上 下
3 / 194
第〇一章 タネ宿す命

タネ宿す命(02)

しおりを挟む

 朝の情報番組ーー
 夜の公園で学生カップルが惨殺ざんさつされたと、朝からずいぶん暗いニュースが流れる。

「うえー おばあちゃーん。また2人ともだって……」

 真由乃まゆのは、朝ご飯を前にたたみの上で正座する。白飯に鮭、味噌汁という和テイストの朝食を姿勢正しく頬張ほおばりながらつぶやいた。

 環日わび家の長女である真由乃は、祖母の益子ましこと二人暮らし――
 祖母に厳しく育てられながらも体は華奢きゃしゃで、大きな胸にふわっとした薄紅うすべに色のセミロング姿は、天然な香りを匂い立たせる。

「しかもこの公園、結構近いなー」

「ブツブツ言ってんで早くお食べ! 間に合わんじゃろ!」

「だっておばあちゃん、今日のお稽古キツすぎだよ~」

 腰を抑えながら苦しそうに訴えるも、祖母は心配な素振り1つ見せない。

 環日家には、母屋おもやに隣接して道場が設けられている。大勢が集まって大会を開けるような規模ではないが、満足に練習ができ、古臭さも感じられない、更衣室もある立派な道場だ。
 真由乃は物心ついたときから、道場での剣道の稽古が日課になっていた。
 稽古の内容は竹刀しないだけではない。
 時には木刀、更には真剣まで――

 主な講師は祖母であり、いつもは数十分で終わる朝稽古も何故かか今日は、普段以上に厳しかった。

「ほれほれ、今日ん朝飯は終いじゃ! 学校に行き!」

「んー! いっへきまーふ!」

 ありったけのご飯を慌てて口に詰め込み、真由乃は早々に家を出ていく。
 確かに遅刻ギリギリの時間だった。
 本当は、もっと味わって食べたかった。


 祖母は、そんな真由乃を横目にお茶をすすると、ボソッと一言呟いた。

「うまくいけばいいんじゃが――」




 ***




「うー、いたたたたた……」

 熱だろうか、朝稽古のせいだろうか――
 体が火照ほてって頭痛もする。
 真由乃は登校中、急に調子が悪くなって今も学校の机に突っ伏していた。
 授業中もこの調子だった。

「まゆのーん、朝のニュース見た?」

 休み時間に入ってすぐ、後ろの席からツンツンと背中がつつかれる。
 誰かが声をかけてきた。

「うーん……みたよー」

 真由乃は、机に突っ伏したままダルそうに答える。
 それどころじゃなかった。

「亡くなったの、すぐ近くの学校の子だって」

 親友の美嶋みしま 明里あかり――
 根っからのゴシップ好きで、その度合いは趣味の域を超えている。
 近隣の学校のゴシップネタは粗方あらかた押さえており、その情報量は警察をも凌駕りょうがするともっぱらのウワサだ。

 そんな明里とは、今年からクラスが一緒になり、たまたま席が近かったというだけで話すようになり、何となく息も合った。
 それに、明里にとっては真由乃が可愛かわいくて仕方がないらしい。
 真由乃からすれば明里も十分可愛いが、明里は自分を「特徴がない」と言い張り、そんな自分とも比較して真由乃は特別可愛いのだそうだ。

 明里から一方的に話しかけることが多いが、真由乃もそれを好意的に受け取っている。

「怖すぎるよねえ、ニュースも見た?」

「うーん……」

 ただ、今は真由乃の反応が悪い。
 体調が悪いから当然だった。

「――って、どうしたのまゆのん?!」

 明里は異変に気づき、真由乃の後ろの席から隣の席に移動する。

 クラスが変わって以来、隣の席は何故かずっと空いていた。明里は誰の席かを知っているらしいが、教えてはくれなかった。
 そのことが、このクラスになってからずっと心残りだった。

「あかりーん、何だか朝から調子悪くて……」

「だいじょうぶ? ほら、おいで」

「うーん……」

 涙目になりながら明里に抱きつく。
 そんな真由乃を明里はヨシヨシと受け止め、優しく頭を撫でてくれる。


 温かい、落ち着く――


 それでも頭痛は収まらなかった。

「帰ったほうがいんじゃない? 次で最後の授業だし、先生にはテキトーに言っとくよ」

「うーん……そうしようかなー」

 だるい体を持ち上げ、フラフラと立ち上がる。

「気をつけてねー」

「うーん……」

 フラフラな状態のまま、真由乃は教室を出ていった。


「――大丈夫かなあ」

 明里はついて行くかとも迷ったが、2人していなくなるのも後々のちのち面倒になり兼ねない。

 真由乃のフラフラな後ろ姿を、心配そうに目で追いかける。

 明里は親友として、真由乃のことが常に心配で心配でしょうがない。
 可愛らしいルックスにおっとりして優しい性格、いつ誰が声をかけてきてもおかしくない。
 

 悪い男に騙されないか――

 怪しい男について行かないか――


 明里は尾行したい気持ちを抑え、真由乃の姿が見えなくなるまで見守った。

 教室を出て姿が見えなくなり、しばらく経って明里は、ふとあることに気づいた。

「……あ、カバン――」

 手ぶらのまま家に帰るつもりだろうか。
 カバンに気づかないほど体調が悪かったのかもしれない。
 すぐに帰ってくるだろう――
 そう思い明里は最後の授業の準備を始めた。
しおりを挟む

処理中です...