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年明け 倉稲の百面相
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【…倉稲、心は落ち着いたか?】
狐は倉稲様と一緒に、東雲側の枯山水の庭にある、蘭渓灯籠のところにいた。
『…篠辺、このように静かで綺麗な庭を楽しんでおる時に、無粋な事を…。』
倉稲様は、再び庭の散歩に誘われて、天にも昇る思いで来たのに、開口一番に帰る
仕度は整ったかと、聞かれているようで切なかった。
【だが、心配しておると思うがな。…此処におっても良いが、家族とは揉めたままになって、気まずく戻り辛くなろう。そうなった後で戻っても、居辛かろうし、今度は此処へ来難いじゃろう。】
狐の言葉に、倉稲様は目の前が暗くなっていくような気がした。
【倉稲…今回のように縁談話が出た時、今までは〝慕っているもの〟が居ると話しておったな。それは敢えて諍いにならぬよう、篠辺の名を伏せてくれておったのか?
…それとも、倉稲より格下の篠辺では許されぬと思うての事か?……倉稲自身が、
篠辺の名を出すのが恥ずかしいか?】
正直、どれも的を射ていると言える。…が、倉稲様は最後のみは否定した。
【倉稲、諍いを案じてなら、無用じゃ。倉稲の父、須佐之男命様や兄の大年神が、此処に来たとしても何も変わるまい。逆鱗に触れたとしても、篠辺だけじゃ。
次に、倉稲より格下だからという理由なら、格上の神など居るのか?…狐の中でも
頂点に居る倉稲は、生涯独身じゃな。この二つは、まず篠辺が出て行かねば話になるまい。丸く収まるかは分からぬが、父上も兄上も倉稲を溺愛しておる故、許されずとも、此処へ来ることは容認されるじゃろう。…最後の…倉稲が篠辺の名を出すのが
恥ずかしいのなら、もう此処へは来るな。それくらいなら家族が薦めてくれる縁談相手と上手くやれ。その方が家族にも祝福されるし、倉稲も気が楽だろう。…倉稲とは今もこれからも住む世界が違ったというだけの事だ。】
倉稲様は何も言わず、目を閉じたまま聞いていた。
『そうじゃな…。篠辺の名を出す事を、恥ずかしいなどとは思うた事はないが、父や兄の反対は想定しておったし、その理由として、格下だと言い兼ねない事も、容易く想像出来たが、…篠辺の言う通りじゃ。篠辺の腹が据わっておるのなら、われも胸を張って言える。そして誰にも憚る事なく、此処へも来られるじゃろう。……本当に、われの長年の片思いの相手じゃと、篠辺の名を出しても良いのじゃな?』
倉稲に射貫くように見られたが、凄みなど感じられん。ただ可愛過ぎるだけじゃ。
【倉稲、少し違うぞ。…長年の両想いじゃろう⁈…】
倉稲様は頬を赤く染め、ぽろぽろと泣きながら、綻ぶように笑った。
【倉稲の百面相じゃな。】
倉稲様は、大鏡の前に立ち、日暮れ前に戻って行かれた。
狐は倉稲様と一緒に、東雲側の枯山水の庭にある、蘭渓灯籠のところにいた。
『…篠辺、このように静かで綺麗な庭を楽しんでおる時に、無粋な事を…。』
倉稲様は、再び庭の散歩に誘われて、天にも昇る思いで来たのに、開口一番に帰る
仕度は整ったかと、聞かれているようで切なかった。
【だが、心配しておると思うがな。…此処におっても良いが、家族とは揉めたままになって、気まずく戻り辛くなろう。そうなった後で戻っても、居辛かろうし、今度は此処へ来難いじゃろう。】
狐の言葉に、倉稲様は目の前が暗くなっていくような気がした。
【倉稲…今回のように縁談話が出た時、今までは〝慕っているもの〟が居ると話しておったな。それは敢えて諍いにならぬよう、篠辺の名を伏せてくれておったのか?
…それとも、倉稲より格下の篠辺では許されぬと思うての事か?……倉稲自身が、
篠辺の名を出すのが恥ずかしいか?】
正直、どれも的を射ていると言える。…が、倉稲様は最後のみは否定した。
【倉稲、諍いを案じてなら、無用じゃ。倉稲の父、須佐之男命様や兄の大年神が、此処に来たとしても何も変わるまい。逆鱗に触れたとしても、篠辺だけじゃ。
次に、倉稲より格下だからという理由なら、格上の神など居るのか?…狐の中でも
頂点に居る倉稲は、生涯独身じゃな。この二つは、まず篠辺が出て行かねば話になるまい。丸く収まるかは分からぬが、父上も兄上も倉稲を溺愛しておる故、許されずとも、此処へ来ることは容認されるじゃろう。…最後の…倉稲が篠辺の名を出すのが
恥ずかしいのなら、もう此処へは来るな。それくらいなら家族が薦めてくれる縁談相手と上手くやれ。その方が家族にも祝福されるし、倉稲も気が楽だろう。…倉稲とは今もこれからも住む世界が違ったというだけの事だ。】
倉稲様は何も言わず、目を閉じたまま聞いていた。
『そうじゃな…。篠辺の名を出す事を、恥ずかしいなどとは思うた事はないが、父や兄の反対は想定しておったし、その理由として、格下だと言い兼ねない事も、容易く想像出来たが、…篠辺の言う通りじゃ。篠辺の腹が据わっておるのなら、われも胸を張って言える。そして誰にも憚る事なく、此処へも来られるじゃろう。……本当に、われの長年の片思いの相手じゃと、篠辺の名を出しても良いのじゃな?』
倉稲に射貫くように見られたが、凄みなど感じられん。ただ可愛過ぎるだけじゃ。
【倉稲、少し違うぞ。…長年の両想いじゃろう⁈…】
倉稲様は頬を赤く染め、ぽろぽろと泣きながら、綻ぶように笑った。
【倉稲の百面相じゃな。】
倉稲様は、大鏡の前に立ち、日暮れ前に戻って行かれた。
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