4 / 5
日焼け止めのおまじない
しおりを挟む腕の中でぐったりと力の抜けた身体を支える。
聞こえてくる呼吸は大分安定しているけど、表情が見えないからなんとも言えない。
パニックを起こすよりは意識を失っていた方が楽だろう。だけど次に目を覚ました時にまだこの状態だったら、また同じことになるかもしれない。
こいつが目を覚ます前にどうにかここを出たいところだけど、と考えたところで扉の向こうに人の気配がした。足音と話し声が近付いてくる。
誰かがこの状況に気づいて探しに来たのかもしれない。
重い扉が開いて眩しい光が入り込む。
「瀬尾!大丈夫!?…ってあれ?」
「清春いるか!?って相楽?」
揃いも揃って似たような反応で入ってきたのはアホ会長と知らない金髪の男だった。
腕の中の存在を起こさないように抱き上げて、扉へと向かう。
「色々あって気失ってるから、静かに」
それを見てまた騒ぎ出しそうな二人に向かって事前に釘を打つ。アホ会長が心配そうな顔をして「清春は大丈夫なのか?」と聞いてくる。
「今は大丈夫だと思うけど。嫌がらせで閉じ込められて、俺は巻き添えくらった感じ」
「そうか、とりあえず部屋に連れて行こう。ああ、そっちの金髪の奴は清春の同室だ」
「あ、どうも羽宮です。すみません、瀬尾のこと助けてくれてありがとうございます。後はオレが連れて行くんで」
そう言って伸ばされた腕に荷物を引き渡そうとして、俺の服を掴む手が離れない事に気づく。
「…クソが。いいや、一応保健室連れて行くから。あんたは後でそっちに迎え行って」
「あ、はい」
「じゃ。会長は犯人捜ししといてください」
二人に背を向けて言葉通り保健室に向かって歩き出す。腕の中の存在はちっとも重くないのに煩わしくてたまらない。どうして俺がこんな奴のために少しの揺れもないように慎重に歩いてやらないといけないんだろう。
『瀬尾のこと助けてくれてありがとうございます』
どうしてあんな一言が引っかかるんだろう。まるで自分のものかのような言い方が気に入らない、なんて笑える。
どうして服を掴んでいるだけの手を離せなかったんだろう。力を入れれば簡単に振り落とせそうなこの手を、どうして。
「…ヨダレ出てるし」
保健室のベッドに寝かせてようやく確認した表情は、呆れるくらいのアホ面だった。
こういうところだけはなにも変わってない。
馬鹿で間抜けなお前。
このままずっと、眠っていればいいのに。
そうしたらまた、あと一度だけ、俺はお前のことを大切にしてやれそうな気もした。
昔みたいに、なにもなかったように笑ってくれれば。
「なんてな」
ありえない、そんなの。
もうお前に裏切られるのなんて懲り懲りだ。
俺のきよはもうこの世界のどこにもいない。
だからあいつに似た顔で、声で、俺に近付くなよ。
同じようなことを言うなよ。
「…目障り」
早く消えてほしい、俺の目の前から。
そうしてもう二度と現れないでほしい。
このままお前が死んでくれれば、俺はきっと楽になれるのに。
思考が行き過ぎたところで、不意に眠っていたはずのその目が薄く開かれた。
朧げな瞳が俺の姿を捉えて瞬く。
「めえ…?」
幼い子どもが親に寄せるような全幅の信頼と、甘えを滲ませた舌足らずな声が俺を呼んだ。
懐かしいその響きに思わず息を呑む。
うたた寝の合間に目を覚ますと、きよは決まって視界に入った俺のことをそんな声で呼んだ。
夢現な瞳が真っ直ぐに俺を見つめて笑う。
真っ黒に見える虹彩は、近くで覗くと青みがかっているのがよくわかるのだ。
光の差し込む角度で様子を変えるその瞳から目が離せないのは今に限った話じゃない、昔からずっとそうだ。
きよは事あるごとに俺の目が綺麗だと言って褒めたけれど、俺からしたらきよの目の方がよっぽど綺麗だった。
どんな宝石よりも、なんて陳腐な言葉が浮かぶほどに。
「めい、だいすきだよ」
そんな傍迷惑な一言を残して、目の前の男は糸が切れたように再び眠りについた。
『……おれはおれだよ』
静かな寝顔を見ていたら、そう言って寂しそうに笑った顔を思い出した。
「俺は大っ嫌いだよ、お前のこと」
お前はきよじゃない。
そうじゃないとダメなんだ。
だって俺、きよのことは嫌いになれないんだから。
聞こえてくる呼吸は大分安定しているけど、表情が見えないからなんとも言えない。
パニックを起こすよりは意識を失っていた方が楽だろう。だけど次に目を覚ました時にまだこの状態だったら、また同じことになるかもしれない。
こいつが目を覚ます前にどうにかここを出たいところだけど、と考えたところで扉の向こうに人の気配がした。足音と話し声が近付いてくる。
誰かがこの状況に気づいて探しに来たのかもしれない。
重い扉が開いて眩しい光が入り込む。
「瀬尾!大丈夫!?…ってあれ?」
「清春いるか!?って相楽?」
揃いも揃って似たような反応で入ってきたのはアホ会長と知らない金髪の男だった。
腕の中の存在を起こさないように抱き上げて、扉へと向かう。
「色々あって気失ってるから、静かに」
それを見てまた騒ぎ出しそうな二人に向かって事前に釘を打つ。アホ会長が心配そうな顔をして「清春は大丈夫なのか?」と聞いてくる。
「今は大丈夫だと思うけど。嫌がらせで閉じ込められて、俺は巻き添えくらった感じ」
「そうか、とりあえず部屋に連れて行こう。ああ、そっちの金髪の奴は清春の同室だ」
「あ、どうも羽宮です。すみません、瀬尾のこと助けてくれてありがとうございます。後はオレが連れて行くんで」
そう言って伸ばされた腕に荷物を引き渡そうとして、俺の服を掴む手が離れない事に気づく。
「…クソが。いいや、一応保健室連れて行くから。あんたは後でそっちに迎え行って」
「あ、はい」
「じゃ。会長は犯人捜ししといてください」
二人に背を向けて言葉通り保健室に向かって歩き出す。腕の中の存在はちっとも重くないのに煩わしくてたまらない。どうして俺がこんな奴のために少しの揺れもないように慎重に歩いてやらないといけないんだろう。
『瀬尾のこと助けてくれてありがとうございます』
どうしてあんな一言が引っかかるんだろう。まるで自分のものかのような言い方が気に入らない、なんて笑える。
どうして服を掴んでいるだけの手を離せなかったんだろう。力を入れれば簡単に振り落とせそうなこの手を、どうして。
「…ヨダレ出てるし」
保健室のベッドに寝かせてようやく確認した表情は、呆れるくらいのアホ面だった。
こういうところだけはなにも変わってない。
馬鹿で間抜けなお前。
このままずっと、眠っていればいいのに。
そうしたらまた、あと一度だけ、俺はお前のことを大切にしてやれそうな気もした。
昔みたいに、なにもなかったように笑ってくれれば。
「なんてな」
ありえない、そんなの。
もうお前に裏切られるのなんて懲り懲りだ。
俺のきよはもうこの世界のどこにもいない。
だからあいつに似た顔で、声で、俺に近付くなよ。
同じようなことを言うなよ。
「…目障り」
早く消えてほしい、俺の目の前から。
そうしてもう二度と現れないでほしい。
このままお前が死んでくれれば、俺はきっと楽になれるのに。
思考が行き過ぎたところで、不意に眠っていたはずのその目が薄く開かれた。
朧げな瞳が俺の姿を捉えて瞬く。
「めえ…?」
幼い子どもが親に寄せるような全幅の信頼と、甘えを滲ませた舌足らずな声が俺を呼んだ。
懐かしいその響きに思わず息を呑む。
うたた寝の合間に目を覚ますと、きよは決まって視界に入った俺のことをそんな声で呼んだ。
夢現な瞳が真っ直ぐに俺を見つめて笑う。
真っ黒に見える虹彩は、近くで覗くと青みがかっているのがよくわかるのだ。
光の差し込む角度で様子を変えるその瞳から目が離せないのは今に限った話じゃない、昔からずっとそうだ。
きよは事あるごとに俺の目が綺麗だと言って褒めたけれど、俺からしたらきよの目の方がよっぽど綺麗だった。
どんな宝石よりも、なんて陳腐な言葉が浮かぶほどに。
「めい、だいすきだよ」
そんな傍迷惑な一言を残して、目の前の男は糸が切れたように再び眠りについた。
『……おれはおれだよ』
静かな寝顔を見ていたら、そう言って寂しそうに笑った顔を思い出した。
「俺は大っ嫌いだよ、お前のこと」
お前はきよじゃない。
そうじゃないとダメなんだ。
だって俺、きよのことは嫌いになれないんだから。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺のスキルが無だった件
しょうわな人
ファンタジー
会社から帰宅中に若者に親父狩りされていた俺、神城闘史(かみしろとうじ)。
攻撃してきたのを捌いて、逃れようとしていた時に眩しい光に包まれた。
気がつけば、見知らぬ部屋にいた俺と俺を狩ろうとしていた若者五人。
偉そうな爺さんにステータスオープンと言えと言われて素直に従った。
若者五人はどうやら爺さんを満足させたらしい。が、俺のステータスは爺さんからすればゴミカスと同じだったようだ。
いきなり金貨二枚を持たされて放り出された俺。しかし、スキルの真価を知り人助け(何でも屋)をしながら異世界で生活する事になった。
【お知らせ】
カクヨムで掲載、完結済の当作品を、微修正してこちらで再掲載させて貰います。よろしくお願いします。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈

突然伯爵令嬢になってお姉様が出来ました!え、家の義父もお姉様の婚約者もクズしかいなくない??
シャチ
ファンタジー
母の再婚で伯爵令嬢になってしまったアリアは、とっても素敵なお姉様が出来たのに、実の母も含めて、家族がクズ過ぎるし、素敵なお姉様の婚約者すらとんでもない人物。
何とかお姉様を救わなくては!
日曜学校で文字書き計算を習っていたアリアは、お仕事を手伝いながらお姉様を何とか手助けする!
小説家になろうで日間総合1位を取れました~
転載防止のためにこちらでも投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる