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第二〇章 自らをムスぶ縛り
自らをムスぶ縛り(05)
しおりを挟む「休み時間あと何分?」
「もう時間過ぎてるよ」
「うっそ、やっば――」
女の子2人組が慌ててトイレに向かう。
葵は、その2人を阻むようにトイレの入口に立ち構えた。
「な、なに……?」
「ちょ、どいてほしいんだけど」
葵は顔を伏せたまま、どかなかった。
唇を噛み締めて、無言で物言いたげに立ち尽くした。
「だいじょうぶ? 怖いんだけど……」
「もういいよ、行こ」
女の子2人は諦めてトイレから離れてくれる。ひと安心するも、先程から女の子たちに同じく授業の開始時刻が気になってしょうが無かった。
葵は、恐る恐るトイレの中に入った。
「あの、もう、来ないと、思う……」
「……は?」
トイレの中では、別の女の子2人が窓を開けた先に向かって煙を吹いていた。2人とも慣れた手付きで煙草を挟み、煙をくゆらせながら葵を睨んだ。
「なに勝手に戻ってきてんの」
「ちゃんと見張ってないとダメでしょ、あおいちゃん?」
煙草の鼻に付く臭いが気になって、かと言って臭いの元を目の前にして鼻を抓むわけにも行かなかった。葵が我慢して顔を歪めると、女の子にはその態度も気に喰わなかったようだ。
1人が煙草を持ったまま葵に近づいて圧力を掛ける。葵は、耐えきれず顔を逸らす。
「そ、その、授業が………」
「うっそー、あおいちゃん真面目すぎー笑」
後ろの女の子が茶化すように笑う。
目の前の女の子は、変わらず冷たい目で葵を見下ろしていた。
「……ねえ、ウチらさ、友達だよね?」
「え、あ……」
ううん――
と否定の言葉を口に出す勇気もなく、葵はゆっくりと首を縦に振った。その顔に向かって、女の子は思い切り煙草の煙を吹き掛けた。
「――ごほっ、ごほっ!」
葵が我慢できずにむせてしまうのを、女の子は嘲笑ってさらに一歩近づいた。
「友達のお願いは、ちゃんと聞いて? ね?」
「ごほっ、こほっ――」
結局、葵には頷くしかできなかった。
涙目になりながらトボトボと入口に戻り、見張り番を再開する。
「でさー、ウチの彼がさー」
友達……
葵には、良く分からない。
「なにそれー、だっるぅー」
葵は、無言で、無表情でトイレの入口に突っ立っていた。
***
今日も何事もなく家に帰ると、珍しく来客のようだった。見慣れない靴と、嗅ぎ慣れない料理の匂いが漂っている。
「……だれだ」
居間に入ると、葵の椅子に男が座っていた。
紫色の髪で、歳は同じくらいだろう。
非常に端正な顔立ちで、正直言って一目惚れだった。
「葵、遅いじゃない。今日は挨拶があるから早く帰ってきなさいって言ってたでしょ」
放課後も見張り番を頼まれていたのだから仕方がない。それにしても葉柴明人、噂にたがわず美しい――
「……俺の顔、なんか付いてるか?」
葵は、慌てて顔を逸らした。
顔が途端に熱くなるのが分かる。
「すみません、昔から寡黙な子で」
余計なことを……
母の紹介でますます恥ずかしくなる。
「明日からの指導役の方、わざわざ来てくれたのよ。失礼のないようにね」
そう言って母は、出ていった。
明人は、ジッと葵を見つめるだけで特に反応はなかった。
「な、なに……」
今度は葵から問い掛けた。すると、明人はおもむろに立ち上がって葵に近づいた。他人が近づくにつれ、葵の体はどんどん強張っていく。
「…………まるで『置物』だな」
「――っ?!」
「他人を気にしすぎだ」
明人はそれ以上話すこともなく、そそくさと家を出ていった。
葵は、唇を噛み締めて立ち尽くす。
「……分かってる」
全部分かっている。
昔から、自分の考えを口にすることが苦手だった。相手が友達でも、家族でも……
そのせいで、周囲からは良いように扱われてきた。都合のいいときに呼ばれて、都合のいいことばかり言われて、葵の気持ちはいつまでも後回し――
***
「――ねえ、飲み物買ってきてよ」
「わかる―、炭酸おねがーい」
今日も名ばかりの友達にコキを使われる。
人気のない校舎裏で、女の子2人が煙草を深くまで吸う。葵はいつもの見張り番だ。
「あの、おかねは……?」
「えー、だるいってー」
「あとで返すからさー そんくらい友達なんだから察してよね」
でも、葵は反抗しない。
言うことを聞いていれば友達でいてくれるし、それ以上は酷い扱いを受けない。流れに身を任せていれば、楽だし、傷付かない。
自動販売機ボタンを押す。
ジュース2本取り出す。
財布の中身が空になってしまった。
これでいい、これでいいんだ――
「――おきもの……」
明人の言葉を反芻していた。
頬に涙が伝い、葵は慌てて顔を振った。
「……知るか」
気にする必要なんて無い。
今日も、いつも通り――
『――きゃああああぁああ!』
その悲鳴は、葵が校舎裏に戻ったときとほぼ同時だった。
「やめ、やめっ、てっ……」
ついさっきまで葵を見下ろしていた女の子が、今はお尻をついて震えている。
もう1人は胸元を喙で貫かれており、既に息を引き取っているようだった。
『クックルーッ゛!』
胴体以下は二足歩行で人間に近いが、首が異様に細長く、頭部らしき真っ白な球体から黄色い喙が2m近く伸びていた。
初めて見る種人の姿に、葵も同様を隠せないでいた。
『クックルーッ゛! クックルーッ゛!』
女の子は喙に刺さったままで、それを抜きたいのか種人が怒り狂ったかのように頭部を振り回した。
遠心力で女の子は喙から抜けて、その勢いで校舎の壁に投げ捨てられる。
「――あ、あおいちゃん! たすけて! ねえたすけて!」
腰が抜けて立てないままの女の子は、辛うじて葵の姿に気づいたようだ。涙で顔をグチャグチャにして藁にも縋るように葵に助けを求める。
「ねえお願い! ねえ!」
葵は、腰元の植器に手を当てた。
植人としての実践が今日から始まる。明人の指示で、植器である鎖苦楽を装備していた。
厳しい訓練にも耐え、使い方はしっかりマスターしている。目の前の種人にも、思いの外冷静でいられた。
今すぐにでも種人を始末できた。
だが――
「ねえ! ボーッとしてないでよ゛!」
葵の手は、動かなかった。
始末できるとて、果たして助ける義理はあるだろうか?
今まで散々嫌な思いをさせられて、散々尽くしたのに見返りも一切なく、自分のことを見下して来たヒトを助ける必要があるだろうか。
「もーやめてよお゛!」
「……ふっ――」
種人が女の子に迫り、葵は笑っていた。
そう、助ける必要なんて無い。
助けなくていい。
バチが当たったんだ。
せいぜい地獄で反省を――
「まだ置物なのか」
明人の声だった。
葵は驚いて振り返った。
「動け、自分の成すべきことを考えろ。自分の頭で考えて、自分の足で行動しろ」
明人は、葵のことを厳しく戒める。
葵の手は震えながらも鎖苦楽を握っていた。
悔しさでまた涙が溢れてくる。
「い、いやだ」
「……そうか、じゃあ――」
明人は、葵の頭を掴んで女の子に向かせた。
女の子目掛けて、種人の喙がどんどんと迫る。
「そこの女がくたびれるのを見てろ」
「い、いやだ、はなせっ」
明人はガッシリと固定して頭から手を話してくれなかった。
「行動の結果を見届けろ。それが責任だ。思考から逃げられても、責任からは逃げられないぞ」
「い、いや、だ……」
ヒトが死ぬ。
私のせい? 違う!
私のせいなんかじゃ――
「助けられるのに助けない。その理由はなんだ? その理由はヒトの死よりも重要か?」
私のせいじゃ――
「考えろ、考えて決めろ。自分の足で立て、葵!」
私の――
「葵!」
「うわぁああああ゛!」
葵は、涙を堪えて鎖苦楽を伸ばした。
女の子の目の前にまで迫っていた喙に、鎖苦楽が何重にも巻き付いていく。
『ぐぎゅる゛ーッ! ぐぎゅる゛ーッ!』
「こんなのぉ!」
胴体にも鎖苦楽を巻き付けて、先端のクナイを地面に突き刺して、鎖を締め付けていく。鎖は、種人の体にめり込んで行き、最後は中身を弾け飛ばすように全身を締め潰した。
中のタネまで潰せたようで、種人からは一切の反応がなくなる。
「はぁはぁはぁ、はぁ……」
「上出来だな」
種人の血を大量に浴びていた女の子は、とっくに気絶していた。
葵は明人に向き直り、頭を深く下げる。
「教えてください。ぜんぶ、1から10まで」
こんな気分は2度と味わいたくない。
そのために、自分がもっとしっかりしないと――
周りを頼らなくても生きていけるくらいに、もっと――
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