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第〇四章 前に進むミチ

前に進むミチ(07)

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 今日は、彼ら・・は来なかった。
 愛実はしきりに確認する。
 後をけられている様子もない。ひとまずは安心だった。

 時間が無い――
 この『木』が撤去されるまで時間が無かった。


「……たくみ――」


 愛実は木の前で両手を合わせ、祈りを捧げるようにひざまずく。


「たくみ、ごめんね……ひとりにして――」


 愛実は、今回の行方不明事件をニュースで知り、確信した。
 他人事には、思えなかった。


 ――拓実は、私のことを恨んでる……


 幸せを感じるたび、拓実のことを思い出す。
 陸上でどれだけいい記録が出ても、どれだけ周りから褒められても、愛実の心にはどこかポッカリ穴が空いていた。
 その穴はどうすれば埋められるか――
 事件を知り、ようやく分かった。

「たくみ、ぜんぶ私が……全部おねえちゃんが悪いの。だからね――」

 愛実は両手を握る力を強め、ゆっくりと目を閉じる。
 結局、どれだけいい結果を出してどれだけ嬉しくても、愛実は拓実に喜んでもらいたかった。拓実が喜ぶ顔が見たかった。

「だからね、お願い……私を、許して――」

 だから、拓実に許してもらいたかった。

 そんな愛実を包み込むように、周りの地面が盛り上がる。
 盛り上がった地面は、愛実を握りつぶそうとする。


 直後、愛実の体はふわりと宙に浮かぶ――


「……?! ちょっと、なにする――」

 盛り上がった地面は、愛実を喰い損ねて空気を食べる。
 愛実の体は明人に持ち上げられ、木の前からも遠ざけられていた。

「Huh~!」

 相手を失った地面に対し、大きな斧が振り落とされる。

『――んぎぃぃいぃぃィィィ!』

 人間の声とも取れない悲鳴が裏庭に響き渡る。悲鳴を上げた地面は、ドロドロの黒い液体を吹き出しながら、地面の中へと戻っていった。

「なにするのっ! はなしてっ!」

 明人は、暴れる愛実を渋々降ろす。愛実はすぐに木のもとへ向かおうとするが、そこは腕を掴んで引き留める。

地面そいつは弟じゃない! 1人目の行方不明者だ」

 暴れまわっていた愛実の動きがピタリと止まる。

「弟とは別にタネを口にしたヤツがいる。ついこの前の行方不明者はそいつに喰われた。弟は何もしてない」

「でも、拓実だってタネを――」

「ああ、確かに弟もタネを食べてその木になった。だが弟は悪いことをしていない。むしろ地面そいつに喰われそうになったメアリを助けてくれた」

「そんな、たくみ……どうして――」

 愛実の目からは涙があふれ出す。
 張っていた気が抜け、愛実はその場に崩れ落ちる。

「タネを食べたモノの周りに、再びタネがかれるのはよくあることだ。弟は思いが込み上げ、偶然にもそのタネを食べてしまったが、その思いは恨み辛みの負の感情ではなくて、きっと――」

「たくみっ!」

「――おいっ!」

 愛実は、思わず拓実に向かって走り出す――

 予想以上の移動の速さに、明人たちの対応は遅れてしまう。
 そのすきをつき、再び地面が愛実の周りを囲む。

「だめっ!」

 真由乃も走って追いかけるが、間に合わない。
 明人もメアリも間に合わない。

 今度こそ喰われそうになる愛実の体――
 しかし、危ういところで今度は木の枝にはじかれ、飛ばされた愛実の体が宙に浮かぶ。

「たくみっ!」

『んぎぎぎっ……』

 愛実の体は、遠く離れた木の根元に着地する。
 再びヒトを喰い損ねた地面は、悔しいのか奇妙な声を上げる。

 盛り上がった地面は、悔しさをぶつけるように鋭い歯で木の枝を噛みしだく。枝も喰い千切られまいと必死に抵抗する。
 そこに、真由乃が追い付いた。

「――ごめんっ!」

 真由乃は、盛り上がった地面に炎環かたなを突き刺した。

『ぐぎぃいい゛っ!』

 突き刺した箇所からは、ドロドロの黒い液体が溢れ出す。真由乃は躊躇ためらうことなく刀の向きを変える。

「やあぁっ!」

 そして、そのまま刀を上空に振り上げた。
 地面は縦に引き裂かれ、その間から丸いタネが現れる。
 刀は既に、タネさえも縦に斬っていた。

『ぎぎっ、ぎっ、ぎ……』

 力を失った地面は、黒い液体を吐き出しながら元の地面へと戻っていく。
 木の枝も元通りの位置に戻っていく。
 愛実は地面に手を付き、呆然とするしかなかった。

 木の前に明人とメアリも集まる。

「……弟はきっと、大好きな姉の死なんて望んでないと思うぞ」

「たくみ……」

 愛実は、木に歩み寄り、じっくりと見つめ直す。
 いつも寂しく枯れた木が、今だけはたくましく見えた。

「強い未練や怨念を持ってタネを食べると、攻撃的になると言われてる。だが、その逆もしかりだ――」

 そして、いつもよりその木が温かく感じられた。
 愛実の頬を、一筋ひとすじの涙が伝う。

「だから、もういいだろ……?」

「うん」

「前に進むんだ。お前も、お前の弟も――」

「うん……」

 愛実が力強く頷く姿を見て、真由乃はゆっくりと木の前に出た。
 そして、ゆっくりと炎環かたなを構える。

「マユノ、代わろうか?」

「ううん、やらせて……」

 真由乃の閉じた目からも涙がこぼれる。
 真由乃が今からやろうとしていることは、愛実や拓実にとっては望まれないことかもしれない。


 それでも、ここで真由乃がやらないと――
 止まったままだから――

 前に、進まなくてはいけないんだ。


「……ごめん――」

 真由乃は、おごそかに刀を振るう。
 刀の斬り口からは、淡い光が溢れ出す。


『――ありがとう』


 愛実には、確かに拓実の声が届く。
 そんな気がした――
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