顔の父親と愛し合って結ばれたわけではない。

三十を目前にして亡くなってしまった二人が幸せだったかはわからない。
ただ、記憶の中の父は明るい性格だった。自分と違って代々伝わる呪いを受け入れていたのだろう。一人残される息子の将来を心配して、嫁いだら無条件に支度金を渡すという馬鹿げた釣書を彼方此方に配っていた。

当時はそれで立候補してくる貴族家は皆無であったし、オルフェウス自身も金で嫁を買うようで抵抗があった。


そして何よりも、この醜い顔を見て悲鳴を上げるような人とは添い遂げられないと思っていた。

オルフェウスは母に抱かれた記憶がない。物心付いた時から母は自分に触れられるのを嫌がっていた。父は仕方がないと言って笑っていたが、幼いオルフェウスは辛く悲しかった。

もう二度と同じ思いはしたくないと、いつも人目に晒されないようにフードを深く被っている。



オルフェウスは自分のフードの位置を確認して、クロエに尋ねる。

「いや、気にしないでくれ。それよりも、一体この部屋で何をしたんだ?」

「お借りしているので、綺麗にしてお返ししようと思ってお掃除を少々…」

「何か特別な事でもしているのか?そうでなければこの状況は説明がつかない…」

床に座ったまま首を傾げるクロエを見て、ただの偶然だろうと悟った。このような子供に何か出来ようものならとうの昔に呪いは解けているはずだ。


( いくらこの部屋が変わったとしても、いずれ元に戻るのだろうな… )

オルフェウスが部屋を出ようとして背を向けると、クロエは何か思い出したのか声を張り上げた。

「そういえば、綺麗になりますようにって願いながら掃除をしていますけど…」

「そんなもの誰だって同じだろう?」

期待外れの返答に落胆しながらオルフェウスは自分の部屋へ戻っていく。



「言葉には力が宿るって誰かが言ってたんだけどな…」

幼い頃のことを覚えていないクロエが唯一覚えている物は優しい誰かの声。

言葉には力が宿るから気を付けるように。
言葉選びは慎重にしなさい。
誰かを憎んでも、それを言葉にしてはいけない。

そして、愛してるという言葉と甘くて優しい匂い。

思えばその声を聞かなくなってから階段下の物置きで過ごすようになった気がする。

「あれは誰の声だったんだろう…?それにしても噂って何かな?」


クロエは部屋に訪れたアビゲイルに噂のことを聞いてみたのだが、アビゲイルは何も教えてはくれない。

「この屋敷に住んでいるだけなら大丈夫です。オルフェウス様はお優しいお方ですから、クロエ様は心配する必要はありませんよ」

それもそうかと思い、クロエもそれ以上は聞かなかった。

( 働き先が見つかるまでの居候だから、別に知らなくても困らないよね… )


ただ、気になるのはオルフェウスの態度。

いつも厳しい物言いだがその言葉にはクロエを労る優しさが見え隠れしていた。だが、先程のオルフェウスにはそれが無かった。

拒絶されて突き飛ばされた事よりも何処か怯えたようなオルフェウスが気になる。何に怖がっているのかはわからないが、自分に対する恐怖の感情を向けられた気がした。

( 顔に大きな傷があるのかな…?それを見られたくなかったとか…?そうだとしたら申し訳ない事をしちゃったな… )

こんなに世話になっているオルフェウスの嫌がることをしてしまった事に反省するクロエ。
何をすることもできないが、ひたすらに部屋の掃除に集中していた。それが今のクロエにできる唯一のこと。



一方その頃、自分の部屋に戻って一人になったオルフェウスも反省していた。

「小さい子供を突き飛ばしてしまった…。大丈夫だっただろうか…?」

クロエは令嬢らしさは無く使用人に近いものではあるが、礼儀正しい子供だ。きっと面と向かって何かを言ってきたりはしないだろう。

頭では理解しているつもりなのだが、過去にクロエと同じくらいの歳の子に散々『化け物』だの『おばけ』だのと言われてきた。

『あっちにいけ』『触ると移る』とも言われて友達も出来ず、いつも一人で泣いていた少年時代を思い出してしまい、咄嗟に払い除けてしまった。

「あの三人のように私の顔にも変化が現れてくれれば良いのだがな…」

オルフェウスは自分の顔を触ってため息を吐く。
人の肌とは明らかに違うであろうこの感触。
何処に鼻があって頬があるのか、左右の目の位置も違う。

鏡なんてもう何年も見ていない自分の顔を手で確かめて、何も変わっていないことに落ち込み、諦め切れない自分自身を叱責する。

「時が来ればこの呪いも私の代で終わる。マルティネス公爵家も終わってしまうが、これで傷付く者がいなくなるんだ。それで良いではないか」

誰にもこの呪いは解けないのだから…。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

司令官さま、絶賛失恋中の私を口説くのはやめてください!

茂栖 もす
恋愛
私、シンシア・カミュレは、つい先日失恋をした。…………しかも、相手には『え?俺たち付き合ってたの!?』と言われる始末。 もうイケメンなんて大っ嫌いっ。こうなったら山に籠ってひっそり生きてやるっ。 そんな自暴自棄になっていた私に母は言った。『山に籠るより、働いてくれ』と。そして私は言い返した『ここに採用されなかったら、山に引き籠ってやるっ』と。 …………その結果、私は採用されてしまった。 ちなみに私が働く職場は、街の外れにある謎の軍事施設。しかも何故か司令官様の秘書ときたもんだ。 そんな謎の司令官様は、これまた謎だけれど私をガンガン口説いてくる。 いやいやいやいや。私、もうイケメンの言うことなんて何一つ信じませんから!! ※他サイトに重複投稿しています。

少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。

ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。 なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。 妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。 しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。 この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。 *小説家になろう様からの転載です。

結婚したくなくて自分に眠りの魔法をかけたら幽体離脱してしまいました。

屋月 トム伽
恋愛
この国では、魔力の高い貴族の娘は引く手あまただ。 特に魔導師の家系では、魔力の高い相手を求めている。 そして私に結婚の話がきた。 でも私は絶対に嫌。 私に結婚の申し込みに来た、ユリウス様は魔導師団の将来有望株。 しかも、金髪碧眼の容姿端麗。 誰もが羨ましがる方だけど! 私は絶対イヤ! だって、女たらしなんだもの! 婚約もしたくなく、会うのも嫌で自分に眠りの魔法をかけた。 眠っている女とは婚約も結婚もできないでしょ! だが気付いた。 私が幽体離脱していることに! そんな私にユリウス様は毎日会いに来る。 それを私はフワフワと浮かびながら見ている。 そんな二人の話です。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

政略結婚のハズが門前払いをされまして

紫月 由良
恋愛
伯爵令嬢のキャスリンは政略結婚のために隣国であるガスティエン王国に赴いた。しかしお相手の家に到着すると使用人から門前払いを食らわされた。母国であるレイエ王国は小国で、大人と子供くらい国力の差があるとはいえ、ガスティエン王国から請われて着たのにあんまりではないかと思う。 同行した外交官であるダルトリー侯爵は「この国で1年間だけ我慢してくれ」と言われるが……。 ※小説家になろうでも公開しています。

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

処理中です...