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その後の話
病院にて
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響が『高校を卒業してから一度も健康診断を受けていない』と言うから、脳ドックで異常が見つからなければ、ついでに人間ドックも受けさせることにした。胃はX線ではなく、内視鏡を使う。
祖父さんから引き継いだ医院には、全ての検査を受けさせる設備が揃っておらず、実家の病院を使わせてもらうことになったのだが…。
「兄さんも受けてください」
オレの弟、山神 涼は心配性なのだ。
昨夜のうちに電話で、ざっくり言うと『死にかけたパートナーの状態を診るために病院の設備を貸してほしい』と頼んだのだが、その時に『パートナー』がオレの幼なじみ…つまり同じ歳の男だと知られたからだろう。
どうにも心配になってしまったらしい。
『響の検査はオレがするから』と断わろうとしたのだが、『1人も2人も変わりません。ちゃんと予約は取ってありますから、兄さんも一緒に検査しましょう』と涼に押し切られて結局オレも受けることになってしまった。食道から胃も診るため朝食を摂らせなかった響に付き合って、オレも食事を抜いていたから検査を受けることができてしまうのだ。
ちなみに涼は消化器内科、妹の冴は脳外科の医師をしている。
子どもの頃はすぐに発熱し、声も小さくて、家で本を読むのが好きだった弟がすっかり変わっていた。あまりの圧で『はい』という言葉以外、発することが出来なかった。
それに、『もちろん啓一も受けるよな?』と響にも見たことのない笑顔を向けられれば、オレに逃げ場などある筈もない。
結果としては、響もオレも『経過観察が必要だが一応は健康』という状態だった。
ただし…、響の血管が全体的に細いことが分かった。先天性のものだ。
「あー、簡単に言うと、お前の血管は詰まりやすい。だから、いつも血液をサラサラにして、血管を丈夫に、柔らかくしておく必要がある」
一日がかりの検査で疲れたのか、内視鏡で心を削られたのか、萎れた響がオレの言葉にコクリと頷いた。
オレも全く同じ状態だからよく分かる。
身体が重くて、頭も働かない。
「薬に頼る方法もあるが、現状なら食事に気をつければいいと思う」
弟も頷いてくれたから間違いない。
「食事といえば兄さん」
「ん?」
ずいと涼の椅子が近づいてきた。キャスター付きだから座ったまま移動できるのだ。
「相変わらず食事を抜いているでしょう」
胃の粘膜がやられていたからだろう。
「喫煙も影響すると知っているでしょう?」
「はい。でも最近は吸っていません」
医師モードの弟に、ついつい言葉がつられる。
「……そういえば、以前は1時間に最低でも2本は吸っていたのに、検査中、一度も喫煙をしたがりませんでしたね」
そう。オレはタバコをやめたのだ。…まだやめてから一週間ほどしか経っていないが。
「コイツが吸わせてくれないんだ」
吸おうとすると、響が奪い取って捨ててしまう。
最初は3回に1回だったのが、2回に1回奪われて、ついには1本も吸わせてもらえなくなった。
「なるほど。良い方がパートナーになってくださいましたね」
涼の響に対する警戒が解けたみたいだ。
視線がやわらかくなったのが分かる。
「では、やはり兄さんも注意すべきなのは食事ですね。…治りつつある胃の状態から見ると、こちらも八嶋さんが改善しようと試みてくださっているのが伝わってきます」
「ああ。啓一は他者の面倒ばかりみる割に、自分自身に無頓着で困る」
「分かります!昔から姉と私には『しっかり食べろ』と言っておきながら、1人になると食事が疎かになるのですよ!」
響の言葉に同調した涼の声が大きくなる。
今日は外来患者を受け入れていないし、この部屋は患者のプライバシーに配慮しているから音は大丈夫だろうが…。
「啓一に『自分を大切にしろ』と言っても『はいはい、分かってるよ』と言うばかりで…」
「そうなんです!本当に困りますよね!」
響と涼が仲良くなっている。分かり合っている。
嬉しいな。
「『兄さんが心配だ』という話をしてるんですから、ニコニコしないでください!」
隣に座った響が身体を近づけてくる。
『そんな顔しやがって…。今夜は抱き潰すからな…』と耳元で囁かれた。
「な…、なん…?!」
フリーズしたオレの身体を引き寄せると、
「これからは食事に気をつけていきます。ありがとうございました」
今までに見たことのない笑顔だ。
オレからすると胡散臭い笑みだが、涼は純粋な人間だから騙されることだろう。
「はい。兄さんをよろしくお願いします」
うん。騙されてるな。
正面口は閉鎖されているから裏口から見送ってくれた。
「冴に『ありがとう』と伝えておいてくれ。お前も忙しいのに、急に検査を捩じ込んで悪かったな」
オレと響の脳を診てくれた冴は、1時間以上も前に手術室へ入った。
「今日は奇跡的に救急の受け入れはありませんし、病棟も落ち着いていますから大丈夫ですよ。久しぶりに会えて嬉しかったです」
『兄さんの健康状態も確認できたので安心しました』と微笑む。その目尻にシワができて、『ああ、涼も歳を取ったな』と思う。
「オレも嬉しかったよ。…なぁ。お前こそ、食事を抜くなよ。身体を大事にしてくれ」
涼には医師を目指して勉強中の息子と娘がいるのだ。
「うん。キツくなったら兄さんを呼ぶよ。…あと、経過をみせに必ず2人でまた来てね」
「分かった」
懐かしい話し方に胸がギュッとして、思わず涼の身体を抱きしめていた。
「…相変わらず細いな。心配だ…」
「兄さんは筋肉が付きやすくて羨ましいよ。……大丈夫。ほら、タクシーが来たよ。八嶋さんも待ってるから行って。またね」
背中をトントンされ、身体を離すように促された。
「またな」
「危ないだろう。前を見て歩け」
いつまでも見送ってくれている涼を振り返って、手を振り続けるオレの腰を引き寄せ、響が呆れたようにため息を吐いた。
「早く帰るぞ。約束…忘れてないだろうな?」
『…検査結果次第だ。異常が見つからなければ…好きにしていい』
昨夜のオレの言葉を覚えているらしい。
「…いいよ。帰ろう」
一日がかりの検査でフラフラなのに元気だ。
響が呼んでくれたタクシーの車内で、引かれた手に触れさせられたソレはしっかり勃ち上がっていた。『今すぐナカに入りたい』というように熱く硬く主張してくる。
「帰ったら…させてやるから」
熱くなった顔をひんやりした窓の方に向けるが、指を絡めるように捕われた右手はジットリと汗ばみ、擦られた手の甲にオレのも反応してしまう。
家に帰ったオレたちは一緒にシャワーを浴びると、ベッドで互いに口淫し合い、同時に達したところで………寝落ちしたらしい。
寒さに目を覚ました時、響の立派なモノがボロンと目の前にあってビクッとした。
部屋が明るい。照明が点いたままだ。
響の陰毛に混ざった白い毛。オレと同じだ。『お互いジジイになったなぁ』と苦笑いする。
時計を見るとまだ午後5時になっていない。雨戸を閉めたままの寝室は時間の感覚が分からなくなる。夕飯は…もう一眠りしてからにする。次に目を覚ましたら、響が作ってくれたトマトスープがまだあるから、いつもみたいに冷凍ご飯とチーズを追加して温めて食べよう。
服を着ようとして…やめた。リモコンに手を伸ばし、照明を消す。
ベッドの足元に丸まっていた布団を引っ張りながら、正しい位置に身体を回転させると、寝ぼけたまま無意識であろう響に引き寄せられた。
腕の中。逞しい胸に耳を当てれば、規則正しい呼吸と、鼓動が聴こえる。
(…あぁ。何もなくてよかった)
目の奥がジンとした。
冷えた肌に、響の体温が伝わってくる。
(暖かい)
『ほぅ』と息を吐き目を閉じると、そのまま再び眠りに身を任せるのだった。
祖父さんから引き継いだ医院には、全ての検査を受けさせる設備が揃っておらず、実家の病院を使わせてもらうことになったのだが…。
「兄さんも受けてください」
オレの弟、山神 涼は心配性なのだ。
昨夜のうちに電話で、ざっくり言うと『死にかけたパートナーの状態を診るために病院の設備を貸してほしい』と頼んだのだが、その時に『パートナー』がオレの幼なじみ…つまり同じ歳の男だと知られたからだろう。
どうにも心配になってしまったらしい。
『響の検査はオレがするから』と断わろうとしたのだが、『1人も2人も変わりません。ちゃんと予約は取ってありますから、兄さんも一緒に検査しましょう』と涼に押し切られて結局オレも受けることになってしまった。食道から胃も診るため朝食を摂らせなかった響に付き合って、オレも食事を抜いていたから検査を受けることができてしまうのだ。
ちなみに涼は消化器内科、妹の冴は脳外科の医師をしている。
子どもの頃はすぐに発熱し、声も小さくて、家で本を読むのが好きだった弟がすっかり変わっていた。あまりの圧で『はい』という言葉以外、発することが出来なかった。
それに、『もちろん啓一も受けるよな?』と響にも見たことのない笑顔を向けられれば、オレに逃げ場などある筈もない。
結果としては、響もオレも『経過観察が必要だが一応は健康』という状態だった。
ただし…、響の血管が全体的に細いことが分かった。先天性のものだ。
「あー、簡単に言うと、お前の血管は詰まりやすい。だから、いつも血液をサラサラにして、血管を丈夫に、柔らかくしておく必要がある」
一日がかりの検査で疲れたのか、内視鏡で心を削られたのか、萎れた響がオレの言葉にコクリと頷いた。
オレも全く同じ状態だからよく分かる。
身体が重くて、頭も働かない。
「薬に頼る方法もあるが、現状なら食事に気をつければいいと思う」
弟も頷いてくれたから間違いない。
「食事といえば兄さん」
「ん?」
ずいと涼の椅子が近づいてきた。キャスター付きだから座ったまま移動できるのだ。
「相変わらず食事を抜いているでしょう」
胃の粘膜がやられていたからだろう。
「喫煙も影響すると知っているでしょう?」
「はい。でも最近は吸っていません」
医師モードの弟に、ついつい言葉がつられる。
「……そういえば、以前は1時間に最低でも2本は吸っていたのに、検査中、一度も喫煙をしたがりませんでしたね」
そう。オレはタバコをやめたのだ。…まだやめてから一週間ほどしか経っていないが。
「コイツが吸わせてくれないんだ」
吸おうとすると、響が奪い取って捨ててしまう。
最初は3回に1回だったのが、2回に1回奪われて、ついには1本も吸わせてもらえなくなった。
「なるほど。良い方がパートナーになってくださいましたね」
涼の響に対する警戒が解けたみたいだ。
視線がやわらかくなったのが分かる。
「では、やはり兄さんも注意すべきなのは食事ですね。…治りつつある胃の状態から見ると、こちらも八嶋さんが改善しようと試みてくださっているのが伝わってきます」
「ああ。啓一は他者の面倒ばかりみる割に、自分自身に無頓着で困る」
「分かります!昔から姉と私には『しっかり食べろ』と言っておきながら、1人になると食事が疎かになるのですよ!」
響の言葉に同調した涼の声が大きくなる。
今日は外来患者を受け入れていないし、この部屋は患者のプライバシーに配慮しているから音は大丈夫だろうが…。
「啓一に『自分を大切にしろ』と言っても『はいはい、分かってるよ』と言うばかりで…」
「そうなんです!本当に困りますよね!」
響と涼が仲良くなっている。分かり合っている。
嬉しいな。
「『兄さんが心配だ』という話をしてるんですから、ニコニコしないでください!」
隣に座った響が身体を近づけてくる。
『そんな顔しやがって…。今夜は抱き潰すからな…』と耳元で囁かれた。
「な…、なん…?!」
フリーズしたオレの身体を引き寄せると、
「これからは食事に気をつけていきます。ありがとうございました」
今までに見たことのない笑顔だ。
オレからすると胡散臭い笑みだが、涼は純粋な人間だから騙されることだろう。
「はい。兄さんをよろしくお願いします」
うん。騙されてるな。
正面口は閉鎖されているから裏口から見送ってくれた。
「冴に『ありがとう』と伝えておいてくれ。お前も忙しいのに、急に検査を捩じ込んで悪かったな」
オレと響の脳を診てくれた冴は、1時間以上も前に手術室へ入った。
「今日は奇跡的に救急の受け入れはありませんし、病棟も落ち着いていますから大丈夫ですよ。久しぶりに会えて嬉しかったです」
『兄さんの健康状態も確認できたので安心しました』と微笑む。その目尻にシワができて、『ああ、涼も歳を取ったな』と思う。
「オレも嬉しかったよ。…なぁ。お前こそ、食事を抜くなよ。身体を大事にしてくれ」
涼には医師を目指して勉強中の息子と娘がいるのだ。
「うん。キツくなったら兄さんを呼ぶよ。…あと、経過をみせに必ず2人でまた来てね」
「分かった」
懐かしい話し方に胸がギュッとして、思わず涼の身体を抱きしめていた。
「…相変わらず細いな。心配だ…」
「兄さんは筋肉が付きやすくて羨ましいよ。……大丈夫。ほら、タクシーが来たよ。八嶋さんも待ってるから行って。またね」
背中をトントンされ、身体を離すように促された。
「またな」
「危ないだろう。前を見て歩け」
いつまでも見送ってくれている涼を振り返って、手を振り続けるオレの腰を引き寄せ、響が呆れたようにため息を吐いた。
「早く帰るぞ。約束…忘れてないだろうな?」
『…検査結果次第だ。異常が見つからなければ…好きにしていい』
昨夜のオレの言葉を覚えているらしい。
「…いいよ。帰ろう」
一日がかりの検査でフラフラなのに元気だ。
響が呼んでくれたタクシーの車内で、引かれた手に触れさせられたソレはしっかり勃ち上がっていた。『今すぐナカに入りたい』というように熱く硬く主張してくる。
「帰ったら…させてやるから」
熱くなった顔をひんやりした窓の方に向けるが、指を絡めるように捕われた右手はジットリと汗ばみ、擦られた手の甲にオレのも反応してしまう。
家に帰ったオレたちは一緒にシャワーを浴びると、ベッドで互いに口淫し合い、同時に達したところで………寝落ちしたらしい。
寒さに目を覚ました時、響の立派なモノがボロンと目の前にあってビクッとした。
部屋が明るい。照明が点いたままだ。
響の陰毛に混ざった白い毛。オレと同じだ。『お互いジジイになったなぁ』と苦笑いする。
時計を見るとまだ午後5時になっていない。雨戸を閉めたままの寝室は時間の感覚が分からなくなる。夕飯は…もう一眠りしてからにする。次に目を覚ましたら、響が作ってくれたトマトスープがまだあるから、いつもみたいに冷凍ご飯とチーズを追加して温めて食べよう。
服を着ようとして…やめた。リモコンに手を伸ばし、照明を消す。
ベッドの足元に丸まっていた布団を引っ張りながら、正しい位置に身体を回転させると、寝ぼけたまま無意識であろう響に引き寄せられた。
腕の中。逞しい胸に耳を当てれば、規則正しい呼吸と、鼓動が聴こえる。
(…あぁ。何もなくてよかった)
目の奥がジンとした。
冷えた肌に、響の体温が伝わってくる。
(暖かい)
『ほぅ』と息を吐き目を閉じると、そのまま再び眠りに身を任せるのだった。
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