階段下の物置き令嬢と呪われた公爵

LinK.

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翌朝、報告を聞こうと執事を呼び出したオルフェウスは零れ落ちてきそうなほど目を見開いた。

「お前は誰だ…?」

「はて…?おかしな事をお聞きになられますな。長年身を粉にして働いてきたこのトーマスをお忘れですか?」

先代の時から執事をしているトーマスは、両親といた時よりも長い時間一緒にいる。
だからこそオルフェウスは聞いたのだ。

この二十年の間に笑顔を見せた事はあるのか?
抑揚のない喋り方ではなかったか?
冗談を言う男ではなかっただろう…?

聞きたい言葉が喉まで出てきそうだ。
ここ最近おかしな事ばかりで頭が追いつかない。

食事が色付いたかと思えば、料理人のガイウスが陽気な男になっていた。昨日は病人のようだった侍女のアビゲイルが笑っていた。

そして、今日は目の前にいるトーマスが変わっている。

他には何処も変化がないのに、明らかにこの三人だけが別人のようだ。


「クロエ様の働き先を見つけるのは骨が折れそうです。安全で尚且つあの歳のご令嬢を住み込みで雇ってくれる所となると、数が減ってしまいまして…」

「そうだろうな。男爵家も何を考えているのか…。まぁ、彼女を見れば碌でも無い輩だと言うことはわかるがな」

使用人も付けずに身一つで借り馬車でやって来たクロエ。
両親からは返ってくるなと、まだ小さいのに大人の男に嫁ぐように言われて屋敷から追い出された。
これから成長していくにしても、骨と皮しかない触れば折れてしまいそうな腕。

流石のオルフェウスでも、すぐに屋敷から出ていくようには言えなかった。
代わりにトーマスに働き先を探させているのだが、如何せん未成年の住み込みは両親の許可が必要で難しい。


「体調に変化が無いかだけは注意して見ておくように」

オルフェウスがそう告げると、トーマスは沁み沁みとして答える。

「アビゲイルの話では、食事の量が増えていったそうです。最初は平均的な子供の食べる量の半分を出したのですが…」

「そうか。まぁ、時間が経てばもっと食べれるようになるだろう」


「借りている部屋を綺麗にして返そうと掃除をしているみたいですね。まだ若いのに律儀なものです」

「子供が余計な気遣いをする必要ないのだがな。そうせざるを得ない環境で育ったんだろう…」

兎にも角にも、大人としてクロエのために安全な職場を探して無事に送り届ける義務がある。
体調に変化が出る前に、何処か良いところが見つかれば良いのだが…。

( クロエには申し訳ないが、まだ暫くの辛抱が必要だろう )

オルフェウスはマントのフードを深く被り直した。



そのような会話がされていると知らないクロエは、今日も借りている部屋を綺麗にしていた。
今日の目的であるベッドは大きくて、一日がかりでも終わらない気がする。

( 天気が良ければシーツの洗濯もしたいけれど、こんなにどんよりした空に干しても気持ちよくならないよね…。今日もお願いするしかないのかな…? )

太陽が顔を覗かせてくれたら良いのに…。
そう思いながら窓の外を見ていると、薄っすらと陽の光が指してきた。

今しかない。

思い立ったクロエはシーツをベッドから引き剥がし、それを抱えて庭まで歩いていく。
途中で会ったアビゲイルやトーマスには驚かれたが、自分で洗濯をしたいと言うと快く場所を教えてくれた。

物置から大きなたらいと幾つかの洗剤を運び、そこにシーツを入れて水と洗剤を足していく。


最初は手で洗っていたクロエだったが段々疲れてしまい
周囲に誰もいないのを確認してから自分の足を洗い、シーツを踏んで汚れを押し出していった。

( 食べるようになったから太ったのかな… )

ギュッギュッという音とともに手では取れなかった汚れが自分の体重で押されて落ちていき、水がどんどん濁っていくのが見てわかる。

同じ作業を何度か繰り返して、どうやって干そうか考えていると様子を見に来たアビゲイルが手伝ってくれた。

( 黒いシーツは流石に黒いままよね… )

他の家具のように色が変わったらそれもそれで嫌だなと思いながらも、何処かで期待をしていたクロエは残念に思いながら綺麗に干されたシーツを眺めていた。


しかしその翌日、アビゲイルが持ってきたシーツを見てクロエは驚愕することになる。


「アビゲイルさん、そのシーツって…?」

「クロエ様が丁寧に洗ってくれた物ですよ。昨日はとても天気が良かったので今日は気持ち良く寝れるでしょうね」

またしてもアビゲイルは普通の反応。
クロエは頭がおかしくなったのか、もしくは自分だけが違う世界にいるのではないかと不安になった。

( 私だけ見えているものが違うの…? )


だが、クロエの他にも状況を上手く飲み込めない人物がいた。


オルフェウスは考えていた。

何故こんなにも変わったのか?この屋敷の変化といえばクロエの存在。彼女が何かしたのだろうか…?
ありえない事ではあるが、当主として確認しなければならない。

フードを深く被り、クロエの部屋まで歩いていく。


そこでオルフェウスが見た物は
差し込む太陽の光、白いドレッサー、
綺麗な木目のテーブルに、色の付いた本…

「これは一体どうなってるんだ…?」

オルフェウスの呟きを聞いたクロエは飛び付いた。

「私だけじゃなかった!」


咄嗟のことに行動が遅れたオルフェウスは思わずクロエを払い除けてしまう。

「私に近付くな!」

尻もちを付いてしまったクロエを見て謝るも、手を差し出すことも出ずに一歩離れた場所で見下ろすだけだった。
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