5 / 22
5
しおりを挟む
翌朝、報告を聞こうと執事を呼び出したオルフェウスは零れ落ちてきそうなほど目を見開いた。
「お前は誰だ…?」
「はて…?おかしな事をお聞きになられますな。長年身を粉にして働いてきたこのトーマスをお忘れですか?」
先代の時から執事をしているトーマスは、両親といた時よりも長い時間一緒にいる。
だからこそオルフェウスは聞いたのだ。
この二十年の間に笑顔を見せた事はあるのか?
抑揚のない喋り方ではなかったか?
冗談を言う男ではなかっただろう…?
聞きたい言葉が喉まで出てきそうだ。
ここ最近おかしな事ばかりで頭が追いつかない。
食事が色付いたかと思えば、料理人のガイウスが陽気な男になっていた。昨日は病人のようだった侍女のアビゲイルが笑っていた。
そして、今日は目の前にいるトーマスが変わっている。
他には何処も変化がないのに、明らかにこの三人だけが別人のようだ。
「クロエ様の働き先を見つけるのは骨が折れそうです。安全で尚且つあの歳のご令嬢を住み込みで雇ってくれる所となると、数が減ってしまいまして…」
「そうだろうな。男爵家も何を考えているのか…。まぁ、彼女を見れば碌でも無い輩だと言うことはわかるがな」
使用人も付けずに身一つで借り馬車でやって来たクロエ。
両親からは返ってくるなと、まだ小さいのに大人の男に嫁ぐように言われて屋敷から追い出された。
これから成長していくにしても、骨と皮しかない触れば折れてしまいそうな腕。
流石のオルフェウスでも、すぐに屋敷から出ていくようには言えなかった。
代わりにトーマスに働き先を探させているのだが、如何せん未成年の住み込みは両親の許可が必要で難しい。
「体調に変化が無いかだけは注意して見ておくように」
オルフェウスがそう告げると、トーマスは沁み沁みとして答える。
「アビゲイルの話では、食事の量が増えていったそうです。最初は平均的な子供の食べる量の半分を出したのですが…」
「そうか。まぁ、時間が経てばもっと食べれるようになるだろう」
「借りている部屋を綺麗にして返そうと掃除をしているみたいですね。まだ若いのに律儀なものです」
「子供が余計な気遣いをする必要ないのだがな。そうせざるを得ない環境で育ったんだろう…」
兎にも角にも、大人としてクロエのために安全な職場を探して無事に送り届ける義務がある。
体調に変化が出る前に、何処か良いところが見つかれば良いのだが…。
( クロエには申し訳ないが、まだ暫くの辛抱が必要だろう )
オルフェウスはマントのフードを深く被り直した。
そのような会話がされていると知らないクロエは、今日も借りている部屋を綺麗にしていた。
今日の目的であるベッドは大きくて、一日がかりでも終わらない気がする。
( 天気が良ければシーツの洗濯もしたいけれど、こんなにどんよりした空に干しても気持ちよくならないよね…。今日もお願いするしかないのかな…? )
太陽が顔を覗かせてくれたら良いのに…。
そう思いながら窓の外を見ていると、薄っすらと陽の光が指してきた。
今しかない。
思い立ったクロエはシーツをベッドから引き剥がし、それを抱えて庭まで歩いていく。
途中で会ったアビゲイルやトーマスには驚かれたが、自分で洗濯をしたいと言うと快く場所を教えてくれた。
物置から大きなたらいと幾つかの洗剤を運び、そこにシーツを入れて水と洗剤を足していく。
最初は手で洗っていたクロエだったが段々疲れてしまい
周囲に誰もいないのを確認してから自分の足を洗い、シーツを踏んで汚れを押し出していった。
( 食べるようになったから太ったのかな… )
ギュッギュッという音とともに手では取れなかった汚れが自分の体重で押されて落ちていき、水がどんどん濁っていくのが見てわかる。
同じ作業を何度か繰り返して、どうやって干そうか考えていると様子を見に来たアビゲイルが手伝ってくれた。
( 黒いシーツは流石に黒いままよね… )
他の家具のように色が変わったらそれもそれで嫌だなと思いながらも、何処かで期待をしていたクロエは残念に思いながら綺麗に干されたシーツを眺めていた。
しかしその翌日、アビゲイルが持ってきたシーツを見てクロエは驚愕することになる。
「アビゲイルさん、そのシーツって…?」
「クロエ様が丁寧に洗ってくれた物ですよ。昨日はとても天気が良かったので今日は気持ち良く寝れるでしょうね」
またしてもアビゲイルは普通の反応。
クロエは頭がおかしくなったのか、もしくは自分だけが違う世界にいるのではないかと不安になった。
( 私だけ見えているものが違うの…? )
だが、クロエの他にも状況を上手く飲み込めない人物がいた。
オルフェウスは考えていた。
何故こんなにも変わったのか?この屋敷の変化といえばクロエの存在。彼女が何かしたのだろうか…?
ありえない事ではあるが、当主として確認しなければならない。
フードを深く被り、クロエの部屋まで歩いていく。
そこでオルフェウスが見た物は
差し込む太陽の光、白いドレッサー、
綺麗な木目のテーブルに、色の付いた本…
「これは一体どうなってるんだ…?」
オルフェウスの呟きを聞いたクロエは飛び付いた。
「私だけじゃなかった!」
咄嗟のことに行動が遅れたオルフェウスは思わずクロエを払い除けてしまう。
「私に近付くな!」
尻もちを付いてしまったクロエを見て謝るも、手を差し出すことも出ずに一歩離れた場所で見下ろすだけだった。
「お前は誰だ…?」
「はて…?おかしな事をお聞きになられますな。長年身を粉にして働いてきたこのトーマスをお忘れですか?」
先代の時から執事をしているトーマスは、両親といた時よりも長い時間一緒にいる。
だからこそオルフェウスは聞いたのだ。
この二十年の間に笑顔を見せた事はあるのか?
抑揚のない喋り方ではなかったか?
冗談を言う男ではなかっただろう…?
聞きたい言葉が喉まで出てきそうだ。
ここ最近おかしな事ばかりで頭が追いつかない。
食事が色付いたかと思えば、料理人のガイウスが陽気な男になっていた。昨日は病人のようだった侍女のアビゲイルが笑っていた。
そして、今日は目の前にいるトーマスが変わっている。
他には何処も変化がないのに、明らかにこの三人だけが別人のようだ。
「クロエ様の働き先を見つけるのは骨が折れそうです。安全で尚且つあの歳のご令嬢を住み込みで雇ってくれる所となると、数が減ってしまいまして…」
「そうだろうな。男爵家も何を考えているのか…。まぁ、彼女を見れば碌でも無い輩だと言うことはわかるがな」
使用人も付けずに身一つで借り馬車でやって来たクロエ。
両親からは返ってくるなと、まだ小さいのに大人の男に嫁ぐように言われて屋敷から追い出された。
これから成長していくにしても、骨と皮しかない触れば折れてしまいそうな腕。
流石のオルフェウスでも、すぐに屋敷から出ていくようには言えなかった。
代わりにトーマスに働き先を探させているのだが、如何せん未成年の住み込みは両親の許可が必要で難しい。
「体調に変化が無いかだけは注意して見ておくように」
オルフェウスがそう告げると、トーマスは沁み沁みとして答える。
「アビゲイルの話では、食事の量が増えていったそうです。最初は平均的な子供の食べる量の半分を出したのですが…」
「そうか。まぁ、時間が経てばもっと食べれるようになるだろう」
「借りている部屋を綺麗にして返そうと掃除をしているみたいですね。まだ若いのに律儀なものです」
「子供が余計な気遣いをする必要ないのだがな。そうせざるを得ない環境で育ったんだろう…」
兎にも角にも、大人としてクロエのために安全な職場を探して無事に送り届ける義務がある。
体調に変化が出る前に、何処か良いところが見つかれば良いのだが…。
( クロエには申し訳ないが、まだ暫くの辛抱が必要だろう )
オルフェウスはマントのフードを深く被り直した。
そのような会話がされていると知らないクロエは、今日も借りている部屋を綺麗にしていた。
今日の目的であるベッドは大きくて、一日がかりでも終わらない気がする。
( 天気が良ければシーツの洗濯もしたいけれど、こんなにどんよりした空に干しても気持ちよくならないよね…。今日もお願いするしかないのかな…? )
太陽が顔を覗かせてくれたら良いのに…。
そう思いながら窓の外を見ていると、薄っすらと陽の光が指してきた。
今しかない。
思い立ったクロエはシーツをベッドから引き剥がし、それを抱えて庭まで歩いていく。
途中で会ったアビゲイルやトーマスには驚かれたが、自分で洗濯をしたいと言うと快く場所を教えてくれた。
物置から大きなたらいと幾つかの洗剤を運び、そこにシーツを入れて水と洗剤を足していく。
最初は手で洗っていたクロエだったが段々疲れてしまい
周囲に誰もいないのを確認してから自分の足を洗い、シーツを踏んで汚れを押し出していった。
( 食べるようになったから太ったのかな… )
ギュッギュッという音とともに手では取れなかった汚れが自分の体重で押されて落ちていき、水がどんどん濁っていくのが見てわかる。
同じ作業を何度か繰り返して、どうやって干そうか考えていると様子を見に来たアビゲイルが手伝ってくれた。
( 黒いシーツは流石に黒いままよね… )
他の家具のように色が変わったらそれもそれで嫌だなと思いながらも、何処かで期待をしていたクロエは残念に思いながら綺麗に干されたシーツを眺めていた。
しかしその翌日、アビゲイルが持ってきたシーツを見てクロエは驚愕することになる。
「アビゲイルさん、そのシーツって…?」
「クロエ様が丁寧に洗ってくれた物ですよ。昨日はとても天気が良かったので今日は気持ち良く寝れるでしょうね」
またしてもアビゲイルは普通の反応。
クロエは頭がおかしくなったのか、もしくは自分だけが違う世界にいるのではないかと不安になった。
( 私だけ見えているものが違うの…? )
だが、クロエの他にも状況を上手く飲み込めない人物がいた。
オルフェウスは考えていた。
何故こんなにも変わったのか?この屋敷の変化といえばクロエの存在。彼女が何かしたのだろうか…?
ありえない事ではあるが、当主として確認しなければならない。
フードを深く被り、クロエの部屋まで歩いていく。
そこでオルフェウスが見た物は
差し込む太陽の光、白いドレッサー、
綺麗な木目のテーブルに、色の付いた本…
「これは一体どうなってるんだ…?」
オルフェウスの呟きを聞いたクロエは飛び付いた。
「私だけじゃなかった!」
咄嗟のことに行動が遅れたオルフェウスは思わずクロエを払い除けてしまう。
「私に近付くな!」
尻もちを付いてしまったクロエを見て謝るも、手を差し出すことも出ずに一歩離れた場所で見下ろすだけだった。
32
お気に入りに追加
222
あなたにおすすめの小説

純白の牢獄
ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

「これは私ですが、そちらは私ではありません」
イチイ アキラ
恋愛
試験結果が貼り出された朝。
その掲示を見に来ていたマリアは、王子のハロルドに指をつきつけられ、告げられた。
「婚約破棄だ!」
と。
その理由は、マリアが試験に不正をしているからだという。
マリアの返事は…。
前世がある意味とんでもないひとりの女性のお話。
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
悪役断罪?そもそも何かしましたか?
SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。
男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。
あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。
えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。
勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。
婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。
国樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。
声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。
愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。
古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。
よくある感じのざまぁ物語です。
ふんわり設定。ゆるーくお読みください。
完結 王族の醜聞がメシウマ過ぎる件
音爽(ネソウ)
恋愛
王太子は言う。
『お前みたいなつまらない女など要らない、だが優秀さはかってやろう。第二妃として存分に働けよ』
『ごめんなさぁい、貴女は私の代わりに公儀をやってねぇ。だってそれしか取り柄がないんだしぃ』
公務のほとんどを丸投げにする宣言をして、正妃になるはずのアンドレイナ・サンドリーニを蹴落とし正妃の座に就いたベネッタ・ルニッチは高笑いした。王太子は彼女を第二妃として迎えると宣言したのである。
もちろん、そんな事は罷りならないと王は反対したのだが、その言葉を退けて彼女は同意をしてしまう。
屈辱的なことを敢えて受け入れたアンドレイナの真意とは……
*表紙絵自作

【完結】私の嘘に気付かず勝ち誇る、可哀想な令嬢
横居花琉
恋愛
ブリトニーはナディアに張り合ってきた。
このままでは婚約者を作ろうとしても面倒なことになると考えたナディアは一つだけ誤解させるようなことをブリトニーに伝えた。
その結果、ブリトニーは勝ち誇るようにナディアの気になっていた人との婚約が決まったことを伝えた。
その相手はナディアが好きでもない、どうでもいい相手だった。

ループ中の不遇令嬢は三分間で荷造りをする
矢口愛留
恋愛
アンリエッタ・ベルモンドは、ループを繰り返していた。
三分後に訪れる追放劇を回避して自由を掴むため、アンリエッタは令嬢らしからぬ力技で実家を脱出する。
「今度こそ無事に逃げ出して、自由になりたい。生き延びたい」
そう意気込んでいたアンリエッタだったが、予想外のタイミングで婚約者エドワードと遭遇してしまった。
このままではまた捕まってしまう――そう思い警戒するも、義姉マリアンヌの虜になっていたはずのエドワードは、なぜか自分に執着してきて……?
不遇令嬢が溺愛されて、残念家族がざまぁされるテンプレなお話……だと思います。
*カクヨム、小説家になろうにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる