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悩める王女
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凍傷の初期症状は皮膚の変色と焼けるようなうずくような感覚、そして患部のしびれ感、そして激しい痛みに襲われる事もある。
酷くなれば変色した皮膚は次第に黒くなり最後は壊疽や壊死がおこり、一度壊疽してしまえば患部を切断しなければならなくなることもあるそうだ。
宮廷医ベンハミン・ソーク医師の指示に従い、運び込まれた湯を肌がピリピリする温度……多分四十度から四十ニ度くらいかな?
熱めの湯に両手足を着けさせる。
「熱いですね……こんなに急に身体を温めて大丈夫なのですか?」
心配になり聞けば、患者から視線を外すことなく答えた。
「大丈夫です、昔はこんな高温じゃなくて少しずつ温度を上げたもんじゃが、今は時間を掛けずに素早く温める事が医学会の研究で効果的じゃと結果が出ておるのですよ」
迷いなく進められる治療が頼もしい。
「しかしここまできちんと保温して来られたのが幸いしましたの、患部を揉んだり叩いたりもしていないようですし、この様子なら切除や切断と言った処置をせずに済みそうですじゃ」
「保温……あっ、温石岩か!」
ベンハミンの言葉に自分が騎竜する際に使用する温石岩を思い出す。
「ほほう、温石岩とはまた珍しい物をお持ちですな、やはり竜に乗るのは寒いと見える」
ベンハミン医師の指示に従いながら一通り処置を終え、残りの治療をプロに任せて部屋をでる。
大理石の通路に敷かれた毛足の長いワインレッドの絨毯を踏みしめてアルトバール陛下の執務室へ向かって歩く。
「兄様!」
早足で後ろから声を掛け、追い掛けてきたキャロラインに向けて両手を広げて受け入れ準備をしたら、目前で急停止されてしまい両手が空を切った。
「寸止めかよ」
「飛び込みませんから、私はもう立派なレディなんです!」
そう言って剥れる男装王女はどうやら多感なお年頃らしい。
「それよりも兄様! 隠し子をお連れになるなんて不潔です!」
「違うから!」
いったいどこで私が隠し子を連れてきた事に事実がねじ曲がったのか、とりあえず思い込みが激しいキャロラインに事の次第を説明する。
「まぁそんなことが……」
ショックを隠しきれないキャロラインの様子に真っ直ぐ心優しい妹に成長してくれて居ることが嬉しい。
若干男装癖があってもそれで帳消しだろう。
「そうなんだ……だからキャロラインには連れてきたあの子の世話を私が帰るまで頼みたい」
キャロラインは私の願いに暗い顔をして俯いてしまう。
「……わ、私に幼い身で家族と引き離され辛酸を舐めてきた子供を世話できるのでしょうか……」
キャロラインは思い詰めた顔で床に視線を落としている。
私もキャロラインも王家に産まれたから、これまで飢えをしのぐ為に金で奴隷に落ちた事も、飢えて死に掛けた事もない。
はっきり言ってしまえば恵まれている。
そんな恵まれた私やキャロラインが何を言っても奴隷の幼児には不愉快なのではないかと危惧しているのかもしれない。
キャロラインが自分の男装について同年代の貴族の令嬢達に陰であれこれ噂されているのは、私の耳にも情報が上がってくる。
人間関係に悩み、王女として社交界で上手く立ち回らなければいけないと焦り、周りに合わせようとドレスを手に取っては苦悶する姿も知っていた。
この世界はやはりと言って良いのか、女に淑女を求めているのも知っている。
しかし男装くらいなんだって言うのだろう。
男装のまま隣国ドラグーン王国の先の王の王妃に収まった私の叔母にあたるミリアーナ様が前例にいるのだ。
キャロはキャロのままで良い。
少なくとも私と両親はそう認識しているのだから。
私は自分よりも頭一つ分背が低いキャロラインの頭に手を乗せて優しく撫でる。
「キャロ、きっと大丈夫だ。 あの子の話を良く聞いてあげてほしい、それが将来キャロの為になる……あの子を頼む」
そう告げるとキャロラインは小さく「……はい……」と答えた。
酷くなれば変色した皮膚は次第に黒くなり最後は壊疽や壊死がおこり、一度壊疽してしまえば患部を切断しなければならなくなることもあるそうだ。
宮廷医ベンハミン・ソーク医師の指示に従い、運び込まれた湯を肌がピリピリする温度……多分四十度から四十ニ度くらいかな?
熱めの湯に両手足を着けさせる。
「熱いですね……こんなに急に身体を温めて大丈夫なのですか?」
心配になり聞けば、患者から視線を外すことなく答えた。
「大丈夫です、昔はこんな高温じゃなくて少しずつ温度を上げたもんじゃが、今は時間を掛けずに素早く温める事が医学会の研究で効果的じゃと結果が出ておるのですよ」
迷いなく進められる治療が頼もしい。
「しかしここまできちんと保温して来られたのが幸いしましたの、患部を揉んだり叩いたりもしていないようですし、この様子なら切除や切断と言った処置をせずに済みそうですじゃ」
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ベンハミンの言葉に自分が騎竜する際に使用する温石岩を思い出す。
「ほほう、温石岩とはまた珍しい物をお持ちですな、やはり竜に乗るのは寒いと見える」
ベンハミン医師の指示に従いながら一通り処置を終え、残りの治療をプロに任せて部屋をでる。
大理石の通路に敷かれた毛足の長いワインレッドの絨毯を踏みしめてアルトバール陛下の執務室へ向かって歩く。
「兄様!」
早足で後ろから声を掛け、追い掛けてきたキャロラインに向けて両手を広げて受け入れ準備をしたら、目前で急停止されてしまい両手が空を切った。
「寸止めかよ」
「飛び込みませんから、私はもう立派なレディなんです!」
そう言って剥れる男装王女はどうやら多感なお年頃らしい。
「それよりも兄様! 隠し子をお連れになるなんて不潔です!」
「違うから!」
いったいどこで私が隠し子を連れてきた事に事実がねじ曲がったのか、とりあえず思い込みが激しいキャロラインに事の次第を説明する。
「まぁそんなことが……」
ショックを隠しきれないキャロラインの様子に真っ直ぐ心優しい妹に成長してくれて居ることが嬉しい。
若干男装癖があってもそれで帳消しだろう。
「そうなんだ……だからキャロラインには連れてきたあの子の世話を私が帰るまで頼みたい」
キャロラインは私の願いに暗い顔をして俯いてしまう。
「……わ、私に幼い身で家族と引き離され辛酸を舐めてきた子供を世話できるのでしょうか……」
キャロラインは思い詰めた顔で床に視線を落としている。
私もキャロラインも王家に産まれたから、これまで飢えをしのぐ為に金で奴隷に落ちた事も、飢えて死に掛けた事もない。
はっきり言ってしまえば恵まれている。
そんな恵まれた私やキャロラインが何を言っても奴隷の幼児には不愉快なのではないかと危惧しているのかもしれない。
キャロラインが自分の男装について同年代の貴族の令嬢達に陰であれこれ噂されているのは、私の耳にも情報が上がってくる。
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この世界はやはりと言って良いのか、女に淑女を求めているのも知っている。
しかし男装くらいなんだって言うのだろう。
男装のまま隣国ドラグーン王国の先の王の王妃に収まった私の叔母にあたるミリアーナ様が前例にいるのだ。
キャロはキャロのままで良い。
少なくとも私と両親はそう認識しているのだから。
私は自分よりも頭一つ分背が低いキャロラインの頭に手を乗せて優しく撫でる。
「キャロ、きっと大丈夫だ。 あの子の話を良く聞いてあげてほしい、それが将来キャロの為になる……あの子を頼む」
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