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第一二章 絶えマない望み

絶えマない望み(05)

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 先手必勝――最初に動いたのは隼だった。
 いつの間にか構えていた弓から、淡い光でできた矢がイツキに向かって一直線に進む。

「イツキ様!」

 依子は素早い反応で割って入った。分厚い氷を数枚張り、隼の矢を真正面から受ける。バキバキと音を立てて氷を割るが、やがて矢は途中の氷で動きを止めた。

「前よりも頑丈だな」

 隼は冷静に状況を判断し、パチンと指を鳴らす。
 直後、氷に刺さっていた矢が強い光を放ち、周囲が一気に高熱を帯びていく。

「きゃっ!」

 小由里と春歌の体が後ろに押し出される。
 青く光る矢が大爆発を起こし、依子が張った氷を粉々に飛散させる。依子は、自分が張った氷の破片から身を守るために、目の前に氷を張った。その氷越しに、破片に混じって人影が映る――

「前よりも積極的ね」

 弓を剣として構えた隼が、依子の氷に飛び付いて攻撃を喰らわせる。
 氷はあっという間に砕け散り、至近距離で隼と依子が対峙する。依子も咄嗟に氷で作った剣で受ける。

「植器の威力を忘れたか?」

「忘れてないわ、たかが氷が敵うわけない。でもね――」

 何度か打ち合っただけで、氷の剣は簡単に割れてしまう。しかし、依子は空いた手から新しい剣を簡単に作り出した。際限なく剣を創出し、隼の素早い攻撃に対応する。割れては破片を散らせて視界を邪魔し、再び作り出される氷の剣に隼も押し切れないでいた。

「矢剣、加勢するぞ」

 木槌を構えた南剛も依子に向かって飛び掛かる。だが、今度は燃え盛る炎の壁が行く手を塞ぐ。

「いかせないよ!」

「はっ、環日の妹かっ!」

 小由里が大きく息を吸って、細く息を吐くと、細長い炎が雁慈の周りを囲んでいく。
 グルグルと回転して進路を絶ち、徐々に半径を狭めていく。

「燃えちゃえー!」

 中心温度は空気が揺らぐほど高温に達し、雁慈の額からもダラダラと汗が垂れる。だが、雁慈は木槌を床について目を閉じ、しばらく呼吸を整え、そして――

「……ぬるいぞ」

 大きく目を見開いた。
 同時に木槌を振り被ったと思えば、木槌の大きさがみるみる巨大化して炎の壁を飛び越える。

「――ぬるすぎるっ!」

 そのまま地面に叩きつけた木槌は、周囲に強力な風圧を吹き掛けて炎の壁を簡単に蹴散らす。さらには地面への衝撃も凄まじく、付近で立っていた依子や春歌も、しばらく動けなくなるほどの揺れに襲われた。
 隼だけは勘鋭く衝撃を察し、上空に飛び跳ねてそれを回避していた。

「礼を聞いてやるぞ、矢剣」

「……トドメだ」

 隼は、空中に浮遊しながら今まで以上に強く弓を引いていた。光の矢も今まで以上の輝きを放ち、その先は身動きの取れない依子に向けられていた。
 依子は咄嗟に身を守ろうと、殻に閉じこもるようにして何枚もの氷で自身を覆っていき――その途中で矢は放たれた。
 矢は無慈悲に氷を割って進み、大量の破片を散らしながらあっという間に中心の依子を捉える。

「……はっ、止められたか」

 依子の目と鼻の先で、矢は細長い触手に掴まれていた。そのまま触手は、依子の後ろで構えていた春歌のもとに寄せられる。

『ヨリコちゃん、よかった』

「ありがとう、ほどほどにね」

『うん――』

 春歌の顎が割けるようにして大きく開く――
 大きく開かれた口は、巨大な食虫植物の如く肥大化する。隼の矢は、口の奥の深淵に放り込まれ、やがて口の中から大量の触手が伸びる。春歌の首より上は、もう原形を留めていなかった。

『ちょうどお腹も空いてたんだあ』

 警戒する雁慈と隼に向かい、無数の触手が一斉に襲い掛かる――




 ***




「……全員か?」

『え? なんのこと?』

 明人の低い声に対し、周囲を囲んだ女子生徒たちが、一斉にゆあんの声で返す。ゆあんの声が重なって、気味悪く校内に響き渡った。

「全員お前がやったのか?」

『わたしは何もやってないよ。みんなが望んだだけ』

 女子生徒たちの体内はモゴモゴと蠢き、何かを吐き出そうと口を大きく開く。

『わたしは、その望みを叶えただけ――』

 突如、女子生徒――種人たちの口から勢いよく触手が飛び出した。真っ直ぐ、一直線に明人たちを狙って飛び出したが、明人たちも同時に飛び出して各々が触手を躱し、種人まで距離を詰めた。触手たちはガラ空きになった中心でぶつかり合い、周囲に大きな衝撃波を生む。

「鎖苦楽っ!」

 葵は、その波に乗って軽い身体を浮かし、器用に鎖を操作して種人に巻き付けていく。数体の種人にまとめて巻き付けたところで強く鎖を引き、種人の体を一箇所に集中させる。

「アオイ、ナイスプレーね!」

 集中した種人の首を、メアリはまとめて圧愚おのでちょん切った。飛んで行った種人の首は、今までにない速度で再生し、首の数の分だけ「町角ゆあん」の姿を呈す。

『なんにも悪いことしてないよ』

「言い訳だな」

 明人も渾身の力で毒手こてを嵌めた拳を振るい、種人丸々一体の全身を吹き飛ばす。ほぼ同時に真由乃も炎環かたなを振るい、種人の肉体を切り刻んだ。

『いいわけ?』

「子供が悪いことをしたときの言い訳にしか聞こえない」

 真由乃が残した斬れ端から、すぐにゆあんの身体が生成される。しかし、明人は素早い反応で再生される体を吹き飛ばしていく。

「説得力が何1つない」

『そうかな? 間違ってないと思うけど』

 メアリと葵も攻撃を加え続けるが、その度にゆあんの身体が増殖する。タネには、一向に辿り着く気配がない。

『みんな望んで依存してる。依存することが心の支えになるから。だったら、わたしに取り込まれることがその望みの究極系にならないかな?』

「話が飛躍しすぎだ」

『依存なんてキリがないよ。依存をやめさせても、また別の何かに依存するだけ。この連鎖は、どこかで断ち切ってあげるべきだと思うの。そう、これは救い――』

 キリが無いゆあんの身体でも、特に動きの俊敏なゆあんがいる。明人はその違いに目を付け、対象を絞って目を凝らしながら拳を振るった。

『依存から救われる唯一の方法なんだよ』

「救い?」

 明人が飛び散らした身体――その肉片に混じって、小さなタネが飛び出すのを逃さなかった。そのタネを空かさず掴み取り、指先に力を込めて摘まみ上げる。

「これが、救いか?」

 そして、後ろにいた3体のゆあんに見せつけながらタネを割った。タネを含んでいた肉片は、タネを潰した段階でピタリと動かなくなった。

「こんなものは救いでも何でもない。ただの虐殺だ」

『ちがうよ、みんなわたしのイノチとして生きてる。殺したのはあなた――』

「いい加減にしてください!」

 明人に迫る3体のゆあんを、真由乃は後ろから横一直線に斬りかかった。ゆあんの身体を潰し、斬り裂きながら大きな線を描いて炎環が走る。

「誰も望んでなんかいません! 残されたヒトたちも、悲しむことしかできません」

『――えひっ、かわいい~』

 その真由乃の肩越しに、後ろから2体のゆあんが姿を現す。真由乃は咄嗟に振り返って再び炎環を振るう。

「かわいい?」

『あまくてかわい~お人形さん。だれも望んでないなんて、どうして言い切れるの?』

「それは――」

『残されたヒトが悲しむなんて、どうして言い切れるの?』

「だからそれは――」

『お前の狭い視野で語るなよ、人形が』

 ゆあんの胴体の斬り口から、またゆあんの身体が飛び出して真由乃の目の前に迫る。その気迫も凄まじく、真由乃はつい気圧されてしまい、その隙を狙われて別のゆあんに両腕を掴まれる。

『周りからチヤホヤされて、甘やかされて生きてきただけですよね? しょせん』

「そうかも、しれなけどっ……」

『だったら偉そうに語らないで――』

 ゆあんが話している途中で、目の前のゆあんが派手に飛び散った。同時に腕も解放されて真由乃は急いで炎環を構え直す。

「お前こそ勝手に押し付けるな。誰しもが救いは望んでいても、死は望んでいない」

『それって一緒だよね? どうして分からないかな? わたしにはみんなの気持ちが分かってあげられるのに』

「真由乃、教えてやるぞ」

『え?』

「何が間違っているのか、しっかりと叩き込んでやるぞ」

「……はい!」

 止まることなく再生を続けるゆあん――
 それでも、真由乃の灯火ともしびもしぶとく消えなかった。
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