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乾杯

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 エイダ達が、アレン先生に引き止められている時、空洞の天井の穴から、1人の男が浮遊しながら降りてきた。片手で気絶した女を抱えながら。
 それに最初に気づいたのはドンキホーテだった。

「あ!ありゃあボスじゃねぇか?!」

 その言葉を皮切りに、エイダとアレン先生もドンキホーテの見ている方向を見た。ちょうど2人が見た時にはマリデはすでに地面に着地し、「おーい」と言いながら走ってきていた。
 その姿は先ほどまで戦っていた、男の姿とは思えず、余裕そうで、服も綺麗なままであった。

「やれやれ、やはり心配無用じゃったか」

 アレン先生は、猫の鳴き声のようなため息をつきながらそう言った。その言葉を聞くとマリデは仰々しい身振り手振りで「いやーそうでも無いよ」といった。

「結構苦戦したよ、お陰でもう戦う力はないね。ところでそっちはどう?大丈夫?」

 ドンキホーテが答える。

「ああ、大丈夫だぜ、ヘトヘトだけどな」

「おっと」とドンキホーテはよろめく、咄嗟にエイダが支えた。

「大丈夫じゃ無いよ、ドンキホーテ!」
「悪い悪い、エイダ」

 とにかく、これで戦いは終わったのだ。3人と1匹は安堵した。厳しい戦いに自分たちは見事勝利したのだと。



 気絶しているアンとアイラは、縄で縛りしばらくの間、妖精の里で妖精たちに作ってもらった簡易的な牢屋の中に入れてもらうことにした。
 ちゃんと見張りもつけて、である。とにかく今エイダ達が必要としているのは先の戦闘で消耗した体力の回復だった。
 そこでルジェルーノの叫び声の効果から脱し、正気取り戻した妖精たちは再び、エイダ達を里を救った英雄として、もてなそうと宴の準備に取り掛かっていた。
 妖精達の価値観からすると、遊んだり宴を開くということは最高の休息なのである。なのでエイダ達はクタクタだというのに、宴に参加する羽目になった。
 エイダは言う。

「そもそも、私がここにきたせいで里が大変なことになったのに…英雄だなんて…」

 その言葉を聞いた妖精のメームは、嬉しそうな顔をしてこういった。

「何いってるの!私達はそんなこと気にしないわよ!大体、私達、妖精が決めて、貴方達を無理やり連れてきたんだから、責める権利は私達には無いわ!」

「だから楽しみましょう?」とエイダはメームに手を引かれ宴の中心地に連れて行かれる。
 そこには色とりどりの野菜や果物、キノコなどがあった、そして大量の肉も。
 あとで妖精達がエイダに教えてくれた、大量の肉は保存の魔法をかけて今まで大事に腐らさないようにしてきたのだと言う。全てはおもてなしのためらしい
 なんでも商人からのだとか…

 エイダはどうやって譲ってもらうことになったのか、怖くて聞けなかった。

 そうして騒がしくも楽しい時間が過ぎていく宴の最中、エイダは1人騒ぎの中心から抜け、宴の盛り上がりを木に寄りかかりながら俯瞰ふかんしていた。
 そんな孤立しているエイダに気づいた者がいる。ドンキホーテだ。
 ドンキホーテは、また妖精が商人から譲ってもらったと言う、二つの銀杯ぎんはいの中に入った妖精特製のレモネードを揺らしながらエイダに話しかける。

「どうしたエイダ、浮かない顔してるぞ!」

 あくまで陽気に、そう心がけてドンキホーテは声をかける。

「そう…?そう…かもね」

 エイダは力なく呟いた。

「…話…聞くぜ」

 ドンキホーテは片方の銀杯を渡した。

「これ…お酒?」
「んにゃ、レモネードらしい」
「あれ、ドンキホーテもおんなじの?」
「ああ、俺、酒が飲めねえんだ」

「ははは!」とドンキホーテが豪快に笑うと、エイダも「意外だね」とつられて笑う。
 エイダは銀杯を両手に持ちながら、ポツポツと喋り始めた。

「私、ね、思っちゃったのもし癒しの力がなかったらどうなっただろうって」

 ドンキホーテは黙々と聴き込んでいる。

「多分、アンを、あのネクロマンサーを死なせていたんじゃ無いかなって思ったら、怖く…なったんだ…」
「自分の力が?」
「うん…」
「そっか…」

 ドンキホーテは数秒黙ったあとこう話を続けた。

「エイダ…俺からも一つ話をしていいか?」
「どうしたの急に?」
「まあ、いいから聞けよ」

 微笑みながらドンキホーテはそう言って語り始めた。




 ――昔々あるところに1人の少年がいたんだ、そいつはどうしようもない馬鹿でなぁ自分の中の正義を信じ過ぎていたんだ。
 そいつは、自分の正義に則って暴れまくっていた。いじめッ子がいれば殴ったりしてな。ここまではいいんだ。だがそいつは自分がとんでもねぇ高慢ちきなやつだと自覚してなかったのさ。
 そいつは当然のように英雄に憧れた。この世に英雄にふさわしいのは俺しかいない。そんな風に思っていたのかもな。
 王都エポロに出てそいつは英雄になるべく冒険者になった。
 冒険者としてそいつが仕事をしていたある日だ。王都エポロで事件が起きた。

 ――もしかして精神交換殺人事件?

 ――そうだぜエイダ、そいつはこの事件を聞いた時、義憤を覚えた何せ、そいつの仲間も被害にあってな。だからそいつは犯人を突き止めた、全身全霊をかけてな。
 そいつは怒りのまま、犯人の四肢を切り落とした。そして国に突き出した、だがな事件はここで終わらなかった。精神交換の魔法を提供した黒幕がいたんだ。
「灰色のホウキ」という魔法使いの集団がその魔法を、売ったんだ。その情報が入った時一気に街は、「灰色のホウキ」を全滅させろという風潮になった。魔女狩りといえば分かりやすいかもな。
 例の少年はな、その風潮に乗っかった。義憤はまだ収まってなかったからだ。自分の正義の信じるままそいつは突き進んだ。
「灰色のホウキ」の本拠地に着いたそいつは、同じく義憤に駆られた者、「灰色のホウキ」の売った魔法の犠牲者を身内に持ち憎しみに駆られた者、そして金目当ての者、そんな者たちと共に、その少年は殺しまくった。
 正義のまま、心のおもむくまま、自分が正しいと信じて…
 少年は、ついに本拠地の最深部までたどり着き出会ったんだ1人の魔女に、少年は剣をふるって殺したんだその魔女も。魔女を殺した後、正義をなしたという達成感にそいつは浸っていた。
 そんな時だすすり泣く声が聞こえた。少年が振り向くと子供が魔女の死体のそばで泣いていた。
 母さん、母さん、起きてってな。そいつはそこで初めて気がついた、自分は泣いているこの子の母親を斬り殺したのだと、少年の心中の正義が崩れ去る音がした。
 少年は自分がやったことを後悔して、その子を命からがら連れ出して、逃がしてやった。




「これがまぁ、話の終わりだぜ」

 ドンキホーテは話終わりと共に、ため息を吐いた

「その…少年は最後どうなっちゃったの?」

 エイダが聞く。

「そいつは今も生きてる、後悔を抱えながら「四肢狩り」なんて呼ばれてな」

「とにかく」とドンキホーテは続けた。

「エイダ、俺が言いたかったのはな、お前はその少年とは違うって話だ、その少年は自分の正しさを疑うことをしなかった。だがエイダ、お前は違う。大きな過ちを犯す前に自分のやったことが正しいかどうか疑えるやつだ」

 ドンキホーテはエイダに微笑みかける。

「だからこそ、アンを殺さなかったんだろう?」
「そんな、私はただ…あの子を傷つけるのはいけない気がしただけ…」
「だったらその気持ちを大切にするんだ、人を傷つけるのは間違いかもしれないと思う。その気持ちがあればきっとお前は自分の力をコントロールできるさ」

 エイダはドンキホーテの見るとこういった。

「ありがとうドンキホーテ…」
「礼を言われるようなことはしてねえさ!」

「それじゃあ」とドンキホーテは銀杯をエイダに差し出す、乾杯の合図だ。エイダも銀杯を差し出していった。

「乾杯」と。

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