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第一三章 不タシかな燃ゆるイノチ

不タシかな燃ゆるイノチ(02)

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 明人たちと時を同じくして、外にいる隼と雁慈も、校舎の建物を包むように生い茂る植物に異常事態を察知していた。敵に押され気味の状況だが、焦りを感じているのはお互い様だった。

『――ヨリコ、ユアンが危ない』

「イツキ様、そのようですね」

 イツキと呼ばれている人物は、いつの間にか姿を消している。どこからともなく声を出し、隼たちにも聞こえる声でやり取りしていた。
 隼は、この空いた時間を無駄にしない――

「いち早くケリを付けて……っ?!」

 隼は、氷で傷つけられた左腕に、自らが生み出した光る矢を突き刺していた。矢は、傷口を広げながらも、その光が腕全体を包んでいく。

滅矢めっしの力は万物を滅ぼす。――もちろん、葉柴の毒も然りだ」

「一筋縄じゃないのね」

 隼は、手の痺れを回復させてすぐに数本の矢を構える。依子だけでなく、春歌まで射程に入れて弓を引っ張る。

「ハルカちゃん! あぶないっ!」

 小由里は、咄嗟に口を膨らまして大きな息を吐き、再び分厚い炎の壁を張って春歌を守る。
 突き刺さった矢で壁は消火されるが、春歌に届くまでは何とか防ぎきる。

『サユリ、ついてきてくるんだ。あとはハルカとヨリコに任せよう』

「でも!」

「大丈夫。それに、もしものときにサユリがいないと止められない」

「うん……」

 小由里は、イツキの指示に従って校舎へと向かう。隼は既に構えていた弓を引き、小由里の背に向かって容赦なく矢を放つ。

『――最強とは、本当に言ったものだね』

 イツキの残念そうな声、そこには余裕がまだ含まれる。

『ハルカ、お腹はどうだい?』

『うん、もう食べられない』

 春歌が繰り出す数多の植物たちは、いつの間にか地面に落ちている隼の矢を喰っていた。植物の各々がゲップをして、その満腹度合いを示す。

「はっ、これで終いだな!」

 動きも鈍くなった植物に向かって、雁慈は再度木槌を振り上げた。対する春歌本体は、満腹のはずにもかかわらず、さらに大きく口を開く――




 ***




「もうやめてくださいっ!」

 いくら植物を斬っても、もうタネすら出てこない。
 無限に沸く植物が真由乃まで苦しめていく。

「え? 先に仕掛けたのそっちですよね?」

 ゆあんは無限に植物を生み、無限にタネを産み続ける。ここでゆあんを逃せば、誰かがまたタネに侵される。

「どうしてっ……どうしてこんなことをするんですかっ?!」

 タネを植え、ヒトを死に追いやり、今も大事なヒトを傷つける――
 真由乃は、湧き上がる感情を露わにして大きく声を張った。

「こんなのことっ、何になるんですか?!」

「どうしてどうしてって……うるさいの、もーっ!」

 必死に喰い下がる真由乃に、ゆあんも苛立ちを隠せないでいた。10本近くの植物を。真由乃の周囲を囲むように繰り出して一気に襲わせる。

「わたしは理由を聞いているんですっ!」

 抜かりなく反応して植物を薙ぎ払う。真由乃の炎環かたなは熱気を帯び始め、高温で刃全体が淡く紅色に染まる。

「わたしには、理解できないんですっ!」

 そのまま横一直線に炎環を振るい、行く手を阻む植物まで一気に薙ぎ払う。笑っていたゆあんは冷たい表情に戻り、睨むように真由乃を見据えた。

「……分かるだろ、ふつー」

「分かりませんっ」

 真由乃もゆあんを見据え、頑として理解を示さない。
 植物の動きは一旦静かになり、しばらく2人の睨み合いが続く――

「……世界で1番可愛いのはだれ?」

「言っている意味が分かりません」

「自分に決まってんだろ」

 セリフを吐き捨てるゆあん――その後ろでは、明里が陰に隠れて機会を伺っていた。
 真由乃は唾を飲んで、ゆあんの気を逸らそうと受け答える。

「本当に、そうでしょうか」

「決まってるの。だって、怪我するのはイヤでしょ?」

「それはイヤです」

「痛いのはイヤでしょ?」

「はい」

「苦しいのはイヤでしょ?」

「でも、他のヒトが苦しむのはもっとイヤです」

「本当に苦しんだことが無いから言えるんだよ」

 明里が頷いたと同時に、真由乃も頷いた。明里は、濃硫酸が入った噴霧器を抱えながら飛び出し、その動きに真由乃も合わせるつもりだった。

「――想像力が、足りないんだよ」

 明里の動きは、当たり前に見透かされていた。陰に隠れて居た時点で植物は明里に纏わりつく準備をしていた。
 明里が飛び出したと同時に、植物は明里を釣り上げてゆあんの前に差し出す。

「うぐっ、まゆっのんっ……」

「あかりんっ!」

 文字通り「絞め殺す」ように植物が巻き付いていく。
 ゆあんは植物の動きを止めない。

「やめてっ! それ以上は――」

「じゃあ変わる?」

 ゆあんは、ピタリと植物の動きを止めた。

「早くその刀を手放してこっちに来なよ。この子だけは助けてあげる」

「それは……」

「えひっ、やっぱりイヤじゃん」

「違う! これは――」

 今、炎環を手放してしまえば、すべてが終わってしまう気がした。簡単には手放せなかった。でも――

「ねえ、記憶が無いんだよね?」

 唐突なゆあんの問いに、真由乃は固まってしまう。
 手に持った炎環も思わず下げてしまう。

「記憶喪失? 忘れた? ううん、違うよね?」

「それは――」

 それは――

「逃げたんだよね? 苦しむのがイヤだから」

 ――違う! そうじゃない!
 真由乃は、言葉には出せなかった。

「サユちゃんの苦しみを知らないよね? 都合の悪いモノはぜーんぶ忘れて、青春を謳歌してたんだよね?」

「だから違うのっ! わたしはっ――」

「言ってること、むちゃくちゃだよね?」

「だから――」

 真由乃にはもう、戦闘中だということは頭になかった。
 そんな真由乃が植物に捕らわれることは容易だった。

「みんな自分が可愛いし、自分のために生きたいのは当たりまえ。『自分のため』がなんでイケないの?」

「それはっ゛……だから゛っ……」

 真由乃の全身に纏わりつく植物は、ゆっくりと力を強めて締め上げる。

「イツキ様は言ってくれた、ゆあんらしくでいい、ゆあんのままでいいよって」

 明里を締める植物も活動を再開していた。
 まったくの身動きが取れず、もう本当に成す術がない――

「ゆあんは、ゆあんがしたいことをする。それだけだよ」

 絶体絶命を与え、ゆあんは再び笑みを零した。
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