94 / 194
第一三章 不タシかな燃ゆるイノチ
不タシかな燃ゆるイノチ(02)
しおりを挟む明人たちと時を同じくして、外にいる隼と雁慈も、校舎の建物を包むように生い茂る植物に異常事態を察知していた。敵に押され気味の状況だが、焦りを感じているのはお互い様だった。
『――ヨリコ、ユアンが危ない』
「イツキ様、そのようですね」
イツキと呼ばれている人物は、いつの間にか姿を消している。どこからともなく声を出し、隼たちにも聞こえる声でやり取りしていた。
隼は、この空いた時間を無駄にしない――
「いち早くケリを付けて……っ?!」
隼は、氷で傷つけられた左腕に、自らが生み出した光る矢を突き刺していた。矢は、傷口を広げながらも、その光が腕全体を包んでいく。
「滅矢の力は万物を滅ぼす。――もちろん、葉柴の毒も然りだ」
「一筋縄じゃないのね」
隼は、手の痺れを回復させてすぐに数本の矢を構える。依子だけでなく、春歌まで射程に入れて弓を引っ張る。
「ハルカちゃん! あぶないっ!」
小由里は、咄嗟に口を膨らまして大きな息を吐き、再び分厚い炎の壁を張って春歌を守る。
突き刺さった矢で壁は消火されるが、春歌に届くまでは何とか防ぎきる。
『サユリ、ついてきてくるんだ。あとはハルカとヨリコに任せよう』
「でも!」
「大丈夫。それに、もしものときにサユリがいないと止められない」
「うん……」
小由里は、イツキの指示に従って校舎へと向かう。隼は既に構えていた弓を引き、小由里の背に向かって容赦なく矢を放つ。
『――最強とは、本当に言ったものだね』
イツキの残念そうな声、そこには余裕がまだ含まれる。
『ハルカ、お腹はどうだい?』
『うん、もう食べられない』
春歌が繰り出す数多の植物たちは、いつの間にか地面に落ちている隼の矢を喰っていた。植物の各々がゲップをして、その満腹度合いを示す。
「はっ、これで終いだな!」
動きも鈍くなった植物に向かって、雁慈は再度木槌を振り上げた。対する春歌本体は、満腹のはずにもかかわらず、さらに大きく口を開く――
***
「もうやめてくださいっ!」
いくら植物を斬っても、もうタネすら出てこない。
無限に沸く植物が真由乃まで苦しめていく。
「え? 先に仕掛けたのそっちですよね?」
ゆあんは無限に植物を生み、無限にタネを産み続ける。ここでゆあんを逃せば、誰かがまたタネに侵される。
「どうしてっ……どうしてこんなことをするんですかっ?!」
タネを植え、ヒトを死に追いやり、今も大事なヒトを傷つける――
真由乃は、湧き上がる感情を露わにして大きく声を張った。
「こんなのことっ、何になるんですか?!」
「どうしてどうしてって……うるさいの、もーっ!」
必死に喰い下がる真由乃に、ゆあんも苛立ちを隠せないでいた。10本近くの植物を。真由乃の周囲を囲むように繰り出して一気に襲わせる。
「わたしは理由を聞いているんですっ!」
抜かりなく反応して植物を薙ぎ払う。真由乃の炎環は熱気を帯び始め、高温で刃全体が淡く紅色に染まる。
「わたしには、理解できないんですっ!」
そのまま横一直線に炎環を振るい、行く手を阻む植物まで一気に薙ぎ払う。笑っていたゆあんは冷たい表情に戻り、睨むように真由乃を見据えた。
「……分かるだろ、ふつー」
「分かりませんっ」
真由乃もゆあんを見据え、頑として理解を示さない。
植物の動きは一旦静かになり、しばらく2人の睨み合いが続く――
「……世界で1番可愛いのはだれ?」
「言っている意味が分かりません」
「自分に決まってんだろ」
セリフを吐き捨てるゆあん――その後ろでは、明里が陰に隠れて機会を伺っていた。
真由乃は唾を飲んで、ゆあんの気を逸らそうと受け答える。
「本当に、そうでしょうか」
「決まってるの。だって、怪我するのはイヤでしょ?」
「それはイヤです」
「痛いのはイヤでしょ?」
「はい」
「苦しいのはイヤでしょ?」
「でも、他のヒトが苦しむのはもっとイヤです」
「本当に苦しんだことが無いから言えるんだよ」
明里が頷いたと同時に、真由乃も頷いた。明里は、濃硫酸が入った噴霧器を抱えながら飛び出し、その動きに真由乃も合わせるつもりだった。
「――想像力が、足りないんだよ」
明里の動きは、当たり前に見透かされていた。陰に隠れて居た時点で植物は明里に纏わりつく準備をしていた。
明里が飛び出したと同時に、植物は明里を釣り上げてゆあんの前に差し出す。
「うぐっ、まゆっのんっ……」
「あかりんっ!」
文字通り「絞め殺す」ように植物が巻き付いていく。
ゆあんは植物の動きを止めない。
「やめてっ! それ以上は――」
「じゃあ変わる?」
ゆあんは、ピタリと植物の動きを止めた。
「早くその刀を手放してこっちに来なよ。この子だけは助けてあげる」
「それは……」
「えひっ、やっぱりイヤじゃん」
「違う! これは――」
今、炎環を手放してしまえば、すべてが終わってしまう気がした。簡単には手放せなかった。でも――
「ねえ、記憶が無いんだよね?」
唐突なゆあんの問いに、真由乃は固まってしまう。
手に持った炎環も思わず下げてしまう。
「記憶喪失? 忘れた? ううん、違うよね?」
「それは――」
それは――
「逃げたんだよね? 苦しむのがイヤだから」
――違う! そうじゃない!
真由乃は、言葉には出せなかった。
「サユちゃんの苦しみを知らないよね? 都合の悪いモノはぜーんぶ忘れて、青春を謳歌してたんだよね?」
「だから違うのっ! わたしはっ――」
「言ってること、むちゃくちゃだよね?」
「だから――」
真由乃にはもう、戦闘中だということは頭になかった。
そんな真由乃が植物に捕らわれることは容易だった。
「みんな自分が可愛いし、自分のために生きたいのは当たりまえ。『自分のため』がなんでイケないの?」
「それはっ゛……だから゛っ……」
真由乃の全身に纏わりつく植物は、ゆっくりと力を強めて締め上げる。
「イツキ様は言ってくれた、ゆあんらしくでいい、ゆあんのままでいいよって」
明里を締める植物も活動を再開していた。
まったくの身動きが取れず、もう本当に成す術がない――
「ゆあんは、ゆあんがしたいことをする。それだけだよ」
絶体絶命を与え、ゆあんは再び笑みを零した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
31
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる