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喧嘩と告白

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 あの日以来、休日は二人で出かけるようになった。ご飯を食べたり買い物したり散歩したり。ゆずと過ごす時間は楽しくて心が踊る。
 一度人混みの中でゆずの具合が悪くなり「少し休めば大丈夫だよ」と青い顔をして言うゆずを見てから過剰なまでに心配してしまうようになった。「疲れてない?大丈夫?」が口癖になり、そんな俺に「大丈夫だよ」といつも笑って答える。
 明らかに体調が悪そうな日も俺より早く起きて弁当と朝食を用意し、見送りもしてくれる。家事なら俺だってできるのに無理をさせているようで心配になる。
 
 未だに思いは伝えられないまま。急に伝えるのも何だし、雰囲気が欲しいんだよな。そんな事を考えているとテレビから花火大会の映像が流れた。これだ。確か家から見ることができる花火大会があったはず。浴衣を着て花火を眺めながら告白とかいいんじゃないか?意気揚々とゆずに花火大会があることを伝える。

「花火大会に行くんですか?」

「いや、ここから見られるのがあるんだよ。現地は人が多いからゆず疲れちゃうだろう?ここならゆっくり見れるし。浴衣着てさ、どう?」

「……うん、いいと思います」

「よし、今度浴衣買いに行こう」

「そうですね……」

 この時の俺は自分のことばかり考えていて、ゆずの気持ちを蔑ろにしていたことに全く気づかずにいた。

 週末、浴衣を買う為に駅前の商業ビルに足を運んだ。

「ゆずはどんなのにする?」

 浴衣売り場でたくさんの浴衣を見ながら問いかける。

「響介さんが選んでくれませんか?」

「いいの?」

「響介さんが選んでくれたものを着たいです」

「じゃあ、俺のも選んでくれる?」

「はい、選びたいです!」

 嬉しそうに笑い張り切っているゆず。だらしなく頬が緩んでしまうのを止められない。
 一度離れてお互いが選んだ浴衣を見せ合うことにした。ゆずは色が白いから紺がいいかなー。うーん、何を着ても絶対にかわいいな。いろいろ見ながら選んだ浴衣を持ってゆずを探す。キョロキョロしていると「あの、夫と来てるので」と困ったように言うゆずの声が聞こえた。急いで探すと、二人組の男に絡まれているゆずが目に入った。その瞬間驚くほどに怒りが湧いた。

「あの、俺の連れに何か?」

 冷たい声で問いかけると舌打ちをして男たちは去っていた。

「ごめん、ゆず。怖い思いをさせてしまった」

「ううん、助けてくれてありがとう」

「ゆずはかわいいからこういう事が起こる事考えないといけなかった」

「大丈夫ですよ。こんな事滅多に起こらないです。浴衣選んでくれたんですか?」

「あっ、うん」

「僕も選びました。花火見るの楽しみですね」

 ゆずはこんな事滅多に起こらないなんて言うけど、一緒に歩いていてゆずを見つめる視線を感じることはある。自分の魅力に気付いていないって厄介だよな。また心配の種が増えてしまった。

 花火大会当日。
 購入した浴衣を身に着け、ゆずが用意してくれたつまみを食べながら始まりの時を待つ。

「始まったらバルコニーに出ようか」

「そうですね。会場はどんな感じなんですかね?出店とかあるんでしょうか」

「うーん、あるんじゃないかな。昔行った時はあったけど」

「行ったことあるんですか?」

「うん、あるよ。人が多くて帰るのに苦労したな」

「羨ましいな。僕は行ったことがないから」

「ゆずがあの人混みに耐えられると思わないけど」 

「そうでしょうか?」

「すごいよ、ほんとに」

「……でも行ってみたいです」

「行きたかったの?」

 コクリとゆずが頷く。

「でも、心配だよ。ここでゆっくり見るほうがいいと思う」

「響介さんは心配し過ぎだと思います」

 いつになく強い口調でゆずがそんな事を言った。

「は?」

「僕は確かに体力ないけど、辛くなったら言えるし」

「言えてないから心配してるんでしょ?」

「言ってます」

「言ってないよ。この前だって明らかに体調悪そうだったのに全然休んでなかったし」

「それは自分が大丈夫だと思ったから」

「大丈夫だと過信して俺がいない時に倒れたらどうすんの?」

「僕の両親みたいなこと言わないで」

「え?」

「いつもみんなそうなんだ。自分の事は自分が1番分かってるのに過剰に心配される。僕はそんなに弱くない」

「ゆず」

「響介さんにはそうなってほしくなかった」

 ふと「早く帰ろう」と言った後に見せる少し寂しげな表情や花火を家で見ようと言ったときのゆずの顔が思い出された。

「ごめん、俺」

「もういい」

 涙を堪えた顔をして立ち上がるとドアの方へ向かって走り出した。

「ゆず!?」

 慌てて追いかけると自分の部屋に入り、バタンと勢いよくドアを閉められた。
 マズイ、こんなはずじゃなかったのに。

「ゆず、ごめん。ドア開けて?」

「嫌だ」

 こんなにも怒るほどに俺はゆずの気持ちに気づかないでいたのか。自分の不甲斐なさに心底嫌気がさす。

「ごめんな」

「もういいから放っといて」

「そういうわけにはいかないよ」

「いいじゃないですか。どうせ僕のことなんて何とも思ってないんでしょ?響介さんは優しいから僕を見捨てられないだけなんです。もういいです。僕の我儘に付き合ってくれなくても」

「どういう意味?」

「お別れするって意味です」

 我慢できなくてドアを開けた。俺の服を抱きしめて泣きながらベッドに座り込むゆずがいた。

「勝手に入ってくるな」

 近くにある服を手当たり次第投げつけながら「来ないで」と喚くゆずに近寄って投げようとした腕を掴み抱きしめた。「離して」と言うゆずをさらに強く抱きしめる。

「ごめん、ゆず。悪いとこ直すから別れるなんて言わないで」

「だって響介さんは僕の事なんて……」

「好きだよ。ずっと前からゆずのことが好きだ」

「嘘だ」

「嘘じゃない。本当に好きなんだよ。だから、別れたくない。ずっとゆずのそばにいたい」

「そんな事言ったことないもん」

「もっと早く伝えなきゃいけなかった。雰囲気とかに拘ってしまって、ずっと言えなくて」

「雰囲気?」

「本当は今日、花火を見ながら告白するつもりだった」

「え……、そんな」

 体を離してゆずをみつめる。

「あと、ちゃんと言いたいこともあって」

「言いたいこと?」

「俺と番になって欲しいって」

 大粒の涙を溢したあとに手で顔を覆って泣き始めた。

「ゆず?」

「そんな事……言われると思ってなく……て」

「うん」

「響介さんを好きな……気持ちが大きくなってくのに……いつかきっと……終わるんだって……グス……思って……いつも不安で」

「ごめん」

「嫌われないようにしなきゃって……思って……ずっと頑張ってきた」

「嫌わないよ」

「本当に……番にして……くれるの?」

「ゆずが受け入れてくれるなら」

「大好き……響介さん。響介さんの……番になりたい」

「ありがとう、ゆず」

 しゃくりあげながら涙を零すゆずの背中をそっと撫でてあげる。

「今まで本当にごめんな」

 ゆずが首を横に振った。

「嫌なことはちゃんと言って?今日みたいに爆発されるの怖いから」

「ごめんなさい……」

「いや、謝らなくていいよ。こんなふうになるまで我慢させて気づかずにいた俺が悪いんだから。本当俺鈍いから。何でも話してくれると嬉しい」

「うん、話すようにする」

「しんどい時は無理しなくていいんだからな?俺だってご飯作れるし、別に部屋が散らかっててもいいし」

「分かった」

「あと、これからは心配しすぎないようにします」

「ありがとう」

「はぁ、もう1回抱きしめてもいい?」

「あっ、えっ……はい」

 ぎこちなく手を広げるゆずを抱きしめるとゆずも抱きしめ返してくれた。

「よかった、ゆずがいなくならなくて」

「離れられるわけないです」

「花火終わったかな?」

「たぶん終わってますよね……」

「また今度別の花火大会行こうか」

「ほんとに?」

 体を離してゆずが目を輝かせた。

「ほんとに。浴衣着て一緒に行こう」

「約束ですよ?」

 小指を絡ませて指切りをした。

「それにしても……また俺の服増えてない?」

 ベッドとその周りに散乱している服を見て呟く。

「あの、やっぱり落ち着くから」

「ムラムラしないの?」

「はえ!?」

「ごめん、なんでもない」

 この清らかなゆずになんてことを言うんだ、俺は……。

「……しますよ?」

「するんだ」

「だって好きですし」

 目を伏せて俺の服を掻き集め始めた。

「一緒に寝る?今夜から」

 掻き集める手を止めて俺の方を見たかと思うとまた目を伏せた。

「そんな心の準備が……まだできてない」

「そっか、残念」

「やっぱり一緒に眠りたい……です」

「どっちだよ」

「あの、その……」

「なに?」

「セックスするんでしょうか?」

 ゆずの口からそんな言葉が出てくるとは思わず動揺してしまう。

「そりゃしたいけど、そんな焦ってするもんでもないし」

「抱いて欲しいです」

「ちょっと、ゆず、どうした?」

「だって響介さんの気持ちが変わらないうちに……」

「こら。変わらないって。おれはゆずと一生添い遂げたいって思ってるんだけど」

「一生添い遂げる……」

「カチコチに緊張してるゆずを抱いたら無理矢理感が半端ないんだよな」

「無理矢理だなんて……」

 言い終わらないうちに唇を塞いだ。ゆずの唇は柔らかくて甘い。唇を離すと茹で上がったかのように赤くなったゆずがいて笑ってしまった。

「まずはキスに慣れましょうね、ゆずるさん?」

「はい……」

 本当にかわいくて愛しくて、彼と結婚できた俺は世界一幸せかもしれない。茹だるゆずを笑いながら見つめてそんな事を思った。
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