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二十八話『得るもの、失うもの』

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「そんなっ!」

 これでは湖で魔寄せの薬を洗い流すことが出来ないじゃない。

「俺が合図したらそのまま湖に馬ごと飛び込め、土竜は水の中では生きられないし、水中に住む魔物に魔寄せの薬は効かないからな」

 ひらりと馬から飛び降りたレオナルド殿下が巨大ミミズから目を話すことなく剣を構える。

「そんなっ、それじゃあ殿下が!」

 私を抱き寄せたことでレオナルド殿下や馬にも魔寄せの原液が付着してしまっている。

 その状態で巨大ミミズを自分に引きつけようとしているのだろう。

「アレクサンダー、行け!」

 どうやら私が乗っている馬はアレクサンダーと言う名前らしい。

 レオナルド殿下はアレクサンダーの馬体を叩くと一直線に巨大ミミズへと斬りかかった。

 走り出したアレクサンダーが私を乗せたまま素晴らしい跳躍を見せて湖へ飛び込むとそのまま湖の中央へ泳いでいく。

「お願いアレクサンダー、レオナルド殿下が危ないの!」

 私の願いを叶えることなくアレクサンダーがザブンと水中へ潜った。

 そのせいで私もアレクサンダーの手綱にしがみついたまま頭の先まで水に浸かる。

「ぷはっ、アレクサンダーちょっとまって」

 何度か水中へ潜らされたおかげで身体にまとわりついていた甘い香りが薄れていることに気がついた。

 私はアレクサンダーから降りると水中へ潜り治り魔寄せの薬が落ちるように頭の先からガシガシと洗い流す。

 そうしている間にアレクサンダーはレオナルド殿下が戦っている岸へと向かって器用に泳いでいってしまった。  

 レオナルド殿下が魔法を使ったのだろう爆発音が上がり巨大ミミズが炎に巻かれるが、直ぐに地面に身体を転がして炎を消してしまった。

 しかしやはり水が苦手なのだろう、炎に巻かれても湖に近寄らない。

 炎を消すために転がったため無防備な姿を晒した巨大ミミズの巨躯を華麗に飛び越えたアレクサンダーがミミズの頭を後ろ足で蹴り上げる。

 その衝撃で地面に倒れたミミズの頭に、跳躍の反動を利用して落下するように垂直に立てられたレオナルド殿下の剣が深々と突き刺さった。

 暴れるミミズに刺さった剣にしがみつき、戻ってきたアレクサンダーの鞍に飛び移ったレオナルド殿下を連れてアレクサンダーが勢いよく湖に飛び込んだ。

 波紋が波となりこちらへと打ち寄せる。

 レオナルド殿下のもとへ向かおうと必死に両手足を動かすけれど、なかなか思うように身体が進まない。

 この間も思ったけれど、もっと真面目に水泳の授業を受けておけばよかった。

 こちらへと泳いできたアレクサンダーからレオナルド殿下の身体を受け取る。

 どうやら気を失ってしまっているようで、いつの間に負ったのか右脇腹の深い傷から血液が水に流れ出してしまっていた。

 アレクサンダーの手綱に掴まりレオナルド殿下の身体を巨大ミミズの死骸の対岸に引き上げる。

 血が流れすぎてしまったのか、顔色が悪く呼吸が浅い。

「お願い、お願い止まって!」

 左脇腹を圧迫するように止血を試みるものの傷跡が大きくて私の手では抑えきれない。

「ぐっ」

 うめき声が聞こえて視線を顔に向ければ、レオナルド殿下の目がわずかに開いていた。

「レオナルド殿下、大丈夫ですよすぐに血は止まりますから!」

 今も流れ続ける血を抑えながら安心させるように嘘を付く。 

「…………」

 パクパクとレオナルド殿下の口が何か言おうとするかのように開かれては閉じられる。

 でも声が小さくて聞き取れない……口元に耳を近づければ喘鳴の中に微かに言葉が聞き取れた。

「ぶ……じで……よ……かっ……た」

 私を守ってくれた手が水滴なのか涙なのかわからない濡れた頬をなでる。

 そのまま目を瞑り私の頬を撫でていた手が力なく崩れ落ちた。

「いやっ、レオナルド殿下、しっかりしてください!」

 感情のままにレオナルド殿下の身体に泣きつく。

 私は何のためにこの世界へ転生してきたの?

 勝っちゃんを……レオナルド殿下を危険に晒すためではない筈だ。

「神様、お願いです……私はどうなったって構わない、レオナルド殿下を助けてください」
 
 ポタリ、ポタリと水滴がレオナルド殿下の顔に落ちる。

「助けることは出来るけれど、目が覚めたとき彼は貴女の記憶を全て忘れてしまうよ?」

 聞き覚えがある声に顔を上げれば、いつの間に現れたのだろう、膝を抱えるようにしてしゃがみ込んだカミー君と目があった。

 私がどんな選択を選ぶのか楽しむようにこちらを観察している。

「選びなさい……彼の命を諦めるか、それとも前世と今世の自らに関する記憶を対価に彼の命を救うのかか」  

 そんなの答えは最初から決まっている!

「お願い、彼を助けて!」

「了解」

 カミー君がパチリと指を鳴らすとにカッと身体が熱くなった。

「彼の記憶を代償に君に浄化と治癒の力を授けたよ……この力をどう使うのかは君の自由だ」

「……ありがとうございます……」

 本来レオナルド殿下の前世の記憶の復活を条件に受け取ることが出来なかったチート能力だったけど、私を忘れてしまうよりレオナルド殿下が死んでしまう方が耐えられない。
    
 私は血に染まった手をレオナルド殿下の腹部に翳して深く深呼吸を繰り返す、初めて使う力だけど何故か使い方がわかるのが不思議だった。

 かざした手から淡い緑の光が溢れて、腹部にあった傷がみるみるふさがり、浅く苦しげだった呼吸が整っていく。

 それと呼応するようにレオナルド殿下を中心にして少しくすんで見えた草や木、濁っていた湖が色鮮やかに変わっていく。

 力の加減がわからなくて大放出したのか頭痛が凄いが、これが浄化という力なのかもしれない。

「瘴気が消えたね、これでこのあたりで魔物が溢れることはなくなるよ……彼が失った血液を戻すのは感染症の恐れがあるからできないけど、三日もすれば意識が戻るよ」
 
 その言葉にホッと安堵のため息を吐いた。

 全身に痛みと寒気が襲ってくるけれど、それよりもレオナルド殿下を救うことができた事実が嬉しい。

「さてと、僕はもう行くね」

「カミー君……いえ、神様レオナルド殿下をお救いいただきありがとうございました」

 深々と頭を下げる。

「あんまり感謝されても正直困るんだけどね……」

「えっ?」

 カミー君の言葉に不安を感じて口を開くよりも早くカミー君は姿を消してしまった。

 それからあまり時間をおかずにグラシアの婚約者であるアウレリオが討伐組を引き連れて私達に合流した。

 土竜と呼ばれる巨大ミミズを討伐したからか、はたまた魔寄せの薬を洗い流すことができたからか、森は通常状態まで落ち着いたらしい。

 レオナルド殿下が担架に載せられて運ばれていくのを見送った私は、遅れて到着したらしいグラシアがこちらへと向かって走ってくる姿を見ながらその場で意識を手放した。

 
        
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