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CHAPTER_04 マジック・ボール ~the moon sets and the sun rises~

(24)マジック・ボール ~magical-ball~

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『先攻を取ったのはサンルナール! 余裕を持ってパスを回します!』

『ジュリ選手の勢いは衰えませんねぇ。怖いくらい魔力が安定してますぅ』


 ジュリが魔法球を受け取ったことを確認し、ダナンは一気にコートの前へと飛び出した。シャエラは急いでジュリを抑えに行くが素早いパス回しに追いつけない。だが、今回はリンもアタッカーとして前に出ている。

「――とどいてぇ!」

 リンは一か八かの奇策に打って出た。
 得意の≪変形≫でロッドを細長く伸ばし、離れた位置からのパス防ぎカットに挑戦する。高速で出されたパスに対し、絶妙なタイミングでロッドをぶつける至難の技だった。

「ちょっと、伸びすぎっ」

 魔法球は長距離に伸びたロッドによって弾かれ、見事ダナンへのパスを阻止する。リンの策が功を奏し、そのまま魔法球はシャエラへと渡った。

「リンさん、ナイスですわっ!」

 シャエラは≪波動≫を繰り出し、魔法球をゴールに向かって直進させる。しかし、≪波動≫の威力は先ほどまでよりも弱まっており、あっけなくガンナーのリシェルに止められてしまった。

「どうしたの? もうヘロヘロじゃない」

「そんなことっ、ありませんわ……」

 リシェルは、パスは出さずに魔法球を持ったまま前へと進む。あえて、シャエラ自身に向かって突進してくる。

「アナタたち、気づいているんでしょ?」

「はぅっ」

 シャエラの目の前まで近づいたところで、ちょうどシャエラの体をすり抜けるように、鋭いパスを正面に出す。魔法球の動きに合わせ、リシェル自身も素早い動きで前線に打って出る。

「諦めなさい。いくら現役生でも、4クォータ分も高い魔力が保つわけがない」

 魔法球はダナンが受け取り、すぐに上空を飛んで回っていたジュリに回す。ジュリのカバーにはリンが向かうが、すぐにパスが回され、今度はリシェルに魔法球が渡る。

「――それでも、負けられないの」

 リシェルの前には、エリスが立ちふさがる。
 エリスは後方で温存していた魔力をフルで使い、大量の≪防壁≫を前面に繰り出した。その≪防壁≫により周囲へのパスが出しづらくなる。

「苦しまぎれをっ!」

「負けられないのよ、その力にだけは――そうでしょ、シュウ!」

 リシェルは、≪防壁≫を避けようと仕方なく上空に回る。その前に今度はシュウが立ち塞がった。

「ああ、その通りだ」

 思わぬブロックでリシェルは怯み、体から離れた魔法球が宙に浮かぶ。リシェルが慌てて取り戻そうとする横で、シュウも魔法球に向かって手を伸ばす。
 そして、シュウの手の前には≪相転≫の魔法陣が現れる。

「人を傷つけるその力にだけは、負けないっ!」

 魔法陣に吸い込まれた魔法球は、ガラ空きのシャエラのもとに送られる。シャエラの元には、フェンダーのカエラが慌てて向かった。

「これには、リオラさんの気持ちも乗せますわよっ!」

 再び展開される≪波動≫の魔法陣――
 弱っている魔力を振り絞り、強烈な一撃を魔法球に喰らわす。その魔法球には、ブラッディ・ダイヤに苦しめられたチーム学園セントラル全員の気持ちが乗っかていた。

「まずいっ」

 カエラが急いで張った≪防壁≫は優に打ち破り、キーパーのテイタムが反応するより早くゴールを決める。
 ゴールは青く光り、魔法球が地面に落ちる。


『決まったぁ! ファイナルに来て強烈な一撃ぃ! 点差は1ptに縮まりましたっ!』

『きゃーっ! あんな≪波動≫、見たことないぃ!』


「分かったか? そんなものに手を出しても、本当の力には敵わない」

「ふん、時間はまだまだあるわよ!」

 ジュリとダナンが急いで次の魔法球に向かう。リンとシャエラも負けじと立ち向かった。




 ○○○○○○




「くっ、どうしてだ!」

 キーパーのテイタムは、ゴール近くでウジウジと試合を眺めていた。手の中の「ダイヤ」を思わず強く握りしめる。
 
 リシェルから受け取った怪しい「ダイヤ」のお陰で、有り余る魔力が自身に宿るのを感じられていた。それは、恐らくテイタムだけでなく、サンルナールの全員が同じ気持ちだった。

 相手チームの魔力は弱まり、相手が魔法球を制する心配は無くなっていた。危機に陥ることこそ無いが、だが得点がどうしても決めきれない。
 このまま試合が続いてくれれば、たとえ得点を決めきれずとも1pt差でサンルナールが勝利する。だが、この1pt差がテイタムにとって非常にもどかしい。

 アタッカーだったはずのリンもシャエラも、今では防御中心に回り、サンルナールの猛攻を止め続けている。テイタムは、キーパーとして前に出たい気持ちを必死にこらえた。

「みんな……うっ」

 あまりにも力が入り、手の中のダイヤが喰い込んで痛みが走る。少しばかりか、血がにじむのも感じられた。
 途端に、痛みに比例して魔力が湧き出てくるのを強く感じる。
 テイタムは、その痛みに必死に耐える――




 ○○○○○○




『さあ、点が動きません! サンルナール優勢のまま、勝負は終わってしまうのでしょうか』

『自陣を守るので精一杯ですねぇ……がんばれ、がんばれぇ!』


 1pt差のまま試合時間はどんどんと減っていく。
 焦っていたのは、両チームともだった。

「なぜ、決められないっ!」

 リシェルの強力なシュートでも、リンの機転の利いたロッド裁きとエリスの強力な魔法で封じられてしまう。パスを回してゴールまで迫っても、フェンダー2人とキーパーの連携を前にゴールを決めきることができない。

「ここまでして、負けられないのよ!」

「どうしてそこまでして勝ちにこだわる!」

 ゴール近くに迫ったリシェルの前に、再びシュウが立ち塞がった。

「勝たなきゃ、誰も聞いてくれないからよ!」

「だからって、手段は選ばないとだめだ!」

 シュウが出した小さい≪防壁≫が、ギリギリの位置で魔法球を弾く。弾いた先はエリスがカバーして、前方のリンに向かってパスを出す。

「いつも選択肢があるわけじゃないの――」

 その間にジュリがすかさず入り、逆にリシェルに魔法球を打ち返してパスを回す。

「これしか手段が無かったのよ!」

 リシェルは魔法球を受け取ろうとロッドを向けたが、そのロッドを前に意図しない≪相転≫の魔法陣が浮かぶ。シュウは慣れないながらに的確な≪相転≫で魔法球を送った。

「だからって、それだけは選んじゃダメなんだっ!」

「偉そうにっ……」

 近くのエリスに回された魔法球――
 試合時間が残り30秒を切り、リシェルは一転して自陣に急いで戻る。アタッカーのジュリとダナンもリシェルについて防御に回る。

「みんなっ、残りの時間ゼッタイに守り切るわよっ!」

 サンルナールは残り時間を防御に徹し、攻撃の手を緩めた。エリスは急いで魔法球をリンに渡す。
 ここからが本当に最後の勝負となる――




 ○○○○○○




「――どうしたんだよ? 急に呼び出して」

 マジック・ボールの練習初日、シュウとエリス、そしてリンの3人が早速ルヴィに呼出されていた。

「いやね、焦ることでも無いんだけど、みんなに考えて欲しくって」

「考える? 何をだ?」

「秘策よ」

「「秘策?」」

「万が一よ。最後の最後、どうしても決めたいときの秘策――」


 どうしても、ここ1番で得点を決めたいとき――
 シュウたちは、各々の頭の中で作戦の内容を振り返っていた。試合終了まで限られた時間――チャンスは一度キリしかない。

 エリスがリンにパスを回した後、シュウとエリスは急いで前線に打って出た。シャエラは、縦横無尽に動き、ジュリやダナンを上手いことカバーしてくれる。

「シュウくん、いくよっ!」

 リンは時間をかけ、正確なパスをシュウに回す。魔法球を受け取ったシュウのもとに、シャエラのカバーをかわしたジュリが迫る。

「頼んだぞエリスっ!」

 シュウはすぐに≪相転≫を張り、前方に魔法球を送る。予定通りの配置に送られた魔法球をエリスが受け取り、エリスがまたすぐに≪相転≫で移動させる。その間にシュウもどんどん前にでる。

「また悪あがきをっ!」

 エリスは、なるべく派手に動き回って次の配置に移動する。シュウも予定通りの移動でまたまた魔法球を≪相転≫させる。リシェルは強がっていたが、繰り返される≪転送≫に翻弄ほんろうされて魔法球を奪えずにいた。
 やがて、魔法球はサンルナールのゴール手前まで迫る。


「――ゼッタイに決めさせない!」

 テイタムは、強い覚悟でゴール前に立ち塞がった。
 シュウを前にして、一切の隙を見せない。

 シュウは、構わずゴールに向かって魔法球を放つ。

「バレバレ、と思う」

 テイタムは、シュウが放った魔法球とは別方向に移動する。シュウの動きだけでなく、上空を飛んで近づいてくるエリスの動きまで読んでいた。
 テイタムの読み通り、シュウが放った弱々しい魔法球は、あらかじめ張られていた魔法陣に吸い込まれて上空に送られる。


 ――その魔法球をエリスが受け取ってシュートを決めてくる
 ――そうは、させない


 今度はエリスに向かい、テイタムは魔法球を待ち構える。
 しかし、エリスのもとに魔法球は現れなかった。

「しまっ、た……」




 ――始めから、ノックポイントを狙って……




 ノックポイントで同点まで追いつき、サドンデスに持ち込む気なのだ。≪相転≫の行く先は、テイタムの斜め上に現れていた。ちょうど死角になる上側に配置され、気付くのが遅れてしまった。
 魔法陣はテイタムを狙って的確に向けられており、中心から弱々しい魔法球が飛び出してくる。


 ――こんなところで
 ――こんなところで、ゼッタイに……


「負けたくないっ!」

 テイタムは、血で滲んだ手を咄嗟にかざす。
 手の平の前には、血が滲んだ≪防壁≫が現れる。通常ではありえない速さでの魔法だった。

 テイタムの≪防壁≫は魔法球を軽々弾き、さらに運悪くエリスの体にぶつかってしまう。離れた位置のリシェルにも、確かにその様子が見て取れた。

「勝っ、た……?」

 エリスの体にぶつかった魔法球は――




 手品でも使ったのか、光りもせずにバウンドした。




「――えぇーいっ!」

 さらに離れた位置から響くリンの叫び声――
 リンは渾身の≪相転魔術ドメインドレイカ≫で、ゴール中心のすぐ前に魔法陣を張る。

「あなたまで≪相転≫をっ……」

 リンは、学園セントラルでさえ数人しかいない、6つの魔術すべてを扱える魔法使いだ。エリスには及ばずとも時間を掛ければ多種多様な魔法を十分な威力で繰り出せる。

 また、エリスとシュウがパスを回していたのは、リンがお得意の≪変形魔術リフォルムドレイカ≫でロッドから模造していた「疑似魔法球フェイク」だった。
 リシェルがリンに振り向いたときには、本物の魔法球が≪相転≫され、ゴール中心――ちょうど空いていたレッドポイントに向かって勢いよく放たれる。
 ゴールが淡い赤色に光り輝き、そこで本日最後になる試合終了の合図ブザーが鳴った。
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