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求める者達

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「おい!ナタリアは本当にこっちに居るんだろうな!?」

 道なき道を突き進むレオンハルトの背中にしがみつき気が付けばマーシャル皇国とレイナス王国との国境線を越えていた。

 身体をレオンハルトに密着させてはいるが、毛皮と言う天然の鎧を纏わないカイルは小枝や草花で皮膚に無数の擦り傷を作っている。

「なんだよ!動物の勘嘗めんな!レオンもオルソードも方向が一緒だから間違いねぇ!文句が有るならお城に戻ればいいだろ!」

「誰が戻るか!」

 オルソードからゼインの声が降ってくる。木々を避ける必要がないオルソードは直ぐにでも森を抜ける事が出来るのだが、それをせずにレオンハルトの足に合わせて飛行しているのだ。

 辺りが暗くなって一度レオンハルトが停まると、カイルは転がり墜ちるようにして地面に横たわった。

 必死にしがみついた腕は痛みをともない痺れが走る。レオンハルトのそばに舞い降りたオルソードから転げ落ちたゼインも心なしか顔色が優れない。

 軍馬での移動でもここまで過酷ではないのだ。少なくとも手綱や鞍の有無がここまで身体的に負担を掛けるとは思わなかった。

 近くに小川が流れているのを発見し、先に移動していたレオンハルトがピチャピチャと水を飲んでいる音が聞こえてくる。

 力が入らない身体を叱咤して川に手を入れると、冷たい水が酷使した腕の発熱を奪っていく。

 はやくナタリアの元へと駆け付ける為にも休息は必須。レオンハルトは既に毛繕いを済ませて寝に入っている。

「おい、水だけでも飲んでおけ」

 未だに地面に張り付いたまま動こうとしないゼインを声を掛ける。

「う、うるせー。んなことは言われなくたってわかってんだよ」

 憎まれ口を叩きながら両腕で身体を支えようとして失敗したのか、またベシャリと地面に張り付いた。

「あ゛~、くそっ!うごけねぇー」

 ろくに準備もせずに飛び出してきた為、回りをみれば、大きな両手の平よりも大きな円形の葉を見つける事が出来た。常に帯剣していた剣を降り下ろし葉を刈り取ると、川から清水を掬いゼインへ運んでやる。

 一気に飲み干してそのまま寝落ちしたゼインをレオンハルトに頼み、自分も喉を潤す。冷水は滑るように喉を滑り降り、内側から熱を奪いとっていくようだ。只の水をこんなにも美味だと感じたのははじめてだ。

 重いからだを引き摺るようにしてレオンハルトに寄り添うようにして眠りに付く。

 身動ぎしたレオンハルトの動きで目が覚めると、レオンハルトは立ち上がり、仕切りに鼻をひくつかせた。

 意識して臭気を拾おうとしてみたが、やはり獣の嗅覚には敵わない。

 唸り声を出し始めた時点でゼインをたたき起こすと、瞼を擦りながらゼインは緩慢な動作で身体を起こした。

「なんだよー」

「嫌な予感がする、レオンハルトが落ち着かない。俺はレオンハルトと先に移動するがどうする?」

 えもいわれぬ不安が募るのだ。幼き日に感じたことがあるこの感覚は自分から大切なものを奪う何か。

「おっ、俺も行く!!」

「わかった。先行するからオルソードと向かってくれ」

「わかった」

 まだ寝ぼけ半分で頷くゼインに告げると、今すぐに駆け出して行きそうなレオンハルトの背中に飛びつくとそのままレオンハルトに任せて森のなかを突き進んだ。

「オルソード!レオンを追うの手伝って!」

 木上に向かって声を掛けたがオルソードは一更に反応しない。いくら夜だからってそう動かない物だろうか?

「オルソード!?ねぇ!」

 先行するカイルに追い付きたくて必死に声を掛ける。

「あー!!!やられたー!!!」

 まだ闇夜、もしオルソードが起きていたとしても大鷹の彼は星空を舞うことは出来ない。

 カイルが乗ると直ぐ様駆け出したレオンハルトが慌てて行ってしまった為にもう姿が見えない。

「だー!置いてきやがって!今度あったら覚えてやがれー!姉ちゃんの結婚なんて絶対に認めねー!!」

 森の中に響くゼインの絶叫を背中に聞きながら、カイルは森を抜けた。




 

 
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