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若さゆえに

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第40話 若さゆえに

 私の名前は戸村美咲(とむらみさき)、地元に比較的新しく出来た白桜高校に通う一年生です。

 いつも通り高校の自分の教室で、買ったばかりのライトノベルを開いて熟読中に、両肩に幼馴染みと言う名前の背後霊が……。

「みさきー! 聞いて聞いて!」

 違った、幼稚園からの幼馴染みで親友の沖田蛍(おきたほたる)が両肩にのしっと乗り掛かった。

 今日蛍は茶色く染めた髪をツインテールに結び、毛先を弛く巻いている。

 本当は校則で染髪は禁止なんだけど、高校デビューだと言って蛍は折角の綺麗な黒髪を染めてしまった、なんて勿体無い。

 蛍は小振りな唇とぱっちりとした大きな瞳が可愛い私の自慢の親友だ。

「蛍おはよう、どうしたの?」 

 手元の本を閉じて顔を上げると私の前の席に座り込み、興奮ぎみにスマートフォンの画面を私に向けてきた。

 スマートフォンにはドレス姿の蛍と、キラキラしい色合いの王子様のコスプレをしたイケメン外国人が写っていた。

「格好いいでしょー! 連休に仲良くなったの! ドミニクって言う名前でね、王子様なの! 」

 恋する乙女のように頬を染める蛍は同性の私から見ても可愛い。

「うっす、おはよーさん。 まぁた蛍が夢見る少女になってるよ。 王子様なんてこんな田舎に居るわけ無いじゃん」

 私と蛍の話に割り込んできたのは、同じ中学校から白桜高校へ進学した同級生の大森翼(おおもりたすく)だ。

 この翼君、中学時代は反抗期でろくに勉強せずにいたが、蛍のことが好きで同じ高校に進学したいが為に、皆に無理だと言われていた自分の偏差値より遥かに高いこの高校に見事合格してみせた強者だ。

 気安く、一途な彼の恋を応援してきた、受験勉強にも力の限り協力した。

 だって彼と同じ高校に進学出来たら嬉しいと思う私が居たから……彼は小学校からの私の想い人でもあるのだ。
 
 彼の私に向けてくれる笑顔を失いたくないからこの想いを告げられないでいる私には、蛍に自分の気持ちを伝えられずにいる彼をヘタレと罵ることは出来ない。

 今も目の前でじゃれあっている二人を見ながら、複雑な気持ちで様子をうかがう。

「翼には関係ないし! 今は美咲とガールズトークしてるんだから、勝手に話に入ってくんな馬鹿!」

「バカはお前だろう! 顔が良い男と見ればすぐフラフラしやがって! 何が王子だ、そんなんだからいつも騙されるんだよバーカ」

「はぁ!? 私よりテストの成績が悪いあんたにバカなんて言われたく無いわよバーカバーカ!」

 はぁ、高校になってもまるで子供のケンカだわ。

「ほう、何点だったって?」

「ふっ、五十二点よ!」

「ふざけんな俺と三点しか違わねぇじゃねぇか」

「まぁまぁ、二人とも……落ち着いて、ね?」

『そう言う美咲はどうなのよ?』

「えっ、八十六点……」

 点数を告げれば、二人とも目に見えて項垂れた。

「う~、世の中不公平だぁ~。 美人でスタイル良くて頭が良いって~!」

「お前さぁ、美咲の爪の垢貰えば良いんじゃねぇの? そしたら少しはその妄想癖が直るんじゃねぇの?」

「煩い! もうそうじゃないわい……ドミニクは翼(たすく)見たいな意地悪言わないもん!」

「はっ、どうだか? 実在するなら俺の前に連れてこいよ、出来るよなぁ? 王子様なんだろう?」

「うっ、それは……」

「ほら見ろやっぱり出来ねぇんじゃねぇか」

「連れては来られないけど、あっ、会いに行けば良いじゃない!」

「会いにねぇ……それってどこだよ?」

「異世界よ!」

 それまで二人のやり取りを興味津々で聞いていた柄の悪いクラスメイトが笑い出した。

「異世界ってお前アニメの見すぎじゃね?」

「高校に上がってもまだ中二病患ってんのかよ、現実見ようや蛍ちゃ~ん」

 クラスメイトから次々とあがる嘲りに、蛍の友人達は心配そうに見守っている。

 右手を震わせて怒りを露にする蛍の手を掴んで首を振って見せる。

 お願い、落ち着いて……。
 
「わかった! 嘘じゃないって証明すれば良いんでしょ!」

 私の願いは届かず蛍が啖呵を切ってしまった、良く見れば友人達も頭を抱えている。

「よし、クラスの連中が証人だ。 放課後証明して貰おうか、逃げんじゃねえぞ?」

「誰が逃げるかバーカ!」

 あぁ、なんでこうなるのか、朝一番で起きたこの騒ぎのせいで、うちのクラスメイト達は放課後まで授業にならなかった。

 蛍を心配する友人達、異世界に興味があるる者達、揉め事をニヤニヤと観察したい者達。

 皆の気持ちはわかる、私だって蛍の言っていた事が真実なら異世界に行ってみたい。

 そして蛍がこんなくだらない嘘をつかないことも知っているので、異世界はあると思う。

 私もどちらかと言えば心配よりも興奮で授業が頭に入ってこなかった。

 放課後、蛍主催の異世界訪問に集まったのは私と蛍、翼、蛍の友人達を含めて三十二名……良く集まったものだ。

 いや、これだけで済んだのは寧ろ奇跡だろう。

 異世界なんて滑稽な話を信じたのは、蛍の性格を把握している友人達、怖いもの見たさに胆試し感覚の好奇心の強い者、蛍と翼のやり取りを面白がる者、そして本当に異世界を望む中二病罹患者ばかりだ。

 蛍は私と一緒に真っ直ぐに沖田家の自宅へと帰ってきた。

「お邪魔しまーす」

 今日は蛍のご両親は二人とも不在のようだ。

 蛍はおじさんの部屋らしい一室に入ると、直ぐに出てきた。

 家の鍵をかけ、集合場所のコンビニエンスストアの駐車場へやってくると既に皆が揃っている。

「なぁ、やっぱりチート貰えたりすんのかな?」

「異世界なぁ、やっぱり無双してハーレムか?」

「ムリムリ、お前じゃ獣の餌になって終わりだよ」

「知識チートで成り上がり下克上! 逆ハーレムよね! イケメンパラダイス!」

「ねぇ、美咲……こいつら本当に連れてって大丈夫なの?」 

 蛍の友人の一人で今回の異世界に同行してきた佐藤友香(さとうゆか)が私の隣に来るなり小声できいてきた。

「う~ん、今さら止まらないだろうし、勝手なことをし始めたら私達でなんとか止めよう?」

「そうだね、それしかないかな……」

 高校生の男女がぞろぞろと、なんの変哲もない田舎の田んぼ道のような場所を集団で歩いていればそれは目立つ。

 そしてまだ見ぬ異世界と言う魅力的な要素に、皆の期待は徐々に高まっていく。

 まるで自分がライトノベルの主人公にでもなったような妄想に花を咲かせれば、目的地までの移動時間はさほど苦にならなかった。

 そうしていくらか歩いた頃、蛍に案内されたのはなんの変哲もない平屋の御屋敷だった。

「絶対に、絶対にかってな行動はしないで!   これから案内するところは日本じゃないわ!」

「わかったわかった、大丈夫だって! なぁ?」

「そうだって、異世界で無理なんてしないって!」

「異世界が嘘でも、責めないしなぁ?」

 軽い返事に不安を覚えながら、蛍が鍵を開けて建物へ入る。

 玄関で靴を脱ぎ、蛍に指示された通り革靴を持ったまま、屋敷へと上がり込む。

 フローリングの通路を挟むようにして対面キッチン式のリビングと和室があり、比較的新しく出来た建物のように見えた。

 蛍は真っ直ぐに通路を進むと、つきあたりの部屋の扉を引き開けた。

 そこにはそれまで覗き見た部屋とは全く違う十畳程の広さがある洋室があり、蛍はまだ他の部屋を興味本意で覗き見ている同行者を怒鳴り付けると、部屋へと招き入れて扉を閉めた。
 
「なぁ、まだかぁ?」

「ちょっとくらい黙って待てないの? えーと、確か……あっ、有った」

 翼の言葉に蛍は入り口近くにしゃがみこみ何やら壁をまさぐると、レバーのようなものをガチャンと下げたあと、下へ重力が抜けるような感覚に襲われた。

 平屋の屋敷で下がるような感覚……地下?

 まるでエレベーターに乗っているような感覚を味わったあと、チーンと言う音が部屋に響く。

 蛍が部屋の扉を開ければ目の前に有ったのは広い洋室だった。

「うわっ~、マジでそれっぽくね?」

「なにこの壺! 滅茶苦茶高そう!」

 各々が好き勝手に騒ぎ出したころ、私達が入ってきた入り口とは反対の扉を開けて美女が顔を出した。

 抜けるような白い肌と特徴的な先の尖った耳……それはゲームや書籍で活躍中のファンタジー種族。

「エルフきたー! やっべぇ~! 美しい!」

 数人の男子が駆け寄るなりエルフの美女を取り囲んでしまった。

『これは一体何が……あっ! ホタル様、本日お客様がいらっしゃるとのお話は無かったかと思いましたが、この方々は一体どなたですか?』

 エルフさんは蛍に駆け寄るなり何かを訴えているようだった。

「ミアさん、すいません……何を言っているのかわからないんです、腕輪をお願いします」

 どうやら蛍にエルフの言葉は分からなかったらしく、仕切りには左手首をジェスチャーで示しているようだった。

「やべぇ、マジで異世界か!? ヒャッハー! 外行こうぜ!」

「まっ、待って! 約束が違うじゃない!」

 蛍のやり取りを無視して八名の男子が興奮ぎみに部屋を抜け出していく。 そのなかには翼の姿もあった。
 
『えっ、お待ちください!』

 制止も聞かず飛び出して行った男子にみるみる蛍が青ざめる。

「美咲、皆を止めて! お願い!」

「えっ、わかった! 蛍は友香と一緒に残った人を地球に戻せる?」

「うっ、うん」

「任せて!」

 頷いた蛍の頼みを聞いて、抜け出した男子を追いかけて部屋を出ると、そこには豪華な回廊が続いていた。

 圧倒的な非現実に竦みかけた足を叱咤して、男子生徒を追いかける。

 追い付いた先は広々としたエントランスホール、止める間もなく彼等が次々と外へ飛び出していく所だった。

「あんたたち待ちなさいよ! 直ぐに戻って!」

「ちょっと散策してくるだけだって! 異世界だぜ! ついに俺の時代が来たんだ!」 

 俺の時代って一体何を言っているのか、とにかく止めなくては! 

「はぁ? ふざけてないで戻って! 待てこら!」

 屋敷の中ならなんとか停めることも出来たかもしれないが、ここが蛍の言う通りの世界なら、言葉どころか知識の無い私が追うのは二次被害者を出すだけだ。

 仕方なく先程の部屋に戻れば、青い顔をした蛍が待っていた。

 蛍の左腕には細い腕輪が嵌まっている。

「美咲、皆は!?」

「ごめんね、間に合わなかった……」

「そ、そんな……」

「ここにいても何も出来ないわ、誰が味方は居ないの?」

「はっ! パパなら! 『ミアさん、すいません! 友人を捜して下さい!』」

『わかりました、直ぐにロンダに後を追わせます! ホタル様は直ぐにオキタ様に連絡をお願いします!』
 
「『はい! 』美咲、付いてきて!」

「う、うん」

 どんなやり取りがあったのか分からないけれど、腕輪を外した蛍に付き添いエレベーターのような部屋へ乗り込む。

 一緒に来た他の子達は、既に屋敷のリビングで様子を伺っていた。

「今日は来てくれてありがとう、申し訳ないんだけどお願いします! 帰ってください!」

「はっ、他の奴等だけズルくない?」

「なんだよ、折角楽しくなりそうなのによ」

「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」

「はいはい、騒がないの! 子供じゃないんだから素直に帰るわよ!」

 不満を告げる同級生にひたすら蛍は泣きながら頭を下げ、友香がクラスメイト達を玄関に押し出していく。

「はいはい、とにかく帰った帰った。 蛍は泣いてる暇無いでしょ、早く一成おじさんに連絡を入れる!」

 私と友香達友人で他の子達を追い出している間、蛍は震える手でスマートフォンから電話を掛けているようだった。

「おねがい! パパ、早く出て……、パパ! お願い! みんなを止めて!」

 どうやら電話が通じたのだろう蛍はスマートフォンに声の限り叫んでいる。

「蛍、スマホ貸して?」

「う、うん」

 きちんと説明出来そうにない蛍からスマートフォンを受け取る。

「もしもし? おじさん? 美咲です」

『えっ、美咲ちゃん? 蛍は無事? 何か助けてって……』

 受話器から聞こえてきたのは正しく蛍のお父さんの声だ。

「はい、なんと言ったら良いのか私も混乱してますけど、異世界って本当に有ったんですね?」

『えっ、美咲ちゃん?』

「おじさん、実は……今異世界って所に連れてこられたんですけど、他の子達が暴走しちゃって……」

『はっ!? ちょっと美咲ちゃん他にもそっちに行ってる子達がいるの!?』

 直ぐに受話器の向こうからうわっ! と言う声と食器が倒れるような音が聞こえてきた。うん、一成おじさんもかなり動揺してるみたい。

『あっ、すまん。でもどうやって、だってあの家の鍵はここに……あれ!? ない!』

「蛍、鍵ちょうだい?」

「う、うん」 

「鍵ならおじさんの部屋から蛍が拝借しましたから、今は私が預かってます」

『あっ、ありがとう。 じゃなくてなぜそんなことに! わかったすぐに向かうから美咲ちゃん蛍を頼む』

「はい、お待ちしてます」
    
 スマートフォンの通話ボタンを操作して終了させると蛍へ返した。

「パパなんて?」

「直ぐに来るって」

「よ、良かった……」

「うん、とりあえずおじさんと一緒に勝手なことをした皆を連れ戻そう! 怒られるのはそれからよ」

「う、うん」

 制服の袖口で目を擦った為、アイメイクが崩れてぐちゃぐちゃだ。

「ほら、メイク落とし貸してあげるから早く落としておいで? 凄い顔になってる」

「えっ!? 直ぐ落としてくるね」  

 そう言うと蛍は洗面所に駆け込んだ。

「友香、そっち頼んで良い?」

「うん、蛍によろしくね。 何かわかったら教えて?」

 友香に状況を伝えることを約束して友香達友人は不満たらたらなクラスメイトを引き連れて帰路についた。
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