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その後の話
誕生日と記念日(後編)
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「改めて、お誕生日おめでとう」
リビングのテーブルにはイチゴたっぷりの美味そうなバースデーケーキ。蝋燭の火を吹き消すと、凛がラッピングされた包みを渡してくれた。
誕生日プレゼントはコートだった。
この前、服を贈りあった時にこっそり買ってくれていたらしい。
着てみると暖かいのに、驚くほど軽い。
試着していないのに、サイズはピッタリだった。
「これから夜の通勤は寒くなるだろう? お前は背が高いから、丈の長いコートが良く似合うよ」
『カッコいい』と何度も凛が褒めてくれる。
首の辺りまで隠れるデザインだから、マフラーがなくても充分暖かそうだ。
「すごく嬉しい」
でも…。
「凛、お願いがある」
「ん?」
「今夜だけでいい。これを着て眠ってくれないか?」
「…え、」
「お前の匂いを付けて欲しい」
「お…お前、なんて…恥ずかしいことを…」
「ダメか? 離れている間もお前を感じたいんだ」
休憩時間に凛の匂いを嗅げば、夜勤も頑張れると思った。
「…コートを着ていたら寝づらいよな。ごめん」
出来れば素肌に纏って一晩過ごして欲しかったが。
「…いいよ。今夜だけとは言わず、明日も1日中これを着て過ごしてやる」
凛は優しい。
オレはコートを脱ぐと、さっそく袖を通してもらい、その細い身体を包み込む。袖と肩が余ってるのが可愛い。
あまりの愛おしさに堪らずコートの上からギューっと抱きしめれば、同じように抱き返してくれた。
「ありがとう。最高の誕生日プレゼントだ」
「オレも『家族写真』嬉しかった。お前と結婚したこと、ちゃんとした形に残せた。ミサト先生と、お前の家族にも祝福してもらって、もっと『本当の家族』になれた気がした」
…『本当の家族』。
両親を亡くし、やっと手に入れた妻と子…『家族』をオレが凛から奪ったのだ。
「…ありがとう、…詩音」
声が震えている?
身体を離して見ると、彼は微笑みながら泣いていた。
涙を唇で吸い取り、ペロリと舐める。
「お前から家族を奪ってごめん。…それでも、オレはお前を離せない。死ぬまで、死んでも、オレはお前を縛ってしまうだろう」
驚いたように、凛の目が見開かれた。
「……息子の、杏のこと。愛してるんだ」
その言葉に胸がギュッと痛む。
「それでも…。籍を入れたあの日、オレはお前を一番に愛すると、お前と一緒に生きていくと決めた」
「…凛」
「オレが一緒にいたいのはお前だよ。死ぬまで、死んでも、お前の側にいる」
「凛!」
「愛してる。オレの唯一」
唯一…。オレだけ…。
「オレも…、お前だけ。お前だけだ…」
「今日は本当に泣き虫だな。泣くなよ。笑って。詩音」
「…うん。凛も…」
涙が止まらない。
滲んだ視界に映る『泣くなよ』と優しく笑うその瞳も、零れた涙に潤んでいて綺麗だ。
「目を冷やそう。職場の、施設の人達に心配されてしまうだろう?」
「…うん」
「なぁ詩音。オレが泣いたのは、悲しかったからじゃない。嬉しかったからだ」
2人でソファに座り、オレの目に氷を包んだタオルを当てながら凛が言う。
「…うん」
「もう二度と謝らなくていい。オレはお前の『伴侶』なんだから。…もしこれからお前が過ちを犯すことがあれば、オレも一緒に背負うからな」
「…凛!!」
思わず身体を引き寄せ、口付けていた。
「んうっ…、」
何度も、何度も、角度を変えて、
呼吸をする間もないほど口付けを深めていった。
唇を解放すると、ハァハァと息を整える凛の顔は真っ赤で、額に汗をかいていた。
「あ…、ごめん」
慌ててコートを脱がせる。
着せたままだったから暑かったのだろう。
シャツも汗で濡れてしまっていた。
身体が冷えるといけない。
ソファに座らせて新しい服を取ってくると、急いで着替えさせた。
凛の顔は蕩けていて腰が立たないようだったから、昼食代わりのケーキを口移しで食べさせることにした。
出会ったばかりの頃。ベッドの上で、拘束した凛を手酷く抱きながら、こうしてケーキを無理矢理食べさせた日のことを思い出す。力なく逃れようと震える脚。光のない瞳。クリームにベタつく唇や口内を舐めても、彼の舌は応えてくれなかった。
「ん…っ、美味しい」
凛が嬉しそうに微笑むと、お返しにオレにも口移しで食べさせてくれた。甘い舌先がクチュクチュと絡み合う。
「…あぁ。本当に美味い」
こんな日々が来るなんて、あの頃のオレには想像すら出来なかった。
幸せな時間。
去年の誕生日が、生まれてきて『一番幸せ』だと思っていた。それなのに、この1年間、凛は何度オレに『最高の幸せ』をくれるのだろう。
目の奥が熱い。
「この時間が、ずっと続けばいいのに。片時もお前と離れたくない」
最後のクリームが互いの口内から消えてしまった。
目の前の身体をギュッと抱きしめる。
凛と出会うまでの23年。
お前が側にいなかったのに、なぜ生きていられたのか分からない。それ程までに、空気や水みたいに、オレには凛が必要だ。
「来年も、10年後も、30年後も、50年後も、こうやってお祝いしよう。ずっとお前の側にいるから」
凛がオレの身体を抱き返してくれた。
オレの目は、また凛に氷で冷やしてもらうことになった。
「ほら、そろそろ眠ないと。起きるまでにお前の好きなものをたくさん作っておくから」
ベッドに入ると凛が頭を撫でてくれた。
「唐揚げもあるか?」
オレの問いに『ふっ』と笑うと、
「もちろんあるよ」
温かい手のひらがオレの目を覆い、『おやすみ、詩音』と大好きな声が耳元で聴こえた。
「おやすみ。ありがとう…凛」
そう呟くと、
いつの間にか穏やかな眠りに落ちていた。
その夜、
唐揚げを始め、照り焼きチキン、ハンバーグ、シーザーサラダとポテトサラダ、『おめでとう、しおん』とケチャップで文字が書かれたフライパンサイズの大きなオムライスがテーブルに並んだ。
メッセージが嬉しくて、写真を撮ったもののオムライスを崩せないオレの口に、凛がスプーンで一口ずつ食べさせてくる。
お返しに凛にも食べさせていると、いつの間にか皿は空になってしまった。
好物ばかりで嬉しくて、美味しくて、感激したオレは『このまま凛を抱きたい』『出勤したくない』と凛の服を奪い、肌にキスマークを付けながら我が儘を言った。
ため息を吐いた凛は、赤い跡が目立つ素肌の上にプレゼントのロングコートを着ると、
「約束通り、今夜はこれを着て寝てやるから。頑張ってこい」
抱きしめてオレの背中をポンポンと叩いてくれた。
「…分かった」
コートの襟を引き寄せた凛は、スゥと息を吸った。
「詩音の匂いが少しだけするね」
堪らない。
凛をギュッと抱き返し、『明日もこれを着たまま、たくさん抱かせて?』と耳元で囁いた。
「っ……、ばか…、」
コートの下で、モゾモゾと彼の素足が擦り合わされるのを感じた。
『オレのことだけを考えて、寝て?』
もう一度ゆっくりと囁けば、
「…甘い声…やめろ。…コートを…汚したくない。いつも…お前のことだけ考えてるから…」
ぶるりと震えながら、オレに縋りついてくれる。
「…ありがとう。汚してもいいよ」
後頭部から背中、腰、尻まで、するりと撫でて、キスをする。
浅いキスが物足りないのだろう。
無意識か、凛の唇がオレの唇を食んで、舌が舐めてくる。
抱き上げて凛をベッドに運ぶと、
「は…っ、ん…、」
息を奪うように激しく口内を蹂躙した。
「…食器は明日の朝片付けるから、このまま寝て待っていて。今夜1時過ぎ、夢の中に出てお前を抱くから」
ベッドの上でヒクつく凛の右足首を手に取ると、アンクレットにキスをした。
「愛してる」
「……ばか。ねむれるか」
凛の小さな声にオレは笑うと、寝室の電気を消した。
リビングのテーブルにはイチゴたっぷりの美味そうなバースデーケーキ。蝋燭の火を吹き消すと、凛がラッピングされた包みを渡してくれた。
誕生日プレゼントはコートだった。
この前、服を贈りあった時にこっそり買ってくれていたらしい。
着てみると暖かいのに、驚くほど軽い。
試着していないのに、サイズはピッタリだった。
「これから夜の通勤は寒くなるだろう? お前は背が高いから、丈の長いコートが良く似合うよ」
『カッコいい』と何度も凛が褒めてくれる。
首の辺りまで隠れるデザインだから、マフラーがなくても充分暖かそうだ。
「すごく嬉しい」
でも…。
「凛、お願いがある」
「ん?」
「今夜だけでいい。これを着て眠ってくれないか?」
「…え、」
「お前の匂いを付けて欲しい」
「お…お前、なんて…恥ずかしいことを…」
「ダメか? 離れている間もお前を感じたいんだ」
休憩時間に凛の匂いを嗅げば、夜勤も頑張れると思った。
「…コートを着ていたら寝づらいよな。ごめん」
出来れば素肌に纏って一晩過ごして欲しかったが。
「…いいよ。今夜だけとは言わず、明日も1日中これを着て過ごしてやる」
凛は優しい。
オレはコートを脱ぐと、さっそく袖を通してもらい、その細い身体を包み込む。袖と肩が余ってるのが可愛い。
あまりの愛おしさに堪らずコートの上からギューっと抱きしめれば、同じように抱き返してくれた。
「ありがとう。最高の誕生日プレゼントだ」
「オレも『家族写真』嬉しかった。お前と結婚したこと、ちゃんとした形に残せた。ミサト先生と、お前の家族にも祝福してもらって、もっと『本当の家族』になれた気がした」
…『本当の家族』。
両親を亡くし、やっと手に入れた妻と子…『家族』をオレが凛から奪ったのだ。
「…ありがとう、…詩音」
声が震えている?
身体を離して見ると、彼は微笑みながら泣いていた。
涙を唇で吸い取り、ペロリと舐める。
「お前から家族を奪ってごめん。…それでも、オレはお前を離せない。死ぬまで、死んでも、オレはお前を縛ってしまうだろう」
驚いたように、凛の目が見開かれた。
「……息子の、杏のこと。愛してるんだ」
その言葉に胸がギュッと痛む。
「それでも…。籍を入れたあの日、オレはお前を一番に愛すると、お前と一緒に生きていくと決めた」
「…凛」
「オレが一緒にいたいのはお前だよ。死ぬまで、死んでも、お前の側にいる」
「凛!」
「愛してる。オレの唯一」
唯一…。オレだけ…。
「オレも…、お前だけ。お前だけだ…」
「今日は本当に泣き虫だな。泣くなよ。笑って。詩音」
「…うん。凛も…」
涙が止まらない。
滲んだ視界に映る『泣くなよ』と優しく笑うその瞳も、零れた涙に潤んでいて綺麗だ。
「目を冷やそう。職場の、施設の人達に心配されてしまうだろう?」
「…うん」
「なぁ詩音。オレが泣いたのは、悲しかったからじゃない。嬉しかったからだ」
2人でソファに座り、オレの目に氷を包んだタオルを当てながら凛が言う。
「…うん」
「もう二度と謝らなくていい。オレはお前の『伴侶』なんだから。…もしこれからお前が過ちを犯すことがあれば、オレも一緒に背負うからな」
「…凛!!」
思わず身体を引き寄せ、口付けていた。
「んうっ…、」
何度も、何度も、角度を変えて、
呼吸をする間もないほど口付けを深めていった。
唇を解放すると、ハァハァと息を整える凛の顔は真っ赤で、額に汗をかいていた。
「あ…、ごめん」
慌ててコートを脱がせる。
着せたままだったから暑かったのだろう。
シャツも汗で濡れてしまっていた。
身体が冷えるといけない。
ソファに座らせて新しい服を取ってくると、急いで着替えさせた。
凛の顔は蕩けていて腰が立たないようだったから、昼食代わりのケーキを口移しで食べさせることにした。
出会ったばかりの頃。ベッドの上で、拘束した凛を手酷く抱きながら、こうしてケーキを無理矢理食べさせた日のことを思い出す。力なく逃れようと震える脚。光のない瞳。クリームにベタつく唇や口内を舐めても、彼の舌は応えてくれなかった。
「ん…っ、美味しい」
凛が嬉しそうに微笑むと、お返しにオレにも口移しで食べさせてくれた。甘い舌先がクチュクチュと絡み合う。
「…あぁ。本当に美味い」
こんな日々が来るなんて、あの頃のオレには想像すら出来なかった。
幸せな時間。
去年の誕生日が、生まれてきて『一番幸せ』だと思っていた。それなのに、この1年間、凛は何度オレに『最高の幸せ』をくれるのだろう。
目の奥が熱い。
「この時間が、ずっと続けばいいのに。片時もお前と離れたくない」
最後のクリームが互いの口内から消えてしまった。
目の前の身体をギュッと抱きしめる。
凛と出会うまでの23年。
お前が側にいなかったのに、なぜ生きていられたのか分からない。それ程までに、空気や水みたいに、オレには凛が必要だ。
「来年も、10年後も、30年後も、50年後も、こうやってお祝いしよう。ずっとお前の側にいるから」
凛がオレの身体を抱き返してくれた。
オレの目は、また凛に氷で冷やしてもらうことになった。
「ほら、そろそろ眠ないと。起きるまでにお前の好きなものをたくさん作っておくから」
ベッドに入ると凛が頭を撫でてくれた。
「唐揚げもあるか?」
オレの問いに『ふっ』と笑うと、
「もちろんあるよ」
温かい手のひらがオレの目を覆い、『おやすみ、詩音』と大好きな声が耳元で聴こえた。
「おやすみ。ありがとう…凛」
そう呟くと、
いつの間にか穏やかな眠りに落ちていた。
その夜、
唐揚げを始め、照り焼きチキン、ハンバーグ、シーザーサラダとポテトサラダ、『おめでとう、しおん』とケチャップで文字が書かれたフライパンサイズの大きなオムライスがテーブルに並んだ。
メッセージが嬉しくて、写真を撮ったもののオムライスを崩せないオレの口に、凛がスプーンで一口ずつ食べさせてくる。
お返しに凛にも食べさせていると、いつの間にか皿は空になってしまった。
好物ばかりで嬉しくて、美味しくて、感激したオレは『このまま凛を抱きたい』『出勤したくない』と凛の服を奪い、肌にキスマークを付けながら我が儘を言った。
ため息を吐いた凛は、赤い跡が目立つ素肌の上にプレゼントのロングコートを着ると、
「約束通り、今夜はこれを着て寝てやるから。頑張ってこい」
抱きしめてオレの背中をポンポンと叩いてくれた。
「…分かった」
コートの襟を引き寄せた凛は、スゥと息を吸った。
「詩音の匂いが少しだけするね」
堪らない。
凛をギュッと抱き返し、『明日もこれを着たまま、たくさん抱かせて?』と耳元で囁いた。
「っ……、ばか…、」
コートの下で、モゾモゾと彼の素足が擦り合わされるのを感じた。
『オレのことだけを考えて、寝て?』
もう一度ゆっくりと囁けば、
「…甘い声…やめろ。…コートを…汚したくない。いつも…お前のことだけ考えてるから…」
ぶるりと震えながら、オレに縋りついてくれる。
「…ありがとう。汚してもいいよ」
後頭部から背中、腰、尻まで、するりと撫でて、キスをする。
浅いキスが物足りないのだろう。
無意識か、凛の唇がオレの唇を食んで、舌が舐めてくる。
抱き上げて凛をベッドに運ぶと、
「は…っ、ん…、」
息を奪うように激しく口内を蹂躙した。
「…食器は明日の朝片付けるから、このまま寝て待っていて。今夜1時過ぎ、夢の中に出てお前を抱くから」
ベッドの上でヒクつく凛の右足首を手に取ると、アンクレットにキスをした。
「愛してる」
「……ばか。ねむれるか」
凛の小さな声にオレは笑うと、寝室の電気を消した。
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