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忘れられない
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彼と別れてから心の中は明かりが消えてしまったかのように暗い。1ヶ月くらいは何もしていないのに涙が勝手に出てきて、彼を想って泣いた。
でも段々と彼のいない日常が当たり前になっていく。彼への想いを残したまま。
「昨日アプリで知り合った子とやったんだよね」
食堂でぼんやりと食事をしているとそんな会話が聞こえた。アプリで知り合った子とやった……。男と知り合う事ができるアプリもあるんだろうか。うまく性欲を発散できなくて、抱かれたくてたまらないのだ。
誰でもいいから抱いてほしい。その想いは日に日に強くなって、暇さえあれば男を探すようになった。
「何見てんの?」
食堂でいつものようにスマホを眺めていたら髙木くんが現れた。
「別に……」
髙木くんは抱いてくれない。彼のことを好きにならない限り。
「最近すごい真剣にスマホ見てるよね」
「探してるから」
「何を?」
「男を」
「は? 何それ」
「何でもいいでしょ。僕先に行くね」
「歩!?」
トレイを持って席を立ち、返却口へ向かう。彼がついてくるのを感じた。
「男を探してるって何?」
「こんなとこで言わないでくれない?」
「ちょっとこっち来い」
腕を引っ張られて人気のないところへ連れて行かれた。
「何やってんの?」
「だってしょうがないじゃん。抱かれたいんだもん」
「だからって出会い系とか危ないだろ」
「別に危なくないし。みんなやってるよ?」
「んなわけ無いじゃん」
「だって聞こえたし」
「とにかくやめろ。分かったな?」
分かったと嘘をつく。一度膨れ上がった欲望はそう簡単に消えない。
「はじめまして」
「はじめまして。めちゃくちゃかわいいね」
「ありがとうございます」
とりあえず愛想笑いを浮かべる。初めてマッチングした人は少し年上の会社員。どことなく彼に似ている人を選んでしまった。「ここでいい?」と指し示されたのはラブホテル。頷いて中へ入る。入室早々キスをされそうになって「とりあえずシャワー浴びたい」と言って逃げた。どうしよう、キスは嫌かも。
シャワーを浴び準備を済ませて、パンツ姿で部屋に戻った。入れ替わりに彼が浴室へ向かった。本当に彼とできるんだろうか。少しずつ緊張感が高まる。戻ってきた彼にキスはしないでとお願いして、押し倒された。久しぶりに味わう快感。でも、こんな感じだったっけ?と疑問に思う。ふと、裕貴さんが心は満たされなかったと言っていた事を思い出す。裕貴さんもこんな感じだったのかな。違う人に抱かれながら思い出すのは裕貴さんのこと。どんな風に抱かれていたのかまだ覚えている。本当に失礼な話だ。行為を終えて、余韻に浸る間もなくシャワーを浴びに行った。全部洗い流してもなかったことにはならなくて、自分が別人になったような気がした。
その人と別れて、何となくまっすぐ帰る気になれず、懐かしいボロアパートに来ていた。ここに住んでいたんだよな。彼に出会って随分と生活が変わった。
今、何してるんだろう。本格的に結婚の話が進んでいたりするのかな。タキシード、きっと似合うんだろうな。想像して悲しくなったからやめた。帰ろう。ここにいるとやっぱり彼に会いたくなってしまう。踵を返してもと来た道を戻った。
その後も知り合った人と寝るようになった。誰とでも寝る男になってるじゃんと自嘲気味に笑う。なかには僕に好意を寄せてくれる人もいたけれど、心は動かなかった。
彼のことを思い出すとアパートに足が向いた。もし彼がいたらどうしよう。そんな虚しい妄想をして、誰もいないアパートの前で立ち尽くす。どうしてこんなにも鮮明に覚えているんだろう。どうして忘れられないんだろう。どうやったら前に進めるんだろう。誰も教えてくれない答えをずっと探している。
そして、別れてから2年が経った。
――ピンポーン
やってくるのは彼しかいないから何の確認もせずに扉を開ける。
「カレー作ったから持ってきた」
お鍋を抱えた髙木くんが立っていた。
「ご飯ないよ?」
「マジで? ちょっと持ってくる」
鍋を託されて彼は出ていった。いい匂いがする。コンロの上に置いて火をつけた。またインターホンが鳴って「開いてるよ」と声を掛けると彼が入ってきた。ご飯が入っているのであろうタッパーを2つ抱えている。
「ここにカレー入れてもいい?」
「溢れないか?」
「うーん、お皿ないかも」
「ルーだけ入れたら?」
「あぁ、そうだね。それならいける」
器を2つ取り出してそれぞれにカレーをよそう。テーブルの上に置いて、スプーンとお茶を取りに行く。
「「いただきます」」
彼は時々、ご飯を持ってきてくれて一緒に食べる。
「髙木くんって本当に料理上手だよね」
「惚れた?」
「惚れない」
「なんだよ、もう。胃袋掴もう作戦が」
「そういう事言わないほうがいいんじゃないの?」
「いいんだよ、別に」
「ふーん」
彼はいまだに僕のことが好きらしい。彼の想いに応えることができないのに、こうして優しくされてしまう。それがとても申し訳なくなる。
「誰かいい人いないの?」
「なんだよ、それ」
「ずっと変わらないから」
「それは歩もだろ?」
「僕は別に……」
「じゃあ受け入れてよ」
「それは……」
「嫌いになれたら楽なのにな、お互い」
「……」
本当、その通りだね。嫌いになれたらいいのに。どうしてもそれができない自分が嫌になる。
「なーんで俺はこんなにも歩のことが好きなんだろうな」
「知らないよ、そんなの。髙木くんにはもっと相応しい人がいるのに……。痛っ。すぐにチョップするのやめてよ」
「じゃあそういう事言うな」
「……ごめん」
不毛な片思いを続ける僕と髙木くん。彼と付き合ってみたらどうなるんだろう。案外好きになれるかもしれない。でも、こんな中途半端な気持ちではいけないと二の足を踏む。
美味しいな、カレー。黙々とスプーンを口に運びながら今日も変わらない気持ちを持て余す。
でも段々と彼のいない日常が当たり前になっていく。彼への想いを残したまま。
「昨日アプリで知り合った子とやったんだよね」
食堂でぼんやりと食事をしているとそんな会話が聞こえた。アプリで知り合った子とやった……。男と知り合う事ができるアプリもあるんだろうか。うまく性欲を発散できなくて、抱かれたくてたまらないのだ。
誰でもいいから抱いてほしい。その想いは日に日に強くなって、暇さえあれば男を探すようになった。
「何見てんの?」
食堂でいつものようにスマホを眺めていたら髙木くんが現れた。
「別に……」
髙木くんは抱いてくれない。彼のことを好きにならない限り。
「最近すごい真剣にスマホ見てるよね」
「探してるから」
「何を?」
「男を」
「は? 何それ」
「何でもいいでしょ。僕先に行くね」
「歩!?」
トレイを持って席を立ち、返却口へ向かう。彼がついてくるのを感じた。
「男を探してるって何?」
「こんなとこで言わないでくれない?」
「ちょっとこっち来い」
腕を引っ張られて人気のないところへ連れて行かれた。
「何やってんの?」
「だってしょうがないじゃん。抱かれたいんだもん」
「だからって出会い系とか危ないだろ」
「別に危なくないし。みんなやってるよ?」
「んなわけ無いじゃん」
「だって聞こえたし」
「とにかくやめろ。分かったな?」
分かったと嘘をつく。一度膨れ上がった欲望はそう簡単に消えない。
「はじめまして」
「はじめまして。めちゃくちゃかわいいね」
「ありがとうございます」
とりあえず愛想笑いを浮かべる。初めてマッチングした人は少し年上の会社員。どことなく彼に似ている人を選んでしまった。「ここでいい?」と指し示されたのはラブホテル。頷いて中へ入る。入室早々キスをされそうになって「とりあえずシャワー浴びたい」と言って逃げた。どうしよう、キスは嫌かも。
シャワーを浴び準備を済ませて、パンツ姿で部屋に戻った。入れ替わりに彼が浴室へ向かった。本当に彼とできるんだろうか。少しずつ緊張感が高まる。戻ってきた彼にキスはしないでとお願いして、押し倒された。久しぶりに味わう快感。でも、こんな感じだったっけ?と疑問に思う。ふと、裕貴さんが心は満たされなかったと言っていた事を思い出す。裕貴さんもこんな感じだったのかな。違う人に抱かれながら思い出すのは裕貴さんのこと。どんな風に抱かれていたのかまだ覚えている。本当に失礼な話だ。行為を終えて、余韻に浸る間もなくシャワーを浴びに行った。全部洗い流してもなかったことにはならなくて、自分が別人になったような気がした。
その人と別れて、何となくまっすぐ帰る気になれず、懐かしいボロアパートに来ていた。ここに住んでいたんだよな。彼に出会って随分と生活が変わった。
今、何してるんだろう。本格的に結婚の話が進んでいたりするのかな。タキシード、きっと似合うんだろうな。想像して悲しくなったからやめた。帰ろう。ここにいるとやっぱり彼に会いたくなってしまう。踵を返してもと来た道を戻った。
その後も知り合った人と寝るようになった。誰とでも寝る男になってるじゃんと自嘲気味に笑う。なかには僕に好意を寄せてくれる人もいたけれど、心は動かなかった。
彼のことを思い出すとアパートに足が向いた。もし彼がいたらどうしよう。そんな虚しい妄想をして、誰もいないアパートの前で立ち尽くす。どうしてこんなにも鮮明に覚えているんだろう。どうして忘れられないんだろう。どうやったら前に進めるんだろう。誰も教えてくれない答えをずっと探している。
そして、別れてから2年が経った。
――ピンポーン
やってくるのは彼しかいないから何の確認もせずに扉を開ける。
「カレー作ったから持ってきた」
お鍋を抱えた髙木くんが立っていた。
「ご飯ないよ?」
「マジで? ちょっと持ってくる」
鍋を託されて彼は出ていった。いい匂いがする。コンロの上に置いて火をつけた。またインターホンが鳴って「開いてるよ」と声を掛けると彼が入ってきた。ご飯が入っているのであろうタッパーを2つ抱えている。
「ここにカレー入れてもいい?」
「溢れないか?」
「うーん、お皿ないかも」
「ルーだけ入れたら?」
「あぁ、そうだね。それならいける」
器を2つ取り出してそれぞれにカレーをよそう。テーブルの上に置いて、スプーンとお茶を取りに行く。
「「いただきます」」
彼は時々、ご飯を持ってきてくれて一緒に食べる。
「髙木くんって本当に料理上手だよね」
「惚れた?」
「惚れない」
「なんだよ、もう。胃袋掴もう作戦が」
「そういう事言わないほうがいいんじゃないの?」
「いいんだよ、別に」
「ふーん」
彼はいまだに僕のことが好きらしい。彼の想いに応えることができないのに、こうして優しくされてしまう。それがとても申し訳なくなる。
「誰かいい人いないの?」
「なんだよ、それ」
「ずっと変わらないから」
「それは歩もだろ?」
「僕は別に……」
「じゃあ受け入れてよ」
「それは……」
「嫌いになれたら楽なのにな、お互い」
「……」
本当、その通りだね。嫌いになれたらいいのに。どうしてもそれができない自分が嫌になる。
「なーんで俺はこんなにも歩のことが好きなんだろうな」
「知らないよ、そんなの。髙木くんにはもっと相応しい人がいるのに……。痛っ。すぐにチョップするのやめてよ」
「じゃあそういう事言うな」
「……ごめん」
不毛な片思いを続ける僕と髙木くん。彼と付き合ってみたらどうなるんだろう。案外好きになれるかもしれない。でも、こんな中途半端な気持ちではいけないと二の足を踏む。
美味しいな、カレー。黙々とスプーンを口に運びながら今日も変わらない気持ちを持て余す。
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