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その後の話
告白 2
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「コイツのことが好きなんだ」
この男、響の『どこが好きか』と問われても、一言では言い表せない。
言葉にできない。
『……情に絆されたってことか?』
詩音の言う通りだ。
この感情は恐らく、『50年』という半世紀にもわたる長い時間や、『情』。それらが積み重なってできたものなのだと思う。
「……なんだよそれ」
詩音の声を最後に、部屋を沈黙が包む。
カチッ、カチッ、と時計の秒針が進む音だけが聞こえる。
「…オレは、その感じ…たぶん分かります」
沈黙を破ったのは、凛だった。
「オレと詩音の始まりは…強姦です」
「凛……」
暗い目をしていた詩音は、その表情を変えた。
「最初は、意味が分からなかった。いきなり駅で拉致されて、縛られて、強姦されて。動画で脅されて、週一で食事とセックス。結局、会社と妻にバラされて、仕事と妻子を一気に失った。大嫌いでした。好きになる要素なんて無かった」
淡々と話す声は、感情を感じさせない。
「しかも『奴隷』扱いです。半年以上、首輪と足枷を嵌められ、二足歩行は許されなかった。3人の男達から毎日食事代わりに精液を飲まされて、カメラに囲まれながら輪姦、排泄させられて。尻の穴が壊れるくらい異物を腹に詰め込まれたことは何度もあるし、27人の男に休みなく2周も犯されて、『便所』扱いされたことだって…」
静かな言葉。
「あの『イベント』も本当に…死にたいくらい酷かったけど、『派遣』が一番辛かった。知らない変態男、加虐趣味の男達に囲まれて、一晩中…朝まで犯されて、嬲られて、殴られて、首を絞められて、殺されるかもしれない恐怖に怯えて…。“6”という数字が…今も怖くて仕方ない…」
だからこそ、伝わってくる。
彼が受けた傷が。
そうだ。彼は『派遣』で一度、死にかけている。血流を阻害し、臓器を圧迫されるほどキツく縛られて。馬の陰茎並に凶悪なサイズの悪趣味な玩具で傷付けられた体内も酷かった。
『6』という数字の意味は分からなかったが、詩音と響には分かったようだ。
……あぁ、部屋番号か。詩音に夜明け頃、何度か呼び出されて駆けつけたホテルの部屋が6階の『666』号室だった。ドアにプレートがなくて、迷ったのを思い出した。
部屋の中が天井から床まで真っ黒で、拷問器具のように異様な物が並んで気持ち悪かった。
「あの恐ろしい男達と比べて、優しく抱いてくれる男に好意を持った。男の過去を知って、『会社』に男自身も『奴隷』扱いされていると知って同情した。友人を大事に思う姿に絆された」
それは、『ストックホルム症候群』なのかもしれない。
監禁された被害者が、加害者と長い時間を共に過ごした事で、好意を抱く現象。
それでも、オレは知っている。
彼等の側で、ずっと見てきた。
「暴力を受けながら、オレを庇おうとする姿に絆された。大怪我で辛くても、オレのために欠かさず食事を用意してくれて。毎日『愛してる』と言われて、『愛してほしい』と請われて絆された。たまに笑う、その顔に…惹かれた」
詩音は涙を流していた。
「いつの間にか、お前を好きになっていたんだよ。理由? そんなもの、言葉にできない」
凛は、詩音の涙を指で拭って、それでも止まらない目尻にキスして、震える手を握って。
頬を引き寄せ、
目を合わせ、
優しく微笑んだ。
「好きだよ。愛してる。詩音」
口付けを受けて、言葉を受けて、
詩音は恐る恐る、凛の身体を抱きしめた。
繋いだオレの手を一度だけギュッと握り、
絡めていた指を解く響。
静かに床へ膝を突き…
「申し訳ありませんでした」
深く頭を下げる。
プライドが高い、この男が…謝った?
オレも、
響の隣に膝を突く。
「凛、詩音。すまない。許してほしい」
一緒に頭を下げる。
詩音も、床に膝を突いたみたいだ。
「凛。ごめん。ごめんなさい」
「ちょっ……、3人とも、やめて。やめてください。頭を上げて、ソファに戻って!」
慌てふためく凛の声がする。
顔を上げると、顔を真っ赤にした凛も、床に降りてきていた。
「すみません。愚痴みたいになってしまいましたけど、謝らせたかった訳じゃないんです。……ただ、『嫌い』が『好き』に変わった理由なんて、一言では言えないんじゃないかと伝えたくて…」
まさか、
詩音の罪ごと、オレ達を許すのか。
「オレの『好き』って気持ちは、『綺麗なもの』ではないんです。たったひとつの明確で『大きな好き』じゃなくて、言葉に出来ないほどの『小さな好き』がたくさん積み重なって出来たものなんだと、……オレは思います」
そうだ。
オレが響に向けた気持ちは…。
『あいつ、絶対山神のこと好きだったよな』
同窓会で友人達からコイツの気持ちを知らされて。
刑務所の面会室で話をしてみると、
彼の言葉には、オレが気付いていなかった『好き』が溢れていた。
オレは、自分自身の愚鈍さに呆れた。
学生時代に彼がくれた、素直じゃない言葉。
今思えば、そこにもたくさんの『ヒント』が紛れていたことに気付く。
『お前以外と組むくらいなら行かない』
『眠い。膝を貸せ。ここだとよく眠れるんだ』
『お前いい匂いだな。落ち着く』
『あんな女のところに行くなよ』
『卒業したくない。お前と…離れたくない』
コイツは何度もオレに『気持ち』を向けてくれていたのに。
気付いた瞬間、一人で悶絶した。
あんなに顔が熱くなったことはない。
どんなに最低なヤツでも、
オレがコイツから離れられなかったのは。
ずっと受けていた彼からの『気持ち』が、
それを『面倒くさい』と思いつつも『嬉しい』と感じたオレの『気持ち』が、オレの中に降り積もっていたからなのだろう。
「うん。凛の言う通りだ。だからオレは、この男を好きになって、受け入れた」
「啓一」「啓一先生」
響と詩音の声が同時に聞こえた。
やっぱりこの2人、似てるなぁ。
キリッとした眉が、へにょっとしてる。
「凛、ありがとう。詩音、ごめん」
隣にいる男を見て、その頭をグイッと引き寄せた。
「オレは八嶋 響が好きです。この男を好きでいること、2人に許してほしい」
「啓一。オレも大好きだ」
そのままオレと唇を合わせようとする響…。
「ストップ、後で」
手のひらでその口を塞いだ。
「ぷっ…、……っく、…ははっ…。あの『社長』が…啓一先生に…『待て』されてる…」
涙を拭う詩音は、響を見て笑った。
キスを防がれたせいで、不満げな顔をしながらもオレに従う男。
「オレは、許します」
凛が詩音の頭を撫でながら、オレに言った。
詩音はまるでご主人様に愛でられる大型犬のように、気持ちよさそうな顔で目を細めている。
「凛が許すのなら、オレが言うことはもうない」
渋々ながら、詩音もオレ達を許してくれた。
冴から預かっていた参考書籍を詩音に渡すと、凛は『忘れてた…』とオレが大好きな『四季香堂』の豆大福をくれた。
冴には日持ちする菓子を送ってくれたらしい。かえって金を使わせてしまったな…。
「竜瑚には自分で伝えろよ。彩人には…絶対にその男を近づけるな」
詩音は『二度と竜瑚の美味いメシを食えないかもしれないな』と意地の悪い顔で笑った。
オレにとって、一番キツい罰かもしれない…。
別れ際、響は詩音の耳に『何か』を囁いていた。
詩音は不本意そうながら、コクリと頷いた。
一体何を言ったのだろう。
聞いても『後で話す』としか答えてくれなかった。
2人はギュッと手を繋いで帰って行った。
この男、響の『どこが好きか』と問われても、一言では言い表せない。
言葉にできない。
『……情に絆されたってことか?』
詩音の言う通りだ。
この感情は恐らく、『50年』という半世紀にもわたる長い時間や、『情』。それらが積み重なってできたものなのだと思う。
「……なんだよそれ」
詩音の声を最後に、部屋を沈黙が包む。
カチッ、カチッ、と時計の秒針が進む音だけが聞こえる。
「…オレは、その感じ…たぶん分かります」
沈黙を破ったのは、凛だった。
「オレと詩音の始まりは…強姦です」
「凛……」
暗い目をしていた詩音は、その表情を変えた。
「最初は、意味が分からなかった。いきなり駅で拉致されて、縛られて、強姦されて。動画で脅されて、週一で食事とセックス。結局、会社と妻にバラされて、仕事と妻子を一気に失った。大嫌いでした。好きになる要素なんて無かった」
淡々と話す声は、感情を感じさせない。
「しかも『奴隷』扱いです。半年以上、首輪と足枷を嵌められ、二足歩行は許されなかった。3人の男達から毎日食事代わりに精液を飲まされて、カメラに囲まれながら輪姦、排泄させられて。尻の穴が壊れるくらい異物を腹に詰め込まれたことは何度もあるし、27人の男に休みなく2周も犯されて、『便所』扱いされたことだって…」
静かな言葉。
「あの『イベント』も本当に…死にたいくらい酷かったけど、『派遣』が一番辛かった。知らない変態男、加虐趣味の男達に囲まれて、一晩中…朝まで犯されて、嬲られて、殴られて、首を絞められて、殺されるかもしれない恐怖に怯えて…。“6”という数字が…今も怖くて仕方ない…」
だからこそ、伝わってくる。
彼が受けた傷が。
そうだ。彼は『派遣』で一度、死にかけている。血流を阻害し、臓器を圧迫されるほどキツく縛られて。馬の陰茎並に凶悪なサイズの悪趣味な玩具で傷付けられた体内も酷かった。
『6』という数字の意味は分からなかったが、詩音と響には分かったようだ。
……あぁ、部屋番号か。詩音に夜明け頃、何度か呼び出されて駆けつけたホテルの部屋が6階の『666』号室だった。ドアにプレートがなくて、迷ったのを思い出した。
部屋の中が天井から床まで真っ黒で、拷問器具のように異様な物が並んで気持ち悪かった。
「あの恐ろしい男達と比べて、優しく抱いてくれる男に好意を持った。男の過去を知って、『会社』に男自身も『奴隷』扱いされていると知って同情した。友人を大事に思う姿に絆された」
それは、『ストックホルム症候群』なのかもしれない。
監禁された被害者が、加害者と長い時間を共に過ごした事で、好意を抱く現象。
それでも、オレは知っている。
彼等の側で、ずっと見てきた。
「暴力を受けながら、オレを庇おうとする姿に絆された。大怪我で辛くても、オレのために欠かさず食事を用意してくれて。毎日『愛してる』と言われて、『愛してほしい』と請われて絆された。たまに笑う、その顔に…惹かれた」
詩音は涙を流していた。
「いつの間にか、お前を好きになっていたんだよ。理由? そんなもの、言葉にできない」
凛は、詩音の涙を指で拭って、それでも止まらない目尻にキスして、震える手を握って。
頬を引き寄せ、
目を合わせ、
優しく微笑んだ。
「好きだよ。愛してる。詩音」
口付けを受けて、言葉を受けて、
詩音は恐る恐る、凛の身体を抱きしめた。
繋いだオレの手を一度だけギュッと握り、
絡めていた指を解く響。
静かに床へ膝を突き…
「申し訳ありませんでした」
深く頭を下げる。
プライドが高い、この男が…謝った?
オレも、
響の隣に膝を突く。
「凛、詩音。すまない。許してほしい」
一緒に頭を下げる。
詩音も、床に膝を突いたみたいだ。
「凛。ごめん。ごめんなさい」
「ちょっ……、3人とも、やめて。やめてください。頭を上げて、ソファに戻って!」
慌てふためく凛の声がする。
顔を上げると、顔を真っ赤にした凛も、床に降りてきていた。
「すみません。愚痴みたいになってしまいましたけど、謝らせたかった訳じゃないんです。……ただ、『嫌い』が『好き』に変わった理由なんて、一言では言えないんじゃないかと伝えたくて…」
まさか、
詩音の罪ごと、オレ達を許すのか。
「オレの『好き』って気持ちは、『綺麗なもの』ではないんです。たったひとつの明確で『大きな好き』じゃなくて、言葉に出来ないほどの『小さな好き』がたくさん積み重なって出来たものなんだと、……オレは思います」
そうだ。
オレが響に向けた気持ちは…。
『あいつ、絶対山神のこと好きだったよな』
同窓会で友人達からコイツの気持ちを知らされて。
刑務所の面会室で話をしてみると、
彼の言葉には、オレが気付いていなかった『好き』が溢れていた。
オレは、自分自身の愚鈍さに呆れた。
学生時代に彼がくれた、素直じゃない言葉。
今思えば、そこにもたくさんの『ヒント』が紛れていたことに気付く。
『お前以外と組むくらいなら行かない』
『眠い。膝を貸せ。ここだとよく眠れるんだ』
『お前いい匂いだな。落ち着く』
『あんな女のところに行くなよ』
『卒業したくない。お前と…離れたくない』
コイツは何度もオレに『気持ち』を向けてくれていたのに。
気付いた瞬間、一人で悶絶した。
あんなに顔が熱くなったことはない。
どんなに最低なヤツでも、
オレがコイツから離れられなかったのは。
ずっと受けていた彼からの『気持ち』が、
それを『面倒くさい』と思いつつも『嬉しい』と感じたオレの『気持ち』が、オレの中に降り積もっていたからなのだろう。
「うん。凛の言う通りだ。だからオレは、この男を好きになって、受け入れた」
「啓一」「啓一先生」
響と詩音の声が同時に聞こえた。
やっぱりこの2人、似てるなぁ。
キリッとした眉が、へにょっとしてる。
「凛、ありがとう。詩音、ごめん」
隣にいる男を見て、その頭をグイッと引き寄せた。
「オレは八嶋 響が好きです。この男を好きでいること、2人に許してほしい」
「啓一。オレも大好きだ」
そのままオレと唇を合わせようとする響…。
「ストップ、後で」
手のひらでその口を塞いだ。
「ぷっ…、……っく、…ははっ…。あの『社長』が…啓一先生に…『待て』されてる…」
涙を拭う詩音は、響を見て笑った。
キスを防がれたせいで、不満げな顔をしながらもオレに従う男。
「オレは、許します」
凛が詩音の頭を撫でながら、オレに言った。
詩音はまるでご主人様に愛でられる大型犬のように、気持ちよさそうな顔で目を細めている。
「凛が許すのなら、オレが言うことはもうない」
渋々ながら、詩音もオレ達を許してくれた。
冴から預かっていた参考書籍を詩音に渡すと、凛は『忘れてた…』とオレが大好きな『四季香堂』の豆大福をくれた。
冴には日持ちする菓子を送ってくれたらしい。かえって金を使わせてしまったな…。
「竜瑚には自分で伝えろよ。彩人には…絶対にその男を近づけるな」
詩音は『二度と竜瑚の美味いメシを食えないかもしれないな』と意地の悪い顔で笑った。
オレにとって、一番キツい罰かもしれない…。
別れ際、響は詩音の耳に『何か』を囁いていた。
詩音は不本意そうながら、コクリと頷いた。
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