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不毛な片思い*

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「あっ、待って……激しい……」

 ギシギシと揺れるベッドの上で史弥さんに組み敷かれて喘ぎ声を漏らす。出張を終えて帰ってきた史弥さんを出迎えると「会いたかった」と激しく唇を貪られて、そのままベッドに連れて行かれ、身ぐるみを剥がされて今に至っている。シャワーを浴びたいと言ったのにそれは聞き入れられず、「いい匂いだ」なんて言われながら全身を愛撫されて、もう何回もイかされている。

「あっあっ、またイッちゃう……」

「あぁっ、また締まった」

「あっあっあぁっ……おかしくなっちゃう」

「かわいい、聡真くん」

「あぁッ、ヤダぁ……」

 散々イかされたあとに、彼がようやくイッて解放された。荒い息を吐くことしかできない。そんな僕を彼が抱きしめてくれた。
 勘違いしてしまいそうになる。彼は僕の事を好きなんじゃないかと。でも、それは決してありえない。彼は僕の事を愛することはないのだから。彼と久しぶりに会って、抱かれてから認めざるを得ない自分の気持ちに気付いてしまう。僕は彼のことが好きなのだと。僕も愛することはないと言ったのに、こんな事になるなんて。苦しくて涙が出そうになる。一生僕は報われない気持ちを抱き続けないといけないのか。

「聡真くん、ごめんね」

 物思いに耽っていた僕は彼の言葉で現実に引き戻される。

「何が?」

「帰ってきて早々襲ってしまって」

「びっくりした」

「だよね。聡真くんの顔見たら我慢できなくなって」

「そうなんだ。僕に会いたかった?」

「会いたかったよ」

「そう」

 嘘でもそう言ってくれた事が嬉しい。

「聡真くんは?」

「会いたかった」

「ご飯食べようか」

 そう言う彼に首を振る。

「聡真くん?」

「もう少しだけ。このまま抱きしめて欲しい」

「いいよ」

 彼の胸に顔を埋めて泣きそうになった自分を落ち着かせようとした。
 
――
  
「最近あまり会えないね」

 原画展の待ちあわせ場所に着くと開口一番由弥くんが寂しそうに言った。

「ごめんね、最近史弥さんが家にいるから」

「兄貴が?帰ってきてるの?」

「うん、毎日帰ってくるようになった」

「へぇ、そう」

「別に来てくれてもいいんだけどね?」

「兄貴がいるなら行かない」

「そう」

 あまり仲が良くない気がするんだよな。史弥さんに今日の事を告げるとめちゃくちゃ嫌そうにしていたし。僕と弟もそうだから、みんなそういうものなのかもしれない。

「楽しみだな」

 列に並びながらワクワクする僕を見て、由弥くんがようやく笑顔をみせてくれた。

「グッズさ、売り切れてるのあるみたいだよ」

「そうなの?複製原画残ってるかな」

「どれが欲しいの?」

「描き下ろしのイラスト」

「全員載ってるやつ?」

「そう、それ。絶対に買いたいって思ってて」

「そっか。残ってるといいね」

「だねー。もうすぐだ」

 順番が回ってきて会場の中へと足を踏み入れる。うわーっと心の中で叫びながら1枚1枚食い入るように見つめる。

「うーん、よかったねー。本当にありがとう」

 買い込んだグッズの袋を手にして感極まる。次はコラボカフェに向かおうとしているところだ。

「複製原画も買えてよかったね」

「うん、本当よかった」

「あはは、めちゃくちゃ涙の跡ついてる」

「泣くでしょー。何回読んでも泣いちゃうシーンの原画だよ?」

「まぁね。でも泣きすぎでびっくりした」

「うぅ、ちょっと恥ずかしい」

「かわいい」

「へ?」

「聡くんってかわいいよね」

「いや、かわいくないでしょ」

「かわいいよ?とても」

 若干視線に熱がこもっているような気がする。気のせいだろうか。

「結構並んでるね」

 自分から関心を逸らそうと話題を変えた。店の前には列ができていて、入るのに時間がかかりそうだった。

「そうだね。何食べる?」

 あっ、普通の由弥くんだ。さっきのは気のせいかもしれない。

「うーん、オムライスにしようかな」

「パンケーキじゃないんだ?」

「そっちも食べたいけど、それだけじゃ足りない気がして。でも両方は無理だし」

「パンケーキ半分こする?」

「お願いします!」

「オッケー」

 注文すると、先にドリンクが運ばれてきた。それについているコースターの絵柄を確認する。

「うーん、なるほど」

「うわ、見て。聡真くんの好きなやつ」

「本当だー。いいなー」

「交換する?」

「でも、由弥くんも好きでしょ?」

「いいよ、俺は。はい」

 差し出されたコースターを受け取った。

「由弥くんは優しすぎる」

「聡くんは特別だから」

 真剣な顔をした由弥くんに言葉が出てこなくて黙っていると料理が運ばれてきた。

「食べよう」

「うん。そうだね」

「GWはさ、予定ある?」

「あぁ、うん。旅行するんだ」

「誰と?」

「史弥さん。忙しくなるからその前に、リフレッシュしておきたいって言っててさ」
 
「そうなんだ」

「すごく楽しみなんだ」

「仲良いんだね」

「悪くないとは思う」

「ふーん」

 その後は由弥くんの纏う雰囲気が少し怖くて沈黙が続いた。会計を済ませて、駅までの道のりを歩く。

「不毛な片思いって辛いよね」

 突然由弥くんがそんな事を言い出した。

「え、何?」

「好きなんでしょ?兄貴のこと」

「なっ……えっ?」

「分かりやすいね」

「あの……」

「でも、兄貴は聡くんのことを好きにならない」

「……うん。そうだね」

「俺も同じだから」

「え?」

「俺も好きになってもらえない」

「そうなの?」

「そうだよ。だから聡くんの気持ち分かる」

「そっか」

「なんかあったらいつでも相談にのるから」

「うん、ありがとう」

 駅で別れて電車に乗った。不毛な片思いか。本当にそのとおりだ。体の関係があるだけで、心が通じているわけではない。史弥さんの全部が欲しくなるのに、それは永遠に叶わない。今は帰ってきてくれているけれど、いつかまたいなくなるに違いない。そうなったら彼とは別れよう。そんなの耐えられないだろうから。

 鍵を取り出して扉を開けると、史弥さんが出迎えてくれた。

「おかえり」

「ただいま」

 彼の顔が近づいて口づけを交わす。どんどん激しさを増していき、気持ちが昂っていく。「抱いてもいい?」耳元でそう囁かれて「抱いてほしい」と囁き返す。キスをしながら部屋に入って荒々しく服を脱がされ、露わになった僕の体に彼が優しく口づけた。彼の瞳を見つめてどうしようもなく好きだと実感する。好きだと口走ってしまわないように、キスで唇を塞いだ。今日も切ない想いを抱えたまま、快楽に溺れていった。
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