上 下
36 / 38

三十六話『再会』レオナルド視点

しおりを挟む

 陛下の命を受けた俺は直様自分の執務室へと引き返した。

 このまま単騎でユリアーゼを迎えに行きたいところだが、俺の王太子としての立場上それを強行してしまえば、俺の護衛についている騎士達が罰を受けることになる。

 それに救出したユリアが弱っていた場合、直ぐに医師の診断を受けられるように手配する必要があるのだ。

 部屋の主が戻ってきた事でルアンとセシルが顔を見合わせる。
 
「陛下の命でアゼリア子爵家からユリアーゼ・アゼリア子爵令嬢の身柄を保護するようにとの指示が出ました、直ぐに用意を」

「「はっ!」」

 そこからは早かった、セシルによって執務机に広げられた地図でアゼリア子爵家の所有領地の場所や、ユリアを無事に回収できたとしてそこからの脱出通路の計画をルアンに着替えを手伝ってもらいながら練っていく。

 移動にかかる騎馬での日数と馬車での日数、準備していく必要があるもの、それらをセシルが次々と算出しては指示を出していく。

「ルアンはアゼリア子爵の家のある街から一番近い街にある宿屋へ医師と共に待機していてほしい、それからセシルはここで補佐を」

「残念ですがこれから私用がございますので失礼いたしますよ」
 
 そう言うとセシルは何事もなかったかのように引き上げていってしまった。

「仕方ないな……それではルアン、後を頼む」

「はい、お任せ下さいませ」    

 護衛達を引き連れて王城から走り出る。

 石畳の敷き詰められた城下町を抜けたところで騎乗し待ち構えていたセシルを見付けて俺は頭を抱えた。

「奇遇ですね殿下、私の私用がアゼリア子爵領方面なので道中ご一緒させてください」

 どうやらセシルの私用は置いていかれないようにするための対策だったらしい、にっこりとのたまうセシルに呆れつつも、俺は同行の許可を出した。

 途中途中にある村や街で休憩を挟みながらの騎馬での強行軍となったが、二日後にはアゼリア子爵領へと辿り着くことに成功した。

 先触れも出さずに来訪した自国の王子の登場にアゼリア子爵家の人々は混乱をきたしていた。

「アゼリア子爵はどこだ?」

「だっ、旦那様はまだお屋敷へいらっしゃっておりません、本日中には到着される予定だったのですが……」  

「そうか……ではアゼリア子爵が到着するまで我々はこちらで待機させてもらおう」

 本当ならば追い越してしまったらしいユリアをすぐにでも探しに行きたい。

 けれど目の前で王族に対して不敬があってはならないと息を詰めながら話すアゼリア子爵家の使用人の言うとおり、こちらへ向かっているだろうユリアとまたすれ違いになることは避けたかった。

「で、ではおもてなしを」

「我々のことは気にするな、アゼリア子爵が到着し用が済み次第出立するからな」

 俺の到着から遅れること半日、アゼリア子爵家に現れた箱馬車を取り囲む。

 馬車に取付けられたガラスは全てカーテンが閉められており、馬車の中の様子が見られないようになっている。

「無礼者! 私がアゼリア子爵だとわかっていての狼藉か!?」

 急に停まった馬車から怒りを顕にして姿を現したアゼリア子爵の前に姿を見せる。

「久しいなアゼリア子爵」

「れ、レオナルド殿下、なっ、なぜ殿下がアゼリア子爵領の……それも我が邸宅へいらっしゃるのでしょう?」

 先程の怒りはどこへ行ったのか、まるで悪事を見つかった者のように挙動不審に視線を彷徨わせる。

「王城へ来るようにと陛下からの命を放棄し突然領地へ帰られたもので、国王陛下から子爵へ直接会って話を聞いて来るようにと勅令が下りました」

「それはお手を煩わせてしまい申し訳ございませんでした。 陛下への書状にしたためましたように、娘の体調が優ず療養のため急ぎ王都を離れることになりました。陛下には後日改めて謝罪させていただきます」

 馬車の扉を背中で隠すように動くアゼリア子爵の姿に苛立ちが募る。      

「アゼリア子爵、ユリアーゼ嬢へ挨拶をさせてもらいたいのだが?」

 俺がユリアの名前を出すとアゼリア子爵は目に見えて慌て始めた。
 
「い、いえ!ユリアーゼは下級貴族の娘に過ぎません、わざわざ殿下のお目に入れるなど……」

「そこを開けろと言っているのだアゼリア子爵」

 先程から苛立ちのせいで普段抑え込んでいる濃密な魔力が殺気共に流れ出る。 

「ぐっ、レオナルド殿下……すこし抑えてください!」

 セシルの制止する声が聞こえるが、魔力による威圧に目の前で苦しそうに顔を歪めるアゼリア子爵から視線ははずさない。

「レオナルド殿下、ユリアーゼ嬢の状態によっては御身体に障ります!」

 その声にハッと魔力を抑えると、アゼリア子爵が地面へとへたり落ちる。

「聖女虐待容疑でアゼリア子爵の身柄を確保!」

「はい!」

 セシルの号令でアゼリア子爵は護衛騎士たちに拘束される。  

 馬車の扉へ手を伸ばしてゆっくりと扉を開く。

 馬車の座席と窓によりかかるようにして黒い布に包まれたピンクブロンドが目に映る。

 ウェーブがかかった髪は同じなのに艶が失われているようだった。

 何かに抵抗し続けたのか、それとも折檻を受けたのか、意識のないユリアーゼは美しい肌にくっきりと青痣が浮かんでおり、唇の端を切ったのか赤く炎症をおこしており……ボロボロだった。
  
 学園にいた頃の華やかさがなく、ろくに食事も取れていないようで、心労から窶れやせ細っていた。

「ユリア……」

 俺は馬車へと乗り込み、記憶よりも更に軽くなってしまったユリアを抱き上げる。

 熱が出ているのだろう、呼吸は荒く意識がない。

「直ぐに助けてやることが出来ず……すまなかった」 

「殿下、このままユリアーゼ嬢をアゼリア子爵邸で休ませましょう……ルアンが医師を連れて隣町に来ているはずですので大至急アゼリア子爵家へ来るようにと連絡を送ります!」

「頼む」

 セシルとの会話を終えて、何が起きているのかわからずにいるアゼリア子爵家の使用人に向き直る。
 
「ユリアーゼの部屋へ案内しろ」

「ゆ、ユリアーゼお嬢様のお部屋でございますか!?」

「あぁ急げ」

 アゼリア子爵家のエントランスには左右対象に上階へと登るための階段が設置されている。

 二階建てなので他の貴族家の生活様式に当て嵌めるならばアゼリア子爵の家族の生活スペースは二階に確保されて居るはずだ。
 
 ユリアの部屋も二階だろうと当たりを付けて階段へ向かうが、使用人が慌てて止めに来る。

「王太子殿下、ユリアーゼお嬢様のお部屋は二階にはございません」

「なんだと!?」

「ユリアーゼお嬢様のお部屋は、住み込みで働く我々と同じく一階の使用人達部屋を使用されておりました」   
    
 その一言でこのアゼリア子爵家でのユリアの扱いがどのようなものだったかわかる。

 ユリアの身体を抱きながらユリアに用意されていた部屋へと向かう。

 使用人区域にあるとは聞いたが、まさか掃除がされておらず部屋の角には蜘蛛が巣を張り、板張りの床や数少ない寝具や家具にもホコリが積もっており、部屋の扉を開いた風圧でホコリが宙を舞う。

「……貴賓室などは無いのか?」

「一応ございますが、アゼリア子爵様は一年の大半を王都でお過ごしになるため、屋敷を管理する使用人も僅かなのです」

 話に聞けばアゼリア子爵一家が帰ってくる時は王都に居る使用人達を先にアゼリア子爵領へおくるため、普段この屋敷には目の前の初老の男とその妻が住み込みで管理しているらしい。

 今回のように何の用意も、使用人達の先行移動も無しにアゼリア子爵が領地屋敷へ来ることはまず無いらしくとても驚いたらしい。

 そのためエントランスと二階の領主家族の部屋はなんとか掃除したものの、それ以外の場所は掃除が間に合わなかったらしい。

「二階の奥様やお嬢様のお部屋は掃除が済んでいますが、やめたほうがいいですじゃ……あの部屋は、ユリアーゼお嬢様は休めねぇ……と思う」

「そうか……であれば当主の部屋も休めまい……」

 腕の中のユリアーゼを抱き上げ直して俺はそのままエントランスへ戻ると、セシルの側へと向かう。    

「殿下いかがされたのですか? ユリアーゼ嬢を休ませるのでは無かったのですか?」

「そのつもりだった……そのつもりだったんだ……」

 腕の中にいるユリアの身体が、学園で抱き上げたときよりもさらに軽くなっている。

「一体何が……」 

「セシル、強行軍続きですまないが、当初の予定通り街へ向かう……皆もここまでの護衛感謝する、数人ここへ残り明日アゼリア子爵を王城へ連行してほしい」

アゼリア子爵が乗ってきた馬車に乗り込みユリアの身体を抱きながら俺達はアゼリア子爵家を出立した。 

    

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

〘完〙なぜかモブの私がイケメン王子に強引に迫られてます 〜転生したら推しのヒロインが不在でした〜

hanakuro
恋愛
転生してみたら、そこは大好きな漫画の世界だった・・・ OLの梨奈は、事故により突然その生涯閉じる。 しかし次に気付くと、彼女は伯爵令嬢に転生していた。しかも、大好きだった漫画の中のたったのワンシーンに出てくる名もないモブ。 モブならお気楽に推しのヒロインを観察して過ごせると思っていたら、まさかのヒロインがいない!? そして、推し不在に落胆する彼女に王子からまさかの強引なアプローチが・・ 王子!その愛情はヒロインに向けてっ! 私、モブですから! 果たしてヒロインは、どこに行ったのか!? そしてリーナは、王子の強引なアプローチから逃れることはできるのか!? イケメン王子に翻弄される伯爵令嬢の恋模様が始まる。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

婚約破棄したくせに「僕につきまとうな!」とほざきながらストーカーするのやめて?

百谷シカ
恋愛
「うぅーん……なんか……うん、……君、違うんだよね」 「はっ!?」 意味不明な理由で婚約破棄をぶちかましたディディエ伯爵令息アンリ・ヴァイヤン。 そんな奴はこっちから願い下げよ。 だって、結婚したって意味不明な言掛りが頻発するんでしょ? 「付き合うだけ時間の無駄よ」 黒歴史と割り切って、私は社交界に返り咲いた。 「君に惚れた。フランシーヌ、俺の妻になってくれ」 「はい。喜んで」 すぐに新たな婚約が決まった。 フェドー伯爵令息ロイク・オドラン。 そして、私たちはサヴィニャック伯爵家の晩餐会に参加した。 するとそこには…… 「おい、君! 僕につきまとうの、やめてくれないかッ!?」 「えっ!?」 元婚約者もいた。 「僕に会うために来たんだろう? そういうの迷惑だ。帰ってくれ」 「いや……」 「もう君とは終わったんだ! 僕を解放してくれ!!」 「……」 えっと、黒歴史として封印するくらい、忌み嫌ってますけど? そういう勘違い、やめてくれます? ========================== (他「エブリスタ」様に投稿)

元婚約者が「俺の子を育てろ」と言って来たのでボコろうと思います。

音爽(ネソウ)
恋愛
結婚間近だった彼が使用人の娘と駆け落ちをしてしまった、私は傷心の日々を過ごしたがなんとか前を向くことに。しかし、裏切り行為から3年が経ったある日…… *体調を崩し絶不調につきリハビリ作品です。長い目でお読みいただければ幸いです。

【 完結 】「平民上がりの庶子」と言っただなんて誰が言ったんですか?悪い冗談はやめて下さい!

しずもり
恋愛
 ここはチェン王国の貴族子息子女が通う王立学園の食堂だ。確かにこの時期は夜会や学園行事など無い。でもだからってこの国の第二王子が側近候補たちと男爵令嬢を右腕にぶら下げていきなり婚約破棄を宣言しちゃいますか。そうですか。 お昼休憩って案外と短いのですけど、私、まだお昼食べていませんのよ?  突然、婚約破棄を宣言されたのはチェン王国第二王子ヴィンセントの婚約者マリア・べルージュ公爵令嬢だ。彼女はいつも一緒に行動をしているカミラ・ワトソン伯爵令嬢、グレイシー・テネート子爵令嬢、エリザベス・トルーヤ伯爵令嬢たちと昼食を取る為食堂の席に座った所だった。 そこへ現れたのが側近候補と男爵令嬢を連れた第二王子ヴィンセントでマリアを見つけるなり書類のような物をテーブルに叩きつけたのだった。 よくある婚約破棄モノになりますが「ざまぁ」は微ざまぁ程度です。 *なんちゃって異世界モノの緩い設定です。 *登場人物の言葉遣い等(特に心の中での言葉)は現代風になっている事が多いです。 *ざまぁ、は微ざまぁ、になるかなぁ?ぐらいの要素しかありません。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

「帰ったら、結婚しよう」と言った幼馴染みの勇者は、私ではなく王女と結婚するようです

しーしび
恋愛
「結婚しよう」 アリーチェにそう約束したアリーチェの幼馴染みで勇者のルッツ。 しかし、彼は旅の途中、激しい戦闘の中でアリーチェの記憶を失ってしまう。 それでも、アリーチェはルッツに会いたくて魔王討伐を果たした彼の帰還を祝う席に忍び込むも、そこでは彼と王女の婚約が発表されていた・・・

処理中です...