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1章 虹色の召喚術師

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 その日、私は初めて知らない星に召喚された。
 
「わぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 そして、耳をつんざくような叫び声に迎えられた。
 
「すごい!すごぉいぃぃぃ!!UR!?ホントに!?ホントにUR!?」
「…ゆーあーる?」

 私の周囲は光に覆われていて、何も見えなかった。
 歓喜に満ちた女の声だけが私の耳を直撃していて、他に情報はない。
 
「あ、そうだ。そう、私の名前!私の名前はルーリア。召喚術師です。貴方を召喚しました!」
「…あなたと召喚契約した覚えはないけど」
「そういう方もいらっしゃるみたいですね!でも…貴方とは、限定召喚契約じゃなく、長期滞在契約を結びます。えーと…ちょっと待ってください。今、他の枠を空けて貴方を入れるので…」
「限定召喚と滞在召喚?」
「はい。限定召喚は、短い時間だけ召喚に応じてもらう召喚で、滞在契約は、英雄を召喚したままにします。貴方はURだし召喚維持費が高いんですけど、条件開放もしてないですし、まだコストが低めなので、私でも維持できます。…よし。できました!これからは私が貴方の主人になります。よろしくお願いします!」

 …彼女の言っていることが、よく分からない。
 だが、私を取り囲む光の帯がゆっくりと消えていき、目の前に破顔する女が見えるようになった。
 右手を私に向けて差し伸べ、軽く会釈する。
 
「ヴィータ・モルス=カエルムさん。他の星からいらっしゃった由緒ある英雄の方ですね。これから、貴方の事を知って行きたいです」

 出会ってたった2、3分。
 こんなに短時間で相手の懐に入ろうとする人と会ったのは初めてだ。
 
「ん~…報酬は?」
「え?報酬?」
「契約には報酬が必要だよね」
「私の所で働く事で、食事と住居の保証はありますし、名声も得られますし、ミッションやクエストが成功すれば、ちゃんと報酬もありますよ!」
「…よく、分からないな…」

 彼女が言っている『報酬』は、この星で得られるものの事だろう。
 私はこの星の人じゃないから、そんなものに価値があると思えないんだけど。
 
「そうですよね…。ヴィータさんは、この星に初めて来たんですものね。でも、私の仲間になってくれている人達は皆さん良い人ばかりです。すぐに慣れると思いますよ!」

 『良い人』と『すぐ慣れる』を結び付けている理由もよく分からない。
 私が首を傾げると、女は私の右手を取って歩き出した。
 
「最初は不安な事もあると思います。でも私も仲間の皆さんも一生懸命サポートしますので!遠慮なく何でも訊いてくださいね」

 この女が仲間の代弁をしているのもよく分からない。
 召喚術師は相当地位が高い役職だから、何を言っても許されるってことなのかな?

----------------- 
 
 結局、何一つ理解できないまま、私は女と一緒に小部屋を出た。
 部屋を出る際、一瞬だけ、夜空に惑星や衛星が瞬く景色が見えたが、次の瞬間、狭い廊下に景色が変わる。
 古い照明が壁からぶら下げられている、薄暗い廊下だ。
 骨董品だなぁと眺めながら歩き、長くはない廊下の先にあった扉を女が開く。
 
 開いた扉の向こうには、強く吹く風に揺らされる草原と、石造りの建物3棟があった。
 そして、聴覚を様々な音が刺激する。
 ゴトゴトと足場の悪い道を進むような音。
 ギシギシと何かに擦れ、時にはすり潰しているような音。
 そして、髪がうねりなびく程の、強い風が鳴らす音。
 
「うわ…。ほんと…今日は風が強いですね…」
 束ねず下ろしていた女の髪が、その顔に巻き付いている。
「風龍が落ち着いてくれたらいいんですけど…」
 髪を両手で押さえつけながら、私のほうへ視線を向けた。
「ヴィータさんは、属性は…」
「竜なんて物語でしか見たことないよ」
「ヴィータさんの世界には居なかったのですね」

 風に背を向けながら口を開く女から漏れる声は小さい。風が強くて声を出せないのだろう。
 
「…向こうの家で…お話しましょう」
 再び私の手を取り、女は風に向かって歩き出した。
 私も彼女の歩みに合わせて進む。
 
 見渡せば、この草原はとても狭かった。
 草原の中にはそれほど大きくない建物が2棟。小さい建物が1棟。小さい建物の傍には風車があるけれど、強風で壊れそうな音を立てて回っている。
 2棟の建物の傍には畑があるようだった。空は白い雲が覆っていて光は差していないが、私の目は光に弱く視力も低い。なので、畑の詳細はよく分からなかった。
 
 草原の先には、岩壁が見える。別の方角を見ると、狭い大地の先には空だけが見えた。
 つまり、この場所は標高が高く、山脈に面しているのだろう。
 ただ、視界に映る景色的には…。
 
「…移動要塞かな…」

 狭い草原の奥は、全ての方角で景色が途切れて見えた。この草原自体が周囲の風景の中で浮いているように感じる。
 強風であらゆる物が揺らされているが、立っている大地そのものも振動していた。岩壁の傍という不安定な場所で地震が起これば石造りの建物などすぐに崩落しそうだし、この山脈の地面の下に振動を起こす何かがあるなら、こんな場所に住んでいるのもどうかと思う。
 要塞なら、目的があってこの場所にあるのだろうし、おかしな話じゃない。
 ただ、土地を囲む柵なり壁なり防護用の設備が一切ないので、要塞とは言えないだろう。
 風景を眺めていると、少しずつこの土地が動いていることは分かるが、移動する意味が分からないくらい、あまりに無防備すぎる。
 
「…中に…」

 手前の建物に到着したところで、女は扉にぶら下がっている小さな鐘を揺らした。
 しばらくしてから、扉が内側から開く。
 
「ドーマンさん、こちらは新しく召喚に応じてくれた方で、ヴィータさん。私達の力強い仲間になってくれました」

 建物の中に入って扉を閉めてから、女はそこに居た男に私を紹介した。
 扉を開いた男は私を眺め、ややしてから笑顔を見せる。
 
「召喚術師殿にとっては、誰でもそうなんだろう?…それにしても、ずいぶんひょろっとした男…いや、子供か?」
「子供じゃないですよ!…細い方ですけど、強いんですよ」
「…まぁ、女にモテそうな顔だよなぁ。舞台に立つような…役者でも、なかなか…」
「召喚は、外見で選べないんです!どなたが来るか分からないんですから」
「なんで、召喚されるヤツって言うのは、強い奴ほどモテる顔してるんだろうなぁ。女でもそうじゃねぇか。ほら、『暁の」
「あの人は特別なんでしょう?多分…SSRとかURとか…」
「召喚術師にしか分からん分け方だよなぁ、それは」

 ドーマンという男は、がっしりとした体格で多分中年。だけど力仕事をしてそうな感じだった。
 私を召喚した女…ルーリアは大分若い感じで、多分成人してるかどうかくらいの年齢。
 そして私は子供にも見えるらしい。
 
「…ルーリアさん。鏡ある?」
「鏡…?」
「新入りは、挨拶より先に自分の顔が気になるのか?」
「子供だと言うので」
「全身鏡なら、向こうの部屋にあります。あ、でも、その…元の世界と少し違う…事はあるみたいなので。ヴィータさんは開放まだですし、力を開放していくと成長していくのかもしれないです」

 向こうの部屋と指されたほうへ行くと、室内には他にも人間がいた。
 彼らは私のほうを見たが、気にせず鏡の前に立つ。
 
 鏡…とは言われたが、あまり質の良くないものだ。
 少し靄がかかったような、ぼんやりとした姿が映し出される。
 
「…あ。皆さん。こちらはヴィータさんで、新しく仲間になる方です。他の星からいらっしゃったので、色々びっくりされてるみたいで…」
 私の後方からルーリアが説明しているような声が聞こえたが、私は鏡を見つめた。
 
 鏡の中の紫紺の双眸が、私を見つめ返す。
 紫紺の髪と紫紺の瞳。
 この色を紫紺だと言った人がいたから、私は紫紺色を知った。
 後頭部中腹で一つに束ねられた髪は肩甲骨辺りまで伸びていて、耳の前には後ろ髪より短めに切られた髪が、房のように直線に下りている。前髪は眉の下辺りで切り揃えられていた。
 頬から顎までの輪郭が細く、首も細い。両手を上げて袖をまくると、手首も細かった。
 
 だが何より驚かされるのは、私が今まで着たことのない衣装を身に着けていたことだ。
 上着は白いコート。前襟は大きく、幅広縦長の三角にしたような形で左右に付いている。襟の先端は胸下まである上に、紫色の紐が左右に2本ついていた。襟だけでも派手だが、前身頃はこちらも左右に2本。同色の細い革製ベルトがついている。何のためのベルトか分からない。短すぎるので装飾用なんだろうけど、何故ベルトの装飾なのか分からない。
 袖口にも紫色の紐がついているのは確認していたけど、なるほど。ドーマンが『舞台に立つような役者』と言うのが分かる。
 
 その上着は膝上丈で、腹の辺りで軽く紺色のベルトで留められていた。その下に着ているシャツと履いているパンツも紺色だ。
 ただ、靴が…白い。踵のある靴だし、まるで踊り出しそうな衣装だと思う。
 
「…あの…ヴィータさん…。そろそろ…」
「…確かに…子供だね」

 傍に来たルーリアへと振り返る。
 彼女よりは背が高い。だが、さほど差があるわけではない。
 
 これは、昔の私だ。
 まだ、多くの物事を知らなかった頃の。
 
「そうなんですね…。とても驚かれたと思います」
「この衣装も着替えたいな。誰がこれを選んだんだろう」
「分かりませんが…後で、2人でお話しましょう。とりあえず…皆さんにご紹介したいので…」

 ルーリアの向こうには、複数の人間が立っていた。皆、私を見つめている。
 苛立ちや焦りの匂いを感じたので、私は彼らを見つめ返した。そして、微笑を浮かべる。
 
「ヴィータです。すみません。色々珍しかったので確認してしまいました。これからお世話になります」

 軽く頭を下げると、緊張が解ける気配がした。
 
「ヴィータさんも椅子に座ってください。皆さんで一緒に食事にしましょう!」
 場の空気が和らいだことに安心したのか、ルーリアが弾んだ声を出して手を叩く。
 彼女に案内されて木製の椅子に座ると、立っていた人間たちもそれぞれ席に着いた。
 
 
 この星に召喚されてからわずか数十分。
 何一つ分からないまま座っているけれど、やっと状況の説明をしてもらえそうだ。
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