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第一九章 金色にサくハナ
金色にサくハナ(04)
しおりを挟む「オーマイガー」
メアリが初めて目にした種人は、エイリアン映画に出てくる敵と生で出くわした感覚だった。
10cmにも満たない短い4本足でノソノソと歩き、正面にはメアリの顔面と同じくらいの大きさの『唇』が付いている。反して、目や鼻、耳といった顔面を構成する部位は、極端に小さくてバランスが悪い。
『んーんちゅんちゅちゅんちゅ……』
唇からは唾液を大量に分泌し、粘液まみれの大きな舌で自身の唇を舐めずり回す。
「ウプッ……」
グロテスクを詰め込んだアピールにメアリは思わず吐き気を覚えてしまう。
「目を逸らすな、常に相手を見据えろ」
「Uu……キモチワルイ……」
メアリは、指導役である葉柴明人の指示を無視して、種人から思わず目を逸らしてしまった。
明人との出会いもまた、よろしくないファーストコンタクトであった。
「――アノ、ハジメマシテ」
初めて顔を合わせた明人は、実に無愛想だった。緊張するメアリの挨拶に返事もせず、黙ってメアリの体を観察していた。
「ナ、ナンデショウ……」
ワンピース姿のメアリは、警戒して胸元とスカートを手で抑えた。初対面の男にマジマジ見られるのは非常に気持ちが悪い。
明人は、そのタイミングで今度はメアリの瞳をまっすぐ見て口を開く。
「鍛えてはいるようだな。だが、お嬢様に務まるとは思えないな」
「おジョー、サマ……?」
当時は意味が分からなかったが、何となく煽られていることだけは分かった。少しだけ腹が立って、その日のために持ち運んでいた圧愚を両手で握りしめる。
さらに明人のことを睨んで見つめると、明人も冷たい表情のまま目の前まで近づいてくる。
斧をギュッと握り込み、下唇を噛んで緊張に耐えたが、体の各所の震えは抑えきれなかった。
明人の奥深い瞳に圧され、結局は顔を反らしてしてしまう。
「ナ、ナニかイケナイコトでも?」
「……まあいい。行くぞ」
「イクって、ドコにデショウ?」
「時間がない」
「ア、マッテクダサイ……」
明人は、前触れもなくメアリの手を掴んだ。稽古以外で他人に触れられる機会は滅多になかったので、メアリは戸惑って固まってしまうが、明人は無理矢理引っ張って場所を移動した。
この、強引な感じも説明がない感じも、メアリには気に喰わなかった。明人に対する第一印象は最低である。
その最低な気分のまま連れてこられたのが、とある公園の奥まった茂みの先だった。そして、誰も手入れをしていない草むらを掻き分けて歩き回っていると、ひょっこり姿を現したのが、この気持ちの悪い怪物であった。
「――おい! 目を逸らすな!」
「ッ?! アゥ――」
怪物から目を逸らした隙に、唇から伸びた長い舌が、メアリの左足に巻き付いていた。唾液で湿った粘膜が、ピッタリと足首に張り付いているのが分かる。
「ソン、ナ……」
足を引っ張られ、あっさりと転ばされて、叫ぶ間もなく怪物の目の前まで引き摺られていく。
『んぅ、んちゅちゅちゅちゅ』
怪物の唇が眼前に広がり、上下の隙間からは真っ白な門歯が垣間見える。隙間から漏れ出す唾液がメアリの腰元にポタポタと落ちる。
引き摺られる間に圧愚は手放してしまっていた。腰は抜けて立ち上がることもできず、ガタガタと体が震えて声を出すこともままならない。
「はぁ、はぁはぁ、はぅ、はぅっ……」
『んぅ、んちゅちゅう――』
メアリの頭を咥え込もうと、真っ白な歯と真っ赤な歯茎を見せつけて、唇が大きく開く。
怯えきって声も出せず、涙も流せずにいたメアリの目の前を、今度は風を切るように「拳」が通過した。
『んにゅうっ!』
怪物の体は破裂するようにして、ずっと後ろにまで飛んでいく。その返り血がメアリの全身に思い切り降り掛かる。
「……いいか? これが種人だ」
「ハッ、イ……」
明人は怪物を殴ると同時に、その「中身」から小さな丸っこいタネを取り出していた。タネをメアリに見せつけたあとは、そのまま目の前で潰して見せる。
メアリは、ただ黙って固まっていた。
「……替えの服を持ってきてやる」
「ン……? ――NO!」
メアリの下半身は、怪物の血と自身の尿でビショビショに湿っていた。慌てて内股になり、腕で覆うようにして股下を隠す。
「ム、リ……」
どうやら、これが植人の仕事らしい。
メアリの碧い瞳からは、その日初めて涙が溢れ出した。
***
「メアリ~ 愛しのプリンス~」
メアリは返事をしなかった。
自室に引きこもってひたすら嗚咽を漏らしていた。
「メアリ~ 出ておいで~」
今は、扉の奥から聞こえる父の陽気な声が少しウルサかった。だが、メアリの気持ちはお構いなしに、父は扉をノックしてメアリに話し掛ける。
「メ~ ア~ リ~」
「モー! ヒトリにしてよ!」
大きな声で叫んでも、父はしつこく話し掛けてきた。埒が明かないので、メアリは立ち上がって内鍵を開けた。直後にまたベッド飛び込んで枕に顔を埋めた。
大好きな父親に、泣いて腫れ上がった情けない顔を見せたくない――
「……メアリ」
父は優しい声でメアリの肩に手をおいた。先程までの陽気さが嘘のようだ。その瞬間に、強く押し込んでいた感情が爆発してさらに涙が込み上げてくる。
「ウゥ、ウゥ……ッ」
「……メアリ、頑張ったね」
「ウゥ、ウクッ……」
「ツライなら、ヤメテもいいんダゾ?」
「デモ……ママが……」
母は、熱心にメアリを育ててくれた。それが自分の進みたい道とズレていても、母の思いに応えたい気持ちもあった。
メアリはどうしたらいいかわからず、真っ赤に腫れた瞳を父に向けた。すると父は、長い両手を大きく広げて、メアリを受け入れる体勢を取った。
「――ウッ、ウワーンッ!」
メアリは、すぐに父の胸元に飛びついて涙を流した。父は慣れた様子でメアリの頭に手を乗せて、ゆっくりと頭全体を撫でる。
「メアリはヤサしい子だ」
「ウ、ウゥ……」
先程まで吐きそうで気持ち悪かったのに、すっかり落ち着いて涙も収まってきた。それだけ父の懐は温かくて安心できた。
「まだ頑張れるかい?」
「ウッ、ウン……」
メアリは小さく頷いた。
植人として活躍することで、きっと母だけでなく父も喜んでくれる。
だから、もう少し頑張ってみようと思った――
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