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第一三章 不タシかな燃ゆるイノチ
不タシかな燃ゆるイノチ(11)
しおりを挟む『――帰ろう』
睨み合いが続いていた隼たちに、地面から寂しい声が響き渡る。依子は、意外な結末に目を見開いた。
「イツキ様、一体何が――」
『ユアンが敗れた』
「……そうですか」
事態を把握し、依子は大きな氷の壁を前に張っていく。
「待てっ! 逃してたまるかっ!」
強がってみせる雁慈だが、その手に植器は存在しない。隼も深追いするほど体力に余裕は無かった。
「はっ、覚えていろ」
「お互い様ね」
春歌は、触手を口の中に引っ込めて元の顔に戻る。その姿もあっという間に氷で覆われて見えなくなり、直後に氷が砕け散ると2人の姿は無くなっていた。
「はっ、無様だ……」
「仕方ない、敵の能力が未知数過ぎた」
隼の冷静な分析は、雁慈も承知だった。それでも責任感の強い雁慈は、自分の無力さを悔やみきれなかった。
***
ちょうど半分ほど斬れ込みが入ったタネ――
タネは、すぐに体の再生を始める。
「このっ、まだあんたは――」
「ううん、あかりん……だいじょうぶ」
臨戦態勢を取る明里を、真由乃はすぐに制した。それに、これ以上再生されたのでは勝ち目がない。
「もう、だいじょうぶだから……」
真由乃の予想通り、再生は途中で止まった。
かろうじて人間の口と手を成すが、原型は留めていない。ゆあんは、不完全な体のままコンクリートの床を這いつくばった。
「あ゛、う゛、あ゛、う゛……」
周りの植物は枯れ果て、ゆあんの体同様に腐ってドロドロに溶けていく。今にも溶けて流れてしまいそうな肉体を、ゆあんは必死に引き摺って進んでいた。
その先に、いつの間にか人影が浮かぶ。
「あなたはっ?!」
「初めましてかな、環日家の者は……」
イツキは、ゆあんの前に立って目線を下げる。真由乃には、イツキの後ろにいるもう1人の人影が気になってしょうがなかった。
「あ゛ぅ……イ゛、づ、ギさ、ま゛……」
「ゆあん」
「わ゛だ、じ、は゛……あ゛い゛どる゛……」
「ゆあん」
「わ゛、だ、じ、わ゛る゛ぐな゛い゛……わ゛る゛い゛の゛、み゛ん゛な゛」
「ゆあん」
「で、も゛……わ゛た゛し゛、も゛、お゛な゛、し゛……」
「ゆあん、大丈夫だよ」
「あ゛、あ゛……」
「ありがとう、ゆっくりお休み」
「あ゛、――う゛…………」
イツキの前で、ゆあんはついに力尽きた。グッタリと体を倒し、その体があっという間に溶けて広がっていく。
その溶けた肉体に、斬れ込みが入ったままの『タネ』が浮かぶ。そのタネを、イツキはそっと拾い上げた。
「渡してください! そのタネは、あってはいけないものです。そのタネは――きゃっ!」
真由乃がタネを取り返そうと動いた途端――目の前に真っ青の炎が広がった。
真由乃の炎よりも熱く、どす黒い色が際立っていた。
「さゆ……っ!」
「おねえちゃん……」
久々の再開に、真由乃には掛ける言葉が思い浮かばない。
「おねえちゃん、思い出したんだね」
「さゆ! 何があったの?! 全部おねえちゃんに教えて!」
「おねえちゃん、どうしてゆあんちゃんを殺したの? せっかくお友達になれてたのに……」
「ちがう! さゆ、聞いて――」
「ひどいよ、おねえちゃん」
「サユリ、帰ろう」
イツキは、これ以上の長居は不要と考えた。お互いが、お互いにどれくらい体力が残っているか、判断がつかなかったようだ。
「まって! 待ってください! そのタネも、渡すわけにはいきません!」
「……ゆあんに授けたこのタネは、『不死』のタネと言ってね。原種の中でも最古のタネとされる1つで、貴重極まりないタネだ」
原種とは、真由乃もつい最近覚えた言葉であった。古くから存在するとされるタネの総称で、個々にはそのタネの特徴となる名称が付けられる。
当然名付け親は本殿の訳で、となると考えられるのは、このイツキという男も――
「ただの植人では、このタネは定着してくれない。無限のイノチを背負う覚悟と精神力が必要だ。それをゆあんは持ち合わせていた」
「なら、これ以上犠牲者を増やさないためにも――」
「それに、ゆあんが繋いでくれたイノチだからね。残念ながら渡すわけにはいかない」
「そのタネは、新たな犠牲者を生むだけです。わたしには、どこでタネを手に入れたのか、他にも聞くことがたくさん――」
「また今度にしよう。今日はお暇するよ」
イツキが小由里の肩に手を置いたのを合図に、小由里が細く息を吹くと周囲に炎が巻いて2人を包んでいく。真由乃には、それを邪魔できる体力も残っていなかった。
「さゆっ!」
最後に叫ぶ妹の名前――
小由里は、真由乃から目を逸らしてすぐに姿が見えなくなる。結局、原種の出処も小由里に何が起きているのかも分からずに終わってしまった。
『植人のみなさん、またいつか……』
またいつか
今度こそ必ず――
小由里に何が起きたのかハッキリさせる。
もし小由里が間違った方向に進んでいるなら、元の道に戻してあげる。
必ず、必ずだ。
だから、今はこれでいい。
今は――
「まゆのんっ!」
「マユノっ!」
力を使い果たして倒れ込む真由乃に、明里とメアリが、心配して近づく。怪我をしているのは2人も同じだった。
葵は、同じく力を使い果たして倒れていた明人の元に向かった。
「あかりん。よかった……」
「こっちのセリフよ、バカ!」
明人にも息がある。みんな無事のようだった。
校舎には、なぜ自立できているのか不思議なくらいに崩れたコンクリートだけが残る。
凄惨な現場跡に静けさと寂しさを残し、町角ゆあんとの戦いは幕を閉じた。
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