階段下の物置き令嬢と呪われた公爵

LinK.

文字の大きさ
上 下
1 / 22

しおりを挟む
ドンドンドンドン

「早く朝食の支度をしなさい!」

けたたましい音で目が覚めたクロエが目を擦りながら起き上がると、再び壁を叩く音がした。力が強いのか、パラパラと上から埃や木屑が降ってくる。

「返事をしなさい!」

耳を劈《つんざ》くような声にうんざりしながら「今行きます」
クロエが声を張って答えると、相手は満足したのか遠ざかる足音が聞こえた。


天井からぶら下がっている薄汚れた紐を引っ張って明かりを付け、まだ覚醒していない体を無理やり動かして側に置いてある服に着替える。

ドンドンドンドン

「遅い!いつまでかかってるの!」

小さなドアを潜ってクロエが外に出ると、鬼の形相をした女中のマチルダが仁王立ちしている。

「急いで旦那様たちの朝食を作りなさい!」

まったく…、時間に遅れて叱られるのは私なのよ?

ぶつくさ言いながらマチルダは厨房とは逆の方向に歩いていった。


まるで太鼓を叩くような大きな音で起こされて、マチルダに小言を言われる。
これがクロエの一日の始まりだった。



クロエは自分の背丈よりも低い扉を閉めて、急いで厨房に向かった。

「おいおい、なに呑気に歩いてるんだよ。早く朝食の準備をしろよ」

マチルダのように怒鳴ったりはしないが、その口調から苛立っているのが目に取れる。
料理長のダンテはクロエを急かした。

手際良く朝食を作るクロエを横目で見ながら、丸椅子に腰掛けて新聞を読むダンテ。


( 美味しくなりますように )

クロエは習慣になってしまった言葉を頭の中で唱えながら、野菜のスープに生クリームたっぷりのオムレツを作り、焼いたベーコンを温めたパンに乗せていく。

出来上がった朝食を確認したダンテは、それを食堂に運んでいった。


クロエが余ったクズ野菜の残るスープを食べていると、マチルダが呼びに来る。

「いつまでも食べていないで、早く次の仕事をしなさい!」

「かしこまりました」

食器を洗ったクロエは、屋敷の主人とその家族の部屋の掃除、窓拭き、庭の落ち葉掃き…。
次から次へと場所を移動して、屋敷中のありとあらゆる場所を綺麗にしていく。

( 綺麗になりますように )

これも幼い頃からの習慣で、クロエは頭の中でそう唱えながら掃除をしていた。


夕方になると再び厨房に入って夕食の支度をして、ダンテがそれを運んでいく。
それから肉の切れ端や形の崩れた野菜を食べて、最後に厨房と食堂の掃除をしてからようやくクロエの一日が終わる。

「明日は早く起きなさいよ」

マチルダに念を押されて、クロエは自分の部屋へと戻った。


階段下の小さな物置き。
布団一枚を敷いて、脇には小さな本棚と数枚の使用人の服が置かれている。
小柄なクロエがなんとか体を伸ばして寝れるような、そんな小さな場所がクロエの部屋だった。



クロエはガルシア男爵家の庶子として育てられた。
現男爵家当主のカイロスが若かりし頃、使用人に手を出して生まれたらしい。

というのも、幼い頃の記憶はあまり無く、母親が誰なのかも覚えていない。
物心付いた時からマチルダやダンテから仕事を教わって、朝から晩まで働いている。

初めの頃は優しく教えてくれていた二人だったが段々と厳しく接するようになり、気付けば全ての仕事をクロエが請け負うようになっていた。



そんなある日、カイロスがクロエを呼び出した。

「旦那様、お呼びでしょうか?」
親子なのに『父』と呼ぶことを許されていないクロエ。

若い頃はそれなりに人気のあったカイロスだが、今は見るに堪えない姿に激変してしまった。いつまでも着ているサイズの合わないシャツが、お腹ではち切れそうに悲鳴をあげている。


「喜べ。お前の嫁ぎ先が決まったぞ」

相手は不気味な屋敷に住んでいる気味の悪いマルティネス公爵家の年若い当主。
公爵家の血を引く者は爛れた顔をしており、嫁いだ者も含めて皆若くして亡くなってしまうという。
人々は呪いだの祟りだのと言って、誰も近づく者はいなかった。


「まぁ、公爵家だなんて羨ましいわね」

嫌味ったらしく笑う男爵夫人のヘラ。
どれだけ食べても太らないことが自慢のヘラは細身で若い頃からの体型を維持しているが、性格の悪さが滲み出る表情をしている。


「穀潰しが貴族家に嫁げるだけでも感謝して欲しいよね。まったく、こんなのが血の繋がった姉だなんて本当に嫌だよ」

忌々しい物でも見るかのようにクロエを見下す嫡子のアドニス。
両親の嫌なところを受け継いでしまったのか、憎たらしい顔つきに丸々としたお腹。指までもがパンパンに膨らんでいる。


カイロスはクロエを睨みつけて告げる。

「とにかく、お前でも我がガルシア男爵家の役に立つ時が来たんだ。ここまで育ててやった恩に報いるべきだろう?明日の朝、お前のために馬車を借りてやった。時間に遅れる事のないように」

「かしこまりました」

可愛げのないクロエの態度は癪に障るが、公爵家に嫁げば支度金がたんまりと手に入る。
捨てずに残しておいて良かったと浮かれるカイロスは仕事に戻るように指示してクロエを部屋から追い出した。


持っていく私物も持たされる荷物も無いクロエは、その翌日におんぼろの借り馬車に揺られて公爵家へと向かうのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

「これは私ですが、そちらは私ではありません」

イチイ アキラ
恋愛
試験結果が貼り出された朝。 その掲示を見に来ていたマリアは、王子のハロルドに指をつきつけられ、告げられた。 「婚約破棄だ!」 と。 その理由は、マリアが試験に不正をしているからだという。 マリアの返事は…。 前世がある意味とんでもないひとりの女性のお話。

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

国樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

完結 王族の醜聞がメシウマ過ぎる件

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子は言う。 『お前みたいなつまらない女など要らない、だが優秀さはかってやろう。第二妃として存分に働けよ』 『ごめんなさぁい、貴女は私の代わりに公儀をやってねぇ。だってそれしか取り柄がないんだしぃ』 公務のほとんどを丸投げにする宣言をして、正妃になるはずのアンドレイナ・サンドリーニを蹴落とし正妃の座に就いたベネッタ・ルニッチは高笑いした。王太子は彼女を第二妃として迎えると宣言したのである。 もちろん、そんな事は罷りならないと王は反対したのだが、その言葉を退けて彼女は同意をしてしまう。 屈辱的なことを敢えて受け入れたアンドレイナの真意とは…… *表紙絵自作

【完結】私の嘘に気付かず勝ち誇る、可哀想な令嬢

横居花琉
恋愛
ブリトニーはナディアに張り合ってきた。 このままでは婚約者を作ろうとしても面倒なことになると考えたナディアは一つだけ誤解させるようなことをブリトニーに伝えた。 その結果、ブリトニーは勝ち誇るようにナディアの気になっていた人との婚約が決まったことを伝えた。 その相手はナディアが好きでもない、どうでもいい相手だった。

ループ中の不遇令嬢は三分間で荷造りをする

矢口愛留
恋愛
アンリエッタ・ベルモンドは、ループを繰り返していた。 三分後に訪れる追放劇を回避して自由を掴むため、アンリエッタは令嬢らしからぬ力技で実家を脱出する。 「今度こそ無事に逃げ出して、自由になりたい。生き延びたい」 そう意気込んでいたアンリエッタだったが、予想外のタイミングで婚約者エドワードと遭遇してしまった。 このままではまた捕まってしまう――そう思い警戒するも、義姉マリアンヌの虜になっていたはずのエドワードは、なぜか自分に執着してきて……? 不遇令嬢が溺愛されて、残念家族がざまぁされるテンプレなお話……だと思います。 *カクヨム、小説家になろうにも掲載しております。

処理中です...