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第〇一章 タネ宿す命
タネ宿す命(06)
しおりを挟む環日家の屋敷――
いつも稽古をしている道場に、真由乃と祖母が向かい合う。
真由乃の右後ろには明人も正座していた。
「葉柴よ、ごくろうじゃったの」
「いえ」
「おばあちゃん、ちゃんと説明して」
祖母を厳しく問い詰める。
何も聞かされていないのはあんまりだ。
「何から説明すんかねえ……」
「あれは――あの生き物はなに?」
まず最初の疑問、異形の怪物――
真由乃の知を超えていた。
「あれは、種人というもんじゃ」
続いて明人が補足する。
「偶然か必然か――人間の体内にタネが入り込むと、それは人間の強い感情に呼応して発芽する。タネが発芽するとヒトは種人に、およそ人知を超えた怪物に成り果てる」
「じゃあ、やっぱりあれは人間――」
「違う、種人には理性がない。本質は植物と変わらない」
「でも……」
納得はできない。
自身の前に曝け出された大量の血しぶきとハラワタが脳裏をよぎる。
「……それで、この刀は?」
横に置いていた炎環を慎重に持ち上げる。
「植器と言うてな、種人に傷をつけることができる唯一の武器じゃ」
「植器……明人さんのも?」
「ああ、毒手と呼ばれる器だ」
「あ、そもそも明人さんは何者ですか?」
「ずいぶんトゲがあるな」
今更だが、何喰わぬ顔で真由乃が棲む家に上がり込んでいる。祖母も知っているようだし、悪い人ではないのだろう。
そう言えば指導役と言っていたが、何の指導かも分からなかった。
「そちらは葉柴家の植人じゃ。環日のタネは少々荒くての、同じ四家の者に植人としての指導を頼んだんじゃ」
「うえびと?わたしたちのこと?」
「んじゃ」
「いま、環日のタネって――」
真由乃もタネを持っているということだろうか。
タネを持っているというのは、いつでも怪物に成り果てるやも知れない。
「俺ら植人は生まれながらにタネを持ってる」
明人がまた補足する。
「俺らのタネは既に芽が出ている」
「そ、それじゃあ私たちはもう――」
「ああはならないのが植人の家系だ。むしろ種人を倒す力を宿す――その力を発揮するのに必要なのが植器だ」
「……じゃあ、わたしたち植人は――」
「お国の管理下の元――種人の始末、タネの管理が俺ら植人の使命だ。新しく発生するタネも含めてな」
細かいことはまだまだ気になるが、こうして今の自分がいることに、概ね合点がいった。
「四家っていうのは?」
「植人の家系では初子――はじめに産まれた子供に強くタネが残るんじゃ、中でも強力なタネ宿すん4つの家系のことを四家と言っておる」
「さっき、環日のタネは荒いって――」
「環日には代々、火を司る力が宿るんじゃ。真由乃にはまだ使えんじゃろうが……」
火を司る――
想像もつかない。
いつか自由に火を出せるように成ってしまうのか――
「明人さんは、いつから……?」
「3年、くらいだな」
そしてなぜ、今更なのか。
明人は3年前からで、同じ四家だというのに――
――私の記憶のせい……?
「もうよいな、あしたも学校じゃ――早く部屋で休むんでの」
「……うん」
聞きたいことは聞けた――はずだった。
3人とも道場を後にする。
祖母は台所に戻り、夕飯の支度を始める。
真由乃は、玄関先まで明人を送りに出た。
「わたしのタネは、本当に芽をださないんですよね?」
今なお、自分の精神状態が不安定であることは自覚してる。先ほどの話では、タネはこういった不安定な感情によって発芽してしまうはずだった。
「ありえない。仮に他のタネを飲み込んでも、そのまま体外に排出される」
「そうですか……」
事実を確認したところで、到底安心はできない。
だが、祖母の言う通り体も心もヘトヘトだった。
今日のところは、この位にしよう――
「その、ありがとう……なのかな」
「何がだ?」
「今日のこと、いろいろ……」
「まずは休め、それだけだ」
厳しくも優しく、それだけ告げて明人は去ろうとする。
「――あの!」
最後に1つ、どうしても聞きたかった。
明人は、振り返りはせず、足を止める。
何が聞きたいか、勘付いていたのかもしれない。
「こんなこと……」
真由乃は静かに、訴えるように問いかける。
「こんなことが、続くんですか……?」
明人に聞くことでもないかもしれない。
期待する答えが得られるとも思っていない。
それでも、聞かずにはいられなかった。
「……ああ――」
予想通り、期待外れの答え――
明人は振り返らず、静かに、冷たく、その問いに答えた。
「誰かが、やらなきゃいけないんだ……」
明人は背中しか見せないが、きっと哀しい顔をしている。
「……もう、決まってるんだ」
きっと、いくつもの種人と対峙してきて、相当な覚悟で植人としての使命を全うしてきたのだろう。
「誰かが、やらなきゃ……」
明人の言葉を反芻する。
真由乃にはまだ、耐えられる自信も、その覚悟も出来ていなかった。
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