愛を請うひと

くろねこや

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その後の話

呪い

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「詩音。このニュースの続報、見たか?」

食器を洗い終えたオレに、
凛が食後のコーヒーを淹れながら、スマホの画面を見せてくれる。

今夜はまた夜勤だから、これから仮眠をとるオレのためにカフェインレスにしてくれたみたいだ。


8月末、日曜日の朝。


昨夜は休みだったから一晩中させてもらったのに、まだ足りない。

彼に付けた“痕”が、開いたシャツの首元に覗くから、行為の余韻をもう少しだけ感じたくなってしまう。


サイドテーブルに2人分のカップを置くと、ソファに座り、凛の細い身体を後ろから包み込むように抱く。

夏とはいえ、エアコンをつけた部屋の中は涼しいから、彼の肩越しにスマホを見せてもらうことにした。

それでも食後だからか、彼の背中は熱くなっていて、目の前にある首筋を舐めてみれば汗の味がした。

「んっ…、」

凛の声は甘い。




画面には

『原因不明 謎の大量不審死』
『死者15人』

と大きく書かれている。



それ・・は、金曜日の夜に起きた。

当初は『謎の大量死 窒息か?』と言われていた。

全く同じ日、同じ時刻に、15人の男達が『窒息死したと思われる』というものだった。


普通に考えれば、ガス漏れなどの事故。
もしくはテロ事件などを思い浮かべるだろう。

しかし、死亡した場所は全員バラバラ。

刑務所内での死者数が最も多かったが、それぞれ収容された場所や部屋は異なる上、同じ場所にいた他の受刑者や看守には何も起きていない。

他にも自宅、車の中、コンビニ、ホテルなど現場は多岐に渡る。


それでも『偶然』として片付けるには、15人の死があまりに『同時刻すぎる』のだ。

SNSでは、『まるでホラー映画かパニック映画のよう』というコメントが目立っていた。



『食べ物を喉に詰まらせ窒息』

誤嚥ごえん』と同様、
オレの働く介護施設では、そういった事故が起こらないよう、入所者の食事中は細心の注意を払うようにしている。

このニュースを知り、オレが気にしていたのを、凛は覚えていてくれたらしい。



15件も同時に起きた『死』だ。

季節的なものかもしれない。

未知の病かもしれない。

『何が原因で』窒息したのか、知っておけば事前に対策できるから、把握しておきたかったのだ。





……ところが。


続報を読むと、その15人の喉には全員『なにも詰まっていなかった』とある。

食べ物も、吐瀉物としゃぶつも、だ。


夜の8時といえば、
刑務所では夕食後の自由時間だった筈。


付近に水はなく、酸欠になるようなガス漏れなどもない。


他者に首を絞められたような痕跡もない。


本人が付けたと思われる爪や指の跡もない。
窒息であれば、苦しみに喉を掻きむしるそうだ。


目撃者の証言や監視カメラの映像によると、『突然、自身の首に触れ、急激に顔色を失って亡くなった』らしい。


事故や事件性を疑い、捜査や解剖が行われたらしいが、結局『何者かによる関与』や『外的要因』は認められず、原因不明の『不審死』扱いとなった、と書かれている。


その現象が起きたのは満月の夜だったから、『月の満ち欠けが人体に影響を与えた?』とか、刑務所内で多くの死者が出たことから『恨みによる“呪い”ではないか?』とか、ネットではオカルトな内容も含めて様々な憶測がされているそうだ。



「原因不明なんて怖いなぁ。……“呪い”って確か、“五寸釘”とか“藁人形”みたいなやつの事だよな?」


“呪い”。

凛が言っているのは『丑の刻参り』という儀式のことだろう。夜中に殺したい相手の『藁人形』を神社の木に長い釘で打ちつけるらしい。以前読んだ本に出てきた。


「あぁ。……もしも“呪い”が本当にあるのなら。オレだったら……子どもだった彩人を施設で酷い目に遭わせたあの男と、オレ達をあの『会社』に売り飛ばした施設長を真っ先に殺す」

「まぁ、それはオレも同感だ。……亡くなったのは、」


『……え?』と

腕の中で、凛の身体が固まった。


「なあ、その施設長と息子って、『元興寺がごぜ』って名前じゃなかったか?」


その珍しい姓は、一度たりとも忘れたことはない。


「そうだ」

「詩音、お前。本気で呪ったり…したか?」

「は?」

「そいつら、親子揃って死んだらしい」

「!」



スマホには、亡くなった15人の名前がリストで表示されていた。


「嘘だろ?」


そこには

ヤツらの名前が並んでいた。


“呪い”?

オレは言葉を失った。


はっと我に返る。


「それなら…八嶋やしまは………、」

『会社』でオレ達を縛っていた社長。
その名前はリストに載っていなかった。


凛に執着している『あの男』の名前も、ない。


……オレ・・も、死んでいない。




スマホを凛の手に返すと、振り返った彼の顔が心配そうにオレを見ていた。

後ろから彼の髪に顔を埋めて、スゥッと匂いを嗅ぐ。いい匂い。

彼はくすぐったそうに身を捩った。




リストをもう一度見返す。

知らない名前もあるが、あの『会社』、彩人に関わる名前をいくつも見つけた。

八嶋の名前がないことが不思議で仕方ない。




「彩人に知らせた方がいいと思うか?」

『被害者』は、知りたいか?
『加害者』の『死』を。


「確か……竜瑚の里帰りについていくって言ってなかった? お祭りだっけ?」

「……ああ、そうだったな」



ヤツらが死んだ。

小学2年の夏から、彩人の心と身体を傷つけ続けたクズと、

オレ達を『会社』に売った、ジジイ。

国や自治体から出ていたオレ達のための金を、全て懐にしまっていたのだと、施設長への判決文を読んで知った。

しかも、それはオレ達だけじゃない。本当に最近まで、ヤツらは施設の子供たちに『同じ事』を繰り返していたらしい。



あの親子が、死んだ。


あまりに呆気なかった。



甘えるように後ろからギュッと抱きしめれば、彼の右手がオレの頭を撫でてくれる。

後ろ手だからぎこちないが、彼の優しさに心が安定していく。


「…まずは竜瑚にだけ話そう。いつも側にいる彼なら、彩人に伝えるべきかわかると思う」

凛の言う通りだ。

「そうだな。連絡してみるよ」


彼は身体を反転させると、正面からオレを抱きしめ、唇にキスしてくれた。







「これ土産、2人で食べてくれ」

竜瑚がアパートに来たのは月曜の午前10時。
彩人はまだ寝ているらしい。

「“子持ち鮎の佃煮”か。…凛、すごく喜ぶと思う。ありがとう」


「……彩人には聞かせたくない話なのか?」

オレが『一人で来てくれ』とメッセージを送ったからだろう。





「15人死亡。場所はバラバラ。金曜の夜8時すぎ…か。『呪い』? 」

ブツブツと呟きながら、考え込む竜瑚。


何度も記事を読み返した後、

はぁ、とため息をついた。

竜瑚が珍しい。

『ため息』『舌打ち』などといったネガティブな動作をあまりしないのに。


「……信じがたい話だが、それ…、犯人はオレかもしれない」

「…は?」

「『首』『不審死』だろう?」


竜瑚は右腕を広げると、スッと横に斬るような仕草をした。

「ちょうどその時間にオレ、祭りの舞台で大太刀を振ってたんだよ」


彼の実家は神社だ。
『氷太刀』という変わった名前は、その大太刀に関係しているらしい。

「龍神様へ奉納する『舞』のなかに、人間の首を斬り落とす動きがあるんだ。16回。ただし、最初の1回は『手応え』がなかった」


『首を斬り落とす』とは物騒な祭りだ。
しかし、

「15回『手応え』があったんだよ」

「そんな偶然が…、」


竜瑚は『人の死』に関して冗談を言うような男ではない。

それでも、にわかには信じがたい話だ。


「その“元興寺がごぜ親子”の他に13人も亡くなったんだろう?そっちは彩人と関係ありそうなのか?」

「少なくとも7人は確実だ。うち3人は、例の『クソイベント』に初回から参加していた『スポンサー』のジジイども。凛が顔を覚えていて逮捕されたソイツらが、全員リストにいたんだ」


「………そうか。……普通なら『あり得ない』と否定するんだがな。今回の祭りは『おかしなこと』があったんだ」


舞台で舞っている時に『変な声』が聞こえて幻覚を見たり、身体が思うように動かせなくなったり。

それを観ていた彩人も『変な声』を聞いて倒れたそうだ。


「『彩人を傷つけたヤツらを殺してやりたい』。オレは何度もそう考えた。龍神様がその『願い』を叶えてくれたのかもしれない…」


『頭がおかしくなりそうだ』、と竜瑚は頭を抱える。


「……そういえば、竜瑚。髪、戻したのか」

伸びていた髪が剃られ、スキンヘッドになっていた。見慣れた姿だったから気付くのに時間がかかった。

「……今気付いたのかよ。彩人がな…」



「……そうか。そんなこと言ったのか、アイツ」

オレが凛に執着しているように、彩人も竜瑚のことを『独占したい』らしい。

女性にモテる姿を見て不安になるほどに。



「でもその頭、かえって男にモテないか?」

大柄で筋肉の厚みがある逞しい身体。
髪がないと、それがより強調されて見える。

『カメラを使わない仕事』のスカウトを受けそうだ。

主に夜の街で。



「……彩人には黙っていてくれ。不安にさせたくないんだ」

「そうか。…そうだな」





「……まあ仮に、仮にだ。…祭りの『舞』が原因だとして。遠隔的に人を殺すことができるなんて、普通は思わないだろう? 18年に一度、ど田舎でひっそり行われる祭りだしな」

「あぁ。まぁ、普通はそうだろうな。……それなら前回、18年前はどうだったんだ?」

「18年前は…まだ彩人と出会う前だな。確か……今回みたいな『変な感じ』はなかった筈だ」

「そうか」

「……ただ、」

竜瑚は思い出すように右手を見つめる。

「……そうだ。確か…前回の祭りの1年前…8月だな…。故郷の山で舞の練習中に1回だけ『妙な手応え』があったんだよ。…満月の夜だった」

一度だけ右腕を横に振ると、自身の首に手を当てる。

「今回と同じ感じだ。何もない『くう』を斬っているはずが…こう『肉』というか、『骨』を力技で断つような…、とにかく『妙な手応え』だったんだよ」

「…首、」

「その時は1人でカメラを持って山にいたんだが、あの夜はそれが無性に怖くなってな。慌てて村に下りたのを覚えてる」


こんな嘘をつく必要はないし、そんな男ではない。本当の話なのだろう。


「19年前は…、彩人がオレの施設に来た年だ」

出会ったばかりの彼は、ひどく塞ぎ込んでいた。手を繋いでやらないと眠れないくらいに。

「その年の春に、母親を…亡くしたんだったな」


頷くオレを見て、竜瑚は苦しそうな顔をしている。

オレが知らない『その母親の死因』を彼は知っているのかもしれない。

言うのを躊躇ためらうような顔だ。



あまりに苦しそうで、堪らずオレは、話を戻すことにした。

「……その年の8月に誰かが1人、『窒息』に似た『不審死』をしてる可能性があるということか」

「……あぁ。まぁ、たった1人じゃニュースになりにくいから、なかなか見つからないだろうが…。例え見つかったとしても、彩人との関連性なんて普通は誰も気づかんだろうし、考えもしないだろう」

「そうだな」

「…なら、この件はこれで終わりだ。彩人にはそいつらのことを二度と思い出させたくない。テレビやネットニュースをしばらくの間、見せないように気をつけるよ」

「あぁ」



「…お前、凛を傷つけた自分を許せなくなったか?」

「え?」

「ヤツらがした事を『殺してやりたいほど許せない』と思うのに、オレ達は凛を、『彩人と同じ目』に遭わせた」

竜瑚の強い目がオレを見ている。

「だけどな。今更、過去を変えることは出来ない。オレ達は死ぬまで、彼にしたことを忘れないだろう」

「あぁ。忘れない」

大きな手が、オレの頭を撫でた。

「彼の『これから』を、幸せにしてやればいい」

竜瑚の言葉をオレは心に刻み、

「オレは、凛を死ぬまで大事にする」

絶対に幸せにする。

そう誓った。




「知らせてくれてありがとう。凛によろしく伝えてくれ」


彼にしては珍しく、急いでいるようだ。


「…もう帰るのか?」

「彩人が目を覚ます前に帰ってやりたい」

「そうか」


オレの親友に、こんなにも大切にしてくれる相手ができてよかった。


「お土産ありがとう」

「あぁ。オレの故郷にある数少ない特産品のひとつだ。かなり美味いぞ。間違いなく白飯が進む。……じゃあ、またな。今度は4人で会おう」


オレは竜瑚を見送ると、昼に帰ってくる凛に食べさせるため、早速ご飯を炊くのだった。
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