愛を請うひと

くろねこや

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その後の話

プレゼントと宝物(前編)

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12月24日、今日は凛の誕生日だ。

夜勤の休憩時間に『誕生日おめでとう』とメッセージを送った。声を聴きたかったが午前1時を過ぎていたし、まだ平日だから電話をかけるのは我慢した。

ところが。
スマホを手に待っていてくれたらしい。すぐ既読になり『ありがとう』と返してくれた。『おやすみ。夢へ会いに行く』と返信すると、『大丈夫だから仕事に集中しろ』と返ってきた。最近はよく眠れていると言っていたから、もう心配ないのだろう。

「良かった。いい夢を」

アンクレットの代わりにスマホへ口付けた。



夜勤明けに帰宅すると、改めて凛に『誕生日おめでとう』と口付けた。今年は素直に祝いの言葉を受け取ってくれたみたいだ。

ただ、キスを激しくしすぎた。顔が紅潮してふらつく彼の腰を抱いて会社に送る。


昼まで寝た後、ぼんやりと起き出したリビングで、棚に置いた2つのフォトフレームを手に取った。それは毎日の習慣になりつつある。

その1つは大きくて、3枚の写真が収められている。竜瑚に撮ってもらった凛とオレのツーショット写真が2枚と、集合写真が1枚。
後日、オレが選んだものを竜瑚がプリントして彩人がフレームに入れてくれたものだ。

そしてもう1つのフレーム。

「凛と両親の写真も一緒に置かないか」

映画やドラマでは、家族写真をたくさん飾っているシーンをよく見た。だから、凛が段ボールにしまってある写真も並べたらいいと思った。

「…いいのか?」

凛はオレに遠慮していたのだろうか。
オレが子どもの頃の写真を1枚も持っていないと言ったから。
ミサト先生が撮ってくれた写真や、学校の卒業アルバムはあった筈だが、施設を出る時に処分されてしまったのだと思う。

「…ああ、こうして今の写真と並べると、両親の写真を見ても『悲しい気持ち』より、『幸せだった頃』を思い出せるよ。……今が幸せだからだな」

『ありがとう』と凛は、指で涙を拭って笑った。

これまでフォトフレームを箱から出さなかったのは、突然失った両親の姿を直視できなかったからかもしれない。見ると悲しみを思い出してしまうから、記憶を封じるようにしまっていたのだろうか。

あれから彼も毎朝出かける前、この場所にしばらく立っているのを見る。後ろからその身体を抱き締めると、必ずオレにキスをくれる。


今日の夜勤は休みだ。『祝いの準備』があることを知っているから、今日の昼に凛は帰って来ない。軽くパンを食べてから、ケーキの材料と手土産をスーパーで買って、彩人と竜瑚の家へオーブンを借りに行く。

ケーキの土台と小さなシューを焼いてアパートへ戻ると、デコレーションを始める。

今年はイチゴのサンタに加えて、小さなシュークリームでトナカイを作りケーキに載せるのだ。



会社へ迎えに行き、アパートへ帰ってくると凛の顔が真っ赤になっていた。

彼が建物から出てくるのを待つ間、コートの匂いを嗅いでいるのを見られた。凛の匂いが消えないよう、週に一度これを素肌の上に羽織らせて抱いているから、それを思い出したのかもしれない。

「…変態。コートじゃなくて、隣にいる本人を嗅げばいいだろう」

凛が悪い。
そんな可愛いことを言うから、思わず街中で彼の襟元に顔を埋めて鼻から大きく息を吸い込むように深呼吸をしてしまった。



「これって石狩鍋?」

土鍋の蓋を開けた瞬間、凛は驚いたように目を見開いた。

「凛は知ってるのか。竜瑚が以前働いていた店でまかないとして食べて美味かったらしい」

鮭と“鍋によく使う野菜”や豆腐を出汁で煮て、味噌、醤油をひと回し。酒やみりんに加えて、少量の砂糖と、わかめを足すのも特徴だろうか。
最後にバターも加えるから優しい味になる。

竜瑚に聞いたレシピだから、正式な『石狩鍋』かは分からないが。

一口スープを飲んで、凛が笑顔になった。

「美味しい。懐かしいなぁ」

懐かしい?

「母さんは出身が北海道だったんだ。冬になるとよく作ってくれて好きだった。…なんで忘れていたんだろう」

美味しい、美味しい、と何度も言いながら、凛は残さず食べてくれた。

一緒に用意したホタテの炊き込みご飯も、気に入ってくれたようだ。

ケーキはやはり、たくさん写真を撮っていた。プレートではなく、ケーキに直接チョコペンで『Happy Birthday, Rin.』とメッセージを書いた。文字を囲むように置いたトナカイのプチシューも焼いたと言ったらかなり驚いていた。竜瑚に教わりながら焼いて、無事に丸く膨らんでくれた瞬間はホッとした。チョコレートで作ったツノや顔は形にこだわったから、褒められて嬉しい。

凛の希望で品数を少なくしたが、足りただろうか。ケーキまで残さず『本当に美味しい』と食べてくれた。



プレゼントに用意したのは、凛が使っている…いや、使っていたタブレットの最新モデルだ。

バッテリーが穴の空いたコップのようにすぐ無くなる上、OSのアップデートもサポート外になったらしい。凛が読書に使っていたアプリもアップデートできず、開けなくなってしまったという。

以前のタブレットから、ほぼ全てのデータを引き継いである。

ただし、写真データから『あの女』が写っているものだけは全て削除した。
『あの女』。凛の元妻だ。


その代わり、この前、竜瑚に撮ってもらったオレ達の『家族写真』をたくさん追加しておいた。プリントしてフレームに収めたもの以外にも、写真集を作りたいくらい良い写真が大量にあったからだ。

もちろんオレのパソコンには全データを保存済みだ。外付けハードディスクにも入れてある。



「プレゼント? この前シャッターを付けてくれたからいいのに」

リビングと寝室、2ヶ所の大きな掃き出し窓に取り付けた電動シャッター。

凛は『安心してよく眠れるようになった』『騒音や夜の寒さが全然違う』と喜んでくれていた。

「あれはプレゼントとかじゃない。オレが安心したくて勝手に付けたものだ。昼間に寝る時、オレもよく使っているし」

凛が言ってくれたように、シャッターを閉めて部屋を暗くすると、眠りの深さが全く違うことが分かった。

「それに…、礼ならもう貰っただろう?」

外を遮断して、明るくした部屋でのセックス。
普段は見えない、彼の白い肌の下まで透けて見えるようだった。濡れた乳首やナカの粘膜がエロくて…。

オレの顔を見た凛は『あの夜』を思い出したのか、また真っ赤になった。



「すごく便利だ…。ありがとう! 会社にも毎日持って行かせてもらうよ」

始めは遠慮していた凛だったが、タブレットに入れたアプリを説明すると、嬉しそうに笑って受け取ってくれた。

仕事場の端末はかなりボロいらしく、『古い漢字をネットで検索するのに時間がかかる』と言っていたから、手書きするだけでかなり古い漢字まで簡単に探せるアプリを入れたのだ。
驚くほど高価ではあったが、さまざまな書体で表示できるから、画面を画像化すれば、画像編集ソフトでドットのデータに変換することもできる。
以前から『作字するのが大変』だと言っていたから時間が大幅に短縮できると思う。

接続できるキーボードも用意したから、簡単なテキスト作成も出来る。



写真データが引き継がれていることも喜んでくれた。

オレが『削除したデータ』については気付いた筈だが、凛は何も言わない。


「この前の写真だな。さすが氷太刀先生。…オレ達って、こんな風に見えてるのか。ユウさんが撮ってくれた写真もいいな」

写真データを次々と見ながら笑顔になる凛。

その次の一枚。


きょう…!」

思わず、というように凛が小さく叫んだ。

「詩音…これって」


凛の息子、杏の写真。

探偵の佐久間に依頼して、最新の写真を手に入れてもらった。お気に入りだという一冊の絵本を抱きしめて笑う姿だ。

その顔や髪の色が、凛にとても良く似ていた。小さかったころの彼に会えた気がして、思わずオレのスマホにもコピーしてしまった程だ。


「大きくなったなぁ…。そうか、来年から小学生になるんだな」

「6歳の誕生日に幼稚園で撮ったもので、『宝物と一緒に写真を撮る』のが決まりらしい」

「宝物…。この絵本、まだ大事にしてくれてるんだ…」

この部屋の本棚。
竜瑚の写真集が並んだその隣に、ひっそりと置かれた一冊の絵本。
それと同じものだった。

「これはオレが最後に贈った絵本なんだ。休みの日にしか読んであげられなかったからかな。読み終わる度に『もう一回』と何度も何度も言って…」

タブレットの画面を愛おしそうに撫でる指。

「ぁ…、こんな話…聞きたくないよな。ごめん」

慌てたように謝る凛。
違う。謝らせたかった訳じゃない。
そんな顔をしないでほしい。

お前がオレを『唯一』と言ってくれたから、もういいんだ。


「凛…。オレにもその本を読んでくれないか?」

「詩音?」

「オレ、絵本を読んでもらうのに憧れていたんだ。…ミサト先生は読んでくれたけど、オレだけの為じゃなかったから…」

「詩音…」

言葉を失ったようにオレを見つめる凛の視線。なんだか急に恥ずかしくなった。

「…ガキみたいなことを言った。ごめん。忘れてくれ」

「詩音。久しぶりに読みたいと思っていたんだ。今から読もう」

凛はオレの髪を撫でて優しく微笑んだ。
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