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第〇三章 熱狂するヒト
熱狂するヒト(06)
しおりを挟む美嶋明里が深澤宗太に出会ったのは、入学してすぐのことだった。同じクラスになり、何となく出来たグループにたまたま宗太がいた。
それだけだった。
「また動画見てるの? なんの動画?」
「アイドルだよ。さ~もんデビる’s――解散するんだよ」
「へー」
ぶっきら棒な答えに、平坦な相槌――
宗太はサッカー部に所属しており、活発な見た目に反してインドアを好む。このときはまだ、宗太に対してその程度の認識しかなかった。
興味も無ければ、ときどき会話する程度の間柄だった。
宗太との距離が近づくキッカケは、友人と噂話をしていたときだった。
「ねえあかり、サッカー部のオヤマダが彼女と別れたらしいよ」
「あ、やっぱり?」
「あかり予想してたもんね、彼女が塾の先生とデキテるからって」
「まあ、ウワサだけどね」
週刊誌の記者を父に持つ明里は、小さいころからウワサやゴシップ、スキャンダルが大好物だった。ネタは「○○と××が付き合っているらしい」に始まり、今では恋愛関係だけに留まらない。ときにはヒトの悪事を暴くこともある。
守備範囲は学校内だけでなく、他校に周辺地域――あらゆる場所にネットワークを張り、情報を収集していた。
父親の真似事で始めたつもりが、いつしか何でも知っている情報屋と恐れられ、相談や依頼を受けたりと頼られることも増えていった。それが嬉しかった。
明里にとって噂は、日常会話の1つでもある。そこに初めて、宗太が横槍を入れてきたのだ。
「おもしろい? それ……」
明里は面を喰らう。友人も思わぬ闖入に目を丸くする。
「そもそもさ……そのウワサ、ホントなの?」
友人は思い出したように話し出す。
「あれ、深澤ってサッカー部だよね? そっちでもウワサになってんの?」
「迷惑なんだよな、そういう下らないの――」
質問を無視して、宗太はその場を去ろうとする。
ムカついた――
自分のやってきたことが全否定されたようで悔しかった。
「待ちなさいよ!」
大きな声を張り、勢いよく席を立つ。
否定されるのは明里にとって初めての経験であり、呼び止めずにはいられなかった。
宗太は頭を掻いてダルそうに振り返る。
「なにその言い方、私が誰かに迷惑をかけたって言うの?」
頭を掻くのを宗太はやめない。
「いるよなあ、ウソかもホントかも分からない話を平気で言いふらして、さも正義ぶってるやつ」
「はあ? 私はちゃんとホントかどうか確かめてるし、正義なんて考えたこともないし、あんたにそんなこと言われる筋合い――」
「だいたいヒトのウワサが好きなやつって、自分のことは何も分かって無いっつーか、逃げてるだけっつーか」
話を遮られ、余計腹立たしくなる。それでも明里は、なるべく平静を保つ。
「なにそれ! なにが言いたいの」
「怖いんだろ? 自分を曝け出すのは……だから他人の話で誤魔化してんだろ?」
「なっ――」
言葉に詰まる。頭に血が上る。馬鹿にされたからだけではない。図星を指され、恥ずかしくなったからでもあった。
宗太は、更に続ける。
「オヤマダ、本気で彼女のこと好きだったんだよ。アイツ今日も部活休むって――」
「そんなの私には……」
「関係ないって? ウワサは合ってるのかもしんねーけどさ、あちこち言いふらすのは、ちがくね?」
何も言い返せなかった。言い返せなくて、恥ずかしくて自分にも腹が立つ。
「そういうことだから、じゃあな」
宗太は言うだけ言ってその場を去る。もう引き留めることもできなかった。
「めっちゃピリピリしてんじゃん、こわっ」
友人は気を遣ってくれようだ。
明里は、宗太の後姿を見えなくなるまで睨みつけた。
「なんなのよ、あいつ……」
このままでは終われない――
その日、明里はすぐに宗太のことを調べた。
サッカー部、友人、前の学校――その日だけで徹底的に調べ上げる。
決定的な弱みを掴み、ぐうの音も出ないほど言い負かす――つもりだった。
「はあ、こんなもんか……」
前の学校では付き合った女の子が2人、どちらも特筆すべき点はなく、しばらくして別れている。
サッカー部では熱心に練習に取り組み、練習後は友人とゲーセンに寄るか真っ直ぐ家に帰る。ずいぶんと前からアイドルグループのファンをやっているが、周知の事実で珍しいことでもない。悪い噂はまったく見つからない。
「つまんないヤツ……」
急に自分がやっていることがバカバカしく思えてきた。
何がつまらないのだろう。
何も悪いことをしてない相手に対して、明里は「つまらない」と勝手に感じた。
「なにやってるんだろ、わたし……」
父が言っていたことを思い出す。
ジャーナリズムは、ときにヒトを狂わす――
涙が出てきた。
今までやってきたことが間違っていたと、初めて気づかされた。情報は正しく見極め、正しく扱わなくてはならない。ヒトを守る盾にもなれば、ヒトを傷つける誇るにも成りうる。
居てもたっても居られなかった。早く宗太に会いたかった。会って一言、どうしても謝りたかった。
「ふかざわ、そうた……」
それからは、宗太のことが気になってしょうがなかった。
翌日の学校でも、宗太のことをずっと目で追っていた。ただ、昨日の今日で中々話しかけることはできなかった。
そして放課後――
サッカー部の練習が終わるのを待ち、それは日が暮れるまで続いた。そして、部活終わりの宗太をストーカーのように追う。
周りにヒトがいなくなるタイミングを見計らい、声を掛ける。
「あの!」
宗太は、突然の大声に驚き振り向く。
「……その、ごめん――わたしが間違ってた」
今度は宗太が面を喰らう。しばらく沈黙が続いたが、やがて宗太の驚いた顔が和らいだ。
「おれこそごめん。ちょっと言い過ぎた」
「ううん。その……なにも、間違ってないから」
「いや、オヤマダから聞いたんだ。そのウワサ、早く知れてよかったって……」
「そっか……」
少し安心した。その事実を聞いて自分のやってきたことを正当化するつもりはないが、今後のジャーナリズムの励みになる。
「……送ってくよ」
「え……?」
宗太は、恥ずかしそうにしている。
「その、暗いし……」
「……うん」
明里も恥ずかしくなる。
2人で横に並び、暗い帰路につく。
そんな日が、何度か続いた。
徐々に2人の距離は近くなり、2人きりで出かけることも増えた。
そして3回目か、4回目かのデート――
お互い意識してるのを、お互い感じ取っていた。
それでも、その日――明里はいつもと違う空気にドキドキしていた。
「あのさ……」
「……うん」
夜もだいぶ深くなり、宗太は家の前まで送ってくれていた。
玄関の前、周りには誰もいない。2人の声しか聞こえない。
心臓がはち切れそうなほど鳴る。宗太の顔を直視できない。
「……好きだ」
その一言で、宗太を初めて直視する。
2人が真っ直ぐ見つめ合う。明里は恥ずかしくなって、また顔を逸らす。
「わ、わたし、今まで付き合ったことないし。今も、どうしたらいいか分かんないし……」
「……だめか?」
慌てて首を横に振る。
恥ずかしいのを我慢して、宗太を再び見据える。
「そ、その……わたしも、好きです」
どうしたらいいか分からず、頭を下げて手を差し出す。外から見たら、なんて不格好だったことか。
「よ、よろしく……お願いします」
「ありがとう」
それでも宗太はニッコリと微笑み、手を握り返してくれた。
しばらく、手を離したくなかった。
それから今まで、宗太からはいろいろ学び、初めての経験もさせてくれた。
明里のジャーナリズムも理解してくれ、ときにはサポートしてくれた。
明里にとって、かけがえのない日々だった。
だからこそ伝えたかった。
最後に一言、伝えたかった。
――今までありがとう
ひとコト伝えたかっただけなのに、それなのに、どうして――
「――どう、して……どうしてよ宗太っ!」
明里の股の間から煙が立つ。
宗太だった怪物の口から、真っ直ぐ一直線に伸びた触手が理科室の床を鋭く突き刺していた。
明里の股、スレスレの場所を突き刺していた。
『あ゛あ゛、い゛……』
「宗太っ、いやっ……」
怪物が明里を見据える。
「――いやああぁあっ!」
明里は最後の力を振り絞り、大きな叫び声を響かせた――
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