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1章 虹色の召喚術師
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しおりを挟む「はじめまして。召喚術師ヴィータ・モルス=カエルム」
目を開き身を起こすと、私の視界に眩しい光が飛び込んできた。
山脈の間から昇るのは朝日だろう。光に弱い私の目には痛すぎる。視線を逸らすと、そこには1頭の獣がいた。
白地に紅の差し色が入った毛皮で、両耳は頭の上で少し斜めに立っている。四足歩行で胴体はさほど長くないが、頭からつま先までの垂直距離が、立ち上がった私とほとんど変わらない。体長で測れば私よりだいぶ丈がありそうだ。
「ボクはキミの案内人だよ。名前はシロ。ヨロシクね」
「あぁ…アケイドトルアが言ってた幻獣の」
「キミは神の名前を知ってるの?スゴイね!でもその神は今ねむりについてるんだ。だからボクがキミのサポートをするね」
『これ』が、あの楕円型の球体だった『もの』か…。
座った状態で左右に体を揺らしている獣の声はかなり高い。子供の声のようにも聞こえた。
「この星に召喚されて、キミもビックリしてると思う。キミは召喚術師としてこの星によばれたんだ。でも安心して。ボクがついてるからね!」
「私にできることを教えてくれる?」
「キミはじゅんのうが早いんだね!スゴイよ。ボクもビックリしちゃった。でもボクに分かることをおしえるのがボクのしごとだからね。何が知りたいの?」
正確に、等間隔に、左右に揺れているその獣は、しゃべる置物のように見える。
「私に出来ることを教えてほしい」
「召喚術師にできること?召喚術師は、人を召喚することができるんだ。いろんな英雄を召喚できて、キミのかわりに戦ってもらえるんだよ」
「英雄は、戦うことしか出来ないのか?」
「ほかにもいろいろできるよ!英雄を召喚したら、その英雄に何ができるのかおしえてあげるね」
「他に、私に出来ることは?」
「ミッションとクエストを受けることができるよ!この星は、こまってる人でいっぱいなんだ。魔物があちこちであばれていて、すごくたいへんなんだよ!ミッションとクエストは、こまってる人たちをたすけることができるんだ。ミッションとクエストを受けるときに、内容をせつめいしてあげるね」
獣は人懐こい声音と口調だが、話している内容は機械的だった。
生命体が考えて喋っているというより、決められた設定を脚本通りに喋っているという印象を受ける。
一通り喋り終えると黙って私の返事を待っている…という感じだ。
元は球体だったから、仕方ないかな。
「…ここは、どこかな」
荒れた岩肌でゴツゴツとした斜面に私は座っていた。
穏やかな風が吹いているが、私の左手に見える岩壁に深く抉り取られたような跡がある。
周囲に低木すらなく、生えている植物はすべて背が低いこと。前方に切り立った崖が見えること。荒れ果てたように見える山脈の形。
同じ場所であるという確信はないけれど、ここは、ルーリアの拠点が突き刺さって動けなくなった場所じゃないのかな。
風龍が襲来して半壊したであろう拠点の姿は、私の視界には存在しないけれど。
「ココは『風龍の庭』とよばれているよ。キミの先代の召喚術師が命をおとした場所なんだ。キミは、『正統な後継者』で『今代の虹色の召喚術師』なんだよ!だから、『先代の資産を受け継ぐ権利』があるんだけど、どうする?」
「要らないかな」
「ちょっとだけ『強い状態で始める』ことができるんだよ!さいしょから、いろいろもってることができるよ!」
「要らないよ」
「じゃあ、キミはレベル1からはじめるんだね。キミの『召喚術師レベル』は1で、キミの『世界ランク』は1だよ。レベルは最大100で、ランクは最大20なんだ。レベルやランクが低いとうけることができないミッションやクエストがあるから、ちゅういしてね」
何を注意するのかわからないけど、私は頷いた。
「『虹色の召喚術師』についてせつめいする?」
「うん、よろしく」
「この星には、たくさん属性があるんだ。属性は、『星、月、光、闇、地、水、風、火、樹、金』の10属性があるよ。『聖と邪』もあるけど、10属性の上位属性なんだ。上位属性をもっていなくても、10属性ぜんぶをもっていると『虹色属性』になるよ。『虹色属性』の人は『虹色の〇〇』とよばれるから、『虹色の召喚術師』は、10属性をもっている召喚術師ってことだよ」
「なるほど」
「上位属性の『聖と邪』は『相反する属性』なんだ。だから、どちらか片方しかもてないよ。でも上位属性はつよいから、10属性のうち9属性しかもっていなくても『虹色属性』になるよ。それから、上位属性をもってる人は、自分がもっているぜんぶの属性をつよくできるんだ。でも、上位属性をもってる人はほとんどいないよ」
ここも、聖と邪が全てを内包する星か。
アケイドトルアが言っていた『よこしまなるもの』は邪属性を持っている存在だろう。字面的に、多分。
「キミのパラメータを見る?分からないことがあったらおしえるね」
「そうだね。見せてもらおうかな」
私の答えに応じて、獣は姿を変えた。
それは、獣の体長よりは小さいが、少なくとも私の半分程度の大きさがある、大きめの板だ。半透明な素材で、板というより弾性が高めの半硬質体に見えた。
カード…と言うには、大きすぎる気がする。ルーリアは私のカードを片手で持っていたし。
「…どっちにも文字がある」
「キミの写真があるほうがオモテだよ」
カードは獣の声で喋った。
「…写真」
表面は一面すべてを使って、1人の人物の絵が描かれていた。
絵自体に光沢があり全身に煌めきをまとっている。その背後で無数の星の輝きが闇の中に広がっているが、模様まで詳細に見える惑星か衛星もいくつか見えた。この人物は宇宙の中に浮かんでいるのかな?
髪は一言で言えない色をしている。白から黒のグラデーションの間に、赤、青、緑、黄などが混ざっていた。ひと房ずつ色が違うような…染めるにしても面倒な色合いをしている。
目の色もまだらだ。様々な色が塗られ輝いている。
「誰?」
「キミだよ。虹色の召喚術師はたくさんの色をもっているんだ。術を使うと、その色がかがやくんだよ」
「へぇ…」
絵の下半分には文字も重ねて書かれていた。
【虹色の召喚術師】ヴィータ・モルス=カエルム
異なる星より飛来したばかりの、まだ若い召喚術師。
特別な力を持っている。
「…裏は?」
呟くと、カードはくるりと私に背を向けた。裏面は文字だけだが、情報量は多くない。
【レベル】
1
【ランク】
1
【属性】
全属性
【種族】
人
【所属】
未所属
【攻撃力】
測定無し
【防御力】
10000
【回復力】
10000
【特殊能力】
ランク上限突破
「1万が多いか少ないかもわからないな…」
攻撃力の測定が無しになっているのは、『私自身の力で敵を倒さない』ルールになっているからだろう。
「防御力と回復力が10000なんだね。10000は高いほうだよ!レベル1なのに10000もある人はいないかも?」
再度表に回ってカードを見つめる。
カードは縁がすべて模様で埋められているが、右上の角部分だけ模様の上に小さく文字が書かれていた。
「…シークレット…ウルトラレア…?」
「『ウルトラレア』は、いちばん高い『カードランク』だよ。召喚できる英雄には、みんな『カードランク』があるんだ。高いほうがつよいよ。『シークレット』は、とても珍しいカードなんだ。『隠された能力』をもっているんだよ。でも、『隠された能力』を『開放』するのにアイテムがひつようだよ」
「そうなんだ」
『隠された能力を確認しますか?』
突然、男の声が脳内に響き渡った。
柔らかな声質だが、脳内に話しかけている時点で、龍神アケイドトルアと同じ役割を持っている。
アケイドトルアがルーリアと会話していた時は、感情を感じられなかった。声だけが同じで本人が会話していたわけでは無いのだろう。召喚術師全員に神が直接会話するのもおかしな話だろうし。
となると、この男の声も神が直接語りかけているわけではなさそうだ。
『シークレット…になっている能力のことを言ってるなら、確認しないよ。それはルール違反だろうから』
「『カードランク』は、ノーマル、ノーマルレア、レア、スーパーレア、スペシャルスーパーレア、ウルトアレアの6種類があるよ。ノーマルがいちばんよわくて、ウルトアレアがいちばんつよいんだ。でも、同じカードを5枚あつめると『カードランク』を上げることができるよ。いちばんよわいノーマルカードも、ノーマルレアカードになれるんだ。『カードランク』は一度しか上げることができないから、6枚以上あつめても効果はないよ」
「同じカードってことは…同じ英雄を何回も召喚するってことかな。ということは、召喚を維持しないってことか」
「カードはカードだよ。カードの『実体化』は同時に1人しかできないから、だれかがカードを『実体化』していたら、ほかの召喚術師は同じ英雄の『実体化』ができないよ」
「実体化?」
「『実体化』した英雄は、いっしょに行動してくれるよ!カードのままだと『一部の特殊能力』しか『発動』しないんだ。いっしょに行動してくれる英雄がいないと、ミッションもクエストも受けることができないから、ちゅういしてね」
私が拒否したからだろう。
脳内に話しかける男の声はもう聞こえなかった。
「カードに書かれている他に、私のパラメータは無いのかな」
「『カード鑑定士』なら、もっとたくさんの情報が見れるよ。でも、召喚術師はみんな『カード鑑定』のスキルが使えるんだ。『カード鑑定』のスキルレベルがひくくても、カードの表面にかかれたことはよめるよ。『カード鑑定』のスキルをつかえば、ほかの召喚術師のカードもみることができるんだ。だから、『カード鑑定』のスキルレベルがあがると、いろんなカードの情報が見れるようになるよ。すごいよね!」
「そうだね」
大した情報でもないと思うけど、他人のカード情報が必要になる時が来るんだろうか。
「ほかに知りたいことはある?」
「これまでの情報も多すぎて覚えられないから、文字で見れるようにして欲しいかな」
「わかった。本になるね」
そう言うと、カードは一瞬の後に巨大な本になった。カードとほぼ同じ大きさの、背表紙が分厚過ぎる本だ。自分で持って読むのには適していない。
「…他に、私が知っておいたほうがいいことはある?」
「召喚術師は『拠点』をもつことができるよ!『拠点』はうごくから、とおいところまで行けるんだ。召喚した仲間も『拠点』にいるから、とてもべんりだよ!」
「へぇ…」
自立している本から離れ、切り立った崖の縁まで歩いた。
谷底までが深く、光が差しているから尚、私の目では見通すことが出来ない。
ルーリアの拠点は墜落したのだろうか。
それとも、召喚術師がその資格を失ったときに、消滅するのだろうか。
どちらであっても、拠点に居た人間たちは無事では済まないだろう。
「もうすぐイドの時間だね。はじめての召喚の時間だよ。英雄を召喚、する?」
私の後方で白い獣の姿に戻った案内人が、楽しそうな声でそう告げた。
召喚術師としての初めての仕事が、始まろうとしている。
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