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第一七章 クウ虚な心

クウ虚な心(01)◆

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 難波なんば怜央琉れをるが生まれた環境は、お世辞にも恵まれていなかった。
 都心から近くは無く、遠すぎもせず、駅前は多少賑わっているが、15分も歩けば辺りは閑散として、治安がよろしいとも言えない。
 怜央琉は、この町で、母と2人暮らしだった。
 怜央琉は、母が嫌いだった。

「あのぉ、今月はこれで……」

「あのねえ難波さん。先月分が未納なの分かってる?」

「で、ですけど、先月の足りない分は、その、別の形で……」

「ええ゛っ?! なにぃ゛?!」

「ひぃ……その、違う形でお支払いしたというか……」

「ああ゛? なんだよ違う形って」

「ですからっ……あぅっ」

「ああ゛? ほら、言ってみろよ」

「そのっ、息子が……」

「ああん゛? 息子だあ?」

 家には、人相の悪い男がしょっちゅう押し入ってきた。怜央琉がちょうどその場面に出くわすことも少なく無かった。
 男は、悪そうに舌を舐めずり回し、母の耳元で怜央琉にはお構いなしに言葉責めを続ける。怜央琉には、ドアの隙間から見つめることしかできない。

「ガキなんてどうだっていいだろ! ほらっ、言え!」

「いやっ、あぅん……」

 母のロングスカートを腰までたくし上げて、そのまま下着を持ち上げて母の陰部に喰い込ませる。
 母が喘ぎ声を上げる。最初は痛いのかと思っていた。

「ほら、言えよ。どうして欲しいんだよ」

「あの、その、来月に……」

「 ナニ が欲しいんだよ?!」

「あうっ……そ、その……」

「ほら! 言えっ!」

「その、おち、んち……」

「ああぁ゛?! もっと大きな声で!」

 男は、まだ濡れてもない膣内なかに容赦なく2本指を挿し込んでいく。母は、摩擦の痛みに耐えながら、体を小刻みに震わせて声を絞り出す。

「おちん、ちんが……ほしぃです」

「もっとはっきり!」

「おちんちんが、欲しぃ」

「大きな声で!」

「おちんちんがほしいですぅ!」

「けっ、ほらとっとと咥えろ」

 男の巨大な陰茎が、いつの間にかズボンのチャックから飛び出していた。母はしゃがませられ、慣れた流れで陰茎に手を添える。

「どうした? 欲しいんだろ?」

「あの、場所を移すとかは――んぼぉっ!」

 母の頭は無理やり押さえ付けられ、そのまま口元を巨大な陰茎の先端にまで持ってこさせられ、一気に喉の奥まで押し込まれる。

「んぐっ! んじゅ、んじゅるっ、んじゅぼっ、んじゅぽ、んぐがっ、あ゛っぐ、んぼぉ……」

 何度もピストンをさせられたあと、母の鼻は、チリチリと生えた男の陰毛に擦り付けられ、やがて喉の奥限界まで陰茎が入り込む。何度嗚咽おえつを漏らして吐きそうになっても、男は決して陰茎を抜かない。

「んぐぅっ、んごっがぼっ……」

「うっ、イキそう」

 唾液をダラダラと垂らしながら、何度も男の太ももを叩き、限界を訴える。それでも、決して男は陰茎を抜かず、そして気持ちを昂ぶらせていく。

「ん゛っ、んぐぅっ!」

「どうした? 限界? あ、俺も――」

 男は不意に限界を迎え、喉の奥、さらに奥に、ドロドロに濃い精液を流し込んでいく。母の体は呼吸がままならなくなり、条件反射的に体を仰け反らして陰茎を抜いた。

「んごほっ、ごっ……んっ、はぁ、あっ…まだ……」

 男は、母の顔にも精液を垂らし、顔中を精液まみれにして満足そうに微笑む。

「まだこれからだよ、難波さん」




「――あっ、んあ゛っ、あ゛っ、すごいっ、奥までっ、すごい゛っ!」

「何が奥までが入ってるの?」

「おちんちんがっ、すごいっ、おっきい、おちんちんが…ああ゛んっ! きもちい、んあああ゛っ! 奥まで来てる、来てるっ、んやあ゛!」

 その後も、母は何分も膣を陰茎で突かれ、ずっと喘ぎ声を張り上げていた。

「やっ、いぐっ、いっちゃうぅ……」

「だめだよイっちゃ」

「あんっ、ん、そん、な……」

「だめだめ、ほら、まだイクなよ」

「イヤ、イク、イグ、イっちゃう。ごめんな、さいっ…ああん゛っ!」

 途中、母と確実に目があった。
 母の目は、それどころではなかった。

「だめっ、ホントにイっちゃ、あんぅ」

「しょうがないなあ、ほらイけ!」

「ああっん、イク、イっちゃうーっ!」

 母の膣内なかにも注がれていく精液――
 母は何度も体を痙攣させて、餌を欲しがる動物のように腰を振った。

 始めは、やっぱり母は痛がっているのかと思った。
 だが、違った。

 人間も、動物である。
 人間の女も、動物のメスである。

 母は今、動物になっているのだ。
 いくら子供でも、動物を親としては見れない。

 この頃から怜央琉は、母の言うことを聞かなくなっていた。




 昔、この町は、現在いまよりも酷く栄えていた。理由は、とある家が町全体を管理していたからだ。統制に近い、小さいコミュニティだから許される『独裁』とも言えた。
 その家は、代々植人の有力者として財を築き上げ、分家を数多く排出し、コミュニティの輪を広げていった。
 そして分家には、奉納という名の徴収があった。昔から続く悪しき制度で、年貢なんて聞き心地のいい制度ではなく、ただの取り立てであった。分家の大小に関わらず、各人がおこたることなく金を稼がせて巻き上げる。そうして一族は繁栄して1つの立派な町が出来上がった。
 その横で、小さい分家が奴隷のように扱われ、悲惨な目にあっている現状は、誰しもが気づいていながら、問題視されることはなかった。


「……だりいなあ」

 だが、怜央琉はツイていた。
 それは、体格に恵まれたことであった。

 幼い頃は何もできず、ただ見つめて立つことしかできなかった少年が、筋肉が目立つ長身で骨太な体型に――ホリが深くて尖った顔立ち、そこに生まれ持った喧嘩のセンスが加わって、学生ながら町では恐れられる人物となっていた。
 証拠に、ゲームセンターで遊んでいても周りには他の客が寄ってこない。他所では威張っている本家の子供たちも、怜央琉だけには危機感を覚えて近づこうとしなかった。
 そのツケを払わされていたのは母であった。
 そんな母とも、月に1回すれ違うか、その程度で、怜央琉はほとんど家には帰ってなかった。

「んだこれ、デキレかよ! だりい」

 引いたのは、寄りにもよって他人の上がり牌――麻雀ゲームでしっかりと負けを決めた怜央琉は、リトライしようとポケットの中を弄って小銭も何も無いことに気づく。

「……くそっ」

 周りには誰もいないからカツアゲもできない。
 家に帰れば、母親の財布の場所は把握している。だが、母親と顔を合わせるのは本意ではない。
 怜央琉が、空っぽのポケットに手を突っ込みながらとりあえず外に出ると、突然黒塗りの高級車が前に飛び出して怜央琉のすぐ真ん前に停まる。

「なっ、危ねえだろおてめえ!」

 怜央琉が怒鳴り散らしてすぐ、同じく真っ黒に塗られた窓がゆっくりと開き、ニヤニヤと余裕の態度で初老の男が顔を出す。

「やっと見つけたよ。怜央琉くんだよね?」

 忘れもしない。
 母を犯していた男の1人だった。

「……だれだてめえ」

「いやあ、立ち話なんだからさ、まずは乗ってよ」

「……死ね」

 怜央琉が無視して立ち去ろうとすると、怜央琉の1.5倍はありそうな巨体のスーツ男が2人、サングラスをしたまま立ちふさがった。

「は? どけよ」

「やめときなよ。痛いのは嫌だろ?」

 怜央琉は迷った。
 強がりではなく、怖くはなかった。だが、勝てる気もしなかった。男を信じたわけでもないが、怜央琉は渋々周り込んで黒塗りの車に乗り込んだ。

「出して」

 男の合図で車はゆっくりと発車する。巨体の男はどこから現れて、どこに消えたのかもよく分からなかった。

「話は聞いてるよ。初めまして」

「うるせえなあ、とっとと要件を話せよ」

「怜央琉くんは厳しいなあ。私が可愛がってた息子にも、そうやって厳しく当たったみたいじゃないか」

「知らねえし、誰だよ。てめえも」

「怜央琉くんのこと、みんな怒ってるよ。多分、私が止めなかったらとっくに死んでるね、キミ」

 男が差してきた指がムカついて噛みつきたかったが、怜央琉はなんとか気持ちを抑えて話に戻った。

「次指さしたら殺す」

「いいねえ、私が怜央琉くんをかいたい理由はその威勢だよ! その年齢でまったく臆さないその態度、滅多に見ない逸材だ」

 男は、話しながら胸元をまさぐり始め、黒光りする物体を取り出す。怜央琉は初めて目にする拳銃を最大限に警戒したが、男はその取り出した拳銃をすぐに怜央琉側の肘掛けに置いた。

「最近の本家は弱々しくてヒョロいのばっかりでね。怜央琉くんのような人材が是非とも欲しいんだよ。でも、それを1番に邪魔する相手がいてね」

 怜央琉は、興味本意で物体を、真っ黒の拳銃を手に取った。聞いてた情報よりも、自分の想像よりも、ずっとその拳銃は重かった。

「……誰が邪魔してんだよ」

「おや、興味持ってくれた」

 正直、怜央琉は今の生活に飽きていた。それに、とにかく金を稼ぎたかった。手に取った拳銃からは、金の匂いが豊潤に香り、怜央琉はいつの間にか男の話に耳を傾けていた。

「ずばりいうとね、怜央琉くん……キミの母親なんだよ」

「あ? なんでだよ」

「いやね、怜央琉くんを確かにモノにするためには、キミの戸籍から欲しいんだけど、いくら積んでもそれだけは譲ってくれないんだよ」

「あいつ、ムダなこと……」

「だからね、怜央琉くんが脅してよ。それで」

「俺が?」

「そう、一発、どこでもいいからさ。まあある意味で入門試験と思ってもらって構わない。要は怜央琉くんの覚悟も見たいんだよね。あ、殺しちゃってもいいよ」

「……で、どこに向かってんだよ」

「ははっ、察しががいいねえ。着いたよ」

 怜央琉は、とっくに察していた。到着したのは、怜央琉の実家だった。そして車のドアが自動で開かれ、怜央琉は迷っていた。
 母親と、顔を合わせたくなかった。

「……言っておくけど、選択肢はないよ」

 怜央琉は、選択肢がないことも、車に乗ったときから気づいていた。要は、自分で踏み込んだ結果――
 覚悟を決める他、無かった。

 怜央琉は、拳銃をポケットにしまい、そのまま手を突っ込んだまま帰宅した。

「……ちっ、あいつどこいんだよ」

 帰宅したものの、母親はすぐには見つからなかった。リビング、寝室と、決して広くない家の中を見渡し、最後に風呂場へと向かう。
 そして、曇りガラス越しに、湯船に誰かが座っているのが見て取れた。

「おい、話があんだけどよ」

 怜央琉は、風呂場の扉を勢いよく蹴って開け、久し振りに母親に向かって声を掛ける。そして、湯船で母親が死んでいるのを見つける。

「……………………は?」

 母親は、携帯を片手に、その反対側の手首からは大量の血を垂らして座っていた。意識を失っているだけかもしれないが、明らかにそこに生気を感じられなかった。

「……しんでんのか、お前」

 怜央琉は、手に持っていた拳銃を床に投げ捨てた。ついでに、あらかじめ抜いて、反対側のポケットに入れておいた弾丸も全部放り捨てた。
 シャワーの栓が閉まり切っておらず、ポタポタと水を垂らし、その下で母親は、携帯電話を握りしめていた。水で壊れたのか画面が明るく灯されたままで、文字を入力している途中だったらしい。




『ごめんね。ほんとうにごめんね。
 あなただけでも 』




「――死んでるね」

 いつの間にか怜央琉の後ろには、白髪の青年が切ない表情で壁に寄りかかっていた。怜央琉は、特に驚かなかった。

「あ、先に言っておくけど、外で待ってる連中とは無関係だからね」

「勝手にしろよ」

 世の中は、勝手なやつばかり――
 好きにすればいい。俺も好き勝手生きるだけだ。

「……キミはどうするんだい」

 いや、生きる必要もねえか。
 別に楽しいことないし。

「……どうでもいいだろ」

「……弱いね、キミも」

「あ゛?」

 怜央琉は、今まで生きてきて、1番の怒りを感じた。

「なんだとてめえ」

 青年に振り返り、早足で距離を縮めて胸ぐらを掴み上げる。

「死ぬ前にもういっぺん言ってみろよ。誰が弱いって」

「たった1人も守ることができないんだ。キミも母親と同じ」

「俺が何を守るっていうんだよっ!」

 怜央琉は思い切り青年をぶん殴った。青年の体は派手に横へと飛び、だが青年は床に突っ伏してなお話を続ける。

「考えてみて、どうしてキミの母親が死ぬ必要があった? キミが殺したのならまだしも、どう見たって自殺に及んでいる。彼女は愛する息子を守ろうと生きていただけなのに、どうして死ぬまで追い込まれなければならなかった」

「うるせえ、うるせえ! イミわかんね―コト抜かしてんじゃねえ!」

「彼女はキミを守るために、耐えて耐えて耐えて、必死に生き抜いて、そして最後までキミを守りたくて、キミヒト殺しにはしたくなくて、死んだ。どうしてだ」

「てめえ、いい加減に――」

「それはキミがキミ自身を守れないからだよ!」

 怜央琉は手を止めた。
 青年の言葉が深く心に突き刺さる。

「キミの母親はすべて理解していた。だからこそ、最後まで守ろうと、悩んで、苦しんで、そして選択肢を誤ってしまった」

「なに、言ってやがる……」

「いや、選択肢はなかったのか」

「おまっ、くっ……」

 怜央琉の目から、涙が一筋流れた。
 生まれて初めて流す涙だった。

「だってキミは弱いから」

「うるせえ」

「キミは、母親どころか、自分のことさえ守れないんだから」

「うる、せえぇ……」

 そして膝から崩れ落ちた。
 もう何も気力が起きなかった。
 死ぬ気すら起きなくなっていた。

 青年が近づいてくる。怜央琉は見向きもしなかった。

「……これを食べるといいよ」

 青年は、怜央琉の落ち込んだ目線の先に、一粒のタネを乗せた手を差し出してくる。

 『強靭』のタネ――
 鉄のように硬そうで、ゴムのように頑丈そうだ。植物のタネのようには見えない。タネの存在は知っていたが、実物を見るのは初めてであった。

「キミがこのタネを受け入れられるかは分からない。でも、このタネを飲み込めさえすれば、キミが欲しているものがきっと手に入る」

「……くだらねえ」

 下らないが、どうせ捨てるイノチ――
 種人になってもいい。今よりは強くて丈夫な肉体が手に入るならば、それも本望だった。

「試してやるよ」

 怜央琉はタネを手に取って口に放り投げた。タネは恐ろしく硬かったが、怜央琉は渾身の力でタネを噛み砕いた――
















「――よお、待たせたなあ」

「おお、随分時間がかかったなあ。それに銃声が聞こえなかったが――」

 怜央琉は窓越しに声を掛けたあと、黒塗りの高級車を天井から思い切り叩き潰した。ちょうど後部座席がペシャンコに潰れ、勢い余って中に乗ってるヒトまでグシャグシャに潰れたらしい。
 当然、衝撃は車全体に伝わって運転手もろとも息を引き取っていた。

「何してんじゃごらあ!」

「あ?」

 近くに停めてあった別の車から、スーツ姿の大男が複数人飛び出してきた。力を試すのに好都合でしかなかった。

「やってやるよ」

 もう弱い自分はいない。
 誰よりも強く、誰よりも硬い体を手に入れた。これからは、自分に危害を及ぼす連中を一人残らず始末していく。例外は認めない。

 葉柴明人も、ターゲットの1人だ。




「――ちょっと邪魔するぜ」

 手段は選ばない。
 怜央琉は、怯えて動けなくなっていた使用人を押し退け、ズカズカと明人の家に乗り込んで奥へと進んでいった。
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