篠辺のお狐様

梁瀬

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依頼と代償 Ⅵ 優しさと恐ろしさ R

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「奴は、仕事と命以外は何でもやると言ったし、何より〝五つの代償〟が、
何かなど、気にも留めてなかった。とはいえ…聞くべきだったな。」
そう左京は笑った。

 あの男の行動にも、篠辺の二人の落ち着きようにも、東雲の二人は驚くばかり
だった。

「お聞きしても、よろしいですか?」
夕霧は、そう切り出して狐を見た。
「約束なので、直接的に命は取らずとも、何故、死に繋がるものではないのですか?猫達は苦しみながら、命を絶たれたにも関わらず、痛みを与えるのではなく、
失うのですか?他のものも感情、家族、味覚、色彩と失っても、さほど困らず生きていけるものなのですか?猫達の怒りも苦しみも悲しみも、あれほど深かったのに、
何故、その代償なのか、お狐様のお考えが、私には理解出来ません。」
 夕霧の言葉に、直ぐに頷いたのは、左京だけだった。
東雲の二人は暫く考えてから、狐をじっと見つめた。

【確かに、夕霧の言うように死に繋がるものや、命を縮める代償ではないが、
実は、人が生きていく上で重きを置くものじゃ。それは狐が、長く人を見てきて
感じた事でもある。一つ目以外は、喜びや欲を満たす事が出来なくなる故、
あの男のように、何でも思い通りに、好き勝手やってきた奴や、金で何でも手に入れて来た奴には、必要不可欠なんじゃ。つまり喜びも、独りの侘しさも、食べる楽しさや満足感も、色のない世界も、奴の人生の全てが褪せていくんじゃ。
それを一つずつ、少しずつ確実に失っていく時、人は恐怖する。あの男は、ゆっくりと長い人生をかけて、味わい続けていくんじゃ。絶望を味わう為に生きるんじゃ。
そして、一つ目の痛みは与える方が安易じゃが、狐は猫達にこういったんじゃ。
〝痛みを感じるから不調が分かる。痛みを感じるから守る。だからこそ奪ったんじゃ。蝕まれていく身体。痛みを感じない故に粗末にする。まるで、少しずつ闇に
のまれるが如く麻痺していくんじゃ。痛みを与えるより、失う方が恐ろしいとは
思わんか?〟と。そうやって、五つの代償は決まったんじゃ。】
猫達の思いを、何とも狐らしい方法で、汲み取ったものだと納得した。
 そして一様に、狐の優しさと恐ろしさを肌で感じた。

【一番得をしたのは、左京じゃな。あの男から十分金をせしめたからのぉ】
「それは、あの男が言い値で良いと言ったので、頂ける所から頂戴したまでの事。」
「そうですよ。あの男が仕出かした事からしたら安すぎるお祓い料だし、
あの男にとって一千万円なんて端金はしたがねでしょうから、大切に使わせて頂きましょう。」
狐も篠辺の二人も笑っていたが、東雲の二人は全く笑えなかった。
 
 猫達の命や思い、あの男の罪と代償、どれも割り切れず、後味の悪さだけが残ったように思えてならなかった。
しかし、篠辺で務めるという事は、厳しさと精神的な強さを求められるという事を
痛感した。

 そして、狐との強い信頼関係が築けている二人を見て、力の差や能力の差を感じ、実は双子とはいえ、素質自体が違うのではないかと思い、もっと精進しなければと
心に誓う二人だった。

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