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その後の話
一途
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「啓一…。お前が自分のことになると途端に鈍くなるのは、『自分自身に興味がないから』なんだな…」
泊まりがけの仕事から帰ってきた響は、オレがゴミ箱に捨てたカップラーメンの容器を見てそう言った。昨日の昼メシ?に食べたやつ。
「おー、おかえり」
「……ただいま」
ソファの上。
空が白み始めた頃に帰ってきたオレは、手洗いうがいして、ここに座った瞬間……身体が限界を迎えたらしい。
「服がシワだらけじゃないか…」
「あー、そのまま寝ちまったからな。そろそろ洗うか…」
……首と肩と腰が痛い。
身体がガチガチに固まっている。
「お前、料理できるのに。オレのために作るメシは無駄に凝ってるくせに」
火をつけようと銜えたタバコを、響の手に奪われる。
オレはカシカシと頭を掻き、欠伸した。
「あぁ、まぁ…、昨夜は、帰るのが遅くなったんだよ。この時期は急性アルコール中毒の患者が増えてくるからな」
まだ忘年会シーズンには早いが、『ハロウィン』『クリスマス』と夜の店ではイベントが続く。
『アルハラ』なんて言葉が一般的になり、飲めないヤツに無理矢理酒を飲ませるバカは減ってきたが、『酒を提供する側』には関係ない。
次々とやってくる客を相手に、何度も何度も『乾杯』を繰り返すのだ。
それに、夜風が冷えてくると、道端に落ちている酔っぱらいも放っておくわけにはいかなくなる。
「“医者の不養生”と言うだろう…。他人のことだけじゃなく、お前自身のメンテナンスもしっかりしろ」
「あー…、分かったよ」
『絶対に分かっていないな…』という冷たい視線を感じる。
気まずくなり、床に置いておいたペットボトルからゴクゴクと水を飲む。
……コイツ、こんなキャラだっけ?
一人暮らしの頃は、いつもこんな感じで生きていた。
手料理に飢えると、八百屋のナナちゃんと肉屋のロウくん、魚屋のハツさんに勧められた食材を買って竜瑚と彩人の家に行く。
詩音がいた頃に比べると、『甘い2人の同棲生活』に割り込む気になれなくて、足が遠のきつつあるが。
それでも竜瑚は『家賃が安すぎる』と言って、食事会に招待してくれる。おそらくオレの食生活を気遣ってくれているのだろう。
大病院で医師として働く忙しい両親。
オレは子どもの頃から、弟と妹の面倒をみながら学校へ通っていた。もちろん家政婦さんは家に来てくれたが、食事については『兄ちゃんの作ってくれた◯◯が食べたい』と言われると、つい嬉しくて頑張った。
弟はよく夜中に熱を出したし、妹は毎晩寝る前に『絵本を読んで』と言う。
両親の代わりに、甘えてくれる2人へ愛情を注いだ。
オレは町医者をしている祖父に懐いていた。
子ども扱いはしてもらえなかったが、不器用ながらも祖父の愛情は感じていた。
祖父の友人達もオレを可愛がってくれた。
街の大人達も、声をかけてくれたし、菓子や果物、お惣菜をくれることもあった。
祖父の後を継いで、この街の友人達を守る。
その為に、医師になることを決めた。
『自分自身に興味がない』。
なるほど、そうかもしれない。
誰かの世話をしたい。手伝いたい。尽くしたい。
でも、自分自身のことは、あまり考えたことが無かった。
高校時代は学校行事や大学受験。
弟と妹が大きくなると、オレが愛情を注ぐ相手はいなくなってしまった。
大学に進学してからは、あっという間で。
医師になるために必死で頑張っていたら29歳になっていた。
海砂ちゃんを保護して、家事をやってくれていた頃は、まともな暮らしをしていた気がする。
彼女が姿を消して、彼女をずっと探して。
詩音が一緒に暮らすようになって。
息子ができたみたいで嬉しかった。
本当に『自分の子』かもしれないと響から聞いた時も、本音を言えば…嬉しかった。
詩音は『クソイベント』で満身創痍になった彩人を家に連れて帰った。
虚ろな目をした、まるで人形のような親友へ必死に語りかけながら、食事から排泄まで面倒を見る詩音。オレが彩人に近づくと、我が子を守る野生動物のように警戒する。
その姿を見ているのが辛くて、彩人の容態が安定した頃にオレはあの家を出た。
食事を持って行き、翌朝様子を見に行くと容器が空いていたから詩音も食べてはいたと思う。それでも心労からだろう。みるみる痩せていく。
ある夜、泥酔していた竜瑚を街で拾って帰った。大柄でスキンヘッドという威圧感を与える容姿ではあったが、酔っていても暴れることなく、『妻に捨てられた』と言いながらも相手を責めることなく、自身を省みる言葉ばかり。素面になった男の人柄にも問題はなく、お詫びにと作ってくれた料理は最高に美味しくて、『詩音と彩人を任せてみたい』と思った。
嗅覚か味覚が作用したのか。竜瑚の料理は奇跡を起こし、彩人は人形から人間に戻った。
あの3人で上手く暮らし始めてくれてホッとした。寂しいという気持ちはあったが、逃げたオレにはその資格がないと蓋をした。
祖父さんが一人で暮らしていた、今の家に引っ越してからは、ずっと一人。
街には幼なじみの親友をはじめ、馴染みの仲間達、祖父さんの代からの患者達もいる。
たぶん、祖父さんと同じように、友人達と楽しくやりながら、孤独に死ぬのだと思っていた。
「昼メシはオレが作ってやる。豚の生姜焼きでいいか?」
響の言葉に、驚いて顔を上げる。
「オレが好きなもの。お前は知ってたのか」
「……給食の時間、お前はなんでも美味そうに食べていたが、生姜焼きの日は特に嬉しそうにしていただろう?」
思い返してみると、小学校時代から面倒をかけてくる、この幼なじみだけは、ずっとオレだけを見てくれていた。
50年以上も一途に…。
「……なんかヤバい。嬉しいな」
顔が緩んでしまう。
チュッ、
唇は一瞬で離れていく。
「へ?」
いきなりのキスに驚き、間抜けな声が出てしまった。
「お前が…かわいい顔するからだ」
照れたように早口でそう言って、響はシャツの袖を捲りながらキッチンへ逃げて行った。
「どっちが……、」
オレは、かぁっと熱くなった顔を、
両手で覆うのだった。
泊まりがけの仕事から帰ってきた響は、オレがゴミ箱に捨てたカップラーメンの容器を見てそう言った。昨日の昼メシ?に食べたやつ。
「おー、おかえり」
「……ただいま」
ソファの上。
空が白み始めた頃に帰ってきたオレは、手洗いうがいして、ここに座った瞬間……身体が限界を迎えたらしい。
「服がシワだらけじゃないか…」
「あー、そのまま寝ちまったからな。そろそろ洗うか…」
……首と肩と腰が痛い。
身体がガチガチに固まっている。
「お前、料理できるのに。オレのために作るメシは無駄に凝ってるくせに」
火をつけようと銜えたタバコを、響の手に奪われる。
オレはカシカシと頭を掻き、欠伸した。
「あぁ、まぁ…、昨夜は、帰るのが遅くなったんだよ。この時期は急性アルコール中毒の患者が増えてくるからな」
まだ忘年会シーズンには早いが、『ハロウィン』『クリスマス』と夜の店ではイベントが続く。
『アルハラ』なんて言葉が一般的になり、飲めないヤツに無理矢理酒を飲ませるバカは減ってきたが、『酒を提供する側』には関係ない。
次々とやってくる客を相手に、何度も何度も『乾杯』を繰り返すのだ。
それに、夜風が冷えてくると、道端に落ちている酔っぱらいも放っておくわけにはいかなくなる。
「“医者の不養生”と言うだろう…。他人のことだけじゃなく、お前自身のメンテナンスもしっかりしろ」
「あー…、分かったよ」
『絶対に分かっていないな…』という冷たい視線を感じる。
気まずくなり、床に置いておいたペットボトルからゴクゴクと水を飲む。
……コイツ、こんなキャラだっけ?
一人暮らしの頃は、いつもこんな感じで生きていた。
手料理に飢えると、八百屋のナナちゃんと肉屋のロウくん、魚屋のハツさんに勧められた食材を買って竜瑚と彩人の家に行く。
詩音がいた頃に比べると、『甘い2人の同棲生活』に割り込む気になれなくて、足が遠のきつつあるが。
それでも竜瑚は『家賃が安すぎる』と言って、食事会に招待してくれる。おそらくオレの食生活を気遣ってくれているのだろう。
大病院で医師として働く忙しい両親。
オレは子どもの頃から、弟と妹の面倒をみながら学校へ通っていた。もちろん家政婦さんは家に来てくれたが、食事については『兄ちゃんの作ってくれた◯◯が食べたい』と言われると、つい嬉しくて頑張った。
弟はよく夜中に熱を出したし、妹は毎晩寝る前に『絵本を読んで』と言う。
両親の代わりに、甘えてくれる2人へ愛情を注いだ。
オレは町医者をしている祖父に懐いていた。
子ども扱いはしてもらえなかったが、不器用ながらも祖父の愛情は感じていた。
祖父の友人達もオレを可愛がってくれた。
街の大人達も、声をかけてくれたし、菓子や果物、お惣菜をくれることもあった。
祖父の後を継いで、この街の友人達を守る。
その為に、医師になることを決めた。
『自分自身に興味がない』。
なるほど、そうかもしれない。
誰かの世話をしたい。手伝いたい。尽くしたい。
でも、自分自身のことは、あまり考えたことが無かった。
高校時代は学校行事や大学受験。
弟と妹が大きくなると、オレが愛情を注ぐ相手はいなくなってしまった。
大学に進学してからは、あっという間で。
医師になるために必死で頑張っていたら29歳になっていた。
海砂ちゃんを保護して、家事をやってくれていた頃は、まともな暮らしをしていた気がする。
彼女が姿を消して、彼女をずっと探して。
詩音が一緒に暮らすようになって。
息子ができたみたいで嬉しかった。
本当に『自分の子』かもしれないと響から聞いた時も、本音を言えば…嬉しかった。
詩音は『クソイベント』で満身創痍になった彩人を家に連れて帰った。
虚ろな目をした、まるで人形のような親友へ必死に語りかけながら、食事から排泄まで面倒を見る詩音。オレが彩人に近づくと、我が子を守る野生動物のように警戒する。
その姿を見ているのが辛くて、彩人の容態が安定した頃にオレはあの家を出た。
食事を持って行き、翌朝様子を見に行くと容器が空いていたから詩音も食べてはいたと思う。それでも心労からだろう。みるみる痩せていく。
ある夜、泥酔していた竜瑚を街で拾って帰った。大柄でスキンヘッドという威圧感を与える容姿ではあったが、酔っていても暴れることなく、『妻に捨てられた』と言いながらも相手を責めることなく、自身を省みる言葉ばかり。素面になった男の人柄にも問題はなく、お詫びにと作ってくれた料理は最高に美味しくて、『詩音と彩人を任せてみたい』と思った。
嗅覚か味覚が作用したのか。竜瑚の料理は奇跡を起こし、彩人は人形から人間に戻った。
あの3人で上手く暮らし始めてくれてホッとした。寂しいという気持ちはあったが、逃げたオレにはその資格がないと蓋をした。
祖父さんが一人で暮らしていた、今の家に引っ越してからは、ずっと一人。
街には幼なじみの親友をはじめ、馴染みの仲間達、祖父さんの代からの患者達もいる。
たぶん、祖父さんと同じように、友人達と楽しくやりながら、孤独に死ぬのだと思っていた。
「昼メシはオレが作ってやる。豚の生姜焼きでいいか?」
響の言葉に、驚いて顔を上げる。
「オレが好きなもの。お前は知ってたのか」
「……給食の時間、お前はなんでも美味そうに食べていたが、生姜焼きの日は特に嬉しそうにしていただろう?」
思い返してみると、小学校時代から面倒をかけてくる、この幼なじみだけは、ずっとオレだけを見てくれていた。
50年以上も一途に…。
「……なんかヤバい。嬉しいな」
顔が緩んでしまう。
チュッ、
唇は一瞬で離れていく。
「へ?」
いきなりのキスに驚き、間抜けな声が出てしまった。
「お前が…かわいい顔するからだ」
照れたように早口でそう言って、響はシャツの袖を捲りながらキッチンへ逃げて行った。
「どっちが……、」
オレは、かぁっと熱くなった顔を、
両手で覆うのだった。
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