愛を請うひと

くろねこや

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その後の話

僕の家族

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お父さんに…名前…書いてもらえばよかった…。



小さくなっていく車。

離れた手。

約束した小指。

抱きしめてもらった暖かさ。

優しい声。



僕に絵本をくれた人。







僕には本当の『お父さん』がいる。

そのことを知ったのはいつだった?


いつかは分からないけど、たぶん、おばあちゃんが僕に言ったんだと思う。

『あんな男に似るんじゃないよ。今のパパ・・・・みたいになりなさい』

って。

『あんな男?』ってきいたら、『お前の本当の父親のことだ』って…。

いっぱいイヤなことを言われた気がするけど、こわかったから覚えてない。


僕は『本当の父親』…『お父さん』に似ているみたい。僕を見るたびママは悲しそうな顔をする。

その人は悪い人なの?

ママを泣かせるなんてひどい。


“おさけ”を飲むと、真っ赤な顔で泣きながら僕に『りん、ごめんね』って謝るんだ。

たぶん、『りん』っていうのがお父さんの名前。

なんでママが謝るの?



ママが元気になったのは、パパが写真をかざってくれた時からだと思う。


3枚の写真。

赤ちゃんを抱っこして優しく笑う人。

小さな子にスプーンでご飯を食べさせてあげる人。

お布団のなかで嬉しそうにしてる子と、絵本を読んであげている人。


『この赤ちゃんと小さな男の子は杏だよ』

『杏のお父さん。優しそうだね』

『この絵本は杏が大好きなお話だね。お父さんは杏が赤ちゃんの頃からこうして読んでくれてたんだって』

僕が写真を見ていると、パパは必ず『杏は僕の大切な子だよ』って抱きしめて、それから僕の『お父さん』をほめてくれるんだ。


ママはうれしそうだった。


『ゆうき りんさん。この人が杏のお父さんだよ』

パパが僕に言った。

“ゆうき”だって。僕が持ってる絵本と同じ名前。

『ゆうきのほん』っていうんだ。



またママがおかしくなったのは、ママのお腹が大きくなった頃からだ。

お腹の中に、僕の弟がいるんだってパパが教えてくれた。

おじいちゃんとおばあちゃんは、すごくうれしそう。

でも、2人は僕が話しかけても聞こえないふりをするようになった。こっちを見てくれなくなった。どうして僕がいないみたいにするの? なんで?



柚が生まれて、ママは病院から帰ってきてくれた。

でも、柚が泣くたびに耳を押さえて…。


ある日ママが柚をたたいた。

こわい。

こわい。

ママ、なんで?


僕はある絵本を思い出した。

『ゆうきのほん』


ハリネズミの子は1人が悲しくて背中のトゲが立っちゃうんだ。だから、ほかの子が近づけなくて、もっと1人になっちゃう。

ある日、違うハリネズミの子が“ゆうき”を出して近づくんだ。

『こっちをむいて。ぼくと抱き合おう』って。

ふわふわのお腹を2人で合わせて、『あったかいね』って笑うんだ。



僕は“ゆうき”をだして、ママに抱きついた。

そうしたら、ママは泣きながら僕を抱きしめてくれたんだ。

柚が泣くと、僕にはなんで泣いてるかわかる。だからママに伝えて、一緒にミルクを飲ませてあげたり、オムツをかえたりした。

それでも柚が泣くと、ママはこわい顔になる。たぶん『抱っこして』って言ってるんだと思う。

パパはお仕事をお休みして、ママの代わりに柚のお世話をしてくれるようになった。



僕がようちえんを“そつえん”したら、違うお家に行くことになった。

ママは一緒に行かないんだって。

『ぜったいに行かない!!』って泣いてた。

なんで?

『ママは疲れてしまったんだ。ひとりで休ませてあげよう』

パパは悲しそうに笑って僕を抱きしめた。



お醤油の匂いがする大きなお家。

小学校はここから通うんだって。

はるこおばあちゃん、ひろしおじいちゃん、ゆうまおじちゃんと、たいしおじちゃんも優しい。

たいしおじちゃんは大きくて、はじめは『こわい』って思ったけどすごく優しかったよ。

パパはずっとお家にいてくれる。一緒に柚へミルクをあげたり、オムツをかえたり、お風呂に入れたり、犬のフウスケとお散歩したり、猫のミイと遊んだりするのが楽しい。

でも、ママがいないとさみしくてさみしくて、お布団の中でいっぱい泣いた。



そんな時に、『お父さん』が僕に会いにきてくれたんだ。

僕の名前を呼んで、抱っこしてくれて、『大きくなったね』って泣いてた。

僕の『パパ』はパパだけでいいと思ってたのに、なんでだろう?

名前を呼ばれて、抱っこされただけで、泣きそうになっちゃった。

柚が『お腹すいた』って泣いてくれなかったら、僕が泣いてたかも。



ママがいない家。

柚のことは僕が守るよ。

ママの代わりに僕がパパと一緒にいてあげるんだ。


『お父さん』に会えて本当は『うれしい』って思ったけど、パパをさみしい気持ちにしたらかわいそうだから言わなかった。







「杏。こっちに来てごらん」

パパが向こうのお部屋から僕を呼んだ。

「なぁに?」

「はい。どうぞ」

パパがくれたのは

「これ…」

学校に行くとき、胸につけるやつ。

そこには


『くぜ きょう』


強そうな字で、僕の名前が書かれてた。

「お父さんに書いてもらったよ」


「パパ…。いいの?」


本当はお父さんにも書いてほしかった。

でも、『パパが書いてくれるのがいい』って僕が言ったんだ。

そしたらお父さん、さみしそうだった。

僕もなんかさみしい気持ちになった。

胸がきゅっとするみたいに苦しくなった。


「お父さんとパパ。どっちか、じゃなくていいんだよ。お父さんのことも、パパのことも、両方好きでいてくれたら嬉しいな」

パパが僕を抱きしめてから、

「杏は僕の大切な子だよ」

いつもみたいにそう言ってくれたんだ。


鼻の奥が痛くなって、顔が熱くなって。涙がぽろぽろ出た。


僕は『くぜ きょう』だけど、

『ゆうき きょう』でもいいんだって。


パパの声、大好き。あったかくて、すごくほっとする。


でも、お父さんの声も大好きだなって思ったんだ。


パパとお父さん。

どっちも好きでいいんだって。


パパの肩が僕の涙でびしょびしょになっちゃった。

昨日の夜も、お布団の中でお父さんがこんなふうにギュッとしてくれたんだ。


お父さん。

また会いに来てくれないかな。

絵本を読んでくれないかな。

食べられる“さんさい”をまた教えてほしい。

てんぷらを作ったみたいに、からあげも一緒に作るんだ。






ママも、このお家に来ればいいのに。

みんな優しいんだよ。

フウスケとミイもかわいいし、

柚もママに会いたいって。



ママがお父さんを“捨てた”なんて、

おじさんのウソだよね?

あのおじさんいじわるだったもん。

おじいちゃんとおばあちゃんに、いないみたいにされてる僕を見て笑ってたもん。



…ママは本当に僕たちのこと、嫌いになっちゃったの?



ママが僕のことを嫌いになっても、

僕はママのこと大好きだからね。
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