虹色の召喚術師と魔人騎士

夏庭西瓜

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3章:制裁解除任務

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 爆睡していた私が目覚めたのは、自分の意志では無かった。

「キミの英雄たちが困ってるよ。そろそろ指示してあげなよ」

 という声を、脳内にぶつけられたからだ。

「ん??え?なに??」
「もう夕方だよ。5時間も寝たら充分でしょ」
「10時間は寝たい」
「不必要な睡眠を惰眠と言うんだけど」
「必要だから惰眠じゃない」

 私が必要としているものの中では、間違いなく3番手くらいには入る。
 夜型だから夜に寝ようとは思わないけど、昼間は寝たい。目も休めたい。
 
「それで…何だっけ?」

 やけに座り心地の良い床の上で伸びをして起き上がった。木製の床に見えるけど、そこにかかる重量に応じた弾力があるのかな?
 試しに立って歩いてみたけど歩きにくい感触も無いし、なかなか優秀な床だ。これなら硬いだけの寝台に用はない。
 
「また床に転がらない。1階に行って指示してあげて」
「寝る前にシロに任せたと思うんだけど」
「彼らへの指示はボクの仕事じゃないよ」

 すっかり成長してしまった案内人は、私の言うことに従わなくなってしまった。
 ちょっと成長早すぎじゃないかな。
 
 仕方なく立ち上がって1階に行くと、そこには見慣れた2人と見慣れない2人が立っていた。
 
「ヴィータ様!」

 すぐに駆け寄ってきたのは商人のティセルだ。
 けれど、周囲の光景に私の目は奪われてしまっていた。
 
「…家具が…ある」
「はい。シロ様がご用意くださいました」
「屏障具もある」
「新人達には必要だろ」

 あらゆる無茶な動きにも脚1本動かさなかった机や椅子が排除され、代わりに様々な家具が置かれている。
 
 玄関の前にはふかふかそうな絨毯が敷かれ、外から入ってすぐに寛げる応接セットがあった。少し低めで表面がつるつるした石造りの机と、弾力性がありそうな横長のソファーが一脚と、1人用のソファーが2脚。
 右手にある厨房への扉の付近に設置されているのはワードローブだろうか。凝った模様が刻まれた木製で、全身鏡も横にくっついていた。
 左手に置かれているのが寝台と屏障具だ。寝台の傍には布製の四角い籠が置かれていて、物を入れることができるようになっている。寝台と寝台の間には、間仕切りとして衝立が置かれていたり、木製の低い壁のようなものが床から生えていたりした。
 木製の窓には遮光用なのか厚い生地の布がかけられていて、傍に置かれた台の上には花籠が置いてある。
 一方で玄関傍の壁際には、服をかけるには太すぎるスタンドと、その隣に2段になった低めの台があった。台の上に鍔のある兜が置かれているから、どっちも防具置きかもしれない。
 
 一通り室内を見回してから、部屋の隅に立っている2人に視線を向けた。
 
「…守護騎士と、歌姫。名前は確か…」
「ナギと申します。こちらはフィレーネ」

 胸に片手を当てて軽く頭を下げた騎士の隣で、足元まで覆うふんわりとしたドレスを着た人がお辞儀をする。
 
「…歌姫?」
「僭越ながら、そのように呼ばれていたこともございました」
「女の子だと思ってた」
「子供じゃないが女だろ」
「ん?」

 私が首を傾げると、ドーマンは眉を顰めた。
 
「…召喚術師殿には何に見えるんだ」
「男の子だよね」
「男じゃないだろ」
「子供じゃないけど男の子だよね」
「…ヴィータ様。その、色々複雑な事情があるのだと思われますので…」

 控え目に、私たちの会話を止めようとティセルが割り込んでくる。
 けれど、部屋の隅にいる2人は何も言わなかった。まだ会ったばかりだから遠慮しているのかもしれない。
 
「ナギさんは女性みたいだけど、歌姫さんと一緒の寝台でいいの?」
「どこでも寝れますので、どちらでも結構です」
「シロ。寝台足りてないよ。4人いるんだから4台置いてよ」
「ボクはカードの枚数でしか判断しないよ。それに、貯蔵幻力も残り2000を切ってる。拠点装備の効果を維持継続する為には1時間300必要だから、余剰分は無いよ」
「燃費悪いなぁ。最低限必要な装備だけ維持すればいいんじゃない?」
「…あの、本当に、私はどこでも結構ですので」
「騎士だろうが女を一人だけ床に寝かせるわけには行かねぇよ」
「そうだね。床のほうが寝心地いいよね」
「そうじゃねぇ」
「そういえばこの床、踏んでもしっくり来ますね。ヴィータ様は床で寝てみたのですか?」
「すごく寝心地良かったよ」
「とても寝れる床…。フィネはどう思う?」
「とても柔らかいワラが敷いてあるのかも」
「床の話してんじゃねぇんだよ!!」

 ドーマンが怒鳴ったので、床の話はそこで終わった。
 
「とにかく…ベッドの事は、俺かティセルが床で寝るから気にしないでくれ。それから、我々がラクに過ごせるように色々手配してくれた事も感謝する。ただ、召喚術師殿が日中寝る体質なら、俺達も夜間に行動したほうがいい。幻獣殿は色々教えてくれたが、俺達の主人は召喚術師殿だ」
「ん~…それはそうかも」
「私達は、召喚して下さった方から一定距離以上離れることは出来ないそうです。先ほどまで、ドーマンさんと…こちらのナギさんが森に様子を見に行ってくれましたが、拠点が見えなくなってからしばらく進むと、それ以上先に行けなくなってしまったそうなので」
「へぇ~…そうなんだ。ちょっと不便だね。シロ。何とかならないの?」
「何ともならないよ」
「日中に寝て夜に活動することって、大変じゃない?太陽があったほうが元気だろうし」
「完全に一致させるわけじゃねぇし、全員が同じ時間に起きてる必要もねぇだろ」
「…ドーマンさんと話していたのですが…」

 ティセルは少し迷う素振りをした後、話を切り出す。
 
「拠点が避難の為に動き出した時、私達は壁にぶつかって…それからの記憶がありません。多分、気を失ったのだと思います。次に目覚めた時にはもうこの室内に変わっていましたし、ナギさんもフィレーネさんもいました。シロ様が、大術から森まで逃げ切った事。ヴィータ様は眠っておられる事。拠点内の家具や道具、それから食材はヴィータ様から依頼を受けて、代理でシロ様が用意した事。また、拠点は他に類を見ないほどの防御用装備があり、外敵から身を護るのにふさわしい造りになっている事…。それらを教えて下さいました。…ただ、どこか違和感を感じたのです。私達は、どこにでもいるような庶民であると思うのです。それがこうして優遇されている理由と申しますか…」
「召喚術師殿は、噂に聞くような他の召喚術師共とは違う。結構な力をお持ちだろうと言うのが、俺とティセルの考えだ。俺達は英雄のなり損ないとも言えないほど、大した力もない。だから捨て駒の役割なんだろう。だったら、荷物になりかねない俺達に出来る事は、走るお前に付いて行く事だけだ」
「ん?何の話?」

 突然何かの告白が始まったので、私は首を傾げた。
 いきなり自分の思いを熱弁し始めたんだけど、ドーマンとティセルは何の話し合いをしたんだろうか。
 
「つまり、お前は気にするなと言う事だ。俺達に合わせる必要はない」
「ん~…2人がそれでいいなら別にそれでいいけど、ナギさんと歌姫さんは?」

 まだ部屋の隅に佇んでいた2人だけど、私の視線を受けてナギが一歩前に出た。
 
「我々は夜薔薇帝国の出身者です。夜間に行動する事に問題はありません」
「夜薔薇…?」

 カードに書いてあった『所属』は、その人物が所属している組織の名前なんだと思う。
 ちゃんとは覚えていないけど、私は未所属だった気がするし、同じく星外から来たスーパーレアの【きな】も未所属だった。
 だけど、さっき召喚した人たちの中で『所属』に名前が入ってなかった人たちは『なし』って書かれてた。多分、星の外から来た人の所属は、この星ではまだ『未所属』ということなんだと思う。『なし』の人たちは、この星の人で、どこの組織にも属してないってことなのかな。
 
 それで、守護騎士&歌姫のカードは、所属に名前が入ってた。なんて名前だったかは覚えてないけど、夜薔薇とかいう覚えやすい名前じゃなかったはずだ。
 
「…なんか違う名前だった気がするけど」
「正式名称はダルゥザ帝国です」
「ダルゥザ…!」

 叫んだ後に絶句したのは、ドーマンとティセルだ。
 
「巨大な地下帝国を造り上げようとした、あの…ダルゥザ帝国の事ですか…!?」
「はい。恐らくそうだと思います」
「大量の魔石を発掘し、人々を生まれながらにして多大な魔力を持つ魔物にしようと実験を繰り返したという、あの…狂皇子がいたという…」
「はい」
「待て。帝国はとうの昔に滅んでるだろ。そりゃあ生き残りは居るって話だが、居ても相当なジジイだ」
「はい。我々は、死んだ身です」

 静かに淡々と告げるナギに、ドーマンとティセルは顔を見合わせている。
 
「それは…実験で、長生きになったとか…じゃねぇのか?」
「生前、召喚術師と直接関わった事はありませんが、私も聞き覚えがあります。召喚術師は死者も呼ぶ、と。英霊と言うそうですが」
「英霊…!生きている間に多大な功績を残した英雄が、死後も英霊となって人々を救うと言う…伝説では無かったのですね!?」
「帝国が滅んでいるのであれば、フィレーネの名前も残っていないでしょう。ささやかな力であっても英雄であったとお呼び頂けるのでしたら、此れほどの誉れはありません」

 胸に片手を当てて頭を下げるナギを、2人は見守っているようだ。しばらく何も言葉を発さなかった。
 その後ろに立っている歌姫は、ずっと目を伏せている。
 
「…その…魂だけ残っている方と、話が出来たことが初めてで…何と申し上げて良いのか分かりませんが…」

 少し長めの沈黙のあと、ティセルが口を開く。
 
「お若いのに…大変でしたね」
「ありがたく存じます」
「帝国のことは、噂でしか知らねぇが、苦労したんだろ。死んでまで呼ばれるってのも…喜べる話じゃねぇだろうが」
「いいえ。またこうしてフィレーネに会えた。それだけで私は充分です」

 口元を綻ばせるナギの声色が柔らかかったんだろう。フィレーネも微笑んだ。
 
「…つまり、2人とも死んでるから…夜に動いてもいいってことかな?」
「はい。帝国では日中に眠り夜間に活動する事が一般的でしたので、どちらにしても問題ありません。ただ、これは私から召喚術師様への自分勝手なお願いではありますが、フィレーネを戦場に出す事はご容赦頂きたく存じます」

 そう言ってから、ナギは片膝をついて深く頭を垂れた。
 
「フィレーネは幼い頃より戦場に駆り出されておりました。霊魂である我々が、召喚術師様の尖兵であるべき我々が、このような事を申し上げるべきではございませんが、何卒、御慈悲を賜りたく、お願い申し上げ奉ります」
「…うん、そうだね」

 ナギの傍に行って、私もしゃがんでみる。その顔を覗き込むように見上げると、彼女は驚いたように僅かに身を引いた。
 
「かなしいよね。騎士という性は。でも、好きだよ。そういう生き方」
「…申し訳ありません」
「自己犠牲ってさ。楽な生き方なんだ。渦に飲み込まれて最期までもがいて指1本残るまで爪を立てるような、そこまで抗うなら、悪くないと思うよ」

 言葉を発さず跪いたままの彼女から、強い感情が乗った匂いが香って来る。
 彼女の中で渦巻いているのは、後悔、懺悔、そして渇望だ。強烈な渇きのような感情は、死後より強くなる。
 あまり良い兆候じゃないとは思うけど。
 
「フィ…歌姫さんは、それでいいの?」
「ナギがそうしたいと言うならば、僕もそうします」

 ナギの強い想いとは異なり、歌姫は匂いに映るような心を持っていない。
 穏やかに微笑む彼に、私は頷いて見せた。
 
「あなた達は、別々に召喚することは出来ない。だから私が居るところに2人共いてもらうことになるけど…まだ召喚術師になったばかりだから、ナギさんが言うような戦場に行くかどうかはわからないんだ。今はこの拠点の中が安全だから、ここにいればいいと思う」
「お心遣い、痛み入ります」

 私が動くまで、彼女はずっとその姿勢でいるだろう。
 だから、立ち上がって厨房のほうへ視線を向けた。
 
「お腹空いたな。何かご飯ある?」
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