28 / 38
二十八話『得るもの、失うもの』
しおりを挟む「そんなっ!」
これでは湖で魔寄せの薬を洗い流すことが出来ないじゃない。
「俺が合図したらそのまま湖に馬ごと飛び込め、土竜は水の中では生きられないし、水中に住む魔物に魔寄せの薬は効かないからな」
ひらりと馬から飛び降りたレオナルド殿下が巨大ミミズから目を話すことなく剣を構える。
「そんなっ、それじゃあ殿下が!」
私を抱き寄せたことでレオナルド殿下や馬にも魔寄せの原液が付着してしまっている。
その状態で巨大ミミズを自分に引きつけようとしているのだろう。
「アレクサンダー、行け!」
どうやら私が乗っている馬はアレクサンダーと言う名前らしい。
レオナルド殿下はアレクサンダーの馬体を叩くと一直線に巨大ミミズへと斬りかかった。
走り出したアレクサンダーが私を乗せたまま素晴らしい跳躍を見せて湖へ飛び込むとそのまま湖の中央へ泳いでいく。
「お願いアレクサンダー、レオナルド殿下が危ないの!」
私の願いを叶えることなくアレクサンダーがザブンと水中へ潜った。
そのせいで私もアレクサンダーの手綱にしがみついたまま頭の先まで水に浸かる。
「ぷはっ、アレクサンダーちょっとまって」
何度か水中へ潜らされたおかげで身体にまとわりついていた甘い香りが薄れていることに気がついた。
私はアレクサンダーから降りると水中へ潜り治り魔寄せの薬が落ちるように頭の先からガシガシと洗い流す。
そうしている間にアレクサンダーはレオナルド殿下が戦っている岸へと向かって器用に泳いでいってしまった。
レオナルド殿下が魔法を使ったのだろう爆発音が上がり巨大ミミズが炎に巻かれるが、直ぐに地面に身体を転がして炎を消してしまった。
しかしやはり水が苦手なのだろう、炎に巻かれても湖に近寄らない。
炎を消すために転がったため無防備な姿を晒した巨大ミミズの巨躯を華麗に飛び越えたアレクサンダーがミミズの頭を後ろ足で蹴り上げる。
その衝撃で地面に倒れたミミズの頭に、跳躍の反動を利用して落下するように垂直に立てられたレオナルド殿下の剣が深々と突き刺さった。
暴れるミミズに刺さった剣にしがみつき、戻ってきたアレクサンダーの鞍に飛び移ったレオナルド殿下を連れてアレクサンダーが勢いよく湖に飛び込んだ。
波紋が波となりこちらへと打ち寄せる。
レオナルド殿下のもとへ向かおうと必死に両手足を動かすけれど、なかなか思うように身体が進まない。
この間も思ったけれど、もっと真面目に水泳の授業を受けておけばよかった。
こちらへと泳いできたアレクサンダーからレオナルド殿下の身体を受け取る。
どうやら気を失ってしまっているようで、いつの間に負ったのか右脇腹の深い傷から血液が水に流れ出してしまっていた。
アレクサンダーの手綱に掴まりレオナルド殿下の身体を巨大ミミズの死骸の対岸に引き上げる。
血が流れすぎてしまったのか、顔色が悪く呼吸が浅い。
「お願い、お願い止まって!」
左脇腹を圧迫するように止血を試みるものの傷跡が大きくて私の手では抑えきれない。
「ぐっ」
うめき声が聞こえて視線を顔に向ければ、レオナルド殿下の目がわずかに開いていた。
「レオナルド殿下、大丈夫ですよすぐに血は止まりますから!」
今も流れ続ける血を抑えながら安心させるように嘘を付く。
「…………」
パクパクとレオナルド殿下の口が何か言おうとするかのように開かれては閉じられる。
でも声が小さくて聞き取れない……口元に耳を近づければ喘鳴の中に微かに言葉が聞き取れた。
「ぶ……じで……よ……かっ……た」
私を守ってくれた手が水滴なのか涙なのかわからない濡れた頬をなでる。
そのまま目を瞑り私の頬を撫でていた手が力なく崩れ落ちた。
「いやっ、レオナルド殿下、しっかりしてください!」
感情のままにレオナルド殿下の身体に泣きつく。
私は何のためにこの世界へ転生してきたの?
勝っちゃんを……レオナルド殿下を危険に晒すためではない筈だ。
「神様、お願いです……私はどうなったって構わない、レオナルド殿下を助けてください」
ポタリ、ポタリと水滴がレオナルド殿下の顔に落ちる。
「助けることは出来るけれど、目が覚めたとき彼は貴女の記憶を全て忘れてしまうよ?」
聞き覚えがある声に顔を上げれば、いつの間に現れたのだろう、膝を抱えるようにしてしゃがみ込んだカミー君と目があった。
私がどんな選択を選ぶのか楽しむようにこちらを観察している。
「選びなさい……彼の命を諦めるか、それとも前世と今世の自らに関する記憶を対価に彼の命を救うのかか」
そんなの答えは最初から決まっている!
「お願い、彼を助けて!」
「了解」
カミー君がパチリと指を鳴らすとにカッと身体が熱くなった。
「彼の記憶を代償に君に浄化と治癒の力を授けたよ……この力をどう使うのかは君の自由だ」
「……ありがとうございます……」
本来レオナルド殿下の前世の記憶の復活を条件に受け取ることが出来なかったチート能力だったけど、私を忘れてしまうよりレオナルド殿下が死んでしまう方が耐えられない。
私は血に染まった手をレオナルド殿下の腹部に翳して深く深呼吸を繰り返す、初めて使う力だけど何故か使い方がわかるのが不思議だった。
かざした手から淡い緑の光が溢れて、腹部にあった傷がみるみるふさがり、浅く苦しげだった呼吸が整っていく。
それと呼応するようにレオナルド殿下を中心にして少しくすんで見えた草や木、濁っていた湖が色鮮やかに変わっていく。
力の加減がわからなくて大放出したのか頭痛が凄いが、これが浄化という力なのかもしれない。
「瘴気が消えたね、これでこのあたりで魔物が溢れることはなくなるよ……彼が失った血液を戻すのは感染症の恐れがあるからできないけど、三日もすれば意識が戻るよ」
その言葉にホッと安堵のため息を吐いた。
全身に痛みと寒気が襲ってくるけれど、それよりもレオナルド殿下を救うことができた事実が嬉しい。
「さてと、僕はもう行くね」
「カミー君……いえ、神様レオナルド殿下をお救いいただきありがとうございました」
深々と頭を下げる。
「あんまり感謝されても正直困るんだけどね……」
「えっ?」
カミー君の言葉に不安を感じて口を開くよりも早くカミー君は姿を消してしまった。
それからあまり時間をおかずにグラシアの婚約者であるアウレリオが討伐組を引き連れて私達に合流した。
土竜と呼ばれる巨大ミミズを討伐したからか、はたまた魔寄せの薬を洗い流すことができたからか、森は通常状態まで落ち着いたらしい。
レオナルド殿下が担架に載せられて運ばれていくのを見送った私は、遅れて到着したらしいグラシアがこちらへと向かって走ってくる姿を見ながらその場で意識を手放した。
0
お気に入りに追加
222
あなたにおすすめの小説
公爵子息に気に入られて貴族令嬢になったけど姑の嫌がらせで婚約破棄されました。傷心の私を癒してくれるのは幼馴染だけです
エルトリア
恋愛
「アルフレッド・リヒテンブルグと、リーリエ・バンクシーとの婚約は、只今をもって破棄致します」
塗装看板屋バンクシー・ペイントサービスを営むリーリエは、人命救助をきっかけに出会った公爵子息アルフレッドから求婚される。
平民と貴族という身分差に戸惑いながらも、アルフレッドに惹かれていくリーリエ。
だが、それを快く思わない公爵夫人は、リーリエに対して冷酷な態度を取る。さらには、許嫁を名乗る娘が現れて――。
お披露目を兼ねた舞踏会で、婚約破棄を言い渡されたリーリエが、失意から再び立ち上がる物語。
著者:藤本透
原案:エルトリア
婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される
安眠にどね
恋愛
社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。
婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!?
【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~
咲桜りおな
恋愛
前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。
ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。
いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!
そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。
結構、ところどころでイチャラブしております。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。
この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。
番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。
「小説家になろう」でも公開しています。
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜
晴行
恋愛
乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。
見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。
これは主人公であるアリシアの物語。
わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。
窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。
「つまらないわ」
わたしはいつも不機嫌。
どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。
あーあ、もうやめた。
なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。
このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。
仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。
__それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。
頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。
の、はずだったのだけれど。
アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。
ストーリーがなかなか始まらない。
これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。
カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?
それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?
わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?
毎日つくれ? ふざけるな。
……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる