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CHAPTER_04 マジック・ボール ~the moon sets and the sun rises~
(12)郊外の闇 ~slums~
しおりを挟む「ずいぶん不気味な場所ですわね」
ペンテグルスの郊外――工場街『ダバリム』
この地に降り立つのは、エリスもシャエラも初めてだった。
寂れた街には大小様々な工場が立ち並び、作業員向けの居酒屋や賭場が占拠する雑居ビルが点在する。そのまま奥の暗がりへ進むば貧困域が現れる。
「それよりエリスさん、どうしてわたくしでして?」
エリスからシャエラには、「付いてきて欲しい」という単純明快なお願いをされていた。シュウが使う「白い魔法」に関わることだと伝えられ、それはシャエルを苦しめた『ブラッディ・ダイヤ』の情報にも繋がるかもしれないと考え、お願いを断る理由は毛頭なかった。
「≪波動魔術≫は私の苦手分野だから、万が一のときにシャエラさんにはいて欲しかったの」
「それは分かっておりますが、肝心のシュウさんは連れてこなくてよかったですの?」
「今回は聞き込みだけで、練習の邪魔はしたくなかったから」
「それもそうですわね」
「ごめんなさい、巻き込んでしまって」
「構いませんわ、わたくしも興味がありましてよ」
シャエラたちは、平日午後の授業を休んでまで郊外に足を運んでいた。
第一に、エリスは急いでこの件を調べたかった。記事に写っていた魔法陣の落書きが消されてしまわないかを危惧している。
また、休日は『マジック・ボール』の試合もあるし、シャエラは週末には基本的に実家に帰ってしまう。残った平日で休んでも問題なさそうな授業の日に目星を付け、それが今日――準決勝の試合前日だった。
「ただ、やっぱり不気味ですわね」
「ええ」
奥に進めば進むほど、街は昼過ぎなのに陰りが差し、人数も減って不気味さが増していく。歩道の側では、首からプラカードを提げた浮浪者がどこを見るでもなく立ち尽くす。
カードには「仕事を下さい」の一言が殴り書きされている。
「あまり長居はしたくないですわ」
「ええ……」
エリスは、早速に聞き込みを始めた。
なるべく鮮明にプリントした「疑惑の魔法陣」を提示して心当たりを聞いていくも、みんな無言で首を横に振る。
仕方なく怪しげな商店の中にも入って聞き込みを続ける――
「――ごめんなさい、聞きたいことがあって」
「あらあら、学生さんが来るとこじゃないよ?」
「――失礼します。少しお話しを」
「話だ? まずは金だ、持ってんだろ?」
どこも門前払いだった。この場には似つかわしくない制服姿の学生が相手にされるわけもなかった。半ば諦めムードで、2人は最後にと広めの居酒屋に入る。
「ああ?」
中には男性2人組の先客がいた。
昼過ぎというのに男性たちは既に出来上がっているように見えた。
「これはこれは、ずいぶんベッピンなお客さんだ」
「おーい、ワシらと一緒に飲まんかねー?」
距離は十分近いのに、男性は大きな声でシャエラたちを誘う。
店員の姿は見当たらず、2人は苦笑いでその場を後にしようとした。
「――おや、学園の学生じゃないか」
「セントラルぅ? この子たちがぁ?」
「そんなこより早く飲むぞぉー」
店の奥からは、エプロン姿のクールな女性が酒瓶を持って現れる。シャエラたちが来ている制服に反応していた。
エリスはチャンスと思い、思い切って声を掛ける。
「あの、お聞きしたいことがありまして」
「聞きたいことなんていいからさぁ」
「俺たちと飲もうよぉ――ぐえっ!」
女性は酒瓶で男性の頭を殴る。割れる割れないか、ギリギリの威力だった。
「いってえぇ! あんまりあ゛よぉ」
「子供に絡まないの。アンタらもクラシアさんに散々奢ってもらってるんでしょ?」
「へぇ」
「そこに座ってて、準備するから」
2人とも椅子に座らせられ、お水まで出してもらう。
女性もカウンターに戻り、しばらく待つとエプロンを外して戻ってきた。シャエラもちょうど喉が乾いていた。
「ふぅ、やっと一息付けましたわ」
「ごめんね、騒がしくて」
「いえ、お邪魔しています」
「それで? 今日は授業じゃないの?」
「今日は休みを貰っていて……これ、見て欲しいものです」
エリスは今まで通り、魔法陣の写真を取り出して女性に見せた。だが、女性にも特に見覚えは無さそうで、首を傾げてしまう。
「ごめんねぇ、魔法にはてんで疎くてさ」
「そう、ですか……」
「ねえ、あんたらは見覚えないの?」
女性は写真を取り上げ、後ろで飲む男性に向ける。男性2人も赤味がかった目を凝らして写真を眺めた。
「なんだそりゃ?」
「落書きか?」
「……ダメね」
「ああ待て待て、見覚えがあるぞ」
「ほんとですか?!」
エリスは驚いて席を立つ。ここまで収穫が無さ過ぎたせいか、思わず興奮して声を張り上げていた。
「この魔法陣、見覚えがあるんですか?!」
「魔法陣? そうじゃなくて、ほれ、その左下の――」
男性は、写真左下の切り取られた人物を指し示した。エリスが特に重要視していなかった部分だ。
「その婆さんは、恐らくマザーじゃの」
「マザー?」
「この街のさらに奥、一番端っこに住む婆さんさ。界隈だと有名人じゃし、その家もマザーの住処じゃの」
「ありがとうございます」
最後に、マザーの家までのざっとした行き方を聞き、シャエラも席を立った。
「本当にその格好で行くの? この奥に?」
「はい」
「まあ、魔法を使えるんならそこまで心配してないけど……ここから奥は本来アナタたちが立ち入る場所じゃないわ」
「危険、ということでいらして?」
「そうね、最近になって大きいマフィアが仕切りだして少しは良くなったんだけど……今でもスリや強盗も多い犯罪地域よ。それでも行くの?」
エリスはゆっくりと頷いた。
「止めはしないわ。助けもしない。とにかく、気を付けて」
「はい、ありがとうございました」
女性の忠告を受け、店を出た後は用心しながら貧困域の奥に進む。気のせいか、さっきよりもすれ違う人の視線を多く感じる。
エリスもシャエラも早歩きになり、ロッドを構えて奥へと進んでいく――
「――ここが、マザーの家」
貧困域自体はそこまで広くない。
店を出た後、20分ほどでマザーの家に到着した。
そして、写真通りの場所に魔法陣は描かれていた。
「やっぱり、シュウが出している魔法陣と同じ模様ね」
「この魔法陣……」
六芒星の頂点それぞれに、また六芒星が描かれている。そしてシャエラには、シュウが出す魔法以外にも見覚えがあった。
「どうしたの? 気になることでも?」
「い、いえっ! なんでもありませんわ」
魔法陣の模様は、以前見せつけられたシュウの背中にも描かれていた。シュウの上半身を思い出して顔が熱くなり、この場でエリスに伝えるのは恥ずかしかった。
「まずは、そのマザーって人ね」
「ちょ、ちょっとエリスさん?!」
エリスは臆することなく玄関に進み、マザーの家にまで上がり込もうとする。周りに誰もいないと言え、恐れ多い行動だ。
「どうしたの? 入りましょう」
「で、ですが、もう少し慎重に――」
「何の用でござんしょう?」
「ひやぁあっ!」
シャエラの後ろから突如声が掛かり、思わず尻もちをついて倒れてしまう。その後ろには、杖を突いて腰を曲げた老婆が立っていた。にっこりと口を曲げる笑顔がまた不気味である。
「若い子たちが、この老いぼれに何の用でしょう?」
「あなたがマザーですね。聞きたいことがあるの」
エリスは、ここでも恐れることなくマザーと対等に立つ。マザーは笑顔を崩さずに受け答えた。
「まあまあ……立ち話もなんで、上がってくださいねぇ」
マザーは、エリスのすぐ横を通り過ぎて家の中に入る。エリスがすぐ後ろをついていくので、シャエラも渋々後を追いかけた。
「何も出せませんねぇ……」
「お構いなく」
「そちらの御仁も、ほら奥に――」
エリスは、促されるまま家の中を進む。シャエラはあまりの不気味さに、玄関から奥に進むことが出来なかった。
家の中は薄暗く、壁1面には動物をかたどった骨や鎌が掛けてあり、部屋の奥には大きな水晶が置いてあるの見えた。
「占いでもするんですの?」
「タダの趣味ですよ、ほほほ」
エリスもシャエラと同じように部屋中を見回していた。
飾っているものが独特過ぎて、ついよそ見をしてしまう。
だからこそシャエルは、エリスに迫る影に気づくのが遅れてしまった。
「――エリスさんっ! 後ろっ!」
「えっ?」
老婆は微笑んだままエリスのすぐ後ろに立ち、右手に持つ杖を静かにエリスの頭にかざしていた。そして、エリスが反応するよりも前に≪衝撃魔術≫が頭部を襲う。
「すみませんねぇ……ほほほ」
「なんてことをっ」
シャエラは反撃に出ようとロッドを構え直す。
しかし、シャエラの後ろにも怪しい気配がすぐそこまで迫っていた。
「くっ……」
シャエラの頭部にも≪衝撃≫が走る。
背後には、黒スーツ姿の女性が数名確認できた。
しかし、体は思うように動いてはくれず、シャエラの意識も遠のいていく――
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