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第一二章 絶えマない望み

絶えマない望み(03)

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「――レヲル、ユアンを見ていないかい?」

「ああ? 知らねえよ」

 難波なんば怜央琉れをるは、久しく忘れていた筋肉運動を無理やり体に思い出させていく。体が動くようになったのはいいものの、手足を動かすだけで全身に痺れが走り、とても全快とは言えなかった。
 以前の戦いで明人に盛り込まれた『毒』は、未だ怜央琉の体をむしばんでいた。ヒト並以上の頑丈さと再生能力を持っていても長いこと苦しめられたのだから、それほど危険で警戒が必要だと分かった。次会ったときには、同じ苦しみを何倍にもして味わせてやる――
 怜央琉は、悔しさを前面に体を動かしてリハビリに励む。

「精が出るね」

「ああ、それよりどうしたんだよ。アイドルに何かあったのか?」

 自分が戦えない状況にいる以上、植人たちの動向は気掛かりだった。ゆあんの居場所について、自分たち「ならず者」を束ねるイツキが把握していないとなれば、植人絡みの可能性も高く、怜央琉の関心も必然的に沸く。

「今日は屋敷で約束をしていたんだ。今までゆあんが遅れることなんて無かったのに」

「……昨日のことだが」

 つい昨日、怜央琉がシャワーを浴びようと部屋を出たとき、ゆあんはちょうど出掛ける直前で実に上機嫌だったことを覚えている。

 ――あ、キンニク。くさっ

 鼻歌交じりであまりに陽気なものだから、つい足を止めて睨んでしまう。
 だが、言葉を返す元気は無かった。

 ――なによぉ? なにがあったか聞かないの?

「そっからは勝手にしゃべってたもんだからあんまし覚えてねーけど、何でも『また遊べる』だとか何とか」

「……そっか、仕掛けてきたんだね」

「ああ?」

 イツキの察しの良さには、時々ついていけない。だからこそ、ある程度従うには納得のできる相手だった。

「ユアンが危ないかもしれない」

「奴らか?」

「うん、みんなを呼ぼうか」

「全員か?」

「向こうも総力戦で来る可能性が高い。もちろん怜央琉は留守番だ」

「……我慢できっかな」

 戦場に赴いたことで、足を引っ張るだけなのは怜央琉も承知だった。それだけは許せないが、怨敵をなぶりたくてウズウズしている状態で気持ちを抑える気も知れなかった。

「一日も早い回復を祈ってるよ」

「祈られる必要はねえ」

 1時間でも早く回復して奴らを討つ、それまでは――

「負けんじゃねーぞ、アイドルにも伝えておけ」

 イツキは微かに微笑んで、静かに屋敷を去っていった。




 ***




「――やっほ、分かるかな?」

 帽子と不恰好な黒縁メガネでも確かに分かるオーラ――町角ゆあんだ。
 葵は唾を飲み込んでゆあんを迎え撃つ。

「あれ? 分からない?」

「う、うん。……ゆあんさん、だよね?」

「そう! 会いにきちゃった」

 舌を出しておどける姿は、なるほど同性でも愛嬌を覚えてしまう。男女問わずにファンが多いのも納得だった。

「名前は?」

「えと、あお――」

「アオイちゃんだ! 握手会の名簿見たんだった~ 今日はメガネは?」

「う、うん。ちょっと――」

「裸眼もかわい~ どっちも捨てがたい~」

「あの、きょ、今日はどうして――」

「カレシのこと、悩んでるんでしょ?」

 葵がセリフを出そうと俯いた瞬間、ゆあんは一気に距離を詰めていた。同じ大きさでありながら、存在感抜群の美顔が目の前に迫る。

「話、聞いてあげるよ」

 ゆあんのペースは超自然で、いつの間にか巻き込まれていて気づけば頭が回っていない。流されるように近くの教室に引き込まれていた。葵は頭の中で明人のことを思い出し、何とか自我を保ってゆあんに対峙する。

「それで、どうやって出会ったの?」

 会話も自然に繰り広げてくる。葵は、事前に仕込んでおいた設定をなるべく丁寧に言葉にする。

「そっかぁ、昔はおうちが近かったんだぁ」

「うん」

「で、今は家も遠ければ学校も違うと」

「う、うん……」

「ふーん」

 ゆあんは机の上に座り、足を交互に揺らして暫く考えていたが、不意に机から立ってまた距離を詰める。

「わたしが思うに、そのコぜったいに浮気してるよ」

「え?」

 思わず素の声が出てしまった。葵は慌てて口を塞ぎ俯くが、ゆあんはこれ見よがしに距離を近づけてくる。

「わたしちょっぴり有名だからさ、同じくらいの年齢で目立ったコの話はよく耳にするんだ」

「そ、それって」

「わたし知ってるんだよね、その紫色の髪のコ」

 逆に距離を取ろうと後ずさるが、ゆあんは構わず距離を近づけて、今にも壁に追い込まれそうだった。

「言うべきか迷ってたんだけど、わたしはわたしのファンを大事にしたいから、ごめんだけど言わせてもらう」

「な、なにを?」

「そのコ、浮気してる。それもたくさん」

「そそんな、私のアキトに限ってそんな」

「そう、アキトって名前だったよね。被害者もいっぱい知ってるから、今度一緒に話聞きに行こ」

「そんな……」

 正直、ゆあんの目的が分からなかった。仮に作戦通りゆあんが騙されているとして、彼女は何を目的に話を進めているのか、見当もつかなかった。この時点では――

「ねえ、アオイちゃん?」

 突然空気が変わる。ついに壁まで追い込まれた状況で、葵は手を握られてゆあんに見つめられる。
 ゆあんの真っ直ぐな目は、油断をしたらすぐに落ちてしまいそうだった。

「……わたしなら、満足させてあげられる」

「え?」

「わたしだったら、アオイちゃんのことちゃんと満たせてあげられる」

「それって、どういう――」

「一目惚れなの」

 いつの間にか憂いを帯びていたゆあんの目――
 わずかばかり身長の低い葵は、どんどん目下に追い込まれていく。

「あのっ……」

「アオイちゃん……んっ」

 葵の唇が、ゆっくりとゆあんの唇に吸い込まれる。

「ん、んちゅ、んくちゅ……」

 終始ゆあんのペースで口付けが繰り返される。葵の頭は真っ白になりかけていた。
 だが、記憶の片隅で明人の言葉を思い出す。


 ――相手のペースに巻き込まれたら?
 ――俺の唇を思い出せ


 話したときは意味不明で馬鹿にしたものだったが、なるほど葵は意味を理解した。
 やがて、ゆあんの唇からは『タネ』が垣間見え――








『――んけ゛っ』

 葵は自我を取り戻し、修理したばかりの鎖苦楽でゆあんの首を後ろから突き刺していた。修理途中で長さは不十分だが、能力は十分だ。先端のクナイがゆあんの喉元から飛び出し、ゆあんは目を丸くして葵から離れる。

『んあ、いっ、おっ、えっ……』

「時間は十分稼げたな、避難も完了していることだろう」

 あとは今、葵が通うこの学校で、町角ゆあんを仕留める――
 作戦は順調に進んでいた。
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