田中さんと僕

マイユニ

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僕の過去2

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 母はどこにいるか分からなかったから知らせる事ができなかった。
 僕にとってはただ産んでくれただけの女という存在だが、ばあちゃんにとっては違う。
 最期に会わせてあげたかったのに……。
 
 しばらく茫然自失の生活を送った。
 
 少しは片付けないといけないと思い立ち、重い腰を上げてばあちゃんのものを整理し始めた。
 ばあちゃんが持っていた僕の写真を見つけた。

 よく見ていたのだろうか。
 写真はところどころ皺になっていた。
 何気なく裏を見ると『私の宝物、聡一』と書いてあった。
 それを見た瞬間に初めて声を上げて泣いた。

 ばあちゃんが大切に育ててきてくれたから今の自分があると思った。
 このままじゃいけない。
 それから少しずつ日常を取り戻していった。

 原田さんとの連絡を断ったのもこの頃だった。
 ただ仕事を辞めることはできなかった。
 何ができるのか分からないと言うのは言い訳で、指名客もついて少しずつ安定している仕事を辞めて、普通に働く事に怖気づいて楽な方を選んでしまったのだ。

 仕事を辞めていないせいで、原田さんと完全に切れることができず、会えば流されて関係を持ってしまっていた。

「それから少しして、あなたに出会ったんです
 こんなところでしょうか……
 あの男とのことは僕の人生の汚点なので、話すのは嫌でしたが、なんだかすっきりしました
 誰にも話した事ないですし」

 田中さんを見るととても険しい顔をしていた。

「話してくれてありがとう
 やはりあの男は始末したほうがいいと改めて思ったよ」

「いやいや、始末って……」

「冗談だよ」

 目が笑っていない。
 本当にやりそうで怖い。

「次は僕の番だね」

 そう言って名刺を2枚渡される。
 どちらにも同じ名前が書いてある。

 進藤 誠しんどう まこと

 どこかで聞いた事があるような……
 1枚は弁護士、もう1枚は……

「オーナー……ですか?」

「そう、君の雇い主になるね」

 嘘だろ?
 店のことに興味なかったから全然気付かなかった。
 でも、それならあの最初のありえない間違いにも、あの男の態度にも納得がいく。

「すみません、僕知らなくて」

「まあ、知らなくて当然だよ
 1ボーイに会う機会なんてないし
 それに実質のオーナーは僕じゃない
 共同経営しているもう1人の男だ
 本業は弁護士だからね」

 よかった、怒ってはなさそう。
 驚いた……。

「そういちくんは今日でクビだからね?」

 突然クビを宣告される。

「どうしてですか?
 僕何かしましたか?」

 ちょっと待ってよ
 仕事がなくなると困る。

「いや、何も?」

「じゃあ、どうして?
 いずれ辞めようと思っていましたが、今仕事がなくなると困ります」

「言っただろう?
 生活費は僕が出すって」

「は……?」

 すると、僕の手を握ってとんでもない事を言い始めた。
 
「僕のすべてをかけて君を幸せにするから、ずっとそばにいてくれないか?
 君は何もしなくてもいい
 ただ側にいてくれるだけでいい」

「……?」

 それは、女の子が憧れるプロポーズのような言葉だった。
 思っていたより田中さんもとい進藤オーナーの愛が重いということは理解できた。

「なぜ僕なんです?」

「僕ね、君に初めて会った時のようなことを今までに何回もしたことがあるんだ」
 
 僕だけじゃなかったんだ。

「なぜですか?」

「うーん、何故だろうね?
 困ってる男の子を見たかったのかな?」

「悪趣味ですね……」

 思わず本音が漏れ出た。
 進藤オーナーは苦笑している。

「今までの子は全員帰っていった
 そういちくんだけだったよ
 いろいろ提案してくれて、最終的に肩を揉んでくれたのは
 とても暖かくて心地よかった
 それで、気になったからまたやってみた
 驚きながらもまた同じように対応してくれた
 疲れていた僕の心と体が、君の暖かさにとても癒やされたんだよ」

「僕は仕事をしていただけです……」

「そうだとしてもふとした瞬間に人柄は出ると思うんだ
 肩を揉んでもらって、コーヒーを飲みながら君と雑談をする、その時間はとても楽しかったし大切になった
 君はいつも美味しそうに食べていて、その顔を眺めている時間も好きになった
 君の色々な表情をもっと見てみたいと思った」

 黙って話を聞く。
 まさかそんな事を思っていたなんて……

「会うたびに気になって頭から離れなくて、いつの間にか好きになっていた
 君のことを知って、僕の手でこの子を幸せにしたいと思った
 最後に会った日に、どうしても抑えられなくて気持ちを伝えてしまった
 きっと君は困るってわかっていたのに」

 真っ直ぐな進藤さんの思いに胸が熱くなる。
 僕のことを思ってくれるのは、ばあちゃんしかいないと思っていた。

「こんな僕と一緒にいたいんですか?
 僕今までお金のためにいろんな人と寝てきたし、馬鹿だし何もないのに……」

「過去のことが気にならないと言ったら嘘になる
 なんの感情もないとはいえ、他の男に抱かれている君のことを想像したら気が狂いそうになるからね
 でもその事で君自身を嫌いになることはない
 君はおばあさんの為にずっと頑張ってきたんだ
 なかなかできることじゃない
 おばあさんの事を想うそういちくんの心はとても純粋できれいだと思うよ」

 胸がいっぱいになって、涙がこぼれ落ちた。
 
「好きになってもらえるように頑張るから
 側にいてくれる?」

 僕はこの人の側にいたい。

「分かりました
 ぼくも……」

「ありがとう」

 好きだと伝える前に抱きしめられた。
 暖かくて、嬉しくて涙が止まらない。

 伝えるのはまた今度でいいか……。
 僕はそっと腕を回して、抱きしめ返した。
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