君だけをずっと

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僕の話

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 彼とのお付き合いは順調で、平日は彼が僕の家に来てくれて一緒に眠り、金曜日は彼の家にお泊りしてそこからバイトへ向かう。バイトが終われば迎えに来てくれた彼の車に乗って、彼の家に行きたくさん愛し合って、日曜日はのんびり過ごす。そんな毎日。
 一応職場が同じである僕たち。時折見かける仕事モードの彼はとてもかっこよくてこっそり見つめてしまう。誰もいない会議室でキスをするというスリリングな経験もしてしまった。時間が合えばお昼ご飯を一緒に食べたりもする。
 彼はよく「痩せすぎ」と言って僕に餌付けをする。まぁ、骨張った体より肉がついているほうが抱き心地は良いかもしれないもんな。おかげで前よりはふっくらとした気がする。

「歩さ、今年卒業?」

「あと1年あるよ? 4年制なの」

「そうなんだ。卒業したらどうするの?」

「働くよ」

「大学は? 行かないの?」

「行かない。そんなお金ないし」

「前から気になってたんだけどさ、ご両親って何してるの? いるんだよね?」

「まぁ、いるけど」

「どうして歩は働きながら高校に通ってるの?」

「うーん……」

「話したくない?」

「そういうわけじゃないんだけど」

「歩が俺の事知りたいって思ってくれたように、俺も歩のこと知りたい」

「そうだよね。じゃあ、聞いてくれる?」

「うん」


 僕の父は会社員で、母は専業主婦。大きな家に住んでいたからわりと裕福な家庭だったと思う。ただ夫婦仲は最悪だった。あとから分かったことなのだが、父は女癖が悪かった。いつも喧嘩をしていて、イライラしていた母は僕に冷たくあたった。暴力を振るわれたりはしない。ただ、どうしてこんな事ができないの?と言われたりとかどんなに頑張っても褒めてもらえないとか、そんな母が苦手だった。反面、父は優しくてよく一緒に遊んでくれたから好きだった。中学1年の時に離婚が決まった。僕は父について行きたかった。でも、母も親権を望んだために、心証が悪かった父ではなく母に引き取られる事が決まった。

 母は程なくして再婚した。お腹に新しい命を宿して。父の不貞、母のデキ婚。どこから火がついたのか分からないけれど、そのことでからかわれるようになった。誰とでも寝る男だというレッテルを貼られ、やりまくってるらしいよと噂される。恥ずかしくて悔しくて、だけど言い返す度胸も勇気もなくてただただ俯いて耐えた。しばらくすると噂されることはなくなったけれど、仲が良いと思っていた子たちが面白がって囃し立てる側に回ったことで若干人間不信に陥って、人と関わることを避けるようになっていった。

 家では妹が生まれて、母は妹につきっきり。新しく父となった人は僕を気にかけてくれたけれど、自分の家なのに居場所がないような感覚が消えなくて、この家を出たいという思いが日に日に加速していった。最初は高校に行かず働こうと思った。両親にもその事を告げると、母は高校に行きなさいと言って譲らなかった。あぁ、世間体とか気にしてるんだろうなと思った。一人でも生きていけるようになりたかったから働くということは諦めることができなくて、仕方なく働きながら夜間の高校に通うという妥協案を提示して、半ば強引に家を出た。それから実家には寄り付かず、一人で暮らしてきた。

「なぜ歩の母親は君を引き取ったんだろうね?」

「さぁ? 自分が引き取らないと周りに変に思われるとか考えたんじゃないですかね」

「大学行かせてくれるんじゃない? その感じだと」

「あの家に頼りたくないから」
 
「金むしり取ってやればいいのに」

「むしり取るって……」

「歩が行きたくないなら無理にとは言わないけど、初任給も違うし、大卒ってだけで就職の幅も広がるから考えてみてもいいと思うよ」

「そう……なの?」

「うん」

 大学のことなんて考えたこともなかった。行くなら絶対に自分の力だけでは無理だと思うから。だけど、裕貴さんの言う事は自然と心の中に入ってくる。

「ちなみになんだけどさ」

「ん?」

「俺に嫌悪感は抱かなかったの? その、俺って過去にいろいろやらかしてるからさ……」

「やらかしてる?」

「女癖が悪かったから」

「なるほど。嫌悪感かー。別にないかな。当時は恥ずかしいと思っていたけど、父さんのことも嫌いじゃないし。普通に会ってるから」

「そうなの?」

「会いたいってしつこいんだよね」

「へー、会ってるんだ」

「でも、嫌だなーとは思ったよ?」

「……だよね」

「あっ、違くて。なんて言うか、裕貴さんが関わった人達に嫉妬したというか」

「嫉妬?」

「だって、その人達は裕貴さんがどんな風に抱いてくれるか知ってるんでしょ。何か嫌だ」

「歩……」

 ギュッと彼に抱きしめられた。

「ごめんな、こんな俺で」

「別にいいよ。今、他の誰かと関係を持ったら許さないけどね?」

「持つわけないじゃん。歩以外興味ないもん」

「ならいい」

 きっと浮気されても、僕は嫌いになれないんだろうな……それくらい彼のことを強く想う自分がいる。

 その日から求人を見てみるようになった。確かに募集条件で高卒以上とか大卒以上という文言はあって、給料も全然違っていた。だけど、特にやりたいことがあるわけでもない僕は、どんな大学に行けばいいのだろう。

「榊原くんはさ、卒業したらどうするの?」

「突然だな」

「考えてる?」

「俺はトリマーになりたいから専門学校に行く」

「トリマー?」

「その顔でとか思ってるだろ」

「思ってないよ。意外だとは思ったけど。ちゃんと考えてるんだね」

「松田は? 頭いいんだし、進学するんだろ?」

「うーん。働こうと思っていたけど」

「けど?」

「進学も選択肢に入れようと思って」

「早めに決断したほうがいいんじゃないか? 受験勉強とかあるだろうし」

「そうだよね……。早く決めないとだよね」

「最近変わったよな」

「変わった?」

「ずっと暗い顔してたのに、最近顔色もいいし明るくなった」

「そっ……そうかな?」

「例の彼女のおかげ?」

「例のってなんだよ」

「ここの人」

 肩のあたりをチョンチョンとしながらニヤリと笑った。

「ちが……わなくもない……ような」

「なんだそれ」

 確かに裕貴さんと付き合うようになって、毎日幸せだし、浮かれてるなと思う。それが表面に滲み出ているとは思わなかったけど。進学か……そう考えて母の顔が浮かぶ。嫌だな。父さんに頼ろうかな……。でもきっと遊び歩いているだろうから迷惑だよな。はぁ、どうすればいいんだか。

「ただいま」

「おかえり」

 合鍵を渡している裕貴さんはいつも家で待っていてくれる。軽くキスをして手を洗った。
 最近は週末エッチをするから、平日は一緒に眠るだけにしている。布団を敷いて、寝転ぶ彼の隣に潜り込む。彼の隣にいるだけで心の中がぽかぽかと暖かくなってくる。

「裕貴さんはさ、どうやって大学決めたの?」

「うーん、何も考えてなかったかも」

「え? どういう事?」

「俺の場合は親の会社に就職するならここに入れって言われてたとこがあったから」

「ちなみにどこ?」

「東央」

「と……?」

 そこは国内の私立大学でトップの大学だった。それをさらっと言ってのけた。

「めちゃくちゃすごいところじゃん」

「まぁ、それほどでも」

「すごい……」

「俺の言う事は参考にならないけど、やりたいことを見つけるために入るってのもありかと思うし」

 こんなすごい人と付き合ってるの僕……。なんだか隣に並んでいるのが恥ずかしくなってきた。

「歩?」

「僕でいいの?」

「は?」

「だって裕貴さんは将来社長なわけだし、頭も良くてかっこよくて、すごい人なのに」

「歩がいいの。歩は俺をまともにしてくれたから」

「なにそれ、意味わからない」

「分からなくてもいいよ」

「変わってるね、裕貴さんは」

「そうかな?」

「そうだよ。絶対に変わってる」

 彼の胸に顔を埋めた。僕がいいと言ってくれた。嬉しいのと恥ずかしいので顔を見ることができない。そんな僕を彼は優しく抱きしめてくれた。

「歩がどんな選択をしても俺はそばで応援してるから」

「ありがとう」

 彼の言葉は僕の気持ちを上向きにしてくれる。大学へ進学しようという気持ちが強くなってくる。親に話そう。そう決意して彼を抱きしめながら目を閉じた。
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