探していたのは僕でした

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義兄襲来

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「ルシアンくん、今日までお疲れ様。ほんの少しだけど上乗せしておいたから」

「ありがとうございます!」

 怪我をしたという人が復帰することになり、晴れてお役御免となった僕は封筒を受け取って、その足でアクセサリーの店へ行くことにした。あまり高いものは買えないけれど、少しでも喜んでもらえるようなものを見つけたい。

 今人気だと噂の店に到着し、店内に入った。一つ一つ職人が手作業で作っているアクセサリーは一点ものでこの世に1つしかない。それなのに値段が安く設定されているらしいのだ。あまり華美なものじゃなくて、普段使いしやすいものがいいと思うんだよな。店内をグルグルと何周も周って、結局一番最初にいいと思った耳飾りにした。丁寧にラッピングされたものを受け取って店を出た。

 最寄り駅に到着し、無性にお腹が減ってドーナツを買うことにした。お行儀が悪いなと思いつつ、我慢できなくて1つ取り出した。揚げたてなのかまだ温かい。あむっと頬張ると口の中に程よい甘さが広がった。うーん、幸せ。そのまま食べながら歩くと家の前に人影が見えた。目を凝らすとその人はエミール様だった。わっ、どうしよう。ドーナツはまだ食べ終えていない。あたふたしているとエミール様に気づかれてしまって仕方なくドーナツを片手に持って家の方へ向かった。

「おかえり」

「いらしていたのですね。お待たせしちゃいましたか?」

「いや、ちょうどよかった」

 僕の手をじっと見つめたエミール様が「何か食べてる」と言って笑った。恥ずかしすぎる。

「お腹空いちゃったんです」

「食べないのか?」

「……食べます」

 残りのドーナツを口に入れて咀嚼しながら扉を開けた。あっ、ドーナツに気を取られていたけれど、すごいタイミングで来てくださった。早速お渡ししよう。

「お茶淹れましょうか?」

「うん、お願いしようかな」

「ドーナツ食べますか?」

「いや、大丈夫」

 ハーブティーをカップに淹れて、エミール様の元へ運んだ。

「ルシアンのところにあるハーブティーは香りがいいな」

「好きなので、いろいろ試しちゃうんですよね」

「そうなのか」

 さて、どのタイミングでお渡ししようか。今? それとももう少し経ってから? うーん、でも早くお渡ししたい。

「どうした?」

「ちょっと失礼します!」

 立ち上がって、棚に置いた袋を持ち、また元の場所に戻った。

「これ……」

「何?」

「この前のお礼です」

「買ってくれたのか?」

「はい。あっ、でもそんなに高いものじゃないので」

「開けてみてもいいか?」

「はい、是非。気に入ってもらえると良いのですが」

 リボンを解き、包装紙の中から箱を取り出した。物凄く緊張してきた。

「耳飾りだ」

「シンプルな物が良いかと思いまして。飽きが来ないような」

「ありがとう」

「お気に召して頂けましたか?」

「もちろん。毎日つけるよ」

「よかったぁ」

「もしかして、このために仕事増やしたりした?」

「えっ、いや……」

「最近忙しそうだったから」

「そんな事は……」

「手見せて」

 不思議に思いながら手を差し出した。

「気になってたんだ。前はこんなに荒れてなかったから」
 
「わっ、お恥ずかしい」

 確かに前よりも手が荒れていた。クリームを塗るようにしていたけれど、まさか気付かれるとは思わなかった。

「無理はするなと言ったのに」

「してないですよ? エミール様に喜んで頂けたし」

「確かに嬉しいけど、働きすぎて倒れたりしないでくれよ?」 

「大丈夫ですって」

「言っても聞きそうにないな」

 エミール様がため息をついて笑った。本当に無理などしていないから心配してもらって恐縮してしまう。

「本当にありがとう。大切にするから」

「頂くのも嬉しいですが、お贈りするのもいいものですね」

 そう言って笑ったときだった。乱暴に扉が開いたのは――。

「ルシアン、いるか?」

 突然現れた来訪者に血の気が引く。

「兄上……どうして……」

「その声はルシアンで間違いないな。逃げ出してんじゃねーよ。手間かけさせやがって」

 どうして僕の前に現れたんだ。今まで何の音沙汰もなかったのに……。

「誰? そいつ」

 訝しげな顔でエミール様の方を見ながら問いかけてきた。

「お前こそ誰なんだ? 突然やってきて」

「エミール様、すみません。兄です。こちらは友人のエミール様です」

「ふーん、友人ね」

 値踏みするように全身を見た兄は、そのお眼鏡にかなったのか「これは失礼致しました」と柔和な笑みを浮かべた。

「弟がお世話になりまして。是非、今度お礼を兼ねて我が家でお食事でもいかがですか? 姉にもお会いして頂きたい」

「あいにく仕事が立て込んでおりまして」

「まぁ、そう仰らず」

「申し訳ありませんが」

 なおもしつこく食い下がる兄に、エミール様は痺れを切らしたのか「貴方がたと食事をする気はない」ときっぱり言い放った。

「左様でございますか」

 兄は表面上笑顔だった。でも、怒っているのが分かる。嫌な汗が背中を流れた。エミール様に何かをするとは考えにくいが、一刻も早く兄から遠ざけたい。

「エミール様。今日は兄と久しぶりに会ったので」

 帰ってほしいと匂わせると、その意を汲んでくれたのか「そうだな。気が利かずすまない」と言って立ち上がってくれた。

「いえ、お気をつけて」

 いつもはこのまま転移するのだが、今日は扉から外へ出ていってくれてホッと胸を撫で下ろした。

「なんなんだ、あいつ」

 背中に兄の低い声が響いた。

「俺達を蔑ろにしやがって」

「忙しい方なので。どうしてここへ……?」

「話があってきたんだけどさー」

 振り返った僕の右頬に兄の拳が飛んできた。衝撃でよろけた僕のお腹を容赦なく兄は殴りつけた。

「やっぱ、やめた。イライラする。戻せ」

「……?」

「術を解けって言ってんだよ。お前のきれいな顔が苦痛に歪んでるところを俺は見たいんだからさー」

 言われるがままに術を解いた僕の頬を殴りつけた。

「探したんだけど。母上がせっかく見つけた仕事さ、なに辞めてんの?」

「うっ……」

「あぁー、他人の客を寝取ってクビになったんだろ? お前の母親と同じで人のものを盗るの得意だもんなー?」

「ちが……っ……」

 何度も顔と体を殴られて痛みで立っていられなくなり蹲ると、手が痛くなったのか僕の体を蹴り出した。

「いや、お前のほうが上か。母親の男すら盗っちまうんだもんな」

 口の中に血の味が広がって、視界がぼやけてくる。それでもやめてなんてことは決して口に出してはいけない。兄の気が済むまで、耐え続けないといけない。ぐいっと髪を引っ張られて顔をあげさせられた。

「きれいな顔が台無しだな。いい気味」

 そのまま地面に顔を打ち付けるように振り下ろされて、顔面を強打した。でも、もう痛いのか何なのかよく分からない。

「はぁ。また来るわ」

 もう一蹴りくらって、扉が乱暴に開閉する音が聞こえた。やっと帰ってくれた。流石に痛くて動くことができない。仕方がないのだ。兄の機嫌を損ねたのだから。

 ずっと会っていなかったから油断していた。もうエミール様にここへは来ないで欲しいと言わなければならない。エミール様に危害が及ぶ可能性がないとも言い切れない。それだけは何としても防がないといけない。エミール様は僕にとって大切な人だから。ネックレスをギュッと握りしめて静かに目を閉じると涙が零れ落ちた。

 ――昨日はあのまま眠っていたようだ。痛む体を気合で起こして立ち上がった。ヨロヨロと薬箱がある棚の方へ向かい箱を取り出して、鏡の方に向かった。

「こりゃ酷いな」

 どこか他人事のように自分の顔を見つめた。目は腫れていて、鼻からは出血した跡が残っているし、唇は切れている。血を拭おうと布を濡らして、傷口に当てた。

「痛っ……」

 傷に染みて顔を顰めた。乾いた血は取れなくて、仕方なくシャワーを浴びて体をきれいにし、塗り薬を塗った。傷の手当を終えたものの顔が腫れているし、体中痣だらけだった。いつものように体を膨らませたあと、肌の色を少し変える術をかけた。これで、誰にも分からない。気晴らしをしようと痛む体を引きずって外へ出ると畑が荒らされていた。家を出た後にまだムシャクシャしていたのだろう。

「ごめんね。帰ってきたらちゃんとするから」

 めちゃくちゃになった苗木たちにそう謝って立ち上がった。とにかくあの川辺に行きたくて歩き出した。

 いつもと変わらない光景にホッとして岩場に腰掛けた。ぼんやりと景色を眺めているとザクザクと歩く音が聞こえた。はっとしてその音の方を向くとエミール様がこちらに向かってきていた。

「家にいなかったから。会えてよかった」

 微笑みながら近づいてくる彼の姿を見て、これが最後かもしれないと胸が苦しくなった。隣に座った彼が険しい表情で問いかけてきた。

「畑、あの男がやったのか?」

 昨日の兄の態度を不審に思ったのだろう。でも、そうだと肯定することはしない。

「分かりません」

「あの男しかいないだろう。あの後何があった?」

「少し兄が機嫌を損ねてしまって。でもよくあることなので」

 鋭い視線に萎縮してしまってポロリと本当のことを零してしまった。

「よくあること?」

「兄に嫌われているので」

「何かしたのか」

が壊してしまったから」

「何だそれは?」

 それを説明するつもりはない。沈黙のあとに「もう、ここへは来ないでもらえますか?」と一息に伝えた。本当は言いたくなかった言葉を。

「なぜ?」

「あなたにも危害が及ぶかもしれない。そんな事になったら僕は……」
 
 胸が苦しくて目を伏せた瞬間彼に抱き寄せられた。

「あの」

「俺は大丈夫だから、そんなこと言わないでくれ」

「そんなこと?」

「君に会えなくなるのは嫌だ」

 そう言われてさらに強く抱きしめられた。そんな事を言われてもあの人達からは逃げられないのだ。決して彼らは僕を許さない。僕は許されない存在だから。

「やめてください」

 離れようとしても力強く抱きしめられた腕の中から抜け出すことができない。

「必ず君を助ける。君がずっと笑って暮らせるようにするから」

「笑って暮らせる?」

 体を離されて見つめ合った。真剣な眼差しが僕を捉えて離さない。

「少しだけ待っていてほしい。片がついたら君に話したいことがある」

「何ですか?」

「今はまだ言えない。でも、俺を信じて待っていてほしい」

 その言葉と強い決意を秘めた瞳に激しく胸が揺さぶられた。彼を信じて待つ。そうすれば僕の人生の何かが変わる。そんな気がして「分かりました」と伝えた。

 彼が話をしてくれたその時に僕の秘密も全て話そう。話さないといけない。そう心のなかで強く思った。
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