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知らない街で

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 駅に到着して、とりあえず目についた電車に飛び乗り適当な駅で降りることにした。景色がどんどん変わっていくのをぼんやりと眺める。路線を検索すると移住者に人気の町がもう少ししたところにあることが分かった。そこにしようと思って、到着した駅に降り立った。

 都会とは違う空気。少し歩けば海水浴場があるらしい。海を見たくて地図アプリを開きながら、車通りの少ない道を進む。全く知らない場所を歩いているという非日常的な状況に少しだけ気持ちが高揚した。

 日差しがきつくて、歩いていると汗ばんできた。上着を手に持ってまた歩を進める。のんびり歩いていると海の匂いがして、海水浴場の駐車場が見えた。駐車場を抜けると砂浜が広がっていて、スーツケースを持ち上げてそこを歩く。人が疎らにいることに驚いた。休憩しようと腰を下ろして寄せては返す波を眺める。

 本当なら今頃、史弥さんと旅行に行っているはずだった。ずっと楽しみにしていた旅行。泣きそうになって膝に顔を埋めた。考えないようにしようと思っているのに、どうしても彼のことを考えてしまう。あのメッセージを見て、どう思っただろう。ホッとしただろうか。あんな事をしでかした自分と縁を切ることができるのだから。まずい、涙が出てきた。グスグスと鼻をすする。誰が見ているわけでもないのだからいいか。

「たい?」

 そう声をかけられて顔をあげると、幼い女の子が丸い大きな瞳をこちらに向けていた。

「たいたい?」

 たい?痛いかと聞いているのだろうか?

「痛くないよ」

「えんえん」

 泣いているから痛いと思ったのか。親御さんはどこにいるんだろうとあたりを見回すと、ペダルのない自転車とヘルメットを持った男の人が「つむぎー」と言いながらこっちにやってくるのが見えた。

「まま」

 あぁ、あの人がこの子のお母さんか。

「すみません。つむぎ、ウロウロしないでよ」

「えんえん」

 僕を指さして泣いていると伝えられて、慌てて涙を拭った。

「大丈夫ですか?」

「あっ、はい」

「旅行?」

「えーっと、というわけではないんですけど」

「何か訳あり?」

「いや、そんな事はなくて。住むところを探してるというか」

「え、住むところないの?家出少年!?」

「いや、少年という年齢じゃなくて。ちゃんと働いてるんですが……まぁ住んでいたところを出てきたので」

「そうなの。うちくる?」

「へ?」

「あっ、夫がね食堂やってるの。っていうか来てくれない?今引き剥がしたらこの子大泣きすると思うから」

 女の子をよく見ると僕の服を掴んでニコニコ笑っている。何故か懐かれてしまった。

「分かりました。お邪魔します」

「よし、行こう。つむぎ、お兄ちゃんパパのお店に来てくれるって。よかったね」

 にっこり笑う女の子と手をつないで歩き出した。

「ごめんね。結構人見知りする子なんだけど」

「全然。かわいいですね」

「でしょ?うちの子かわいいのよ」

「ふふふ」

 堂々と可愛いと言い切る姿が微笑ましい。道路の方に出ると「つむぎ、これは?」と持っていた自転車を見せた。するとすぐに跨ってヘルメットを付けられた彼女は物凄い勢いで足を動かして進み始めた。

「えっ、はや!?」

「びっくりでしょ?」

 小走りでつむぎちゃんの後を追いかける。これはいい運動になりそうだ。爆走するつむぎちゃんと並走すること数10分。さすがに疲れてきた。

「つむぎ、ストップ」

 彼女の動きを止めて、ヒョイッと抱きかかえると、自転車を持って目の前の引き戸を開けた。力持ち……。

「いらっしゃいませー。あれ、颯真そうまさん」

「え?」

「ん?どうしたの?」

「同じ名前だから」

「そうなの?君もそうま?」

「はい」

「どんな字?俺はね、そうはたつへんに風って書く字で、真は真実の真」

「僕は聡明の聡に真実の真です」

「賢そうだもんね。ぴったりー」

「どうも」

「ちなみにつむぎは、紬……あっいとへんに自由の由ね。それに希望の希」

「紬希ちゃん。いい名前ですね」

「……で、こちらの聡真さんは誰なんです?」

 店員さんと思わしき人物に問いかけられた。

「お客さん。紬希が気に入っちゃって」

「ほぉ、将来のお婿さんですか?」

「気が早いなー」

「婿ってなんだ?」

 カウンターから職人という感じの少し怖そうな男の人が顔を出した。

「冗談っす。何でもないっす」

 物凄い勢いで先程の発言をなかったことにした。

「海で会って連れてきた」

「連れてきたってお前なー。すみません、うちのが無理やり」

「いえ、全然。突然やってきてすみません」

「いやいや、お腹空いてる?何か作るよ?」

「じゃあ」

「今、メニューとお茶持っていますね。好きなとこ座ってください」

 紬希ちゃんはいつの間にか座敷に上がってゴロゴロと寝転がっていた。眠いのかもしれない。近くのテーブル席に座ると先程のお兄さんがお茶とおしぼり、そしてメニューを渡してくれた。手書きの名札にはるいと書いてある。
 海の近くだからか、魚料理が多くて目移りしてしまう。海鮮丼にしようかな。

「じゃあ、海鮮丼を一つ」

「はーい」

 最近まともに食べていなかったから、久しぶりにちゃんとした食事を取るような気がする。それにしても……周りにお客さんがいない。もうすぐ2時半。あれ、もしかして営業時間外なのでは?

「今って営業中ですか?」

 座敷に座る颯真さんに問いかけると「そうだよー、今の時間お客さんいないから。不安になるよね、ごめんねー」と陽気に言われて胸を撫で下ろす。

「お待たせしましたー」

 テーブルの上に有頭エビの存在感が目を引く海鮮丼とお味噌汁が置かれた。味噌汁のお椀に手を伸ばして、口にする。うわ、すごく美味しい。醤油を回しかけて色々な種類の海鮮を前にどれから食べようか考える。マグロから食べてみよう。

「美味しい」

 黙々と口に運ぶ。鯛だろうか?白身の魚も美味しい。

「ご馳走様でした。美味しかったです」

 お茶を飲みながら感想を述べると、そうだろうと言うように颯真さんが頷いた。

「今日はどうするの?」

「この辺って泊まるところありますか?」

「あるけど、ちょっと離れてるから車じゃないと難しいかもね」

「なるほど」

 タクシーを捕まえたら何とかなるかな。駅に戻れば乗ることができるだろう。

「家来る?」

「えぇ!?」

「部屋余ってるし、泊まってくれていいよ?」

「ありがたいですけど、さすがにそれは……」

「遠慮することないよ。これも何かの縁ってことで。いいよね、圭ちゃん?」

「構わないよ」

「こんなどこの誰だか分からない人、泊めちゃっていいんですか?」

「紬希が気に入った人だから悪い人じゃないでしょ」

 戸惑う僕に「よし、決まり」と楽しそうに言う颯真さん。もう断われる雰囲気ではない。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「うん。ここから近いから」
 
「そうなんですか」

「じゃあ、行こっか」

「あれ、颯真さんはここで働いているわけじゃないんですか?」

「うん、違うよ?俺は別の仕事してるし。今日は休み」 

「なるほど」

 お会計を済ませると「よいしょ」と言ってぐっすり眠る紬希ちゃんを颯真さんが抱き上げた。

「じゃあ、帰るね」

「おぉ」

「ありがとうございましたー!」

「開けますね」

「ありがとー」

 引き戸を開けて外に出た。陽射しのまぶしさに目を細める。のどかな風景が広がる道を歩いていく。しばらく歩くと、ここだよと言って立ち止まった。そこは年季が入った大きな家ですごいなと思っていると「中はきれいだから安心してねー」と颯真さんが笑った。

「わぁ、おしゃれですね」

「ふふふ、ありがとう。自分達好みに改装したんだ」

 見た目は古いのに、家具が洗練されているせいか中はとてもお洒落な空間だった。古民家カフェとかこんな感じなのかもしれない。

「何か食べるー?」

「いえ、さっき食べたばっかりなんで」

「そう?飲み物は?暑いから喉乾いたでしょ?麦茶しかないや」

「じゃあ、麦茶お願いします」

「オッケー」

 さっき食べたと言ったのに、麦茶とお菓子を用意してくれた。ふと母方の祖母がこんな感じだったなと思い出す。分け隔てなく優しい人柄の祖母は「よく来たね」と言ってジュースと大量のお菓子を用意してくれた。懐かしい。

「お二人はずっとこちらに?」

「ううん、圭ちゃん……あっ、夫の地元はここなんだけど、俺は全然違って」

「いつもの呼び方で大丈夫です。旦那さんの地元なんですね」

「Uターンってやつ?俺はどこでも仕事ができるから」

「何のお仕事を?」

「WEBデザインの仕事なんだ」

「僕と同じだ」

「そうなの?」

「そっか。ここでも働けるか」

「おぉ、この街に興味持ってくれた?」

「そうですね。景色もいいし」

「歓迎だよー!移住者に手厚い街だからね、いいよここは」

「なるほど」

「子育てもしやすいし」

「その予定はないんですけど」

「あっ、ごめんね」

「いえ、全然。住むところ探そうかな」

「見つかるまでいてくれていいから。一軒家とか安く貸し出してたりするんだよ」

「そこまで広くなくても……」

「一人だとそうか。まぁ、ゆっくり探せばいいよ。あっ、モニターあるし、ここで仕事してくれても全然オッケーだから」

「颯真さん、親切過ぎるでしょ」

「いやー、何か聡真くんって面倒見てあげたくなっちゃうオーラバンバン出てるからさー」

「どんなですか」

「この街に興味を示してくれた若者を逃したくないってのもある」

「愛がすごい」

「いいとこなんだよー、ほんとに。語ろうか?」

「やっ、大丈夫です」

「ざーんねーん。あっ、洗濯物取り込まなきゃ。ゆっくりしててね」

「ありがとうございます」

 麦茶を飲みながら不思議な縁に感謝した。ここで心機一転頑張ってみようかな。史弥さんのいない日常が早く当たり前になってほしい。会いたいと思う気持ちを封じ込める。ため息をついて、物件を探すためスマホを取り出した。
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