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第二四章 たったヒトリの家族
たったヒトリの家族(04)
しおりを挟む真正面から受け止めた氷の剣――
明人の手の、皮膚の奥まで喰い込んで、ダラダラと鮮血が流れ落ちる。溶けた氷と混じって明人の腕を伝い、制服が赤黒く染まっていく。
「アキ……なん、で……っ!」
「はぁ、はぁ……はぁ――」
激痛に耐えながらも、氷の剣を離さずにジッと耐えてみせる。依子は焦って剣を引き抜こうとするが、明人は決して離さなかった。
「アキくん……」
広間の外では、天音が心配そうに明人を見つめる。
明人の手から流れる血は一向に止まりそうにない。それでも真剣な表情を崩さない明人に、依子は怯えて体を震わせる。
同時に、氷の剣が氷解する速度も上がる。
「やめ……やめて、ねえ!」
そして、ついに剣が溶け切って無くなった。
そこで明人は表情を変えた。
「はぁ、はぁ……ほら、受け止めるって言っただろ。姉さん――」
明人は、依子を諭すように笑った。
依子の中に、再び迷いが生じる。
『ヨリコ、さあ……もう一度――』
その後ろに、巫女姿の種人がしつこく立って、再び氷の剣を生成するよう促す。
だが、依子の手は動かなかった。それどころか、壁や天井を覆っていた氷も溶け出して、辺りが水浸しになっていく。
「なん、で……アキ、私が憎くないの?」
『ヨリコ……?』
依子は、昔から明人が知る「姉」の姿を取り戻しつつあった。明人は、ゆっくりと姉に手を伸ばす。
「憎いはずがない。ずっと、ずっと会いたかった」
「あ、あ……」
「会って話がしたかった。またやり直したかった」
「あ、き……どうし、て……」
「だから姉さん、ほら、もう一度――」
『残念だよ、ヨリコ』
明人が伸ばした手――
依子が掴もうとした瞬間――
依子の胸元を一本の触手が貫いた。
『キミとは、最後までいたかった』
「あ゛、が……ごぼっ――」
依子の胸元、そして口元からも血が漏れ出す。
「姉さんっ!」
やっと掴めそうだった――
姉の手をやっと掴めそうだったのに、あと一歩で依子の体が後ろに傾く。
後ろにいた種人は、笑っていた。
そして、壁と天井の氷が一気に溶けて水に変わる。
大量の水が地面に降り注ぎ、それだけでなく氷のせいで腐食した天井に亀裂が入る。
「アキくん! 依子さん!」
天音の叫び声虚しく――
水の勢いにも負けた天井が、明人たちを潰すようにして、抵抗する間もなく崩れ落ちた。
***
『――来るなあああ゛っ!』
小由里の叫び声に合わせて、真っ青の炎が放出され続ける。凄まじい熱波で周囲の水分は余すこと無く蒸発していく。
明里は目を開けるのもしんどかったが、その場からは離れずに、なるべく瞬きもしないよう集中した。
真由乃の親友として、真由乃の勇姿を最後まで見届けるべきと思ったからだ。
『近づかないでって、言ってる゛ーっ!』
小由里の怒りに呼応して、塊となって出現した炎が真由乃を襲う。その炎は真由乃が構える炎環によって受け止められるが、炎の全部を吸収できるわけではない。
弾かれた炎の一部は、真由乃に降り掛かって肌をチリチリと焼く。
「――っ……」
細かい火傷の痛みが真由乃を襲い続けるが、真由乃は炎環を固定したまま、怯むこと無く歩みを進めた。
『なんでっ?! どうして止まんないのお゛!』
小由里は、さらに炎の威力を強めた。
狭い路地を埋め尽くす炎――
ビルの外壁は既に全面が黒ずんでいて、真由乃が防いでいなかったら、明里はとっくに丸焦げになっている。
「まゆのん……」
かくいう真由乃も、楽に防いでいる訳ではなかった。小由里に近づけば近づくほど、肌身に降りかかる火の粉の量は増し、炎環を押し出す物理的な勢いも強くなる。さらに体力的にも限界で、炎環を支える腕はブルブルと震えていた。
「さゆ……ぜんぶ、全部うけとめるよ」
『いやああ゛っ!』
小由里は、依然として拒絶を続ける。それどころか、冷静さを失って力を上手くコントロール出来ていないようにも見えた。
完全に栓が壊れてしまい、自らの肌をも焼くほどの炎を出し続ける。
「ずっと、ずっとさゆに寂しい思いをさせてた。さゆはずっと辛かったのに、おねえちゃんは知らんぷりしてた」
そして真由乃と小由里――
2人の距離は限界まで近付く。もう炎環で防ぎ切れるレベルの炎ではない。
『やだよぉ、どうして、おねえ、ちゃん……』
「だからね、さゆ――」
本殿の外で虫の息になりながらも、なんとか意識を保つ雁慈――
正直、もう戦闘する体力は残されていなかった。体力どころか、両腕が折れて使い物にならない。――が、諦めた訳では無い。
絶体絶命の状況で死を覚悟していながらも、雁慈は本殿で戦っているだろう明人、そして未だ本殿に姿を表さない真由乃に、希望を託していた。
本殿の階段下では、メアリと葵も力尽きてしまっていた。気力は残されているが、戦う体力は残されていない。次また種人が現れたら……という絶望的な状況で、2人とも階段の上から迫る種人の気配をうっすら感じ取っていた。
「……チッ、ここまでカモね」
「まったく、明人と真由乃はしっかりやっているのか?」
雁慈同様、2人とも諦めてはいなかった。
明人と真由乃なら、この絶望的な状況をきっと打破してくれる。
そう信じていた――
明里だって同じだ。
真由乃を信じている。
真由乃ならきっと妹を救える。
きっと救えるはずだ。きっと――
「――まゆのん!」
明里が叫ぶ少し前に、真由乃は炎環を横に放り投げていた。そのまま目の前の炎は気にせず、小由里に向かって勢いよく足を踏み込んだ。
「ぜんぶ、うけとめるから」
瞬時に爆炎が真由乃の全身を包み、真由乃の体は見えなくなる。
明里が見る景色は、絶望に染まっていく――
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