篠辺のお狐様

梁瀬

文字の大きさ
上 下
136 / 180

年明け 倉稲の百面相

しおりを挟む
【…倉稲、心は落ち着いたか?】
狐は倉稲様と一緒に、東雲側の枯山水の庭にある、蘭渓らんけい灯籠のところにいた。
『…篠辺、このように静かで綺麗な庭を楽しんでおる時に、無粋な事を…。』
倉稲様は、再び庭の散歩に誘われて、天にも昇る思いで来たのに、開口一番に帰る
仕度は整ったかと、聞かれているようでせつなかった。

【だが、心配しておると思うがな。…此処におっても良いが、家族とは揉めたままになって、気まずく戻り辛くなろう。そうなった後で戻っても、居辛かろうし、今度は此処へ来難きづらいじゃろう。】
狐の言葉に、倉稲様は目の前が暗くなっていくような気がした。
【倉稲…今回のように縁談話が出た時、今までは〝慕っているもの〟が居ると話しておったな。それは敢えていさかいにならぬよう、篠辺の名を伏せてくれておったのか?
…それとも、倉稲より格下の篠辺では許されぬと思うての事か?……倉稲自身が、
篠辺の名を出すのが恥ずかしいか?】
 正直、どれも的を射ていると言える。…が、倉稲様は最後のみは否定した。

【倉稲、諍いを案じてなら、無用じゃ。倉稲の父、須佐之男命すさのおのみこと様や兄の大年神おおとしのかみが、此処に来たとしても何も変わるまい。逆鱗に触れたとしても、篠辺だけじゃ。
次に、倉稲より格下だからという理由なら、格上の神など居るのか?…狐の中でも
頂点に居る倉稲は、生涯独身じゃな。この二つは、まず篠辺が出て行かねば話になるまい。丸く収まるかは分からぬが、父上も兄上も倉稲を溺愛しておる故、許されずとも、此処へ来ることは容認されるじゃろう。…最後の…倉稲が篠辺の名を出すのが
恥ずかしいのなら、もう此処へは来るな。それくらいなら家族が薦めてくれる縁談相手と上手くやれ。その方が家族にも祝福されるし、倉稲も気が楽だろう。…倉稲とは今もこれからも住む世界が違ったというだけの事だ。】

 倉稲様は何も言わず、目を閉じたまま聞いていた。
『そうじゃな…。篠辺の名を出す事を、恥ずかしいなどとは思うた事はないが、父や兄の反対は想定しておったし、その理由として、格下だと言い兼ねない事も、容易く想像出来たが、…篠辺の言う通りじゃ。篠辺の腹が据わっておるのなら、われも胸を張って言える。そして誰にもはばかる事なく、此処へも来られるじゃろう。……本当に、われの長年の片思いの相手じゃと、篠辺の名を出しても良いのじゃな?』
 倉稲に射貫くように見られたが、すごみなど感じられん。ただ可愛過ぎるだけじゃ。

【倉稲、少し違うぞ。…長年のじゃろう⁈…】
倉稲様は頬を赤く染め、ぽろぽろと泣きながら、綻ぶように笑った。
【倉稲の百面相じゃな。】
 倉稲様は、大鏡の前に立ち、日暮れ前に戻って行かれた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

うちの娘と(Rー18)

量産型774
恋愛
完全に冷え切った夫婦関係。 だが、そんな関係とは反比例するように娘との関係が・・・ ・・・そして蠢くあのお方。 R18 近親相姦有 ファンタジー要素有

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...